ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド 作:愉快な笛吹きさん
「考古学研究者の吉村だ。この大学で教鞭も執っている」
壮年のそれなりに落ち着いた感じの男から、出会って早々に仏頂面で自己紹介されるというのは新鮮な体験だった。新鮮なだけで、もう一度経験したいとは思わなかったが。
『セイリュートだ。LSTの交渉を担当させていただく』
相手に合わせようとして、結局は普段通りの無表情になったセイリュートが、自己紹介を終えた。吉村が席に着いたのを確認してから、自身も背後のソファへと腰を下ろす。
LSTというチーム名を名付けたのはセイリュートだった。単にそれぞれの名前の頭文字をアルファベット順に並べただけのものだったが、シンプルかつ、代表者の名前がそのまま社名になる風潮が一般的なこの業界では、かえって依頼者に覚えてもらいやすいだろうという理由で決定した。
そんなチーム名にふさわしく、セイリュートの両脇にいたルシオラと横島――この場合は忠夫になるが――が、遅れて席に座る。
全員が席に着いたタイミングで、セイリュートがさっと視線を巡らせる。自分たちが座ったのと同型のソファとテーブルが、ゆったりとした間隔を空けていくつも設置されている。天井が吹き抜けである事も相まって、かなり開放感のあるロビーだ。遠くでは生徒たちが談笑している姿も見えた。もし交渉の雰囲気が悪くなれば、彼らを味方につけて退去を促される事もあるかもしれない。
あまり楽観視はできないな。そう結んだところで吉村が口を開く。
「LSTか。電話でも耳にしたが、変わった事務所名だな」
『つい最近旗揚げしたのだ。相談した結果、なまじ個人名を冠に付けるよりも、この方が目立つだろうと思ったので』
「なるほど。若いからこその発想だな。できればそれに見合った実力もあると嬉しいのだが」
のっけから踏み込んできたあたり、やはり余裕は無いらしい。ふむ、とセイリュートが前置きする。
『その点は心配無い。必ず良い結果を持ち帰ろう』
自信過剰にとられないためにも、努めて冷静に告げたのだが――吉村の目はそれ以上に冷ややかだった。告げてくる。
「君と同じ事を、今まで引き受けたGSたちも言っていたよ……悪い結果しか持ち帰って来なかったがね」
皮肉げな口調の吉村に、だろうな、と内心でセイリュート。でなければ自分たちとて、ここを訪れる事は無かっただろう。
「そうして失敗される度に、マスコミや週刊誌なんかが面白がって取材に来る。おかげでこの学校の評判は下がりっぱなしだ。何より、考古学にこの身を捧げた者として、古代の想いが詰まったあの土地がそんな風に取り上げられるのは我慢ならん!」
拳を握り、悔しげに顔を歪める吉村。ここに来る前に軽く調べてみたところ――霊障が発生したのはおよそ一年前からだった。新校舎建設のために買い取った土地から遺跡が出土し、その調査にあたっていたところを霊に襲われたとの事だった。
既に何人ものGSが依頼を受けたが全て失敗。除霊料を引き上げて有名なGSを連れて来ようにも、既に土地や校舎、更には発掘調査自体にかなりの金が動いているため、出すに出せないまま今に至っている。マスコミ云々の話は初耳だったが、徐々に悪名が広まっているというのなら、このまま放置しておく訳にもいかないのだろう。何とも悪循環な状況だった。
不機嫌の原因が判明した事で、セイリュートが安堵する。何とかしなければ、という焦燥感と、GSたちへの不信感が入り混じっているのだろう。同時に、こちらの値踏みも行っているに違いない。
まさに自分の読み通りの状況だった。そうとなれば話は早い。わざわざ言葉で説得するよりも、よっぽど確かなものが自分たちの手元にはある。
満を持して紹介状の出番だった。早速吉村に見せるべく、持ち主たる横島の方に振り向いたが――
『ん?』
肝心の彼の姿が見えない事に疑問符を浮かべたセイリュートが、次の瞬間、ここがどういう場所だったかに気付き、はっとする。すぐさま反対側にいたルシオラに振り向くと、彼女は意図を察した様子で窓の方を指差した。
『こんにちは! ボク横島忠夫。キミはどこの専攻? 良かったら交流を深めるために学食でお茶でも――』
ガラスを隔てているのに、そんな声が聞こえてきそうだった。キャンパスを歩く女子大生を片っ端からナンパしては断られている横島の姿に、セイリュートが盛大にテーブルへ突っ伏す。
『すまない。すぐに鎮圧するから一分ほど待ってくれないか?』
顔を上げ、額に筋を浮かべたセイリュートが、窓を向いてぽかんとしている吉村に告げた。そのまま相手のリアクションを待たずに転送を開始する。一瞬のブラックアウトを挟み、眼前の人物が口髭を生やした壮年の男性から、見慣れた相棒の姿へと変わった。
『おい』
案の定全敗を喫し、四つん這いで世の女性たちに呪詛の声を上げている横島へ声をかける。はっと顔を上げた彼に、まずは一喝、とセイリュートが息を吸い込んだが――
「こんにちわ美しいおねーさん! どこの誰だか存じませんが落ち込んだボクに声をかけて下さるなんてこれはもう運命の赤い糸が二人を繋いだ結果としかーー!」
確認もせずいきなり抱き締めてきた横島に、思わず息が止まった。予想だにしていなかった行動に、『あ』だの『う』だの、声にならない声が洩れる。
その反応にようやく我に返ったのだろう。胸に頭を擦り付ける犯罪的な動作を止め、横島がこちらを覗き込む。
「げえっ! セイリュート!」
顔をひきつらせて固まる横島。その脳内ではジャーンジャーンとでも銅鑼の音が鳴り響いているのだろう。
その間にいつもの冷静さを取り戻したセイリュートが、氷点下の視線を彼にぶつけた。
『大事な交渉の場で、お前は何をしているのだ?』
「さ、最初は窓の外を見ていただけなんやーー! この未知なる学舎の空気が、俺にいち学徒として知的探究心を満たせと囁きかけてきて――」
『わかった。もういい』
なおも弁解を続ける横島を、セイリュートが手で制した。そのまま瞑目し、耐えるのだと自らに命じる。
そう。小竜姫の時はきちんと約束を守れていた。今回は事前に言い含めなかったこちらにも責任の一端がある。そう分析し、深呼吸を繰り返して徐々に感情を抑えていく。思わず目眩を――宇宙船だというのに――感じた彼女だったが、どうにか立て直す事に成功した。
『ともかくまだ交渉が残っている。すぐにロビーに戻るぞ……あと、今回上手くいってもお前の分の報酬は無しだからな』
そう告げると、悲鳴を上げる横島を連れて、セイリュートが転送を開始したのだった。
『――という訳でこれがその書状なのだが……』
テーブルに妙神山からの紹介状を広げてセイリュートが説明する。非常に達筆な墨字で書かれたそれは、両脇の二人が修行を受け、横島に至っては本気の手合わせで管理人である竜神から一本とった事が記されていた。ついでに、複製されたり適当にでっちあげたものだと思われない様に、紙自体にも小竜姫の竜気が込められている。ただの書状では無いことは、一般人でも何となくわかるだろう。それが霊能者ならばなおさらだ。
だが――
「あ、ああ」
戸惑った様に吉村が頷く。いくら立派な代物でも、それに書かれている当人の一人が自分の横ですんまへん、と連呼していては台無しだった。一応これまでの様な険のある表情は消えているので、何とか話を進める気にはなってくれたのだろう。
これ以上ボロが出ないうちにと、セイリュートが早速本題に入る。
『まずは概要を教えていただきたい。霊障があったのは新校舎の建設予定地と書いてあったが?』
「その通り。予定地からたまたま大昔の遺跡が出てきたため、大学内でチームを編成して、発掘調査に当たっていたのだ」
ここまでは協会紙と同じ内容だった。頷くと、セイリュートが質問を続ける。
『問題の霊はいつ頃発生したのだ? おそらく、調査が始まってすぐではないと思われるが?』
妙な質問だとでも思ったのだろうか。一瞬眉をしかめた吉村が、記憶を探るべく顎に手を当てた。告げてくる。
「……確かに、すぐではなかったな。ある程度調査を進めてからだった」
『なるほど……どう思う?』
両脇の二人にそれぞれ目を遣って、セイリュートが訊ねた。けろっと立ち直った横島が、んー、と口を開く。
「そ-だな。これが映画とかなら、なんかヤバイもんを堀り当てたのが原因なんだろうが」
「そういったものが出てくれば研究者冥利に尽きるのだがね……残念ながら、これまで発見した出土品に、特に変わったものは無かったよ」
吉村が答えた。謝罪を繰り返す横島に気が殺がれたのか。彼に対しては幾分柔らかい口調だ。
「たまたま力のある霊や妖怪が、ふらりとやってきたって可能性は……無いかしら?」
横合いからルシオラ。GSとしての知識はあまり無いため、やや遠慮気味な発言だ。セイリュートが答える。
『そんな気まぐれな存在がGSを返り討ちにしてまで一年も居座るとは考えにくいがな……そういえば、私たちの前に依頼を受けたGSはどうなったのだ?』
「これまで依頼を引き受けたのは四人だ。最初の一人はすぐに逃げ出し、後の三人も、命こそ助かったものの、除霊仕事は二度とできないほどの重傷を負ったそうだ」
沈痛な表情を浮かべた吉村が、言葉を途切れさせる。協会本部で話していた、二流と三流との違いがまさに起こったのだろう。
そうか、とセイリュート。
『被害がこの土地に限定されているうえに、四人ものGSを返り討ちにするほどの強さなら、まず間違いなく自縛霊の類だな。問題は、何故このタイミングで暴れ出したかだが……』
「春が近いからか?」
「熊じゃないんだから。あ、でも同じ様に冬眠中のところを無理矢理起こされれば……」
『つまり本来ならばもっと後の時代に目覚める予定だったという事か』
「でもそれなら何のために眠ってたんだ? しかもそのまま地中に埋もれとるし、あんまり意味無いよーな」
「そうね。おキヌちゃんの時みたいに霊的な装置の一つでも見つかれば辻褄が合うんでしょうけど……特に変わったものは見つかってないって話だし」
『初めの話に戻ってきてしまったな。だがおかげで一つ思い付いた。これまでの出土品ではなく、これから――』
議論を続けようとしたその時、吉村がこちらをぽかんと見つめている事に気付いた。セイリュートが声をかける。
『……どうしたのだ?』
「いや、今まで引き受けたGSたちはさっさと現場へと向かっていったのだが……君たちは違うのか、と思ってな」
どこか歯切れ悪そうに告げて来た吉村に、セイリュートは半目を、横島は苦笑いを、ルシオラはきょとんとした表情で対応する。共通しているのは『よっぽどレベルの低い業者しかやって来なかったんだな』という同情の心だ。
セイリュートが口火を切る。
『そいつらは論外だな。どんな相手だろうと、情報を集めるのは基本中の基本だ。霊が暴れる原因がわかれば、単に正面きって除霊するよりも遥かに容易く事を運べるからな』
「中には戦わんと除霊できる事もあるしなー。そーすりゃ痛い思いをせんで済む」
「私はそこまで深くまで考えてなかったけど……でも二人が傷付かないで済む方法があるのなら、それにこしたことはないから」
口々に思いをぶつけた後、最後にセイリュートが告げた。
『遺物を堀当て、正しい歴史の道を突き止めていくのが考古学だろう。除霊作業とて似た様なものだ。死者の声をかぎ分け、成仏のための最適な道を探す。戦うのはその中の一手段に過ぎん』
「…………」
口を開けたまま固まってしまった吉村に、セイリュートたちが揃って疑問符を浮かべた。声をかけるべきか悩んでいると――突然彼が席を立つ。少し待っていてくれと言い残し、すぐに走り去ってしまった。
「どうしたんだ? あのおっさん」
「さあ?」
ルシオラと疑問をぶつけ合う横島を尻目に、セイリュートがふっと笑う。
吉村が戻ってきたのはおよそ三分ほど経ってからだった。抱えていたファイルをどさりとテーブルに置いて、告げる。
「これまでの調査結果を纏めたファイルだ。霊が発生した日付と照らし合わせれば何かわかるのではないか?」
よほど急いだのだろう。言い終わるやいなや、吉村がソファへとへたり込んだ。息を荒くさせている彼に、セイリュートがにやりとする。
『少しはこちらを信用する気になってくれたのか?』
試す様な口調で告げた彼女に、吉村も頬を緩めた。
「そうだな……少なくとも君たちは、力自慢とギャラの事しか頭に無かった今までのGSとは違う様だ。何か協力できる事があれば言ってくれ。なるべく善処しよう」
そう言って、真摯にこちらを見つめて来た吉村に、
『感謝する』
交渉の成功を確信したセイリュートは、堂々たる返事で以て返したのだった。
10話をお送りしました。前回あまり話が進まなかったぶん、今回は依頼を最初から最後まで書こうと思ってました。お待たせしてすみません。
オリキャラのイメージは原作一巻の女子高の校長先生、または原作の名脇役である白井医師っぽい感じで考えてました。あとピラミッドの人で。