ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド 作:愉快な笛吹きさん
『さて、約束は覚えているな』
小竜姫の隣りに立ったセイリュートが、ヤミ金の取り立てを思わせる口調で告げた。
俯き、肩を落とした彼女がびくりとする。
「……な、何のことだったでしょうか。私にはさっぱり」
「こらこら」
ぷいっとあさっての方を向いてごまかす小竜姫に、横島が汗を浮かべてツッコミを入れる。
当然、そんな子供じみた態度を許容するセイリュートではなかった。彼女に目線を合わせるやいなや、途端に眼光を鋭くする。
『ほう? 勝てば好きにしろと言っていたのはどこの誰だ? 自信満々に、命を以て贖えとも言っていた様だが?』
淡々と切り返したセイリュートに、ううう、と小竜姫が萎んでいく。全力どころか、奥の手の超加速まで披露しておきながら、完膚無きまでやり込められては、言い訳のしようも無い。
そして、この状況こそがセイリュートの狙いだった。逃げ場を奪い、どこまでも追い詰める。
『あいつも私も、後が無い状況で勝負に挑んだのだぞ。それをごまかし、約束を反古にしようなど、竜神のすべき行いでは無いと思うのだが』
ただの敵ならばともかく、親しくしていた旧友に正論で責められるのは、小竜姫にとって何よりもきつい所業だろう。
震えながら俯く彼女に、セイリュートの冷徹な口上が、まるで魔女裁判の様に繰り広げられる。
未熟さと情けなさに、涙を浮かべ始める小竜姫。それら無視して、セイリュートがなおも追求の手を加えようとした、その時――
「も、もうその辺でいいだろ?」
突如、割って入ってきた声に、小竜姫が顔を上げた。
横島だった。自分を庇う様にして、セイリュートの前に立ち塞がっている。
「横島……さん?」
名前を呼ぶと、横島が彼女に首を向けた。真面目にしていれば割と整っているであろう顔からは、ぎこちない笑いが覗いている。セイリュートへのおっかなさと、この場は任せろ、という気持ちが入り混じっているのだろう。
涙でぼやけた視界の中、頼り無さげな、でもどこかほっとする表情に、小竜姫の胸が思わずどきりとする。
「親友だってのに、いくらなんでも厳し過ぎんだろ。小竜姫さまだって反省してるみたいだし、もう十分じゃねーか?」
『親友だからこそ、礼を失するべきではないだろう。お前の方こそ、あれほど苦労したというのに、全てふいにする気か?』
腕を組み、セイリュートが苛立った様に告げる。実際に彼女は苛立っていた。横島の出番は、もっと友人を追い詰めてからの予定だったからだ。見るに見かねてつい口を挟んできたのだろうが、甘いという他ない。
背中に小竜姫を庇ったまま、横島が為す術もなく呻く。分の悪い睨み合いがしばらく続いた後――それまで傍観していたルシオラが、やれやれといった様子で近付いてきた。セイリュートに声をかけると、揃って横島たちから離れた場所に移動する。
『何のつもりだ?』
不機嫌を隠さずにセイリュートが言った。
「あそこで喧嘩してても意味が無いわよ。そもそも、彼女が落ち込んだところをヨコシマが声をかけるって計画なんだし、上手くいってると思うんだけど……」
『まだ早い。あいつの望みを満たすのなら、もっと追い詰める必要があったのだ』
あれ以上責める必要があるのだろうか。背中に薄ら寒いものを感じつつ、ルシオラが、ちなみにどのくらい追い詰めるつもりだったのかを訊ねた。
ふむ、と虚空を見上げ、少しの間考こんでから、セイリュートが答える。
『そうだな……これまでの例だと何を言っても謝罪以外の言葉を口にしなくなった辺りがベストで……どうした?』
ひっくり返っていたルシオラが、かばっと起き上がるなり「却下よ! 却下!!」と切り捨てた。
セイリュートが目をぱちくりとさせる。
『何故だ? 心を開かせるにはそれが一番てっとり早いのだぞ?』
「洗脳してどうするのよ! ヨコシマが欲しいのは愛情でしょ! 友人の人格を崩壊させる気!?」
『そんな事はない。時間が経てばちゃんと元に戻るぞ。単にあいつの言葉には無条件でイエスと言うようになるだけだ。そこまで調整するにはなかなか骨が折れるのだが――』
「もういいわ……」
額を押さえてルシオラが呻く。土地神として人間を率いていたせいか、それとも別の星で生まれたせいかはわからないが、価値観が合わない。思考回路がヨーロッパの魔王と同じだ。
じゃあどうするのだ? と口を尖らせるセイリュート。
「そうね……」
応える代わりに、ルシオラが首をそちらの方向に向けた。
くすりとして、
「とりあえず、そんな事しなくても大丈夫みたいよ」
促されて、セイリュートが振り向いた。見ると、未だ凹んだ様子の小竜姫を、横島があの手この手で慰めている。彼女を立ち直らせようと必死なあまり、セクハラを実行する余裕もない。
しばらく見ているうちに、次第に小竜姫の方にも笑顔が見えてきた。二人で小さく笑い合う場面もあり、随分と良い雰囲気になっている。
「ヨコシマならうまくやるわよ。もう少ししたら帰りましょ」
「やれやれ。不可解だな」
笑いかけるルシオラに、半眼になったセイリュートが、ぽつりと呟いたのだった。
「ど、どうだ……?」
ルシオラたちが戻ってきた事に気付いた横島が、緊張に顔をひきつらせて言った。
彼女が口を開くのを、判決を待つ囚人の様な気持ちで見つめる。
「ええ。許してあげるって」
ね? と言って振り向いたルシオラに代わり、セイリュートが前に進み出る。ふう、と息を吐き出すと、
「私も少し熱くなり過ぎていたみたいだからな。もうこれ以上は言わん」
いつもの口調でそう告げた。少し不服そうな顔はしているものの、全身が凍り付く様な怒りはすっかり納まっている。
横島たちの顔が、ぱっと明るくなった。
「ありがとうっ!! 感謝しますううっ!!」
感極まった様子で小竜姫がルシオラの胸に飛び込んできた。
よっぽど恐ろしかったのだろう。緊張が解け、感涙にむせび泣く小竜姫を、優しく抱き止めたルシオラが背中をさすってやる。
「いいのよ。それより紹介状の方はお願いね。内容の方も少し脚色してもらえるとありがたいんだけど」
ちゃっかり要求を上乗せしたルシオラに、あっさり頷く小竜姫。あの恐ろしい友人を宥めてくれたのだ。たやすいご用だった。そんな事くらいでいいのかと、一瞬彼女が天の使い(自身も天界の住人だが)にも思えたほどだ。
そして――
「良かったっスね。小竜姫さま」
抱き締め合う美女二人に、眼福といった様子の横島が、横合いから声を掛けてきた。
あっ、と気付いた小竜姫が、ルシオラから身体を離し、気恥ずかしそうに俯く。
「よ、横島さんも……その、ありがとうございました」
「え? いやでも結局なんとかしてくれたのはル……妹で」
「で、でも最初に庇ってくれたのはあなたですから。だから、その……」
そのまま口を閉ざしてしまった彼女を、不思議そうに見る横島。その様子を脇から覗いていたセイリュートたちが、呆れ顔で見つめる。
『普段はああなのに、何であんな分かりやすいフラグに気付かんのだ』
「コンプレックスが強過ぎて、自分は女の子に嫌われるキャラなんだって思いこんじゃってるみたいだから……」
彼の言動の数々を思いだし、苦笑いを浮かべたルシオラに、セイリュートが一層呆れを強めた。
ふん、と鼻をならす。
『とにかくエンディングは見えた。とっととあのヘタレに攻略してもらおう』
言うが早いか、セイリュートが、頬を赤らめて俯いている親友の背後に回り込んだ。馴れない空気にまごついている横島へ視線を送る。
(セイリュート?)
小竜姫の背後の相棒に気付いた横島が、視線をそちらに向けた。一度だけ頷いた彼女が、そのまま小竜姫の方に何度も顎をしゃくる。その意味を数瞬の間、思案していた横島が、突然げっ、と目を見開かせた。
それは前もって彼女が決めていた合図だった。台本に従うなら、この後自分は――
(無茶いうな!! 今の空気で小竜姫さまにいきなりそんな事したら……!)
ふるふると首を振る横島。 自分への自信の無さや、自分からのアプローチで『いける』手応えを、これまで感じた事が無いせいもあって、彼は小竜姫の様子を、単にほっとしているだけだと捉えていた。そんな状態でがっつり迫ろうものなら、たちまちにして首から上が飛んでいくに違いない。
そう考え、必死に拒否の意志を示すのだが、視線の先に佇む悪魔はそれを許してくれなかった。よくよく見れば、口元が僅かに苛立っている様に見える。
(ちくしょーー! もうヤケじゃーー!!)
再び彼女が怒り出すのを恐れた横島が、がっしと小竜姫の肩を掴んだ。びっくりした様子の彼女を見つめながら、頭の中で必死に理由を捻り出す。
「小竜姫さま!」
「は、はい!」
突然真剣な目に(当人は命懸けという事もあり)なって自身の名前を呼んできた横島に、小竜姫がどぎまぎとする。
「その……セイリュートとの約束は無しになりましたけど……でも、せっかく勝ったんだから、俺も何か褒美がほしいかなーなんて思っちゃったりしまして」
「は、はあ」
急に話が見えなくなった小竜姫が、困惑した様子で生返事をした。
彼女のリアクションを、拒否されかけている、と捉えた横島が、慌てて言葉を重ねる。
「あ、とはいっても何も小竜姫さまを好き放題にしたいとか、心で思ってはいるけどそんなんじゃなくて、とはいえやっぱりやーらかいよなーとかついつい思ったり……ってまた声に出てんじゃねーかあああ!!」
理由と本音が支離滅裂になり、最後には頭を抱えて自分つっこみを始めた横島に、小竜姫が後頭部に汗を浮かべる。
やはり付け焼き刃の告白ではダメだったのだ。もはやこれまでと、横島が強行手段に出る。
――どうせ死ぬなら最後に良い思い出を。
そんな打算と共に、彼女の肩をしっかと抱いた。
「小竜姫さま!!」
「は、い――――!?」
名前を呼んだと同時、横島が唇を小竜姫の口元に押し付けた。返事をしかけた彼女が、一瞬、唖然とし――みるみるうちに顔を赤くしていく。
( やーらかいなー!! 気持ちいーなーー !!)
小竜姫の唇を、横島が涙を流して味わう。だが幸福な時間は長くは続かない。
くぐもった声と共に、彼女が胸を拳で叩いてくる。その仕草は、生死の瀬戸際に立たされている彼にとって、まるで心臓を抉り出す予行演習のように思えた。
決意する。ここまで来ればもう躊躇はしない。冥土の土産を心行くまで堪能すべく、更に奥へと踏み込む。彼女の頭を抱えると、一層深く唇を押し付けた。以前メドーサにもヤられた、いわゆるディープなやつだ。
「――――――――っ!!」
涙に潤んでいた小竜姫の目が、一際大きく跳ね上がった。まな板に乗せられた魚の如く激しく拳を打ち付けるが、それでも横島は離れない。それどころか、なおも執拗に唇を攻め立てていく。
そうしているうちに、次第に彼女の拳が弱々しくなっていった。もぞもぞと彼の胸を行き来し――最後にぴくんと震えると、静かに彼のシャツへと収まった。
そんな、小竜姫が少年誌の枠をはみ出そうとしている少し前――
キスをしたのを確認すると、セイリュートがルシオラの元に戻ってきた。
恋人が他の女とそういった事に及んでいるのは良い気分では無いだろう。なればこそフォローしようかと思っていたのだが――意外な事に彼女は落ち着いていた。
『お前は……嫉妬したりしないのか?』
「そう見える?」
彼女がそう言って、苦笑をよこしてきた。
「ヨコシマと魂を共有した影響かしらね。ヤりたいとかハーレムを作りたいとか……そういう気持ちが何となく理解できる様になっちゃって……もちろん、理解できるだけで、あまりいい気はしないんだけどね」
『……そうか。すまない。無遠慮な質問だった』
「いいのよ。それに――」
くすり、と笑い、
「理由はどうあれ、この時代に来て、ヨコシマが一番最初に私を選んでくれたのは事実だもの。それだけで今は十分。それに、今の立場なら、誰よりも長く一緒にいられるしね」
殊勝な言葉と共に、横島への想いの深さを溢れさせるルシオラ。
セイリュートが、ふっと笑い返した。
『できた娘だな。あいつには勿体無いくらいだ』
「ありがと。あいつといえば……そろそろヨコシマたちも終わった頃かしら?」
ルシオラの言葉で、セイリュートが再び横島たちに視線を向ける。いつの間にかディープなそれに移行していた横島の愛情表現に、小竜姫は完全に沈黙していた。その顔はすっかり紅に染まり、くたっと力の抜けた身体は、行き所を無くした様に彼にもたれ掛かっている。
「さ、流石にこれは……やっぱり、ちょっと悔しいかも」
ああいったキスは未経験だった。小竜姫に先を越され、ルシオラが顔をひきつらせる。
そんな娘の声をしっかりと捉えていたセイリュートが、
『そういえば――』
ふと思い出したかの様に呟く。
『そろそろ夕方になる。夜の下山は危険だし、今日はここに泊まるぞ。私は小竜姫と話をするから、お前たちは先に休むといい』
それが何を意味しているかは言わずとも知れただろう。横目で見ると、ルシオラがぱっと顔を輝かせたのがわかった。
本来であれば、計画に邁進してもらうためにも、横島には常に欲求不満の状態でいてもらうつもりだったのだが……今回は二人が尽力してくれた事もあり、また、娘ならば上手くあいつの手綱を握るだろうとの目算から、多目に見る事にした。
「あ、終わったみたいね」
ルシオラの声に引き戻されたセイリュートが、再び横島たちを見遣る。拳を握り、思い残す事は無いといった面持ちでじーんとしている彼の胸の中には、顔を茹で蛸の様にして気を失っている小竜姫の姿があった。
『日に二度も竜神を沈めるとは……大したやつだ』
本気とも冗談ともつかないセイリュートの呟きが、異空間の大地にそっと染み込んでいくのだった。
6話をお送りしました。
書いていくうちに一番内容が変わった回でした。当初は
つい言い訳してしまった小竜姫さまにセイリュートがダメだし
↓
止めに入る横島
↓
自らを悪役にした事により無事に小竜姫さまとのフラグ成立
↓
良い雰囲気の中、こっそり文珠発動。【伝】やら【操】やらでセイリュートが横島の口を操作し、小竜姫に決めセリフ&キス(ここまで台本通り)
↓
『これでも昔は落とし神と呼ばれた事もあってな』
「さすがママ。そこにしびれる(ry」
みたいな感じでした。文珠の文字がオリジナルなのに抵抗あったのと、GS特別編でセイリュートが生き甲斐を感じるくらい土地を守る事に執着していたという事だったので、それなら後ろ暗い事の10や20はしてるだろう、と思い、こんな感じに落ち着きました。
おかげで小竜姫さまがエロゲヒロインみたいになってしまいましたが。
読んで下さる方々。いつもありがとうございます。
妙神山での話はあと二話くらいで終わる予定です。良かったら引き続きお付き合い下さい。
それでは。