「こんなところで会うなんて、奇遇ね」
にこはわざとらしくいった。口調にすこし
まったく、せっかく真姫とふたりだったのに。それに、歌詞のこと、真姫がどう思ったのか、まだ聞いてないわよ。
「ふたりはどこに行くの?」
花陽がどこかすまなそうにたずねる。凛はにこにこと笑っていた。
真姫がちらりとにこを見た。にこはうなずき返す。
「にこちゃんがね、大学に合格したから、ちょっとだけお祝いしようかって話してたのよ」
「えっ、そうなんだ。今日、発表だったんだね。にこちゃん、おめでとう」
花陽は満面の笑みで、にこの手を握った。
「にこちゃん、落ちなくてよかったね!」と凛。
「当然よ、当然。私だって、やるときはやるのよ」
にこは胸を張った。
「でも、まだみんなには連絡してないんだよね」
花陽がふたりに聞く。
「明日でいいって、にこちゃんが」と真姫。
「ええっ、早く知らせたほうがいいと思うな。みんなも気にしてると思うし。きっとみんな、お祝いに来てくれるよ」
「でも、試験期間中よ」
そういった真姫にわきから凛がいう。
「いちばん危ないにこちゃんが、決まったんだから、盛大に祝うべきにゃ!」
「余計なお世話よ!」
もう、凛ったら失礼よね、とにこは思う。もっとも、凛なりに、喜んでくれてるんでしょうけど。
真姫がにこにささやく。
「ねえ、にこちゃん。このままでも結局、四人で騒ぐことになるわよ。全員に話したほうがいいんじゃない?」
あーあ、歌詞のことを聞くのは、先になりそうね。ふう。
「仕方ないわね……」
にこは花陽と凛に向き直った。
「それじゃ、みんなに連絡してくれる?」
「はい! 集まれる人は……いつものカラオケに集合、でいいかな?」と花陽。
「そうね」
にこと真姫はうなずいた。
カラオケ店に入ると、すぐに絵里があらわれた。続いて希。そして二年生の三人は一緒にやってきた。
思い思いに注文したドリンクがそろったところで、
「えー、今日は、にこちゃん合格記念パーティです!」
「わーっ!」
花陽が嬉しそうに拍手をした。
にこはお誕生日席に座らせられていた。
「ったく、絵里と希が合格してからで、よかったのに」とつぶやく。
「みんな、集まる口実、探してるのよ」
にこの隣で真姫がいった。
「もう、試験中で、ラブライブも近いっていうのに」
それでも、こうしてみんなが集まってくれるのは嬉しかった。
「それじゃ、にこちゃん、挨拶どうぞ!」と穂乃果。
「ええっ!」
にこは驚いてみせる。ただそんなこともあろうかと思っていた。
まあ、穂乃果の無茶振りにもだいぶ慣れたわね。
「こほん。……みんなのおかげで、路頭に迷わないですんだわ。ありがとう」
にこはいったん言葉を切った。メンバーを見渡してから続ける。
「来年からもアイドルは続けるから、絶対、見に来なさいよね!」
「はーい」
凛が左手を挙げて答えた。
「それじゃ、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
穂乃果が宣言すると全員が唱和した。乾杯が終わると自然に拍手がわき起こった。
「試験期間中だから、早めに切り上げるわよ」
絵里はひとこと、くぎを刺した。
絵里、さすがよ、とにこは思う。
これが終わったら、真姫の曲が聴けるんだから……。
乾杯のあと、にこはしばらく質問攻めにあった。大学はどこなのか、学部と学科は、通うのか下宿なのか、勉強はどのくらいしていたのか――。
それが一段落するとようやくすこし落ち着いた雰囲気になった。
「にこっちに合格祝い、なにかしてあげないとね」
希がそういって微笑む。
「いいわよ、そういうのは」にこは首を振った。「希と絵里だって、ちゃんと合格、するんでしょ」
「まあ、そうやないと、困るね」
「そうね」絵里もうなずく。
にこは続ける。
「まずはラブライブに優勝しないとね。それが一番、嬉しいわ。そしたら、アイドル活動にも
「そうだね。うん、にこちゃんたちのためにも、がんばらなきゃ」
穂乃果が右手でガッツポーズをしてみせた。
「私たちのため、じゃなくて、みんなのため、だけどね」
にこはそういうのを忘れなかった。
やがて穂乃果がカラオケで歌い始める。凛や花陽も一緒になって盛り上がっていた。
それを見ながら、にこの隣、真姫とは反対側に座ったことりがいう。
「ねえ、にこちゃん。個人的にお祝いするのは、いいよね♪」
「まあ、かまわないけど。あまり高価なものはいらないわよ」
「えへへ。よかったら、ステージ衣装、作らせてもらえないかな? 大学に入って、使えるように」
ことりは首をかしげた。にこは思わぬ申し出に胸が温かくなる。
「それは嬉しいけど、いいの? 忙しいんじゃない?」
「ラブライブの本選が終わったら、きっと時間ができると思うし。そしたら打ち合わせ、しよ?」
「……ありがと、ことり」
にこは想いを込めて、ことりに笑いかけた。
「いいえ♪」
ことりはかわいらしく微笑んだ。
いつの間にか真姫の横に来ていた希が口を開いた。
「にこっち、嬉しそうやね。……実は、真姫ちゃんも、用意してたりして?」
そういって希は真姫のひじをつつく。
「べ、別に私は、関係ないじゃない」
「そっかー。うちはてっきり、作曲でもするんかと思ったん。にこっちも、喜びそうやし」
「やめなさいよ、希。真姫にちょっかい、かけるんじゃないの」
にこは横からわりこんだ。
まったく、希ったら、真姫をけしかけて。絶対、わかってやってるわよね。
「ごめんごめん、真姫ちゃん」希は真姫に顔を近づける。「……なあ、うちにだけ、先に聴かせてくれへん?」
「ダメよ、まだ秘密なんだから」
真姫はツンと顔をそらした。希はにやりと笑った。
「まだ秘密、いうことは、もう曲はできてる、ってことやね……」
にこは片手で顔をおおった。
あーあ。見事に誘導尋問に引っかかったわね……。
「だ、だれもそんなこと、いってないじゃない!」
真姫は真っ赤な顔で反論した。
「またまた、白状したようなものやん」
希はあいかわらずの笑み。
にこが口をはさもうとすると、ことりの隣の海未がいった。
「そういえば……。作詞のアドバイスを、私に聞いたのは、そのせいですか?」
「えっ、にこちゃんが作詞なの?」
ことりが両手を握りしめ目を輝かせる。
「……海未、ここでそれをいうのは、やめてほしかったわ」
「私、なにか悪いことをしたでしょうか……?」
海未は訳がわからない、というように目をぱちくりさせた。
「なるほど、にこちゃん作詞、真姫ちゃん作曲、ってわけやね」
うんうんとうなずく希。
「はあっ」
にこはため息をついた。あきらめて話し出す。
「まあ、そういうこと。真姫が一曲、作ってくれる、っていうから、私が作詞したのよ。そのうち、披露するわよ」
「曲は、できてるんだよね」とことり。「ここで、みんなに聴かせてもらえないかな……」
「まだダメよ。にこちゃんにも聴かせてないんだから」
真姫は首を振った。
「私も、ぜひ聴いてみたいです」
「うちも、当然やね」
海未と希もことりに賛同した。
真姫は上目使いでにこを見つめた。
「どうする、にこちゃん?」とささやく。
そりゃ、当然、どこかで歌うことになるわけだし。でも、いきなりみんなの前なんて、考えてもいなかったわよ。
それに、あの歌詞でしょ。……あーあ、ちょっと考えなさすぎ、だったわね。
「真姫はどうなのよ?」
「私は……いつかは、聴いてもらうことに、なるのよね。今でも、いいかな」
頬を染めてうつむく真姫。
「あんた、度胸あるわね……」
「……」
「ま、私も、同感よ」
にこは微笑んだ。
「相談は、まとまったん?」と希。
「ちょっと、リハーサルしてくるわ。待っててちょうだい」
にこは答えて席を立った。真姫をうながす。
「えっ、リハーサル?」
「ずいぶん本格的ですね」
ことりと海未は顔を見合わせた。
・
カラオケ店のロビーの隅、待ち合わせ用のコーナーにふたりで向かい合わせに座る。
「真姫だけに歌わせるわけに、いかないでしょ。聴かせてちょうだい」
「あの、すこし歌詞も、かえたんだけど」
そういって真姫は鞄から紙を二枚取り出した。にこは一枚を受け取った。
「ぜんぜんかまわないわよ。で、どこの部分なの?」
「雰囲気を出すのに、セリフを追加してみたのよ。イントロのあと……」
あいかわらず顔を赤らめたままの真姫。
「……げっ」
読み進めてにこは絶句した。
たしかに、雰囲気、出てるけど……!
真姫はいつの間にか鞄からスマートフォンを取り出していた。イヤホンの片側をにこの耳に差し込む。
にこの耳にイントロが流れてきた。
曲はピアノの伴奏に真姫が両方のパートを歌っていた。比較的ハイテンポなロック調のメロディのなか、どこか切なさも感じられた。
素直になれない心情を、表現したってことなのかしら。さすがね。
にこは目を閉じて最期まで聴いた。
目を開けるとすぐ目の前に不安そうな真姫の顔があった。にこは微笑む。
「素晴らしいわ、真姫。ほんと、ありがと」
「よかった」
真姫は安心したように笑みを浮かべた。
「ぜひ、みんなに聴かせましょ」
それから数回、にこと真姫は歌詞を口ずさみながら曲を再生した。
「よし。たぶんいけるわ」
にこはうなずく。
「大丈夫、にこちゃん?」
「何年アイドル、やってると思うのよ。任せなさいって」
ふたりは元の部屋に戻った。
扉を開けると、ぴたりとおしゃべりがやんだ。期待をこめた視線が、ふたりに集まる。
「にこちゃん、真姫ちゃん、新曲、聴かせてくれるんだって?」
穂乃果がきらきらと目を輝かせた。
ったく、なにを吹き込んだのよ。きっと、希ね……。
「ほ、本当は進学してから、披露するつもりだったんだけど……。特別よ、特別!」
真姫がカラオケの機械を用意するあいだ、にこはテレビのわきで説明した。
準備を終えて真姫がにこの隣に立った。ふたりで視線を交わして微笑みあった。
まったく、どうしてこんなことになったのかしら。……はじらいを捨てて、か。こうなったら開き直って、真姫のためにも、がんばりましょ。
やがてイントロが流れ始めた。
「それじゃ、新曲、『ずるいよMagnetic Today』、いくわよ!」
ふたりはときには触れ合うほど近づいて、ときには離れて、歌っていった。セリフもきっちりとこなす。
ふたりとも最初は気恥ずかしさがあったが、最期はノリノリになっていた。
「ありがとーっ!」
にこは真姫とつないだ手を天井にかかげて叫んだ。メンバーたちから大きな拍手と歓声が上がった。
ふと我に返って、あわてて手を放す。
にこと真姫はそそくさと席に戻った。
「いいやんいいやん」
希がふたりを冷やかした。
「ったく、希のせいなんだからね」
にこは照れ隠しに、残っていたドリンクを飲んだ。
絵里の、ぜんぶわかってるわよ、といいたげな視線が痛かった。
花陽と凛は興奮したようすで会話していた。
「これって、どういう意味の曲なのかな?」
という穂乃果に。
「穂乃果、それはにぶすぎますよ……」
海未は困ったような表情を浮かべた。
「これは、ステージ衣装は、ふたりぶんにしましょうか」とことり。
「もう、やめてよね」
「うふふ♪」
ことりは嬉しそうに笑い、にこはため息をついた。
そりゃもちろん、そのほうが嬉しいけど……。
「さあ、今日はそろそろ、お開きにしましょ」
やがて絵里がいい出してパーティは終わりになった。
「えーっ、まだ足りないよー」と穂乃果は不満そうだったが――。
カラオケの代金はにこ以外が割り勘で支払ったようだった。
立春もすぎてだいぶ日は伸びたものの、あたりには夕方の気配がただよい始めていた。
にこの自宅が一番近いはずだったが、にこはみんなについていった。
「それじゃ、また今度、練習で会いましょ」
「またね」
絵里と希が別れていった。つづいて花陽と凛も。
「それじゃあね、にこちゃん、真姫ちゃん」
「ラブライブ、がんばろうね」
「穂乃果はまず明日の試験を、なんとかしてください」
二年生の三人もある交差点で曲がっていった。
しばらくぶりに真姫とふたりきりに戻る。
「はーっ、思いがけず、長旅になったわね」
「そうね。やっぱりμ'sのみんなとは、縁があるのね」
そういって真姫は、くすりと笑った。
「まあ、今日はちょっと、願い下げだったけど」
にこは肩をすくめて見せた。真姫はその言葉に頬を赤らめて目をそらした。
あ、これって、ふたりきりでいたかった、ってことよね、とにこは思う。
ま、まあその通りなんだけど……。あらためて考えると、恥ずかしいわね。
「ねえ、にこちゃん」
真姫が目をそらしたまま口を開いた。
「あの歌詞だけど……。私のこと、どう思ってるの?」
「どうって……あ、あそこに書いた通りよ」
「それって、もしかして……」
真姫は問いかけるような目をする。
「なによ、私にいわせる気なの?」
にこは怒ってみせる。顔はすでに真っ赤だった。
「だって、いってくれなくちゃ、わからないじゃない!」
真姫もむきになって答えた。
まっすぐに反論したくなって、にこはぐっと飲みこむ。ダメダメ、これじゃいつもの調子よね。
「……がんばって、歌詞にしたのよ。真姫だって、作曲してくれたんだから、わかってるでしょ」
「それは……そうだけど」真姫はふたたび目を落とした。「でも、女の子同士なのに、へんじゃない?」
「……っ! 真姫はやっぱり、そう思うの?」
「それは……よく、わかんない、かな。でもね、にこちゃんなら……その、ありかも、って思うの」
顔を上げた真姫と視線があった。
「私だって、こんなの、真姫だけ、なんだから」
にこはそういってから気づく。
えーっと、これは、告白された、ってことでいいのかしら。
にこはごくりと唾をのんだ。動悸が速くなる。あいまいなままにしておいては、いけない気がした。ぐるぐると回りそうになる思考をなんとか落ち着かせる。
にこはさすがに恥ずかしくて、あさってのほうを向いた。そして思い切って、いった。
「ねえ、真姫。私、あなたのこと、好きみたい、なの」
にこはじりじりと答えを待った。真姫のほうを見たいのを必死に我慢する。永遠にも感じられる時間が流れて――真姫はささやいた。
「……私も。にこちゃん」
その言葉は、にこの心に、ゆっくりと染みこんでいった。
この半年以上の真姫との思い出が、しっくりと落ち着くところに落ち着いていく気がした。そして、これからもそれが続いていく、そんな期待が胸に広がった。
にこは視線を外したまま真姫の手を握った。
「ごめんね、真姫」
「どうしてあやまるのよ」
「……私でいいのかなって」
「にこちゃんらしくないわね」
「……それもそうね」
にこはくすりと笑った。目の端に浮かんでいる涙は、真姫に気づかれたくないわね、そう思った。
「私はあやまらないわよ」
「真姫らしいわね」
今度は真姫がくすりと笑った。
ふたりは手をつないで歩いた。胸の鼓動はすこしずつ、もとに戻っていった。
真姫の自宅が近づいて、真姫が手をはなした。あーあ、そろそろお別れね、とにこが思ったとき。
「ねえ、にこちゃん……。よかったら、うちに寄っていかない?」
真姫はくるっとにこを向いていった。両手を後ろに回して問いかけるような目をする。
「えっ……」
「ほら、あんなことに、なっちゃったじゃない。曲について、ちゃんと聴いてほしくて。まだ、時間も早いし」
真姫は頬を赤らめて視線を落とした。
「し、仕方ないわね。真姫がそういうなら、付き合わなくもないわ」
にこは頬がほてるのを感じた。
ふたりはどちらからともなく、もう一度、手を握った。
真姫ったら、ほんと、かわいいわね。
その日、なにがあったのかは……。ふたりだけの秘密。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご感想、ご評価等、いただけるとたいへん嬉しく思います。よろしくお願いいたします。