ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド   作:愉快な笛吹きさん

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8話投下後からの反響の大きさにびっくりしました。応援して下さり本当にありがとうございます。


モグリGS編
リポート⑨ 正しい仕事選び


「ヨコシマ・サイキック・カンパニーってのはどうだ?」

 

 半分ほど中身を減らした紙コップを持ちながら、横島は自信満々な面持ちで告げた。

 

「悪くはないけど……この時代のおまえもいるのにそんなにはっきり名字を出しても大丈夫かしら?」

 

 円形のカフェテーブルを挟み、ルシオラがうーんと考えてから答える。セイリュートの作業が終わるまでの暇潰しに始まった雑談は、現在この三人のチーム名の考案へと話題が移っていた。

 といっても彼女の方は、横島ほど真剣に考えているわけではない。だからこそ冷静な指摘もできたのだが――

 

「だーいじょーぶだって。こんな便利な機能があるんだし」

 

 ぺろりと舌を見せた横島が、左手の甲に付着しているボタンの様なものを押した。その瞬間、彼が黒服をまとったやや髪の薄い中年の男性の姿から、いつものものへと戻る。

 簡易式の立体映像発生機だ。この建物をうろついていても怪しまれないようセイリュートが貸し与えたもので、その気になれば顔や性別すらも変えられる優れものだ。

 

「ダメよ。こんな所で使っちゃ。誰が見てるとも限らないんだから」

 

 とはいえ、だからこそ外で軽々しく変身すべきではないだろう。そう思い、横島を諌めたルシオラが、念のため辺りを見回す。幸い昼下がりという事もあり、客の類はここに来た時から一人もいなかった。唯一の店員であるレジ係の中年女性も、自分たちの目当てが自販機である事がわかるや、裏の調理室へ引っ込んだままだ。

 つまるところ、この食堂は無人だった。ほっとした後、ルシオラが怒った様に頬を膨らませる。

 

「わ、悪い。こいつを使うのが楽しすぎて、つい」

 

 左手をぷらぷらさせて横島。雲行きが怪しくなってきたのを察したのか、若干声が上ずる。

 そんな彼にルシオラがはあ、と息を吐いた。

 

「昨日散々試したでしょ? 美神さんに化けて服を脱ごうとした事、忘れていないわよ」

 

 ね? と結び、笑顔で圧力をかける彼女。あくまで立体映像だったため、横島の目論見は外れたのだが、その時の母と娘からの視線は何とも冷たいものだった。とはいえ、それでも「ならば最初から真っ裸を思い浮かべれば解決じゃー!」と突貫するのが彼だったのだが。

 結果――昨日は夕陽が沈む中、東京タワーに逆さ吊りにされる羽目となった。ルシオラにとっては、何とも嫌な約束の果たされ方だ。

 

「わ、わはは。あ、そろそろ調べ終わった頃なんじゃねーか?」

 

 露骨に話題を変える横島に、もう、とルシオラ。「何故自分に化けなかったのか?」とか、「やはり胸なのか!?」など、言いたい事が山ほどあったのだが。そこは勝手知ったる仲だった。まあヨコシマだし、の一言で片付ける。

 と――

 

『ああ、終わったぞ』

 

 ちょうどルシオラが緊張を解いたタイミングで、横合いから声が飛んできた。見ると、二つ隣のカフェテーブルに腰をかけたセイリュートが、不機嫌そうにこちらを向いている。

 

『協会誌に載っているここ半年間の依頼を全て網羅した。その中で、ずっと掲載され続けているものが五件あったな』

 

 テーブルに目を落とし、セイリュートが告げた。ひとり陣取ったテーブルの上には、幾つものぶ厚い冊子がどんと積まれている。彼女が調べ始めた際、試しに横島たちも覗いてみたのだが――あまりの数の多さに早々にギブアップした。こういった作業は彼女の方が手馴れてそうな事もあり、一任する事にしたのだ。

 

「お、お疲れ様、ママ」

 

「あ、ずるいぞ。俺一人だけ悪者じゃねーか」

 

 ぱたぱたと駆け寄って母を労うルシオラに、取り残された横島が不満の声を上げる。こういう要領の良さを発揮するところは、本当に娘っぽい。

 相棒の機嫌を取る事は早々に諦めると、仕方なく話を進める事にした。

 

「で、何でそんな面倒な事をしてたんだ? フリーの依頼なら協会誌にいくらでも載ってるだろ?」

 

 それこそ自分たちがげんなりする程の数だ。ふん、とセイリュートが息を洩らす。

 

『今の私たちは正規のGSでは無いからな。そんな調子で片っ端から依頼をこなせばすぐに目をつけられる。最悪そのままお縄だ』

 

「ぞっとしねーな」

 

 実際に何度もお縄にされた事のある横島が、途端に顔を歪めた。ついでに浮かんできた憎い恋敵の顔を、何度も油性マジックで塗り潰してやる。

 

『だからこそ最初は慎重に事を運ぶのだ。この五件の依頼をお前はどう見る?』

 

 セイリュートに問われ、横島がうーんと考えこむ。

 そもそも美神の場合は、その依頼の殆どがクライアント側からの持ち込みだった。バイトを始めた頃などは、てっきりそれが普通なのかと思っていたほどだ。

 だが、依頼を持ち込むというのは、クライアント側によほど余裕がないとできない。人件費・交通費・除霊道具などの必要経費ete……それらひとつひとつを事細かに交渉していっては、時間がいくらあっても足りないからだ。『全部まとめてこれで』にした方が迅速に事が進めるし、それがGS側に有利な金額であればなおさらだ。

 実際、彼女が依頼料を受け取るところを何度か見たが、そのどれもが半端無い金額だった。一流のGSに頼むというのはそれ程金のかかるものなのかと実感させられたものだ。もちろん、彼女がめいっぱいアコギにやってる結果でもあるのだろうが。

 ではそこまでの金額が用意できない場合は? それが協会誌に載ってる依頼の数々だった。条件その他で一流どころに断られた依頼人が、希望する条件を明記して、GS協会本部に案件を持ち込むのだ。協会本部はそれらを協会誌という形で発行する事で、未だ日の目を出ないGSたちが仕事にありつく事ができる。実際、美神に断られた依頼のいくつかは、この会誌に掲載されている事もあった。蹴った事を本人はへとも思っていなかったが。

 

「わからんが……単に誰もやりたがらない除霊って事なんじゃないか?」

 

 自信無さげに答える横島。完全に当てずっぽうだったが、どうやら正解だったらしい。いつの間にかルシオラに後ろから抱きかかえられていたセイリュートが、うむ、と頷いた。

 

『その通りだ。こういった依頼形式の仕事は、概ね四つの種類に大別できる。実入りが大きく危険が少ないもの。実入りは少ないが危険も無いもの。実入りはでかいがリスクもでかいもの。最後が――』

 

「実入りが少ないけど危険な仕事……要は割りに合わない仕事って事ね」

 

 だんだんと話がわかってきたのだろう。セイリュートの頭上からルシオラも会話に混じって来た。

 

『その割りに合わない依頼がこの五件という訳だ。半年以上掲載されているという事は、もはや大多数のGSたちに見放されている証拠だろう。一流どころには報酬面でそっぽを向かれ、二流では危険過ぎて手を出せない』

 

「それ以下ならどーなんだ?」

 

「安請け合いした結果、返り討ち……ってとこかしら?」

 

 さらっと答えるルシオラに、横島が顔をひきつらせる。除霊に失敗したGSの末路は、写真や映像で何度となく見ていた。

 セイリュートが頷く。

 

『そういう事だ。そんな事を繰り返された依頼者にとって、もはやGS免許など何の意味もないだろう。欲しいのは確かな実力だ』

 

「そのための紹介状……ううん、証明書って事ね」

 

 言葉を引き継いだルシオラに、なるほどな、と横島が頷く。確かに、入手経緯を考えれば、これほどはっきり実力の高さを証明できるものは他に無いだろう。依頼者が妙神山の存在を知っているかは微妙なところだが、それならそれで鑑定なり何なりしてもらえば問題は無い。もっとも、見た目にもかなり格調高い代物ではあるため、まず問題無いとは思うが。

 と、

 

「実力を示すなら、依頼者に直接能力を見せるなり何なりすれば良くないか?」

 

 ふっと思い浮かんだ疑念を、何となく口にした横島だったが、その一言はセイリュートを失望させるものだったらしい。再び口元を固くした彼女が、大きくため息を吐く。

 

「素人の依頼人に、霊能力の良し悪しがわかる筈がないだろう。そもそも、人前で力をひけらかして仕事を乞うなど、三流のする事だぞ」

 

「ううっ」

 

 セイリュートの叱責にたじろぐ横島。彼女の言葉は、裏を返せば『お前は一流なのだから』と言っているに等しい。

 頭を掻きつつ、彼女の信頼を軽く扱った事を謝った。

 

『というわけで、まずはこれらの依頼を全てこなすぞ。割りに合わない除霊を片付けていく事で、依頼人たちの注目を引き付けるのだ。実力は十分、料金も安いとなれば、すぐに一流どころからも客を奪えるだろう』

 

「えげつないやり方やなー」

 

 セイリュートの言葉に、横島が腕を組み、しみじみとする。彼自身も美神が一時期不在になった時、代理として事務所を斬新な手法で切り盛りした事があったが……それはあくまで業界のルール内での話だった。今回みたくダンピングも辞さない業界荒らしじみた行動でのしあがっていく方法は、ちょっとダークヒーローっぽい感じで憧れる半面、根が小心者の彼にとっては若干腰が引けるものでもある。

 その一方で、危険な除霊が続く事に対する恐怖は殆ど無かった。本気の小竜姫を倒した事で自信を深めたせいもあったのだが、何より――

 

「……? どうかした?」

 

 視線に気付き、ルシオラがこちらを見返して来た。元はアシュタロス直属の部下であり、その気になれば小竜姫と互角以上の実力を持つ彼女が共にいる事は、本当に心強い。

 ふっと笑みを洩らすと、

 

「ん、いや……お前がいてくれて本当に良かったなーって思ってさ」

 

「え!?」

 

 完全に不意打ちだった。横島の言葉と表情に、ルシオラの顔がさっと赤くなる。「戦力的な意味で」と言う肝心な一言が抜けていたため、そのままの意味で受け取ってしまったのだ。

 

「わたしもよ。ヨコシマ。おまえがいてくれて、今とっても幸せ!」

 

 とはいえ、それだけでは終わらないのがルシオラという女だった。だてに鈍感な横島をその気にさせてはいない。受けた愛情は更に倍返しするのが彼女のセオリーだ。

 満面の笑みを浮かべると、日頃から抱いている想いを臆面なく言い放つ。どストレートな物言いに、今度は横島が赤くなる番だった。

 

「え、あ、いや……」

 

 言葉足らずだった事に横島がようやく気付いたが、もう遅い。にこにこしながら全力で好き好きオーラを振り撒くルシオラに、煩悩が「いいコじゃないか。もうゴールインしたまえ」とひっきりなしに囁く。その声が顔中に落書きの跡を付けた恋敵だったのは癪に触るが、ともあれその提案には賛成だった。

 

「ルシオラーー!」

 

 叫び、横島が一息で彼女に飛び掛かった。 ロケットの打ち上げ作業よろしく、靴・ズボン・上着と、空中で衣服をパージしていくと、唇をタコ状に変えていざ着陸体勢へと入る。が、

 

『誘惑するのは後だ。とっとと依頼人に会いに行くぞ』

 

「はーい」

 

セイリュートと連れ立って、ひょいとルシオラがテーブルを離れる。その脇を掠めて、公序良俗に反した男が、無人となった椅子を派手にひっくり返した。

 

『……無機物にまで手を出すのは流石にいき過ぎではないか?』

 

 起き上がった横島を、セイリュートが本気とも冗談ともつかない言葉で出迎えた。

 違うわー、と返す。

 

「どうせこんなこったろーと思ったよ! チクショー!」

 

 両目に涙のレールを浮かべ、よろよろと服を回収する横島。お約束とはいえ、あちこち身体をぶつけたおかげで猛烈に痛い。ずきずきとした感覚を引きずりつつ、傷が治るよう、さっさとページが進んでくれる事を願う。と、

 

「ヨコシマ」

 

 背後からルシオラに呼び止められた。「何だよ」と横島。先ほど求愛をかわされた事もあり、目一杯不機嫌そうな顔で振り向く。

 その瞬間――

 

「!」

 

 笑顔を浮かべて待っていたルシオラが、すっと顔を寄せてきた。唇に柔らかな感触が溢れていく。その心地よさに、先程まであった欲求不満は瞬時に鳴りを潜めてしまった。

 

「ごめんね。今はこれが精一杯」

 

「そんな宮○アニメみたいな事を言われても」

 

 唇を離し、苦笑しながら告げるルシオラに横島がツッコむ。今じゃなきゃいいのか。どこまでなら許されるんや。呻きながら、そんな疑問が頭を巡る。と、

 

「おまえが美神さんの事を吹っ切ってくれるのなら、いつでも構わないんだけどね」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 考えに気をとられたせいで、ルシオラの言葉を聞きそびれてしまった。もう一度訊ねたが、何故か彼女は頬を膨らませるだけだ。

 

「何でもないわ。早く着替えて行きましょ」

 

 ぷいっと首を背けて、セイリュートのいる方に戻っていくルシオラ。

 もぞもぞと着替えながら――女はよーわからん、と思う横島だった。

 

 その後、再び唐巣神父に変身して、ここ――GS協会本部――から引き上げた横島たちだったが、どうにも細かいディテールが違っていたらしい。そのせいでしばらくの間、本人の髮に関して、悪い方向への疑惑が流れるのだが。

 後日、その事を知った彼らは、心底すまなそうな顔をしたという。

 

 

 ――さぷりめんと的な何か――

 

 

「ふうん。協会誌って何も依頼だけじゃないのね」

 

 セイリュートが作業を始めてからおよそ10分。自分で調べる事は早々に諦め、目まぐるしく瞳を動かして依頼のひとつひとつを確認している彼女の姿にも見飽きた頃、テーブルの向かいで協会誌を読んでいたルシオラから感嘆の声が上がった。

 

「本部が出してるからな。有名なGSからのメッセージや長者番付。果ては新しい除霊道具の紹介なんかまである。暇潰しに読むと中々面白いぞ」

 

 GSとしての知識については一日の長がある横島が、ルシオラに解説してやる。

 感心した様子のルシオラが、ぱらりとページをめくった。

 

「あ、ここ美神さんが載ってるわよ」

 

「ああ、たまに寄稿を依頼される事があったからな。面倒だけど本部からの要請で断れないって」

 

 〆切が近付くと手負いの獣になるけどな、と横島。だがそれにルシオラが首を振る。

 

「違うわよ。ほらここ、スタッフ募集中って」

 

 言って、ルシオラが電話帳ほどの厚さのある冊子を見せてきた。そこには『除霊スタッフ募集中。業界ナンバーワンの実力を肌で感じてみませんか?』という歌い文句が、美神の顔写真と共に掲載されている。

 確かに、除霊を円滑に進めるならば、単なるバイトよりも同じ霊能者の方が遥かに即戦力だろう。だが他の事務所と違い、給与の項目が要相談となっている辺りは、実に彼女らしいといえた。

 

「こんな募集してたんだな。美神さん」

 

「これで誰か来るのかしら?」

 

「来なかったから一般のバイトに切り替えたんだと思うぞ。で、俺が来た」

 

「それがきっかけ……か。不思議ね。彼女に出会わなければ、私もヨコシマと出会わなかったんだろうし」

 

 顔写真を見つめて、ぽつりとルシオラ。手強い恋敵ではあるが、横島との縁を作ってくれた事は感謝だった。笑顔の彼女にそっと礼を言い、ついでに「負けないから」と心で呟くと、再びページをめくる。

 

「あ、エミさんの事務所も載ってるわよ」

 

「へー。どれどれ」

 

 一時期だが小笠原事務所にも在籍した事はある。興味を持ち、身を乗り出した横島に、冊子を回転させたルシオラがここだ、と指差した。

 そこには――ミリタリー仕様の作業服に身を包んだスタッフたちが、笑顔でガッツポーズをとっていた。う、とうめいた横島が、念のため下の文面も読む。

 

 ――アットホーム・誰にでもできる仕事・現場経験無しでも大丈夫・若い仲間が頑張っています。

 

 完全にブラック企業のそれだった。よくよく見れば目に生気の無いスタッフの写真に、いたたまれなくなった横島が、そっと冊子を閉じる。そのままルシオラの手をとると、

 

「もし……もし俺が一流になっても、決してお前に苦労はかけさせないからな!」

 

 小笠原スタッフの、そして自身の境遇を思いだして涙した横島を、ルシオラはよしよしと頭を撫でて慰めるのだった。




9話をお送りしました。

協会誌の設定は作中独自の設定になります。イメージ的には中古車情報紙みたいな感じでしょうか。

普通のGSならスルー確実な依頼でもがんがん引き受けられるのはこのチームの大きな強みでもあります。

自給250円で生きてきた横島+魔族でエネルギー源が砂糖のルシオラ+同じく横島の煩悩だけでOKなセイリュート。

こんな三人なので生活費も高価な除霊道具の費用もほぼゼロです。他のGSたちにとっては脅威以外の何者でもないと思います。

次話からは依頼をこなしていきますが、一応オリジナルな内容でいこうと思っているため、今月リアルが忙しいのと相まって少し時間がかかるかと思います。亀から鈍亀更新になるかもしれませんが、良かったら引き続きお付き合い下さい。

読んで下さる方々。応援して下さる方々。いつもありがとうございます。

それでは

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