しかし、いざ作ろうとすると、なかなか難しいわね……。
アイドルを目指すものとして、当然にこは自分の曲を作詞したりしていたのだが、いざ曲がつくとなると気負うばかりで思うようにいかなかった。
にこにーにこちゃんは、ぜんっぜん苦労しなかったのに。不思議ね。
「アイドル……にこ……魅力的。幸せを届ける……」
「にこちゃん、それ、なにかの呪文……?」
登下校中や練習中に――たまたま一緒にいた凛には怖がられてしまったが――ぶつぶつとつぶやいてみても、どうもしっくりこなかった。
ほんと、困ったわね。むかし、ことりが悩んでたの、馬鹿にできないわね。……ん、ここは海未に、相談してみるべきかしら。
翌日の部活でにこは海未に、放課後ふたりで会う約束を取りつけた。
いつも勉強していたファーストフード店。にこがドリンクをおごり、二階に行く。
「ここにくると、勉強したことを思い出しますね」と海未。
「いつも世話になったわね。ありがと」
「いいえ。もう十分、お礼はしていただきました。……それで、今日は?」
海未は首をかしげた。
「そのことなんだけど……」
どこまで話したらいいかしらね。とりあえず、真姫にいわれたことは黙っておいて……一般論として聞けばいいかしら。
「……来年から、私、μ'sを離れるわけじゃない」
「はい、寂しくなりますね」
海未はしんみりとした口調になる。
「そうね。まあ、それは仕方ないけど……。ひとりになるわけだし、私も作詞、始めてみようかと思うのよね」
「作詞、ですか」
「そう。だから海未に、作詞のコツ、みたいなもの、教えてもらえないかなって」
「そうでしたか」海未ははにかむように微笑んだ。「私に聞いてくださるなんて、
「大げさね。作詞で海未に聞かないで、だれに聞くのよ」
「それでも、認めていただいたようで、嬉しく思います」
まったく、海未は控えめよね。そこが、いいところなんだけど。
「それで、なにかある? 急にこんなこと聞いて、悪いとは思うけど」
「はい、そうですね……」
海未はあごに指をあてて考え込んだ。
にこはドリンクを飲んでしばらく待つ。
「……まずは、当たり前ですが、曲のテーマを決めること、でしょうか」
海未は言葉を選ぶように話し始めた。
「テーマ、ね」
「たとえば、START:DASH!!なら、すべての始まり。No brand girlsなら、成長を願う少女たちの想い、というところですね。これがぶれると、まとまりがなくなります」
「まあ、たしかにそうよね」
「はい。そして、あくまで私の場合、ですが……あわせて、その歌の主人公をイメージしていますね」
「主人公? START:DASH!!は、海未たち三人、ってこと?」
「そうですね」海未はうなずいた。「No brand girlsなら、私たちμ'sです。でも、Love wing bellやSnow halationは、女の子ひとり、ですね」
「なるほど。必ずしも歌ってるメンバーってわけじゃないのね」
でも、私の場合は、私が主人公、かしら。当然よね。
「それに、曲が先にできている場合は、そこから着想を得られますね」
にこはうなずく。
「あとは、やはり私の場合で申し訳ありませんが……テーマと主人公について考えを広げていくと、映像が浮かぶのです。その映像を、歌詞に落とし込んでいく、というかたちですね」
「うーん、そのへん、ちょっと天才肌っぽいわね」
「す、すみません。そんなつもりはないのですが……」
海未は恐縮したように小さくなった。
「いいのよ。……ありがと、すごく参考になったわ」
「いえ、すこしでもお役に立てたなら、嬉しく思います」
海未は微笑んだ。
映像、か。いきなり歌詞を考えようとするより、よさそうね。アイドルにこちゃん、オンステージ、とか……。
考え込むにこに海未が続けた。
「あ、ひとつ、大事なことを忘れていました」
「大事なこと?」
「私がいうのはおこがましいですが……ある程度、はじらいを捨てることですね」
海未はすこし赤くなってうつむく。
「はじらい?」
にこは思わず聞き返した。
「はい。たとえば、START:DASH!!の歌詞、どう思いましたか?」
「そうね……」にこは考える。「……元気のいい歌詞、よね。歌い出しもそうだし。海未らしくない、っていうか……」
「はい、それです」
海未は我が意を得たりとうなずいた。
「私、あの歌詞を作ったとき……すごく、恥ずかしかったんです。でも、できるだけいいものにしようと思って、かんばったのですよ」
「ああ、なるほどね。たしかに、いつもの調子じゃ、アイドルらしくないわね」
にこもうなずいた。
「自分が考えるほど、他人は気にしないものですから。素直に自分の想いを出すべきだと思うのです。恥ずかしがっていたら、もったいないかと」
「……そうね。ありがとう」
にこは頭を下げた。
「いいえ」
海未はもう一度、微笑んだ。
・
その日の夜。
テーマと主人公、か。
湯船のなかで、にこは考えていた。
主人公は当然、私よね。テーマ……。私、どんな曲、歌いたいんだろ。
元気が出るような曲? そうね、悪くないわ。でも、せっかく真姫に作ってもらうんだし、ありきたりな曲じゃ、つまらないかも。
定番のアイドルソング? そうなると、花陽がむかし、いってたけど、やっぱり恋の曲かしら。……あまり実感、わかないわね。
いっそのこと海未に頼んでしまおうか、と思わなくもなかったが、海未に、そしてなにより真姫に悪い気がした。
真姫、私にすこし似てるところがあると、思うのよね。なかなか自分のことをおもてに出せない、っていうか。そんな真姫がああいってくれるなんて……きっと、すごく勇気を出してくれたんだと思うわ。
そんな真姫の想いにぜひこたえたい。そうにこは思った。
真姫のイメージが心にわき上がった。つんと
ほんと、真姫ってかわいいわよね。
にこはくすりと笑い、それから目を閉じた。
真姫、私のこと、どう思ってるのかしら。単なる先輩? 頼れる先輩、ならいいけど。かわいい先輩? まあ、悪くない、かしらね。
真姫が曲名について聞いたことを思い出す。
恋の予感。真姫ったら、まさかこのにこちゃんに……。いえ、ないわね。女の子同士だし。絵里と希ならともかく。……でも、女子高だし。
にこの顔が赤くなったのは、お湯のせいだけではなかった。
「はじらいを捨てて、か……」
別に、主人公は、ひとりじゃなくてもいいわけよね……。
にこは体の力をぬいて目のすぐ下までを湯に沈めた。そして息が苦しくなるまでそうしていた。
・
主人公をひとりでなく、ふたりに決めてからは、なんとなく映像が浮かんできた。
学院の三年生はすでに自由登校だったが、μ'sの練習もあったため、にこはほぼ毎日、学院に
練習が始まるまでの教室や図書室で、にこはイメージをたぐり寄せてすこしずつ文章に落としていった。
二日ほどあとの教室。クラスメイトがちらほらと勉強していた。
まあ、こんなものかしらね。
レポート用紙を目の前にして、にこは微笑んだ。歌詞はようやくかたちになっていた。
海未のアドバイスにしたがって、がんばってはみたけど……。恥ずかしいってもんじゃないわね。さて、もうひとがんばり、しましょうか。
ちらりと壁の時計を見るともうすこしでμ'sの練習が始まるころだった。にこはレポート用紙を切り取り、用意していた封筒に入れた。
「こんにちは」
部室の扉を開ける。数人が来ていてそのなかには真姫もいた。
「あ、にこちゃん、こんにちは」
パソコンの前にいた花陽が振り返った。花陽の横には凛もいる。
真姫はちらりとにこを見て、目で会釈した。にこもうなずき返す。
えっと、ここで渡すわけには、いかないわね。みんなもいるし。
とりあえずにこは花陽に近づいた。凛の反対側からのぞき込む。
「ラブライブのサイト、見てたのね」
「はい、ほかのグループのキャッチフレーズも、見ておきたくて」
そういって花陽は本選参加グループの一覧をスクロールしていく。
十一番目にはμ'sのキャッチフレーズ――全員で考えた「みんなで
「みんな、いろいろ工夫してますね」と花陽。
「『色の架け橋』『Song and Dance Dream』……それっぽいのが多いにゃ」
「でも、私たちのも、悪くないじゃない」
にこがいうと花陽はディスプレイから顔を上げた。
「花陽も、そう思います。μ'sらしいなって」
「みんなの応援があって、ここまで来れたんだもんね」
凛もにこにうなずく。
「そうよね。あとは、その応援にこたえられるように、がんばらなきゃね」
「はい」
「そうだよね」
三人は微笑みあった。
「凛は、この福岡のアイドルが、気になるんだにゃ」
「そうだね。メガネもポイント、高いよね……」
ふたたびパソコンに向かったふたりから離れて、にこは真姫の横に座った。
真姫はどこか退屈そうにスマートフォンをさわりながら音楽を聴いていた。その耳からイヤホンを引っこ抜く。
「な、なにするのよ」
真姫はきっとにこをにらんだ。
にこはすこし近づいて、花陽たちに聞こえないように小声で話す。
「か、歌詞ができたのよ。れ、練習のあと、渡してもいい?」
「あっ。そ、そうなの。わかったわ」
真姫はスマートフォンに視線を戻した。どこか目が泳いでいる。
「音楽室で待ってるから」
にこは真姫の耳にささやくとイヤホンを元通り差し込んだ。
真姫の頬は赤く染まっていたが、なにもいわなかった。
にこはあらためて――そんな真姫がかわいらしく思った。
真姫に好きになってもらえたなら……素直に嬉しい、って思えるわね。
・
練習が終わり、部室で制服に着替えながら花陽がいった。
「にこちゃん、帰り、どこかに寄っていかない?」
「今日は、まっすぐ帰るわ。悪いわね」
にこは微笑んでみせた。
「真姫ちゃんは?」
「わ、私も今日は、用事があるのよ」
真姫はすこし早口で話した。
花陽はとくに疑問は持たなかったようだった。
「そっか。じゃあ、凛ちゃん、ふたりで帰ろっか」
「うん、かよちん」
視線を感じたにこがちらりと目をやると、真姫はあわてたようすで目をそらした。
にこは先に音楽室へ向かった。教室の扉を開ける。なかはにこが予想した通りだれもいなかった。
鞄から封筒を取り出して胸に抱える。ピアノの前の椅子にちょこんと座った。
真姫と最初に会ったのは、どこだったかしらね、と思う。
私がμ'sに入る前に、真姫がここでピアノを弾いてるのは、見たことがあるけど……真姫は気づいてなかったわね。
部室でμ'sに誘われたとき、かしら……。
カラカラと静かに音楽室の扉が開いた。にこは物思いを中断して顔を上げた。真姫がうしろ手で扉を閉めて近づいてくる。にこは椅子からおりた。
真姫と目があった。
「わざわざ呼び出さなくても……」
「遅かったじゃない……」
ふたり同時にしゃべり始めてしまい、ふたりとも口をつぐんだ。
「に、にこちゃんからどうぞ」
「いいえ、あんたからいいなさいよ」
「にこちゃんが呼び出したんじゃない」
「……っ」
にこは言葉に詰まり、反論しようとして、思い直す。
ダメダメ、素直にならなきゃ。
にこは抱きしめていた封筒をまっすぐに差し出した。目をあわせられなかった。
「……これ、歌詞ができたから。お、遅くなって、ごめん」
「あ、うん、できたのね」
真姫は右手で封筒を受け取った。
「わ、わざわざ呼び出さなくても、部室で渡してくれればいいのに」
「そ、そんなの……みんなに冷やかされたら、恥ずかしいじゃない」
「黙っていれば、ばれないわよ。それに、曲を作るなんて、よくあることじゃない」
真姫は肩をすくめた。
そんなものかしらね。でも、真姫は大丈夫だとしても、私のほうが挙動不審よね。くやしいけど。
真姫はさっそく封筒を開けて、なかから紙を引き出した。
げっ、ここで開けるの。聞いてないわよ。
「そ、それじゃ、あとはよろしく」
にこは真姫の隣を通り抜けて音楽室の入口へ向かった。
「待ちなさいよ」
「なにがよ」
にこは足を止めなかった。
「だから、待ちなさいって」
入口の手前で、にこの制服のすそを真姫がつかんだ。
しかたなくにこは振り返る。
「なによ、忙しいんだから」
振り返ったものの目をあわせられずに、あさってのほうを向く。
「歌詞の意味を知りたいのよ。どういう考えで作ったのか……。海未にも毎回、しっかり聞いてるの。作曲には重要なんだから」
真姫はレポート用紙を読み進めていった。
にこはじりじりと後退した。あとすこしで扉に手が届くというところで、真姫は紙から顔を上げずに、ふたたびはっしと裾をつかんだ。
はあ、参ったわね。でも、結局いつか、説明しなくちゃよね。
にこはあきらめて首を振った。