ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド   作:愉快な笛吹きさん

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ヒーローズ・カムバックの単行本が発売してたので購入。

印刷のせいか、後編見開きの甲冑横島がサンデー掲載時より数倍かっこよく見えてしまいましたw


リポート⑦ ひとつウエノ男

「で、では紹介状の方は今から書きます。今日中に下山するんですか?」

 

 小竜姫悶死事件(命名セイリュート)から数十分。どうにか喋れるほどに回復した小竜姫が、これからの予定について訊ねた。

 セイリュートが横島を見ながら、

 

『いや、こいつの霊力も残り少ないし、無理はさせられん。すまんが一晩ここに泊めてはくれないか?』

 

「え、ええ、それはもちろん……」

 

 横島の方をちらちらと見ながら、小竜姫が応じる。最後に彼と目が合うと、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いてしまった。

 

「そ、そんな……あの小竜姫さまが……」

 

 その当人が顔を引きつらせて呟く。

 あの死の試練(本人談)をどうにか乗りきった後――セイリュートたちの説明もあって、彼女の向ける視線がどういったものなのか、いかに鈍感な彼でも流石に理解できた。

 瞑目し、苦渋に満ちた表情を作りながら、

 

「小竜姫さまがキス一発で落ちる様なちょろい女やったなんてーー! こんな事なら強引にでも奪っておくんやぶっ!?」

 

 がに股で、手の指先を折り曲げた奇妙なポーズで嘆く横島。流石に看過できない発言に、ルシオラが拳を以て黙らせた。

 血を噴き上げて地面にうずくまる彼を、青筋を浮かべて見下ろす。

 

「いくらなんでも失礼でしょ! 何でそーいう答えになるのよ!!」

 

「今までどんだけ迫ろうと全然相手にされんかった女がこーもあっさりいけば、そんな結論にもなるわーー!」

 

 殴られた箇所を押さえつつ、横島が涙を噴き上げて訴える。

 本気でわかってない様子に、ルシオラが呆れのこもったため息を吐いた。

 

「だから前にも言ったじゃない。流れってものがあるのよ」

 

「ま、また流れか?」

 

 嫌いな食べ物を前にした様な顔で訊き返す横島に、ルシオラがああ、と思い出す。そう言えば、彼はいつも見境なしに襲いかかってきた事を。

 決して嫌な訳ではなかったが、もう少し分別をわきまえて欲しいとは思っていたのだ。

 

「……ルシオラ?」

 

「え? ああ、ご免なさい」

 

 反応が無くなったのを不審がったのだろう。声をかけた横島に返事をしつつ、よし、とルシオラが決意する。セイリュートの計画にプラスにもなるし、この際彼にはそういった事も学んでもらう事にする。

 

「そうね。簡単に言えば、今回はママがセクハラしない様に禁止してたでしょ? それで彼女がヨコシマに悪印象を持たなかったんじゃないかしら」

 

 ぴん、と指を立て、教師を思わせる口調でルシオラが指摘を始めた。

 

「い、いやでも俺はただ愛情表現を示しているだけで……雑誌にも、出会った時は多少強引なくらいがいいと書いてあったぞ」

 

「そーいう愛情表現は付き合ってから起こすべきだと思うんだけど……仮にもし、私と最初に出会った時にそれをしていたら、本当に殺していたでしょうね」

 

 目を細め、さらっと言ってきたルシオラに、横島が背筋を凍らせる。あの時はあまりにも力の差があり過ぎたせいでそんな事をしようとは微塵も思わなかったが、考えてみれば恐ろしい話だ。彼女たちがアシュタロスの遣いだと告白していなければ、迷わず突撃していた可能性もある。

 自分の悪運に密かに感謝した横島だったが――その瞬間、はっと気付いた。天啓といってもいいだろう。

 思い浮かんだ一つの仮説から、彼の脳が未だかつて無いほどに回転する。そうして導き出したある一つの仮説について、彼は訊ねた。訊ねなければならなかった。

 

「て事はだぞ。もしかして、今までうまくいかなかったのは……出会った瞬間に飛び掛かったりしていたから……?」

 

「多分ね。急にそんな事されたんじゃ誰だってびっくりするわよ。ナンパ? とかあーいうのはまた別だとは思うけど」

 

 ルシオラが答えた瞬間、横島がびしりと凍り付いた。ショックで脳が過負荷を起こしたらしく、しばらくの間、時間が止まったかの様に動かなくなる。

 

 そして――

 

「そ、そんな……まさか……」

 

 ぐらり、と頭が揺れる。そーいえば、自分に好意を持ってくれていると感じた四人――おキヌ・シロ・小鳩・ルシオラ――に対しては、確かに、出会ってすぐにセクハラをかましたりはしなかった。

 おキヌについては抱きついた事もあったが、当時は幽霊だったうえに、冬山で遭難しかけたところを暖めてもらう人命救助の一環だったのでノーカンだろう。

 平行感覚を失い、横島が手を付いた。四つん這いになった状態のまま、わなわなと身体を震わせる。そうして衝動の様に沸き上がってきた思いを、彼はあるがまま地面に吐き出した。

 

「そんな……そんなしょーもない理由で、俺は数々のチャンスを無に帰してきたとゆーのかあああ!!」

 

 叫び、拳を大地に叩き付ける横島。

 美神をはじめとする女性陣に、何度となく言われてきた事ではあったのだが――彼自身が美神と出会った頃からずいぶん落ち着いた事。一度はルシオラと死別し、その時にヤリたいだけで頭がいっぱいのあまり、相手の気持ちを思いやろうとしなかった自分を激しく後悔した事。そして何より、『うまくいった』彼女に直接言われた事によって、彼は今ようやく理解したのだった。

 

『その通りだ! やっとわかってくれた様で嬉しいぞ』

 

「ママ?」

 

 いつの間にかこちらに来ていたセイリュートにルシオラが応じた。

 

「彼女……小竜姫さまは?」

 

『紹介状を書きに戻った。なんでも上司の許可がいるらしい』

 

 セイリュートの言葉に、ルシオラが小竜姫のいた方を見遣る。自分たちが来た脱衣所とは別に、光でできた四角い扉の様なものが中空に浮いていた。

 納得して、視線を戻す。

 

『前もそうだったが、お前は余計な事さえしでかさなければ中々優秀なやつなのだ。小竜姫を最終的に陥落させたのは、紛れもなくお前の力だ』

 

「力はともかく、セクハラを控えて、親身に彼女を励ましたのが決め手になったんでしょうね」

 

「そうか……」

 

 二人の分析を聞いて横島がすっくと立ち上がった。今ならわかる。あの親父の息子なのに何故こうもモテなかったのか。思考レベルはまったく同じ。明暗を分けたのは、たった一つの余計なアクションだったのだ。

 横島の口から何かが洩れ出す。徐々に大きくなっていくそれは、歓喜の高笑いだった。

 

「ついに……ついに俺の時代がきたぞーーーー!! 見ていろクソ親父! 西条! 世の節理を完璧に理解した俺に、もはや死角など無い!! こうなったからには、あのねーちゃんもこのねーちゃんも、全て俺のもんじゃーー!!」

 

 異空間の大地に高らかに宣言する横島。再び高笑いに転じた彼の後姿を、汗を垂らして見つめていたセイリュートたちだったが、

 

「……というわけで、どうぞこれからもこのわたくしめをお導きください。セイリュートさま」

 

 笑いを止め、振り向くやいなや、揉み手をしながらコビを売り始めた横島に、すってんとルシオラがひっくり返る。

 

「さ、さっきの宣言は一体……」

 

「いやーセクハラがいかんとゆーのはわかったが、流れとか言われてもまだよくわからんしな。こいつの言う通りに従ってたほうがうまくいくだろ」

 

「た、たぶんね」

 

 洗脳、もしくは隷従させようとしていた母の行動が適切とは思えないものの、とりあえず空気を読まない行動は控えてくれるらしかった。

 安堵したルシオラに入れ替わり、セイリュートが口を開く。

 

『理解してくれた様だな。なら今後もこの調子で協力者を増やしていくぞ』

 

「了解」

 

「わかったわ」

 

 三人の意思がまとまったところで、ちょうど小竜姫が扉から出てきた。入ったときとは正反対に、その表情は固い。

 何かあったのかとセイリュートたちが訝しんだ瞬間、扉から新たな人物が現れた。いや、正確にいえば人ではない。見た目こそ人民服の姿で煙草をくわえ、大きな眼鏡をかけているが、その肉体はどこから見ても猿そのものだった。

 

「私の上司で、猿神【ハヌマン】こと、斉天大聖老師です」

 

 小竜姫が紹介すると、斉天大聖――老師――が前に歩み出た。そのまま少しばかり横島たちを見つめると、

 

「ふむ。中々の霊力じゃな。流石に小竜姫を負かしただけの事はある」

 

 眼鏡をくいと上げ、感心した様に言ってきた。ただし、対象はまるっきり違ったが。

 視線を向けられたルシオラが、え? と口を開け――慌てて否定する。

 

「い、いえ私じゃなくて。戦ったのはヨ……兄さんの方です」

 

 焦ってつい名前を呼びそうになるルシオラ。その兄の方を向けば、案の定落ち込んでいた。ぷるぷると肩を震わせて、

 

「ちくしょー! そんなにまで俺の活躍が信じられんとゆうのかーー!!」

 

「ま、まあまあ兄さん」

 

 癇癪を起こして暴れる横島を、ルシオラが必死に宥めすかす。

そのやり取りで、ようやく言い忘れていた事に気付いた小竜姫が、慌てて老師に説明した。

 

「なんじゃ、違うのか。てっきりそこの娘がやったのかと思ったわい」

 

「すみません。説明不足でした。でも、どうして彼女が? 私の見立てでは、取りわけ霊力が高い様には見えませんが……」

 

「それがわからん様ではまだまだ青いぞ小竜姫よ。人間に遅れをとるのも道理じゃな」

 

 厳しいダメ出しに、すみませんと小竜姫が頭を下げた。反省を促すためだろう。しゅんとする彼女を尻目に、老師が黙々と煙草をくゆらせる。

 あっさり過ぎず、くど過ぎず。そんな絶妙な間の後、最後に大きく煙を吐き出して、老師が続けた。

 

「とはいえ、その中でもかなりの変わりダネには違いないがな。文珠使いか。恐らくは相当入念に準備してきたんじゃろう」

 

『その通りだ。斉天大聖老師どの』

 

 成り行きを見守っていたセイリュートが、初めて口を開いた。視線がこちらに向いたのを見て、続ける。

 

『お初にお目にかかる。私の名は星龍斗。元は土地神をやっており、そこの小竜姫とは古い友人でもあります』

 

 襟を正して自己紹介をしたセイリュートをふむ、と老師が見つめる。そのまま少しずつ視線と霊圧を鋭くしていくが――当の彼女はどこ吹く風といった様子だ。

 納得し、鼻から息を抜く。

 

「なるほど。大したタマじゃな。素直な小竜姫では、手玉に取られるのも無理はない」

 

 『神界屈指の実力者と評されるあなたに褒められるとは。光栄の至りだ』

 

 ふ、とセイリュートが笑う。流石にこのクラスの神族相手に隠し事が通じるとは思っていない。今回の騒動の首謀者である事を、素直に白状した。

 煙を吐き出して、老師がぽつりと告げる。

 

「という訳じゃ。うまく担がされたな小竜姫よ……目的は紹介状じゃったな?」

 

『ええ。それもできれば妙神山管理人を打倒したという証明を添えて』

 

 セイリュートの言葉に、小竜姫がはっとした。そちらに首を向ける。

 

『すまんな。本当はそれが狙いだったのだ。ああでも言わないと、お前は管理人の枠を越えて本気を出さなかっただろうし、要求に頷きもしなかっただろう?』

 

「星龍斗……」

 

 複雑そうな表情を浮かべる小竜姫。

 それに構う事なく、セイリュートが再び老師の方に向き直った。

 

「仮にそれを得たとして、何に使うつもりじゃ?」

 

 問われ、セイリュートが横島たちに視線を向ける。

 

『この二人にGSになってもらいます。色々あって正規の方法では免許を取得できないため、少々型破りな方法をとる事にしました。実力に関してはあなたも知る通り。あとは強力な宣伝文句が必要なのです』

 

「悪用はしないのじゃな?」

 

『友人に嫌われたくはないので。うまく波に乗るまでの間だけ使わせてもらいたい』

 

「ふむ……」

 

 それを最後に、老師が黙り込む。横島たちの経歴を除けば、概ね正直に話したつもりだった。

 伝え聞く限りでは人格者であり、横島の記録からもそれは確認した。この場に出てくる可能性は低いと思っていたが、出てきたとしても、素直に話せば問題は無い筈だ。

 再び煙を吐き出す老師。先端に溜まった煙草の灰を地面にばらまくと、静かに告げた。

 

「まあ良かろう。元々、小竜姫を破ったやつがどんな連中なのかを見たかっただけだからな。あやつの友人なら悪用もすまい」

 

『感謝する』

 

「うむ。後の事は小竜姫に頼め。では」

 

 言って、踵を返した老師が元来た扉へ戻ろうとした、その時――

 

「待って下さい!」

 

 突如上がった声に、その足がぴたりと止まった。振り返ると、声の主であるルシオラが、すっ、と前に進み出た。

 

「あの……さっき私が小竜姫さまを破ったと間違われたのはどうしてですか?」

 

 緊張した面持ちで訊ねるルシオラに、ふむ、と老師が顎を撫でる。

 

「そんな事か。単にお前の中に眠っている力を量ってみただけじゃ」

 

 さらりと告げた老師に、はっとしたルシオラが、そのまま何かを思案する様に黙りこんだ。

 声をかけようか横島が迷っていると、突然ルシオラがくるりと振り向いた。そのまま彼を見つめ、

 

「怒らないでね」

 

「えっ?」

 

 そう告げて薄く笑うと、再び老師の方に向き直った。表情を固く引き締め、決意する。

 

「私に……修行を受けさせて下さい!」

 

「いっ!?」

 

 

 頭を下げ、大声で頼み込んだ彼女に、背後の横島が顔をひきつらせる。猿神の修行がどれほど過酷なものか、彼は身を以て理解していた。失敗すれば命が無くなる事も。

 

「ルシ――」

 

 彼女を止めようと手を伸ばしかけた横島だったが、その瞬間、先程の彼女の顔が思い浮んだ。はっとして、その意味を想像する。そうして出た結論が、

 

(信じろ、って事なんだよな。多分)

 

 心で呟く中、思い出したのは門の前でへたり込み、小さくなったルシオラの姿だった。自身の非力さに嘆き、何とかしたいと願う気持ちは、自身も経験があっただけによくわかる。

 

 ならば――

 

 宙ぶらりんになっていた手を横島が下ろす。今すべきは、彼女を止めるのでは無く、見守る事だった。そう決断し、傍らのセイリュートを見る。頷いてきた彼女に、自身の判断が賢明だった事を自覚する。

 

 老師は黙ったままルシオラを見据えていた。隣にいる小竜姫の方も――本来ならば老師の修行は彼女の出す課題をクリアしてからなのだが――こういった時は上司に委ねるべきだと早々に判断したのだろう。静かに控えている。

 重い空気が漂う中、ルシオラはじっと老師を見返す。並々ならぬ決意が、彼女の中に渦巻いていている様だった。その事を感じとったのだろう。ふう、と息を吐いた老師が、

 

「やれやれ。今日は何かと騒がしい日じゃな」

 

 呑気な口調でそう言ってから、ぎらりと目つきを変えた。

 

「できぬ時は死ぬ事になる。それでも良いのじゃな?」

 

「はい!!」

 

 周囲にも自身の決意は伝わったのだろう。力強く返事をしたルシオラを止めるものは、もはや誰もいなかった。




7話をお送りしました。

横島がセクハラを控える事になりましたが、結局はあまり変わりません。ただ、こうして紐をつないでおかないと、原作っぽく動かせばすぐにR―18タグをつけなければならない状態に陥りそうなので。

ルシオラの修行についてはさくっと終わらせる予定です。どんな形で力を取り戻すかは……原作をある程度読んでいる方なら大体想像がつくかと。

おかげさまでランキングに顔を出す事ができました。

読んで下さる方々。応援して下さる方々。いつもありがとうございます。

予定通り次回で妙神山の話を終われそうです。少し字数が多いためGW明けくらいの投下になるかもしれませんが、良かったら引き続きお付き合い下さい。

それでは。


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