ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド   作:愉快な笛吹きさん

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リポート⑪ 始動! LST(中)

「うげー、こりゃ酷いな」

 

 夜もふけた頃、吉村に案内されたセイリュートたちは遺跡の現場へとやって来た。工事作業用のフェンスをくぐると、開口一番に横島が声を上げる。

 月明かりに照らされたキャンパス予定地は、流石に広かった。体育館二つぶんくらいはあろうその土地は、あちこちが発掘によって掘り返され、縦横無尽にブルーシートが敷かれている。とはいっても、その殆どはびりびりに切り裂かれており、その脇を無惨に破壊された重機の残骸が、点々と転がっていた。

 何より、それらの合間を縫って、魚の様に浮遊霊たちが飛び回っているさまは、間違いなくここが霊障の発生現場であると実感させられる。

 

『例の場所はあそこか?』

 

 土地の中央から少し奥を指差したセイリュートに、ああ、と吉村が頷く。ちょうど一際大きな重機が――流石に破壊はできなかったのか――横倒しになっている辺りだった。

 

「あそこに、霊にとって掘り返されたくない何かがあるって事ね」

 

 セイリュートの言葉を引き取って、ルシオラが呟いた。

 あれから資料を調べたところ、霊が発生した少し前に、あの場所から住居の跡らしきものが見つかっていた。吉村の話によると、古代の家というのは地下に穴を掘り、その上から木材や植物などを被せるといった造りだったらしい。それまでの調査や出土品に特に変わった点が無い事や、本格的な調査を始める前に襲われたため、あの場所だけ未だ手を付けられていない事から、あそこに埋まっている何かがカギだろう、とあたりをつけていた。

 セイリュートが頷く。

 

『恐らくな。もし仮説が正しいのなら、単なる力押しではやられて当然だろう。発生原因となったものをどうにかしない限り、ほぼ無敵だと思った方がいい』

 

「発生原因……遺骨とかか?」

 

 横島がぽつりと言う。美神事務所で過去、実際にあったケースだ。アクシデントで美神に頬キスされた事もあって、猛烈に印象に残っている除霊だった。

 

「それは蓋を開けてみないとわからないな。昔の人間が何を、どんな理由で守ろうとしているかなど、完全に想像の世界だ』

 

「そこで私の出番という訳だよ」

 

 横島の方を向いた吉村が、どんと胸を叩いた。色々と博識なセイリュートだが、この星に不時着したのは僅か数百年前だ。人間にとっては驚嘆に値するだろう年月だが、流石に縦穴式住居が登場するほどの過去の事は専門外だった。

 となれば、餅は餅屋だ。当時の文化や価値観に精通している人間の方が原因を究明できやすいとの事から、彼も除霊に携わる事になった。というか正確には自ら携わってきた。除霊を通じて古代の謎が解明できるかもしれない、という吉村の熱意に、危ないからと引き留めたセイリュートも、結局は折れる事になったのだ。

 ふう、とセイリュートが息を吐く。

 

『くれぐれも除霊中は近付かない様に願いたい』

 

「わかっているよ。餅は餅屋だ。霊の事に関しては君たちに一任する。思う存分やってくれたまえ」

 

「じゃ、まずは私がいくわね。あの浮遊霊たちを何とかしてくるわ」

 

 手を挙げ、一歩前に進み出たルシオラが意識を集中する。老師との荒行によって、以前の自分の姿は、もはや忘れ様が無いほど脳に焼き付いていた。

 霊気の膜がくまなく彼女の全身を包み――一瞬後にはかつての自分の姿を取り戻す。

 

「相変わらずエロい衣装やなー」

 

「確かに。私も年甲斐なく興奮しているよ」

 

 魔装術が始まるやいなや、その場に屈んだ横島と、成り行きを見守っていた吉村が、変身したルシオラの後ろ姿をまじまじと見つめた。ガーターベルトの合間から覗くすらりとした生足や、蛍の羽根の如く燕尾に別れた服の裾がお尻に乗ってそのラインを浮かび上がらせているさまは、普段はシンプルなカジュアル服ばかり着ているギャップもあって何とも艶かしい。

 そんな男二人からの視線に気付いたルシオラが、恥ずかしそうにお尻を押さえて振り向く。

 

「じゃ、じゃあ行ってくるわね」

 

『気を付けるのだぞ。あとそこの二人、ちょっと話がある』

 

 互いに抱き合い、母の声におののく横島たちに苦笑しつつ、ルシオラがふわりと飛び上がった。速度と高度を少しずつ増しながら前に進んでいく。

 そうして目標地点上空までやって来ると、浮遊霊たちもこちらに気付いた様子だった。息を吸い込んで、高らかに宣言する。

 

「さあ来なさい! このゴーストスイーパールシオラが、あなたたちを極楽に行かせてあげるわ!」

 

 モグリだけどね、と最後に付け加えて、拳を握る。恋敵のキメ台詞をつい使ってしまうくらい、彼女は気分が高揚していた。

 それもそうだろう、と思う。何せ自分は今、横島と共に仕事をしている。末妹と元上司のゴタゴタで、結局は果たされなかった望みがようやく叶ったのだ。

 いつもはあの二人の諌め役を務める事が多いものの――今この瞬間だけは違った。

 

『女が来たあああ! 殺せええ!』

 

 リーダー格と思わしき悪霊の号令で、浮遊霊たちが一目散にこちらへと向かって来る。何もしなければそのまま身体中を食いちぎられて終わりだ。が、当然そんなつもりはない。

 両手を前に掲げ、掌に意識を傾ける。直後に発射された幾筋もの霊波砲は、リーダーもろとも浮遊霊たちを飲み込んだ。

 

『俺様が新しいリーダーだああ! 隊長の指示に従えええ!』

 

 声は背後からだった。晴れて新リーダーへと就任した悪霊2号が、新たな雑霊を引き連れて突撃してくる。身を捩る暇もないほどの見事な不意討ちだったが、あいにくここは空中だ。にっと笑ったルシオラが、重力制御を解除する。かくんと、重さの戻った身体が地面へと引き寄せられるなか、ぎりぎりのタイミングで霊団が頭上を通過していくのが見えた。落下を止め、再び掌に霊力を送る。2号の短い春にほんの少しだけ同情しつつ、跡形も無く消し飛ばした。

 

「次は誰かしら?」

 

 にこりと笑みを浮かべたルシオラに、既に肉体の無い霊たちがぞっとした。或いは成仏させてくれる悦びか。

 ともあれ無数の霊たちは、一瞬たじろいだ雰囲気を見せた後、まるで衝動に突き動かされる様に四方八方から襲い掛かってきた。先の反省も踏まえてか、今度は地上からも攻めこんで来る。360度の包囲網が彼女を絶体絶命の窮地に追い込んだ。少なくとも霊たちにとっては、そう確信していただろう。

 だが――

 

『ギェ!?』

 

 大口を開けながら一番乗りを果たした霊が、ルシオラの柔肌を堪能すべく食らい付いた。が――これまでの様な肉の感触が無い事に、困惑の鳴き声を上げる。

 次いで二陣、三陣が続いたものの、身体中を食いちぎられているにも関わらず、彼女は苦悶の声一つ上げない。不気味に笑みを張り付かせた姿に、業を煮やしたのだろう。ひときわ大きな霊が彼女の頭をかじりとる。

 その瞬間だった。首の無くなったルシオラの身体が、ふっと虚空に溶ける。一体何が――そんな霊たちの疑問に答えるべく、声は天から降り注いだ。

 

「残念。幻術よ」

 

 冥土の土産とばかりに説明を終えたルシオラが、両掌から特大の霊波砲を放った。膨大なエネルギーの帯は、浮遊霊の大半を包み込むと、そのまま地面に突き刺さる。

 閃光が弾け、辺りが地を揺るがす様な爆発と轟音に包まれた。

 

 

 ルシオラがひとり奮闘するなか、横島たちは揃って目標地点へと歩いていた。

 彼女が浮游霊を引き付けてくれているかげで、辺りはすっかり静まりかえっている。テレポートが使えれば便利なのだが、霊的に安定しない場所では座標が固定できないため使えないとの事だった。

 目標地点に近付く。空気中には土煙が混じり出し、周囲のブルーシートはあちこちから火の手が上がっている。調査のために掘り返された無数の穴も手伝って、さながら銃弾飛び交う戦場の様な光景だった。

 

「もうあいつ一人で十分な気がするんだが?」

 

 冷や汗を浮かべてぽつりと口にした横島に、隣を歩いていたセイリュートが苦笑を洩らす。

 

『確かに、純粋な力比べなら、あいつに敵う者はそうはおるまい。だがそれだけでは簡単にいかないのが除霊というものだろう? 三人の中で一番除霊経験に疎いのはあいつだ。それを自覚しているからこそ、自ら露払いに徹したのだろう』

 

「自分の役割を理解してそれに邁進する。意志疎通がよくとれている証拠だよ。良いチームだな。君たちは」

 

 セイリュートの言葉に吉村も追従する。調査や発表などで、そういったものが重要なのをよく理解しているのだろう。

 二人に諭されて、横島が軽く項垂れる。

 

(役割……か)

 

 地面をぼーっと見つめたまま、心中で繰り返す横島。かつて自分にはそれがあった。美神のパートナーとして脇を固め、彼女を支えるといった役割が。

 だがアシュタロスとの戦いも終わり、更にはシロとタマモが正式に加入した事で、それは終わりを告げた。それまで自分が築き上げてきたポジションは、彼女たちの修行のために、あっさり明け渡す形となったのだ。

 除霊が始まれば荷物番として暇をもて余すだけの日々。そんな状態が数ヵ月も続けば、流石に自分が冷遇されてる事にも気付く。

 もしかすれば、自分にも何か役割があったのかもしれない。使えるものはとことん使い倒す美神の性格や、給料の額に別段変化が見られなかった事から、その可能性は十分に考えられる。

 だが、それならそれで問題だろう。今までずっと彼女の指示通りに動くのが常だったのに、何の予告も通告もなしに「私の意図を正しく読み取り実践しろ」など、無茶もいいところだ。ついでに言えば、落ち込む自分へのフォローすら、一度たりとも無かった。

 

(そーだよな)

 

 燻った思いを胸に、横島がひとり頷く。これまでさんざん尽くしてきた。なのに未だにあんな扱いをされるのなら、セイリュートの言う通り、やはり飛び出して正解だったのだろう。

 

『あいつが親玉か』

 

 長く考えに耽っていた横島が、セイリュートの一声で現実に引き戻された。立ち止まり、彼女の視線を追う。

 土煙の隙間から、男が静かに佇んでいた。全身に毛皮をまとい、こちらを伺っているのであろうその目は、一切の光が失われている。だらんと垂れ下がった左手には、固く弓が握られていた。恐らくはあれが霊の主力武器に違いない。狩猟で生計を立てていた時代の霊が放つ攻撃がどれほどの威力かはわからないものの、身を震わせるほどの悪寒の具合からして、十分に警戒すべき相手だった。

 そして――

 

「お、おい!?」

 

 そんな危険極まりない相手に対し、更に近付いていく彼女に、横島が狼狽えた声をあげた。

 

『お前たちばかりに危険な目をさせる訳にはいかないからな。私も……自分の役目を果たすさ』

 

 背中を見せたまま、そう告げるセイリュート。すたすたと歩いていく彼女の後ろ姿に、横島は何故だか……在りし日の美神の面影を見た気がした。そうして彼女が立ち止まる。目標との距離は、もはや10メートルも無かった。

 

『聞け! さ迷える古代の霊よ。私の名は星龍斗。お前の望みを叶えるためにこの地にやって来た者だ!』

 

 詠う様な口上に、霊がぎろりとセイリュートを見遣った。それを見届けて、彼女が続ける。

 

『古代の霊よ。なにゆえこの地に執着する!? 未練を残す何かがこの地にあるというのならば、告げるがいい! 最大限の誠意で以て供養する事を約束しよう!』

 

 力づくで除霊はしない。そんな譲歩の言葉を含んだセイリュートの言葉にも、霊はただただ漆黒の目で見つめるだけだった。提案を受け入れるべく悩んでいるのか。それとも彼女を殺す算段を考えているのか。どちらも可能性はあるだろう。

 ならば――

 

「セイリュート!」

 

 それまで佇んでいた霊が何言か呟いた瞬間、横島が駆けた。直後、彼女の喉笛目掛けて飛んで来た矢を、霊気の盾で弾く。小竜姫の打ち込み程ではないものの、かなりの衝撃だ。右手に痺れが走るのを感じつつ、セイリュートの横に立った彼が、ぷはっと息を吐いた。

 

『すまない。助かった』

 

「もう一回やれと言われても無理だからな! 頼むから、もーちょっと俺に楽をさせてくれ!」

 

 セイリュートの謝辞に、恨み節を上げる横島。小竜姫の時といい、戦いの度にこれだけ神経を磨り減らしていては、到底身が持たない。

 ぜいぜいと息を切らせる彼に、彼女が苦笑すると、

 

『いざとなればバンダナに戻る腹積もりだったのだ……けど、まあ、娘の気持ちが少しだけわかった。こうして守られるのも、悪くないものだな』

 

「え?」

 

 ぽつりと呟いた内容は、横島の理解を超えるものだったらしい。確認したかったが、それを言う前に彼女の姿が消える。

 

『来るぞ!』

 

 バンダナから聞こえてきたセイリュートの声は、うって変わって緊張を含んだものだった。はっと気付いた横島が再び盾を構え――飛んで来た二本の矢を、勘と経験で弾き落とす。

 

『デテイケ』

 

 霊波を含んだ忌々しげな声が、びりびりと鼓膜を刺激する。さっき口を動かしていたのはこれを言いたかったのだろう。

 もはや説得は不可能な事を確信し、二人が戦闘体勢へと入った。バンダナが光り、小竜姫との対戦以来になる漆黒の鎧武者姿となった横島が、そのまま右手を投げ下ろす。僅かにカーブを描いた純白の盾は、またも矢をつがえようとした男の手に、狙い違わず命中した。

 

「どうだ?」

 

『いや、ダメだ!』

 

 セイリュートの言葉通り、爆煙の中から現れた霊は、何事も無かったかの如くけろりとしていた。数千年分の怨念は伊達ではないのか、それともやはり原因となった何かをどうにかしないと無理なのか。いずれにせよ、初仕事からとんでもなくタフな相手だ。ガメた金も残り少ないからと、協会から一番近いところを選んだのは失敗だったらしい。

 そんな泣き言に耽っている間に、男がまたも矢をつがえた。それも今度は一本だけではない。それぞれの指と指の間に矢を挟み込んでいる。普通ならまともに飛びやしないと思うのだが、そこは物理法則を超越した存在だけに、どうとでもなるのだろう。

 男を見据えながら、いつでも文珠を出せる様に右手に意識を集める。男が弦を引きしぼったその瞬間、上空から降り注いだ霊波砲が、男を爆発――それも自分の時より遥かに強力な――の渦に飲み込んだ。

 

「大丈夫?」

 

 上空から聞こえてきた声に、ばっと横島が見上げる。ルシオラが手を突き出したままこちらを見ていた。

 

「雑魚は残らず片付けたわ。あとはあいつ一体のみよ!」

 

 告げるやいなや、ルシオラが大きく旋回する。瞬間、爆煙を突き抜けて飛び出した矢が、彼女の元いた空間を撃ち抜いた。

 あの攻撃ですら全く通用しなかったらしい。矢の飛んできた方向を一瞥した彼女が、ぐんと速度を上げる。蛍の化身にふさわしく、縦横無尽に夜の空を飛び回る彼女の軌跡を追って、次々と矢が空を切る。それら全てをかわしきった彼女が、矢をつがえるまでの僅かな合間に、再び霊波砲を地上へ放った。

 

「今よ! 私が注意を引き付けているスキに、何とか原因となった物を掘り返して!」

 

 再度、爆煙が霊の姿を覆い隠したのを見計らい、ルシオラが言った。そうして再び飛び回り始めた彼女を射止めるべく、絶え間なく矢が浴びせられる。

 ぎりっと奥歯を噛み締める横島。ベスパの時と同じ光景だ。こちらの攻撃が通じない以上、防戦一方ではそう長くは保たない。

 せっかく生き返ったというのに、一人で突っ走ろうとするところは、何ら変わっていなかった。

 

(冗談じゃねーぞ! もう一回死なせてたまるか!)

 

 決意と共に、横島が足を踏み出した。「彼女を援護すべきでは?」「やばいしここは逃げよう」そんな優柔不断な選択肢を切って捨て、一心に霊のもとへと走っていく。

 

「うおおおおお!!」

 

 雄叫びが、心に溜まっていた何かを吐き出していく。そうだった。彼女を、自分の大事な人を守りたい。この感覚こそが、自分が求めて止まないものだった。ルシオラも、セイリュートも、自らの役割をきっちりと果たした。今度は自分がそれを果たす――いや、取り戻す番だった。

 異変に気付いた男がこちらに振り向く。が、僅かにこちらの方が早い。走りながら溜め込んだ霊気をたっぷりと槍に流し込み――

 

「往生せいやああ!」

 

 極道さながらに叫んだ横島が、大上段から槍を地面にぶっ刺した。と同時に、セイリュートが力を解放する。ぐらりと揺れた地面に、男が黒い目を見開かせる。

 それは予兆だった。地中で弾けた霊気の刃は、間も無く、まるで火山が噴火するが如く土を引っ剥がし――

 

「……あれ?」

 

 それっきり何も起こらない事に、横島が疑問の声を上げた。脳内スケジュールでは、この後火山の噴火の様に土を吹き飛ばし、穴の底を剥き出しにする予定だったのだが……

 おかしいな、とばかりに、ばんばんと――そんな事で続きが起こるわけが無いのだが――足で地面を踏みつける彼に、セイリュートが兜から冷静に告げる。

 

『地盤が意外と固かったのではないか? または込める霊力が不足していたかだな』

 

「あーなるほど。考えてみりゃ人間にそんな凄い事できっこないわな」

 

 理由がわかって納得顔の横島。すぐ隣にいた男の霊もうんうんと頷いていた。そのままひとしきり笑い合うと、

 

「じゃ。今日は引き分けって事で」

 

 和やかな空気の中、踵を返した横島が片手をあげて立ち去ろうとする。男もそれに倣い、笑顔で送り出そうとして――表情が元に戻った。すんでのところで気付かれてしまったらしい。

 

「だあああっ!!」

 

 大きく後ろに跳んで――というよりは完全に宙に浮き上がった男から連続で放たれた矢を、横島がサイキックソーサーで叩き落としていく。数々の実戦で鍛え上げられた動物的カンと反射神経は流石というほか無い。とはいえ所詮は我流で身に付けた動きだ。そう長くは持ちそうになかった。頼みの文珠も、敵との距離が近過ぎるために、集中する暇を与えてくれない。

 残る手は――

 

「ル、ルシオラーー!」

 

 限界が近付いてきた横島が、無我夢中で恋人の名を叫んだ。瞬間、まるで呼ばれるのを待っていたかの様なタイミングで、男と横島の間を霊波砲がなぎ払う。飛んできた矢が残らず地面に叩き落とされた事に唖然とするなか、不意に足が地面を離れる。

 

「ごめんね。お待たせ」

 

 ルシオラだった。ちょうど猫を持ち上げる様な形で、横島のジージャンを掴み上げて言ってきた。そのまま肩越しに男へ霊波砲を見舞うと、一気に空を駆け上がる。

 

「で、どうすんだ?」

 

 男がいる場所から遥か上空で、ルシオラとお互い腰に手を回し合う体勢に切り替えた横島が訊ねた。

 セイリュートが兜の中から答える。

 

『失敗の原因をどうにかして補う必要があるな。要は地盤を柔らかくして、出力を増やしてやるのだ』

 

「私がヨコシマに霊力を送るわ。それで出力の方は問題無いと思う。地盤の方は……流石に文珠の出番ね。問題はどんな文字を入れるかだけど……」

 

 そう言って考え込み出したルシオラの合間を縫って、横島が呟く。

 

「【柔】ならどうだ?」

 

『それだと地面がクッションになってしまうだろう。意味が無い』

 

 戦闘中と違い、こういった場での閃きは苦手らしい。容赦無くダメ出しをしたセイリュートに、横島が呻いた。その間にもひとり考えていたルシオラが、突然はっとする。

 

「【雨】はどうかしら!?」

 

 言って、二人を見回す。かつて彼女の末妹が美神事務所を襲った時に、美神が眷族の蝶たちを追っ払う為に使った文字だった。

 なるほど、と横島が頷く。

 

 

「地面を濡らして柔らかくするって事か。いいんじゃないか?」

 

『ああ、悪くない。奴に近付かずとも使えるのは大きなメリットだ』

 

 二人からの高評価を受けて、ルシオラが笑みを浮かべた。

 

『これで問題は片付いたな。あとはいかに奴の妨害を防ぐかだが……』

 

 言葉を切ったセイリュートが、霊の様子を伺うべく、ちらりと眼下を覗いた。その瞬間、僅かに表情が変わる。

 

「どうした?」

 

 訊ねてきた横島に、セイリュートが口角を上げた。

 

『ああ。たった今、良い案が浮かんだところだ』




11話をお送りしました。

霊のイメージは毛皮を着こんだワンダーボーゲル(山神ver)又はエンジョイ&エキサイティングの人っぽい感じです。

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