レストランを出て真姫たちはなんとなく歩き出した。
どこかに寄って行こうか、という話になったものの、四人には意外に共通点はないのだった。
裏通りをそのまま歩いていく。
「あ、ここ、入りませんか」
ある建物の前で花陽が足を止めた。
そこは文房具や雑貨を扱う店らしかった。通りに面したショーケースには、きらきらと輝く万年筆や、ファブリックの小物などが並んでいた。
「ええ、いいわよ」
にこが答えて四人は店に入った。
店内は思ったよりも広かった。
半分ほどのスペースにはすこし
もう半分には低い棚やテーブルに、バッグやアクセサリ、陶器やグラス、小さな観葉植物などの雑貨が並んでいた。
「これ、かわいいです」
花陽は早速、布製の小さなポーチに目を付けたようだ。
「あ、でも、青いのもいいかな……」
「こちらもいいのではないでしょうか」
海未も一緒になって品定めを始める。
にこは店内を見回していった。
「へえ、こんなお店、できてたのね」
「私も初めてよ」
真姫とにこはゆっくりと店のなかを歩いた。
「ねえ、これ、真姫に似合うんじゃない?」
にこが示したのは、金色の台座に大きめの深紅色の石がはめられたヘアピンだった。二つがペアになっている。
「そ、そうかしら」
「髪の色に
にこはうなずいた。
値段は決して高くはなかったが――ここですぐに買うのは気恥ずかしかった。
でも、にこちゃんのおすすめだから、あとで買いにこようかな。もしにこちゃんに見せたら、ほめてくれるかな。
想像すると真姫は心が温かくなる。
やがてにこはアクセサリの前で足を止めた。
「はあっ、素敵ね」
にこは銀色のブローチをじっと見つめていた。流れるような曲線で構成され、幾粒かのパールが輝いていた。
真姫も
「にこちゃんに、似合いそうよね」
「……ほめてもなにも出ないわよ」
にこはブローチから視線を離さずにいった。横顔に見える唇がすこし微笑んでいるのは、真姫の気のせいだろうか。
私の言葉、喜んでくれたのかな、と思う。
さきほどのヘアピンよりも高いとはいえ、真姫の小遣いで買える範囲だった。ただ、安易ににこにプレゼントしても――たとえ卒業祝いだと名目をつけても――決して彼女は喜ばないだろう。そう真姫は思った。
にこちゃん、そんなに安っぽくないものね。
でも、卒業だし、なにか記念になるもの、贈りたいな。
「えへへ、買っちゃいましたー」
花陽と海未がレジから戻ってきた。
「にこ、なにかいいものがありましたか?」と海未。
にこは首を振り――。
「なかなか台所事情が厳しいわね」
冗談めかしてそう答えた。
・
真姫たちは店を出た。
おしゃべりをしながらすこし歩くと左手に公園が見えてきた。四人はだれがいうともなく公園に入る。
公園には休憩中のサラリーマンらしい男性や、体操をしている中年女性などがちらほらといるくらいだった。
にこと花陽がブランコに、真姫と海未がベンチに座る。
「にこちゃんたち、卒業、しちゃうんだよね」
花陽が目を落とす。
「まあ、そうなるわね。さすがにここまで来て留年は、したくないわ」
首を振るにこに、花陽はくすりと笑った。
「寂しくなりますね」と海未。
「そうね」
真姫もうなずいた。
あと、二か月、か……。にこちゃんや、絵里、希とも、簡単には会えなくなるわけよね。
花陽はささやくように続けた。
「μ's、どうなっちゃうのかな……」
その言葉は真姫の心に重く響いた。
ただここでこれ以上、その話をしてはいけない気がした。四人のあいだに流れた沈黙をはらうように、真姫は明るくいう。
「その話はラブライブが終わるまではしない、って絵里にさんざんいわれてるでしょ」
にこもほっとしたように顔を上げた。
「そうね。受験もようやく終わったし……今はラブライブ本選に集中しましょ」
「うん、そうだよね」「はい」
花陽と海未に笑顔が戻った。
ビルの影が伸びて公園を包むと、急に寒さが感じられた。日の光は弱弱しくすでに夕方の雰囲気をただよわせ始めていた。
「明日は練習もありますし、そろそろ帰りましょうか」
海未の提案に真姫たちはうなずいた。
「あれ、にこちゃん、こっちでいいの?」
ともに公園を出たにこに花陽がたずねる。
「せっかくだから、すこし一緒に行くわよ」
「えへへ」
ふたりは本選でライバルになりそうなアイドルをあげながら歩いていく。
真姫と海未はあとからついていった。
アイドルの話をするにこの目は輝いていて、楽しそうで、ひとかたならぬ思いを感じさせた。
にこちゃん、本当にアイドル、好きなのよね。やっぱり、この前のアイデア、あとでにこちゃんに話してみるべきね。
いくつか目の交差点。
「それでは、私はここで。ごちそうさまでした」
「にこちゃん、今日はありがとう」
海未と花陽は
「いいのよ。じゃ、気を付けてね」
にこは微笑んだ。ふたりは手を振ってから角を曲がっていった。
真姫とにこはふたたび歩き出した。
「にこちゃん、わざわざついて来てくれなくていいわよ」
真姫は隣を歩くにこにいう。
「まあ、もうすこし行くわよ」
にこは笑うでもなくつっけんどんに答えた。
にこちゃん、そこまで気を使ってくれなくていいのに……。だけど、思ってもないチャンス、かしら。
「ねえ、にこちゃん」
あえてにこから目をそらして話し出した。
「なによ」
真姫は横顔ににこの視線を感じた。一瞬、
「卒業記念に……よかったら、にこちゃんの曲、作らせてもらえない?」
「私の曲?」
にこはぽかんとする。真姫は思わず早口になる。
「ほら、にこちゃん、大学に行ってもアイドル、続けるんでしょ。そのときに歌う曲がなかったら、その、寂しいんじゃないかなって」
真姫が上目遣いでにこを見つめると、今度はにこがそっぽを向いた。
「べ、別にそんなことないけど。μ'sの曲も、あるし」
「じ、じゃあいいわ。ちょっといってみた、だけだから」
あー、もう、私、なにをいってるのかしら……。せっかく、にこちゃんにプレゼント、したいのに。
にこはすこし怒ったように、目をあわせずに続ける。
「真姫が作りたい、っていうなら
別に作りたいわけじゃ、といいかけて、思いとどまる。
素直にならなきゃ、ダメよね。卒業したら、一緒にいられないし……こんな機会、今しかないわ。
「……そうね、作りたいわ」
「真姫……」
にこは真姫に視線を戻してつぶやく。真姫は自分の頬が熱くなっているのを感じた。気にしないように努力する。
「だから、にこにーにこちゃん、だっけ。歌詞、教えてくれる?」
「えっ、あれ?」
「去年、予選の曲作りのときに、いってたじゃない」
「よく覚えてるわね……。だ、だめね、今となってはふさわしくないわ」
「なによ、別にいいじゃない」
にこはしばらく黙り込んだ。にこの顔も上気している。
「……せっかくだから、すこし考えさせてよ。もったいないじゃない」
最後のほうは消え入るような声で、にこは話した。
にこちゃん、ノリノリで教えてくれるかと思ったら、考えさせて、なんて、意外ね。
もしかして……ううん、絶対そうね、すこし照れてるわ。赤くなっちゃって、かわいいんだから。
「仕方ないわね」内心をなるべく外見に出さないように真姫はうなずいた。「でも、あまり時間ないわよ。本選までに、作っちゃいたいから」
「わかったわ。二、三日で決める」
にこもこくりと首を縦にふった。
真姫はいつのまにか立ち止まっていたことに気づいて、歩みを再開した。
ふたりとも無言だった。なにかいうべきか真姫が迷ううちに――。
「ありがと、真姫」
ぽつりとにこがつぶやいた。
真姫は胸がきゅんとして、やはりなにもいえなくて――ふたたびうなずいた。
自宅が近づいて、真姫はふと思い出して聞く。
「にこちゃん、今日のレストランでの演奏だけど」
「ん、なにか気になった?」
「そうじゃないんだけど……最後の曲の曲名、知ってる?」
にこは顔を振った。
「さあ、知らないわね。店に聞いてみる?」
「ううん、そこまでしなくていいの。もし知っていたら、と思っただけ」
「そう。……いい曲だったわよね」
「ええ、そうね」
そっか、にこちゃん、知らないのね。もし知ってたら……私、にこちゃんは恋の予感なんてするの、って聞けたかしら。……ううん、無理よね。でも、きっとにこちゃんは恋とは無縁、そんな気がするな。
「にこちゃん、ここでいいわ」
自宅への最後の交差点まで来て、真姫はいった。明日までの短い別れなのにすこし寂しくなる。
「わかったわ。それじゃ、また明日」
「うん。今日はありがとう。気を付けてね」
にこは微笑むと交差点を曲がっていった。
真姫はしばらくその背中を見送っていた。
・
その日の夜。食事を終えて真姫はピアノに向かっていた。
ピアノは日課になっていて、腕がなまらないよう特になにもなくても必ず数曲は弾くようにしていた。
とりあえず一曲、μ'sの曲を演奏する。にこの顔が心に浮かんだ。
にこちゃん、私の提案、喜んでくれてたわよね。嬉しいな。あぶなくいつもみたいに、けんかになっちゃうところだったわ。思い切っていえて、よかった。
私も素直にならなきゃ、ね。……やっぱり私、にこちゃんと似たところ、あるのかしら。
続いてレストランで聴いた曲のメロディをなぞってみた。
恋の予感。曲名を意識すると、なぜかふたたびにこが思い出された。
あれ、どうして、にこちゃんのこと、こんなに気になるのかしら。たしかに、先輩としても尊敬できるし、すごくかわいいし、一緒にいて楽しいけど。
真姫はひとり頬を染めた。胸の鼓動が早くなる。
こ、恋っていうのとは、違うわよね。女の子同士だし。でも、もしかしたら、にこちゃんも私のこと……。
ううん、違う。きっと友情、よね。そうに違いないわ……。
そう自分にいい聞かせても、