ふたりの引力と斥力   作:Kohya S.

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4. 作詞

 しかし、いざ作ろうとすると、なかなか難しいわね……。

 

 アイドルを目指すものとして、当然にこは自分の曲を作詞したりしていたのだが、いざ曲がつくとなると気負うばかりで思うようにいかなかった。

 

 にこにーにこちゃんは、ぜんっぜん苦労しなかったのに。不思議ね。

 

「アイドル……にこ……魅力的。幸せを届ける……」

「にこちゃん、それ、なにかの呪文……?」

 登下校中や練習中に――たまたま一緒にいた凛には怖がられてしまったが――ぶつぶつとつぶやいてみても、どうもしっくりこなかった。

 

 ほんと、困ったわね。むかし、ことりが悩んでたの、馬鹿にできないわね。……ん、ここは海未に、相談してみるべきかしら。

 

 翌日の部活でにこは海未に、放課後ふたりで会う約束を取りつけた。

 

 いつも勉強していたファーストフード店。にこがドリンクをおごり、二階に行く。

「ここにくると、勉強したことを思い出しますね」と海未。

「いつも世話になったわね。ありがと」

「いいえ。もう十分、お礼はしていただきました。……それで、今日は?」

 海未は首をかしげた。

「そのことなんだけど……」

 

 どこまで話したらいいかしらね。とりあえず、真姫にいわれたことは黙っておいて……一般論として聞けばいいかしら。

 

「……来年から、私、μ'sを離れるわけじゃない」

「はい、寂しくなりますね」

 海未はしんみりとした口調になる。

「そうね。まあ、それは仕方ないけど……。ひとりになるわけだし、私も作詞、始めてみようかと思うのよね」

「作詞、ですか」

「そう。だから海未に、作詞のコツ、みたいなもの、教えてもらえないかなって」

「そうでしたか」海未ははにかむように微笑んだ。「私に聞いてくださるなんて、望外(ぼうがい)の喜びです」

「大げさね。作詞で海未に聞かないで、だれに聞くのよ」

「それでも、認めていただいたようで、嬉しく思います」

 

 まったく、海未は控えめよね。そこが、いいところなんだけど。

 

「それで、なにかある? 急にこんなこと聞いて、悪いとは思うけど」

「はい、そうですね……」

 海未はあごに指をあてて考え込んだ。

 にこはドリンクを飲んでしばらく待つ。

 

「……まずは、当たり前ですが、曲のテーマを決めること、でしょうか」

 海未は言葉を選ぶように話し始めた。

「テーマ、ね」

「たとえば、START:DASH!!なら、すべての始まり。No brand girlsなら、成長を願う少女たちの想い、というところですね。これがぶれると、まとまりがなくなります」

「まあ、たしかにそうよね」

「はい。そして、あくまで私の場合、ですが……あわせて、その歌の主人公をイメージしていますね」

「主人公? START:DASH!!は、海未たち三人、ってこと?」

「そうですね」海未はうなずいた。「No brand girlsなら、私たちμ'sです。でも、Love wing bellやSnow halationは、女の子ひとり、ですね」

「なるほど。必ずしも歌ってるメンバーってわけじゃないのね」

 

 でも、私の場合は、私が主人公、かしら。当然よね。

 

「それに、曲が先にできている場合は、そこから着想を得られますね」

 にこはうなずく。

「あとは、やはり私の場合で申し訳ありませんが……テーマと主人公について考えを広げていくと、映像が浮かぶのです。その映像を、歌詞に落とし込んでいく、というかたちですね」

「うーん、そのへん、ちょっと天才肌っぽいわね」

「す、すみません。そんなつもりはないのですが……」

 海未は恐縮したように小さくなった。

「いいのよ。……ありがと、すごく参考になったわ」

「いえ、すこしでもお役に立てたなら、嬉しく思います」

 海未は微笑んだ。

 

 映像、か。いきなり歌詞を考えようとするより、よさそうね。アイドルにこちゃん、オンステージ、とか……。

 

 考え込むにこに海未が続けた。

「あ、ひとつ、大事なことを忘れていました」

「大事なこと?」

「私がいうのはおこがましいですが……ある程度、はじらいを捨てることですね」

 海未はすこし赤くなってうつむく。

「はじらい?」

 にこは思わず聞き返した。

「はい。たとえば、START:DASH!!の歌詞、どう思いましたか?」

「そうね……」にこは考える。「……元気のいい歌詞、よね。歌い出しもそうだし。海未らしくない、っていうか……」

「はい、それです」

 海未は我が意を得たりとうなずいた。

「私、あの歌詞を作ったとき……すごく、恥ずかしかったんです。でも、できるだけいいものにしようと思って、かんばったのですよ」

「ああ、なるほどね。たしかに、いつもの調子じゃ、アイドルらしくないわね」

 にこもうなずいた。

「自分が考えるほど、他人は気にしないものですから。素直に自分の想いを出すべきだと思うのです。恥ずかしがっていたら、もったいないかと」

「……そうね。ありがとう」

 にこは頭を下げた。

「いいえ」

 海未はもう一度、微笑んだ。

 

        ・

 

 その日の夜。

 

 テーマと主人公、か。

 

 湯船のなかで、にこは考えていた。

 

 主人公は当然、私よね。テーマ……。私、どんな曲、歌いたいんだろ。

 元気が出るような曲? そうね、悪くないわ。でも、せっかく真姫に作ってもらうんだし、ありきたりな曲じゃ、つまらないかも。

 定番のアイドルソング? そうなると、花陽がむかし、いってたけど、やっぱり恋の曲かしら。……あまり実感、わかないわね。

 

 いっそのこと海未に頼んでしまおうか、と思わなくもなかったが、海未に、そしてなにより真姫に悪い気がした。

 

 真姫、私にすこし似てるところがあると、思うのよね。なかなか自分のことをおもてに出せない、っていうか。そんな真姫がああいってくれるなんて……きっと、すごく勇気を出してくれたんだと思うわ。

 

 そんな真姫の想いにぜひこたえたい。そうにこは思った。

 真姫のイメージが心にわき上がった。つんと()ました横顔。あきれたように話すときの口調。ときおり見せる恥ずかしそうな微笑み。

 

 ほんと、真姫ってかわいいわよね。

 

 にこはくすりと笑い、それから目を閉じた。

 

 真姫、私のこと、どう思ってるのかしら。単なる先輩? 頼れる先輩、ならいいけど。かわいい先輩? まあ、悪くない、かしらね。

 

 真姫が曲名について聞いたことを思い出す。

 

 恋の予感。真姫ったら、まさかこのにこちゃんに……。いえ、ないわね。女の子同士だし。絵里と希ならともかく。……でも、女子高だし。

 

 にこの顔が赤くなったのは、お湯のせいだけではなかった。

 

「はじらいを捨てて、か……」

 

 別に、主人公は、ひとりじゃなくてもいいわけよね……。

 

 にこは体の力をぬいて目のすぐ下までを湯に沈めた。そして息が苦しくなるまでそうしていた。

 

        ・

 

 主人公をひとりでなく、ふたりに決めてからは、なんとなく映像が浮かんできた。

 

 学院の三年生はすでに自由登校だったが、μ'sの練習もあったため、にこはほぼ毎日、学院に(かよ)っていた。

 練習が始まるまでの教室や図書室で、にこはイメージをたぐり寄せてすこしずつ文章に落としていった。

 

 二日ほどあとの教室。クラスメイトがちらほらと勉強していた。

 

 まあ、こんなものかしらね。

 

 レポート用紙を目の前にして、にこは微笑んだ。歌詞はようやくかたちになっていた。

 

 海未のアドバイスにしたがって、がんばってはみたけど……。恥ずかしいってもんじゃないわね。さて、もうひとがんばり、しましょうか。

 

 ちらりと壁の時計を見るともうすこしでμ'sの練習が始まるころだった。にこはレポート用紙を切り取り、用意していた封筒に入れた。

 

「こんにちは」

 部室の扉を開ける。数人が来ていてそのなかには真姫もいた。

「あ、にこちゃん、こんにちは」

 パソコンの前にいた花陽が振り返った。花陽の横には凛もいる。

 真姫はちらりとにこを見て、目で会釈した。にこもうなずき返す。

 

 えっと、ここで渡すわけには、いかないわね。みんなもいるし。

 

 とりあえずにこは花陽に近づいた。凛の反対側からのぞき込む。

「ラブライブのサイト、見てたのね」

「はい、ほかのグループのキャッチフレーズも、見ておきたくて」

 そういって花陽は本選参加グループの一覧をスクロールしていく。

 十一番目にはμ'sのキャッチフレーズ――全員で考えた「みんなで(かな)える物語」――が掲載されていた。

「みんな、いろいろ工夫してますね」と花陽。

「『色の架け橋』『Song and Dance Dream』……それっぽいのが多いにゃ」

「でも、私たちのも、悪くないじゃない」

 にこがいうと花陽はディスプレイから顔を上げた。

「花陽も、そう思います。μ'sらしいなって」

「みんなの応援があって、ここまで来れたんだもんね」

 凛もにこにうなずく。

「そうよね。あとは、その応援にこたえられるように、がんばらなきゃね」

「はい」

「そうだよね」

 三人は微笑みあった。

 

「凛は、この福岡のアイドルが、気になるんだにゃ」

「そうだね。メガネもポイント、高いよね……」

 

 ふたたびパソコンに向かったふたりから離れて、にこは真姫の横に座った。

 真姫はどこか退屈そうにスマートフォンをさわりながら音楽を聴いていた。その耳からイヤホンを引っこ抜く。

「な、なにするのよ」

 真姫はきっとにこをにらんだ。

 にこはすこし近づいて、花陽たちに聞こえないように小声で話す。

「か、歌詞ができたのよ。れ、練習のあと、渡してもいい?」

「あっ。そ、そうなの。わかったわ」

 真姫はスマートフォンに視線を戻した。どこか目が泳いでいる。

「音楽室で待ってるから」

 にこは真姫の耳にささやくとイヤホンを元通り差し込んだ。

 真姫の頬は赤く染まっていたが、なにもいわなかった。

 

 にこはあらためて――そんな真姫がかわいらしく思った。

 真姫に好きになってもらえたなら……素直に嬉しい、って思えるわね。

 

        ・

 

 練習が終わり、部室で制服に着替えながら花陽がいった。

「にこちゃん、帰り、どこかに寄っていかない?」

「今日は、まっすぐ帰るわ。悪いわね」

 にこは微笑んでみせた。

「真姫ちゃんは?」

「わ、私も今日は、用事があるのよ」

 真姫はすこし早口で話した。

 花陽はとくに疑問は持たなかったようだった。

「そっか。じゃあ、凛ちゃん、ふたりで帰ろっか」

「うん、かよちん」

 

 視線を感じたにこがちらりと目をやると、真姫はあわてたようすで目をそらした。

 

 にこは先に音楽室へ向かった。教室の扉を開ける。なかはにこが予想した通りだれもいなかった。

 鞄から封筒を取り出して胸に抱える。ピアノの前の椅子にちょこんと座った。

 

 真姫と最初に会ったのは、どこだったかしらね、と思う。

 

 私がμ'sに入る前に、真姫がここでピアノを弾いてるのは、見たことがあるけど……真姫は気づいてなかったわね。

 部室でμ'sに誘われたとき、かしら……。

 

 カラカラと静かに音楽室の扉が開いた。にこは物思いを中断して顔を上げた。真姫がうしろ手で扉を閉めて近づいてくる。にこは椅子からおりた。

 真姫と目があった。

 

「わざわざ呼び出さなくても……」

「遅かったじゃない……」

 ふたり同時にしゃべり始めてしまい、ふたりとも口をつぐんだ。

 

「に、にこちゃんからどうぞ」

「いいえ、あんたからいいなさいよ」

「にこちゃんが呼び出したんじゃない」

「……っ」

 にこは言葉に詰まり、反論しようとして、思い直す。

 

 ダメダメ、素直にならなきゃ。

 

 にこは抱きしめていた封筒をまっすぐに差し出した。目をあわせられなかった。

「……これ、歌詞ができたから。お、遅くなって、ごめん」

「あ、うん、できたのね」

 真姫は右手で封筒を受け取った。

「わ、わざわざ呼び出さなくても、部室で渡してくれればいいのに」

「そ、そんなの……みんなに冷やかされたら、恥ずかしいじゃない」

「黙っていれば、ばれないわよ。それに、曲を作るなんて、よくあることじゃない」

 真姫は肩をすくめた。

 

 そんなものかしらね。でも、真姫は大丈夫だとしても、私のほうが挙動不審よね。くやしいけど。

 

 真姫はさっそく封筒を開けて、なかから紙を引き出した。

 

 げっ、ここで開けるの。聞いてないわよ。

 

「そ、それじゃ、あとはよろしく」

 にこは真姫の隣を通り抜けて音楽室の入口へ向かった。

「待ちなさいよ」

「なにがよ」

 にこは足を止めなかった。

「だから、待ちなさいって」

 入口の手前で、にこの制服のすそを真姫がつかんだ。

 しかたなくにこは振り返る。

「なによ、忙しいんだから」

 振り返ったものの目をあわせられずに、あさってのほうを向く。

「歌詞の意味を知りたいのよ。どういう考えで作ったのか……。海未にも毎回、しっかり聞いてるの。作曲には重要なんだから」

 真姫はレポート用紙を読み進めていった。

 

 にこはじりじりと後退した。あとすこしで扉に手が届くというところで、真姫は紙から顔を上げずに、ふたたびはっしと裾をつかんだ。

 

 はあ、参ったわね。でも、結局いつか、説明しなくちゃよね。

 

 にこはあきらめて首を振った。

 

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