ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド 作:愉快な笛吹きさん
詳細を説明し、それに横島たちが頷いたところで作戦会議は終了した。セイリュートが変身を解いたのを合図に、ぱっと空中で散開する。
真っ先に動きがあったのはひとり宙に浮いたままのルシオラだった。横島から譲り受けた文珠に【雨】をイメージして、ぽとりと落とす。みるみるうちに見えなくなっていった珠が、遥か下でまぶしく輝いた。直後にざあっという音。文字は雨でも、耳を穿つ水音は、もはや集中豪雨の様な勢いだった。
はあ、と頬に手をやる彼女。こんな便利なものを簡単に作ってしまえる恋人に、改めて思慕の念を強める。
「あとはヨコシマを手伝わないとね」
今が仕事中である事を思い出し、かぶりを振ったルシオラは、そう呟いて地上に降りていった。
「だーくそ! 気持ち悪りい!」
雨上がりの地上で、男の放った矢を盾で捌いた横島が毒づく。敵が、ではない。自分の服がびしょ濡れなのが嫌だった。雰囲気でついセイリュートと一緒に飛び降りてしまったが、考えてみれば別に雨が降り終わってからでも問題は無かったのだ。
攻撃が止んだ瞬間を見計らって地を蹴る。靴の中から聞こえてきた水音に嫌悪感を覚えつつ、一気に駆け出した。その役目は陽動と誘導。敵の注意を引き付けながら、セイリュートの指示した位置までおびき出すのだ。
とはいえそれほど困難な事でもない。何しろ敵はそのすぐ近くにいるのだから。
「今だ! セイリュート!」
自分を追ってきた男が横倒しの重機に近付いた瞬間、横島が叫んだ。はっとする男の頭上に、突如、地面をでんぐり返った重機が降ってくる。
セイリュートに渡した【倒】の文珠が発動したのだろう。圧倒的な物量は、そのまま男を押し潰すと、辺りに轟音を響かせた。
『ヨコシマ!』
作戦がはまり、きれいに裏返った重機の脇からひょいと顔を出したセイリュートが、瞬時にバンダナへと帰還する。再び変身し、槍を構えた横島の背中に、とん、と感触があった。はっとし、肩越しに振り向くと、
「しっかりね」
ルシオラだった。ウインクしながらそう告げてきた瞬間、背中がかっと熱くなる。
流石は元アシュタロス直属の部下だった。流れ込んでくる霊力、もとい魔力が尋常ではない。ともすればすぐに暴発してしまいそうなそれを、必死に押さえ込む。
何もかもがぎりぎりだった。初仕事でこれほど大掛かりな除霊になるとは誰も思わなかったろう。
そんな状況のなか――ふと横島は、自分が笑みを浮かべている事に気付いた。美神と同じ様に自信に満ちた、これまでの除霊では見せた事の無かった笑みだ。
何故? と思った彼だったが――その答はすぐに見つかった。
『ぐっ……!』
まさに二人三脚だった。どうにかまとめ上げた霊力を、セイリュートが苦戦しながら、少しずつ槍に流し込んでいく。そして、背後にはルシオラが。霊力を使い切り、息を乱しながらも、自分の右手をぎゅっと掴んで、奮い立たせてくれている。
ああ、と声をあげる横島。簡単な事だった。自分の隣にはこの二人がいる。今回の除霊だって、こうして二人がいてくれたからこそ、逆転する事ができたのだ。
――私たち三人が揃えば、きっとどんな事だってできるわよ。
ルシオラの言う通りだった。未熟でも、ヘマをしでかそうとも、三人いれば何とかなる。その確信が、自分に美神に負けない程の自信を与えてくれたのだ。
そうして槍が完成する。三人の結束が詰まった霊槍は、何者にも負けないと思えるほどの強烈な光を放っていた。
槍を振りかぶった横島の目に、ちらりと男の姿が映る。ようやく重機から這い出てきたのか。あるいは霊らしく、すり抜けでもしたのか。
ともあれ霊は一目でこちらの意図に気付いた様だった。それまで無表情だったその顔が、初めて焦燥の色に染まる。慌てて矢をつがえようとしたその瞬間、彼が地面に槍を突き立てた。
「これで終わりじゃーー!!」
中指を突き立てて横島が叫ぶ。宣言通り、突き刺した部分から噴き上げた閃光が、地面をめくり上げて一気に円心状へ広がっていく。そして――
「うわっ!」
ルシオラに引っ張られ、横島たちがその場を飛び退いた瞬間、大爆発が起こった。まるでミサイルでも炸裂したかの様に、轟音が建設予定地に響き渡る。
爆風に吹っ飛ばされ、きりもみ状態で空中を回転していたルシオラが、ようやく体勢を整えた。三半規管をやられ、目を【の】の字に変えた横島を尻目に、爆発の現場を見遣る。
「あれは?」
爆煙に混じり、真っ黒いもやの様なものが昇っていくのを見て、ルシオラが訊ねた。
『これまで蓄えられてきた怨念の様なものだろうな。敵が力の源を失った証拠だ』
横目でセイリュートが告げる。横島がそっぽを向いて(ついでに口を手で押さえてもいる)しまったため、そうせざるを得なかった。
除霊の成功に、満足げに笑いあった母娘が、ゆっくりと地上に降り立つ。セイリュートが変身を解き、横島が手近な穴に顔を突っ込んだところで、ひょいと吉村が現れた。
「すごいものを見せてもらったよ。で、どうだ? うまくいったのかね?」
そこいらの穴から除霊の様子を見ていたのだろう。流石は考古学を学んでいるだけあって、恐怖よりも好奇心の方が勝っている様だった。
きらきらした視線で訊ねてくる吉村に、セイリュートが状況を説明する。
『うむ。とりあえず力の源は断ち切った。あとはあいつが回復したら現場に向かうつもりだ』
言って、セイリュートが横島がいる方向に振り向く。ちょうど今、古代の思いがつまったこの地に、絶賛嘔吐中だった。
『大丈夫なのかね? 彼は』
吉村が告げる。気を害したかもと思ったセイリュートだったが、その口調はいたって普通だった。ほっと表情を緩めると、『すぐに直るだろう』と返す。
事実、三分も経つと彼は起き上がってきた。ルシオラが差し出したハンカチで口元を拭うと、ぽいと穴の中に文珠を投げ入れる。ちらりと見えた【滅】の文字に、セイリュートが思わず肩をコケさせた。あんまりな使われ方だ。かつてその文字で葬られた女竜神も、さぞや草葉の陰で泣いているに違いない。
全員が揃ったところで、ぞろぞろと現場に向かう。上に積もっていた土が根こそぎ吹っ飛び、きれいな方形状の窪地となった住居跡からは、最初に感じた様な禍々しさは殆ど感じられなかった。あの男の霊の姿も見当たらない。さっきの衝撃で吹き飛んだのだろうか、と思い始めたその時、4、5メートル上空で探索にあたっていたルシオラから声があがった。
「あそこよ。ちょうど角の辺り」
彼女の視線と指先を追って横島たちがたどり着く。よくよく見れば、その部分だけ土の色が僅かに違っていた。同色に溶け込んだ霊が、目を閉じたまま、じっと地面に張り付いているのだ。
かくれんぼかよ、と内心で突っ込んだ横島たちが、今や他の雑魚霊同様の姿となった男を半目で見遣る。必死に塞いでいるその下に、見られたくない何かがあるのは明白だった。美神がいれば思いきりドSな笑みを浮かべていたに違いない。おそらく、無理矢理ひっぺ返してでも中を覗き見るのだろうが……
ふう、とセイリュートが息を吐く。
『そんな事をしても無駄だぞ。さっさとそこをどくのだ。大人しく従うのなら、悪い様にはしない』
優しさの滲む口調で告げた。同時に、もしも応じないのなら……という脅しも、暗に含んでいる。
口を閉じ、セイリュートがじっと出方を待つ。そのまま10秒ほど経った辺りで、ふと地面にひびが入る――霊が口を開いたのだった。
『ホントウ、カ……?』
おずおずと目を開いて言ってきた霊に、セイリュートが頷く。その目をじっと見つめた霊が――とりあえずは信じる事にしたらしい。ゆっくりとその身体、もとい霊体を起き上がらせた。中をあらためさせてもらうぞ、という彼女の言葉にも嫌がる様子はない。
そうして、ぽっかりと現れた穴をセイリュートが覗き込んだ。横島たちが見つめる中、沈黙を保っていた彼女が、ふむ、と洩らす。そうしておもむろに手を突っ込むと、中から取り出した何かを、全員の前に置いた。
「これは……土偶かね?」
真っ先に発言した吉村がセイリュートに訊ねた。とはいえこの場で彼以上に詳しいものなど――霊を除いては――いる筈がない。なので、見たままを彼女が伝える。
『穴の中一面にこれと似たようなものがあった。この土人形がお前にとって大事なものなのか?』
前半は全員に、後半は霊に向けてセイリュートが言った。が、訊ねられた霊は何も答えない。ただただ躊躇いがちな表情をこちらに向けてくるのみだ。
ふむ、と考えた彼女が、顔を戻す。付いてきた吉村の手前、本人に白状させるのは最後にしようと判断した結果だった。ほっとした様子の霊に、今のやり取りを眺めていた横島は、ふと引っ掛かりを覚える。同じ様な状況を、どこかで経験した覚えがあったのだ。
腕を組んで考え込んだ横島を余所に、吉村が新たに穴の底から土偶を持ってきた。地面に置かれた計三体の土偶を囲んで、一同が――降りてきたルシオラも含めて――議論する。
「ふうん。土偶ってこんなのもあるのね」
出てきた土偶はどれも胸が突き出ていて、腰にはくびれがあった。おそらくは女性を象ったものだろう。
彼女? の胸を指でつつきながら呟いたルシオラに、吉村が口を開く。
「殆どの土偶はこういった女性っぽい形をしているのだよ。君が想像しているのはおそらく遮光器土偶の事だろう? ちょうど蛙みたいな顔をしたやつだ 」
吉村のその喩えに、ルシオラが吹き出しそうになりながら頷いた。蛙呼ばわりされて、かつての自分の上司はどう思うだろうか。
『どういった役割があるのだ?』
ルシオラに代わって、セイリュートが質問した。ふむ、と前置きする吉村。いよいよ自分の専門分野に話が回ってきたとあって、顔が嬉しそうだ。
「一般的には、装飾品や玩具、あとは女性を象った見た目から、安産のためのお守りなんかに使われた説が主流だな。それ以外だと、何故か破砕した状態で出土するケースが多い事から、災厄を払うための呪術の生け贄として使われたという説もある」
分かりやすく解説した吉村に、ほうほうと頷く一同。霊まで何故か輪に混じり、同じ様に首? を縦に振っていた。その事に気付いた横島が視線を向けると、慌ててあさっての方を向く。
(……違うって事か?)
議論の輪から外れ、ひとり横島が訝る。もし吉村の説明通りだったなら、あんな反応はしないだろう。それ以前に、そんな『いかにも』な使い方しかしない物に、あれ程激しく執着するものだろうか?
(……しないよな)
自分を当事者に置き換え、しばらく考えてみた横島が、そう結論付けた。おそらく前提からして違うのだ。セイリュートも『古代人の価値観などわからない』という意味合いの事を言っていた。多分、本来はもっと斜め上の使い方をするに違いない。だからこそあれほどまでに抵抗し、挙げ句の果てには土に溶け込んでまで隠し通そうとして――
「あっ!」
思考を巡らせていた横島がその瞬間、何かに気付く。『隠し通す』という言葉。それに先程見せた霊の表情だ。想像だが、あれはもしかして『羞恥』ではなかっただろうか。もしそうならば、自分は同じ思いを過去に――そう、中学の時に数多く体験している。
「何かわかったのかね?」
つい声をあげてしまったせいだろう。皆の意見を代表して吉村が言ってくる。だが応えている暇は無かった。真実への糸が脳裏を掠めているうちに、さっと土偶に視線を投げる。やはりそうだった。頷き、更に確信を深めた横島が、セイリュートを呼びつける。
『何だ?』
「その……穴の中にあった土偶ってさ。どれもこんな感じだったか? こう、なんとゆーか女っぽい形」
慌てているせいで、適切に言葉が出てこない。それでも意味は通じたのだろう。そうだ、と頷いたセイリュートの言葉に、ついに最後のピースもはまる。
「謎は……全て解けた!」
かっ、と瞼を開いて言い放った横島に、皆が目を瞬かせた。そんな中、ただひとり顔を歪ませた霊に、彼は何もかも納得する。何故あれ程までに抵抗していたのか。その理由が、今は痛いほどに理解できる。ともすれば自分とて同じ行動に走るかもしれない。
確かに価値観は違っていた。嗜好も同じとは言い難い。だがどれほどの時が経とうとも、男としての習性は何一つ変わってはいなかったのだ。
皆の注目を浴びながら、横島がゆっくりと穴を指差していく。せめて自分が引導を。そんな決意を込めて、彼が口を開いた。
「ここは……エログッズの隠し場所だったんだよ!」
ぐわっと顔を強張らせ、横島が告げる。その言葉に反応したのは――誰ひとりとしていなかった。代わりに女性たちから飛んできた冷たい視線に、横島が汗を浮かべる。「な、何だってー」とまではいわないまでも、もう少し暖かみのあるリアクションをしてくれると思っていたのだ。
救いを求めるかの様に視線をさまよわせた横島が、はっと気付く。ただひとり、異なる反応を見せるものがいた。エログッズという言葉を理解したのかは不明だが、シンパシーは感じのだろう。
『オオオ……オオ……』
悲しげな雄叫びに、皆がそちらを向く……そこには、全てを白日の下に曝され、がっくりと項垂れる男の霊の姿があった。
それから、およそ30分が経った。煌々としていた月明かりは、今や薄く白み始めた空に圧倒され、間も無くその役目を終えようとしている。
そんな中、全てを観念した霊は、これまでの事をぽつりぽつりと話していた。
曰く、土偶とは自分たちの時代でいうアダルトグッズに相当するものだったらしい。男たちはそれぞれ理想の女を象った土人形をひっそりと製作し、仲間内でいわゆる『オレの嫁自慢』をしていたとの事だった。壊された土偶が多いのは、単に製作途中で気に入らずに投げ出したり、新嫁が気に入ったために前妻と『離婚』したのが主な理由だったらしい。
ここまで話した後、『何故どれもこれもこんな奇妙な形なのだ?』という問いがセイリュートから挙がった。が、『下手にリアルに作るよりも妄想が捗るだろ?(意訳)』という男らしいコメントを頂き、返す言葉が無かった。
あとは横島が大体想像した通りだった。この時代では珍しく一人住まいだった男は、誰に憚られる事もなく大量の土偶を自主製作していた。仲間内(もちろん男限定でだ)からも神と崇められていた程だったが、病か事故か、とにかくある日、自宅の中で倒れてしまったらしい。
意識が薄れゆく中、男はふと考えた。幸いコレクションの殆どは床下に保管していたが、このままではいつ誰に見つかるとも限らない。死後に自身の秘密を暴露され、笑いのタネにされるなど、死んでも嫌だった。
『その執念が、強力極まりない悪霊を作り出してしまったという訳か……』
長い述懐を終え、最後に涙を溢した霊に、セイリュートが哀れみを湛えた瞳で呟く。断崖絶壁と荒波が欲しくなる様な場面だった。もう死んでいるので飛び降りても意味は無いが。
「わかる、わかるぞ。お前の気持ちが!」
皆が唖然とする中、ただひとり横島だけがもらい泣きをする。一人暮らしという点まで男と同じだ。想像を巡らせる。もしも自分が急死し、美神やおキヌや親があのアパートを整理しにやってきたなら――
「うああああ! 止めてくれええ! そんな憐れみのこもった目で俺を思い出さないでええ!」
頭を抱えて呻きつつ、そんな脳内妄想を熱く披露する横島。本人にとっても、それを間近で見せつけられる側にとっても、色々と恐ろしい光景だった。
もはや収拾がつかなくなってきたなか、女性陣がずっと黙りっぱなしの吉村に目を向ける。今までの諸説を根こそぎくつがえされてしまい、考古学者としてはやるせない思いもあるのだろう。
そう結論し、そっとしておくのが吉と思ったのだが――
「わかる。わかるぞ! 私も40年前は同じ思いを抱いたものだ! 何という事だ。どれだけの時が経とうとも不変のものが存在する。まさに世紀の大発見だよ!」
拳を握り、力説し始めた吉村に、二人が静かに視線をフェードアウトしていった。
そうこうしている間に、共通の思い出を持った三人が、意気投合した様子で肩を組む。世代どころか世紀すら飛び越えた友情? を見つめながら、
『本当に……割りに合わない仕事だったな』
「ええ……」
完全に置いてけぼりの母娘は、心底疲れた様子でそれだけを口にしたのだった。
その後――男同士の盟約に従い、土偶の真実はここにいる者たちだけの秘密となった。ただし土偶そのものは古代の貴重な資料として、大学に引き取られる事となる。
製作者たる霊も、モノ自体が惜しいというよりは、単に真実を知られるのが嫌だっただけなので異存は無かった。
「真実を話したところで誰も信じやせんよ。それに、考古学にはロマンも必要だ。全てを明らかにするのではなく、少しばかり謎が残っていた方がやり甲斐もある」
吉村が語った言葉だ。研究者としてはどうかという気もしたセイリュートだったが、それをとやかく言う立場でもないので黙って頷いた。人間が無駄や不可解に満ち溢れているのは、嫌というほど理解している。
とにかく依頼は――思っていたのとはかなり違う形で――達成した。夜が明け、一日ぶりに戻ってきた大学のロビーで、吉村から報酬の入った封筒を受けとる。
「また何かあれば依頼するよ。知り合いにも君たちの事はそれとなく宣伝しておこう」
『感謝する』
差し出してきた吉村の手を握って、セイリュートが短く告げた。社交辞令を交わしたところで、二人がくるりと振り向き、
『ではあれを回収してくる』
「頼むよ。できれば早いうちに」
昨日と同じ光景を繰り広げている横島を窓越しに見つめて、二人が息の合った言葉を交わした。頷くセイリュート。もう間もなく、エサ――もとい、立体映像装置で姿を変えたルシオラが、彼の前に現れる事だろう。
『さらばだ』
吉村と、その後ろに憑いた男の霊に別れを告げたセイリュートが、転送装置を起動した。
彼女の姿が消えると、吉村がふう、と息を吐く。
「LSTか。最初から最後まで、彼らには驚かされっぱなしだったな」
窓の外にワープした彼女が再び横島に抱き付かれるのを眺めながら、吉村がぽつりと呟いた。横に並んできた霊が、それに同意する。
『ケッキョク、タイジサレナカッタ』
自分を指差し、不思議そうに見てくる霊に、ふふ、と吉村が笑う。
「それが一流のやり方だそうだ。君ほど長く存在して、会話ができる霊など滅多にいないらしい。もう害は無さそうだから、考古学の発展のために役立ててくれと言っていたよ。あと、疲れるからやりたくないとも」
『ヘンナヤツラダ』
その指摘は実に的を獲ていた。はは、と吉村が笑うと、
「だが、気持ちのいい連中だ」
『ソウダナ』
言葉を交わし、吉村が周りを見遣る。誰もいない朝のロビーは、窓から差し込んだ暖かな光が、春の近付きを訴えている。
その心地よさにしばし身を委ねて、吉村が決意する。ただ耐えるだけの長い冬は終わった。これからは、自分たちも新たに一歩を踏み出していかねばならない。
「君には色んな事を訊かないとな。これから忙しくなるぞ」
『アア、コンゴトモヨロシク』
現代人と古代の霊。幾千年もの時を越えた二人の出会いは、一風変わった社名のGSたちによって紡がれたのだった。
――さぷりめんと的な何か その2
もしも美神事務所(三人だけ)が今回の依頼を受けていたら――
「あれが今回のターゲットね」
男の霊を確認した美神は、そう言うとフェンスに首を引っ込めた。装着していた暗視ゴーグルを外すと、ばさりと髪を一振りする。
「この距離でも霊気を感じるんスけど。めちゃくちゃヤバそーなやつじゃないっスか!?」
傍にいた横島が顔をひきつらせて美神に語りかけた。霊に気付かれない位置、今いるフェンスの外側からでも、あの霊の発する気配はびんびんと伝わる。
そーかもね、と気楽そうに、彼女。
「確かにとっても強そう……どうするんですか?」
美神たちの背後で、ちょうど雑魚霊の処分を終えたおキヌが問い掛けた。ネクロマンサーの笛でかき集めた後、まとめて吸引札に送り込み、最後は横島の文珠【浄】で処理する。吸引札の処分費用を浮かすために美神が考案した方法だが、思いの外役に立っていた。
はあ、と美神が嘆息する。すぐに自分に答を求めてくるのは、この二人の悪いクセだった。指導方針を少し改めるべきかしらね、と心で呟き、返答する。
「いい。あんなやつとまともにやり合うだけ時間の無駄よ。オカルトに対抗できるのはオカルトだけじゃないわ。色んな手段を考えて最善の方法をとる。それが一流のプロってものなの」
『はあ……』
心構えを説いたつもりの美神だったが、二人から聞こえてきたのは、そんなわかったかわからない様な呟きだった。その顔に浮かんでいるものを察して、彼女が顔を曇らせる。案の定――
「で、結局どーするんスか?」
気の抜けた顔で結局同じ事を訊いてくる横島に、美神が肩を落とした。
「あんたね……少しは自分の頭で考えたらどーなの?」
「いやーボク考えるのは苦手で……ほら、所詮は美神組の鉄砲玉っスから」
「変な名称を付けるな!」
お約束をこなし、美神が乱れた髪を掻き上げる。気を取り直し、こちらを見つめてくる二人に、彼女はにやりと笑った。
「今回はあれでいくわよ」
そう言って、美神がくいと親指で指し示す。それを追った二人の目に飛び込んで来たものは――美神の愛車、65年型、シェルビー・コブラ427だった。
「話は聞いていたわね、人工幽霊一号。今回はお前に任せるわ。この霊波を発している霊を、地面もろとも吹き飛ばしてちょうだい」
顔付きを仕事モードに変化させた彼女が、車に――正確には車に憑依させた人工幽霊一号に指示を送る。横島たちが顔をひきつらせるなか、了解しました、と返事をした車が、後部ハッチを勢いよく開け放った。
『発射!!』
機械的な号令と共に放たれたミサイルだかロケット弾だかが、煙を吹き上げながら夜空に昇っていく。そのまま綺麗な放物線を描きながら、真っ逆さまに建設予定地へと落ちていった。
「これが私のやり方よ。本編であんなゴリ押しやってるようじゃ、またまだ私の域には届かないわね」
爆風と共に吹き飛んでいく男の霊を背後に、にこりとして美神が告げる。
そんな、一部始終全てが非常識だらけの光景に、
「これを見習えって言われても……」
「こんな解決方法は後にも先にも美神さんくらいだと思うんスけど……」
ただただ苦笑いを浮かべてその場をやり過ごす横島たちだった。
12話をお送りしました。
考古学関係の事はグーグル先生に教えてもらいながらの執筆になりました。ツッコミどころがあれば目をつぶっていただくか、作中設定として考えていただけるとありがく思います。
連載後半の様なバトルで連載初期みたいなオチの話がやりたいと思ってました。あとはルシオラ無双とかチームで大技など、自分の好きな要素を詰め込みまくってます。
読んで下さる方々。応援して下さる方々。いつもありがとうございます。
がっつり書いたぶん、次回はちょっとのんびりした話にしようかと思っています。よかったら引き続きお付き合い下さい。
それでは。