ふたりの引力と斥力   作:Kohya S.

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6. ふたりの距離

「こんなところで会うなんて、奇遇ね」

 にこはわざとらしくいった。口調にすこし(とげ)がまじってしまうのは仕方ないだろう。

 

 まったく、せっかく真姫とふたりだったのに。それに、歌詞のこと、真姫がどう思ったのか、まだ聞いてないわよ。

 

「ふたりはどこに行くの?」

 花陽がどこかすまなそうにたずねる。凛はにこにこと笑っていた。

 

 真姫がちらりとにこを見た。にこはうなずき返す。

 

「にこちゃんがね、大学に合格したから、ちょっとだけお祝いしようかって話してたのよ」

「えっ、そうなんだ。今日、発表だったんだね。にこちゃん、おめでとう」

 花陽は満面の笑みで、にこの手を握った。

「にこちゃん、落ちなくてよかったね!」と凛。

「当然よ、当然。私だって、やるときはやるのよ」

 にこは胸を張った。

 

「でも、まだみんなには連絡してないんだよね」

 花陽がふたりに聞く。

「明日でいいって、にこちゃんが」と真姫。

「ええっ、早く知らせたほうがいいと思うな。みんなも気にしてると思うし。きっとみんな、お祝いに来てくれるよ」

「でも、試験期間中よ」

 そういった真姫にわきから凛がいう。

「いちばん危ないにこちゃんが、決まったんだから、盛大に祝うべきにゃ!」

「余計なお世話よ!」

 

 もう、凛ったら失礼よね、とにこは思う。もっとも、凛なりに、喜んでくれてるんでしょうけど。

 

 真姫がにこにささやく。

「ねえ、にこちゃん。このままでも結局、四人で騒ぐことになるわよ。全員に話したほうがいいんじゃない?」

 あーあ、歌詞のことを聞くのは、先になりそうね。ふう。

「仕方ないわね……」

 

 にこは花陽と凛に向き直った。

「それじゃ、みんなに連絡してくれる?」

「はい! 集まれる人は……いつものカラオケに集合、でいいかな?」と花陽。

「そうね」

 にこと真姫はうなずいた。

 

 カラオケ店に入ると、すぐに絵里があらわれた。続いて希。そして二年生の三人は一緒にやってきた。

 

 思い思いに注文したドリンクがそろったところで、穂乃果(ほのか)が音頭を取る。

「えー、今日は、にこちゃん合格記念パーティです!」

「わーっ!」

 花陽が嬉しそうに拍手をした。

 

 にこはお誕生日席に座らせられていた。

「ったく、絵里と希が合格してからで、よかったのに」とつぶやく。

「みんな、集まる口実、探してるのよ」

 にこの隣で真姫がいった。

「もう、試験中で、ラブライブも近いっていうのに」

 それでも、こうしてみんなが集まってくれるのは嬉しかった。

 

「それじゃ、にこちゃん、挨拶どうぞ!」と穂乃果。

「ええっ!」

 にこは驚いてみせる。ただそんなこともあろうかと思っていた。

 

 まあ、穂乃果の無茶振りにもだいぶ慣れたわね。

 

「こほん。……みんなのおかげで、路頭に迷わないですんだわ。ありがとう」

 にこはいったん言葉を切った。メンバーを見渡してから続ける。

「来年からもアイドルは続けるから、絶対、見に来なさいよね!」

「はーい」

 凛が左手を挙げて答えた。

 

「それじゃ、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 穂乃果が宣言すると全員が唱和した。乾杯が終わると自然に拍手がわき起こった。

「試験期間中だから、早めに切り上げるわよ」

 絵里はひとこと、くぎを刺した。

 

 絵里、さすがよ、とにこは思う。

 これが終わったら、真姫の曲が聴けるんだから……。

 

 乾杯のあと、にこはしばらく質問攻めにあった。大学はどこなのか、学部と学科は、通うのか下宿なのか、勉強はどのくらいしていたのか――。

 

 それが一段落するとようやくすこし落ち着いた雰囲気になった。

 

「にこっちに合格祝い、なにかしてあげないとね」

 希がそういって微笑む。

「いいわよ、そういうのは」にこは首を振った。「希と絵里だって、ちゃんと合格、するんでしょ」

「まあ、そうやないと、困るね」

「そうね」絵里もうなずく。

 にこは続ける。

「まずはラブライブに優勝しないとね。それが一番、嬉しいわ。そしたら、アイドル活動にも(はく)がつくし」

「そうだね。うん、にこちゃんたちのためにも、がんばらなきゃ」

 穂乃果が右手でガッツポーズをしてみせた。

「私たちのため、じゃなくて、みんなのため、だけどね」

 にこはそういうのを忘れなかった。

 

 やがて穂乃果がカラオケで歌い始める。凛や花陽も一緒になって盛り上がっていた。

 

 それを見ながら、にこの隣、真姫とは反対側に座ったことりがいう。

「ねえ、にこちゃん。個人的にお祝いするのは、いいよね♪」

「まあ、かまわないけど。あまり高価なものはいらないわよ」

「えへへ。よかったら、ステージ衣装、作らせてもらえないかな? 大学に入って、使えるように」

 ことりは首をかしげた。にこは思わぬ申し出に胸が温かくなる。

「それは嬉しいけど、いいの? 忙しいんじゃない?」

「ラブライブの本選が終わったら、きっと時間ができると思うし。そしたら打ち合わせ、しよ?」

「……ありがと、ことり」

 にこは想いを込めて、ことりに笑いかけた。

「いいえ♪」

 ことりはかわいらしく微笑んだ。

 

 いつの間にか真姫の横に来ていた希が口を開いた。

「にこっち、嬉しそうやね。……実は、真姫ちゃんも、用意してたりして?」

 そういって希は真姫のひじをつつく。

「べ、別に私は、関係ないじゃない」

「そっかー。うちはてっきり、作曲でもするんかと思ったん。にこっちも、喜びそうやし」

「やめなさいよ、希。真姫にちょっかい、かけるんじゃないの」

 にこは横からわりこんだ。

 

 まったく、希ったら、真姫をけしかけて。絶対、わかってやってるわよね。

 

「ごめんごめん、真姫ちゃん」希は真姫に顔を近づける。「……なあ、うちにだけ、先に聴かせてくれへん?」

「ダメよ、まだ秘密なんだから」

 真姫はツンと顔をそらした。希はにやりと笑った。

「まだ秘密、いうことは、もう曲はできてる、ってことやね……」

 にこは片手で顔をおおった。

 

 あーあ。見事に誘導尋問に引っかかったわね……。

 

「だ、だれもそんなこと、いってないじゃない!」

 真姫は真っ赤な顔で反論した。

「またまた、白状したようなものやん」

 希はあいかわらずの笑み。

 

 にこが口をはさもうとすると、ことりの隣の海未がいった。

「そういえば……。作詞のアドバイスを、私に聞いたのは、そのせいですか?」

「えっ、にこちゃんが作詞なの?」

 ことりが両手を握りしめ目を輝かせる。

「……海未、ここでそれをいうのは、やめてほしかったわ」

「私、なにか悪いことをしたでしょうか……?」

 海未は訳がわからない、というように目をぱちくりさせた。

 

「なるほど、にこちゃん作詞、真姫ちゃん作曲、ってわけやね」

 うんうんとうなずく希。

「はあっ」

 にこはため息をついた。あきらめて話し出す。

「まあ、そういうこと。真姫が一曲、作ってくれる、っていうから、私が作詞したのよ。そのうち、披露するわよ」

「曲は、できてるんだよね」とことり。「ここで、みんなに聴かせてもらえないかな……」

「まだダメよ。にこちゃんにも聴かせてないんだから」

 真姫は首を振った。

「私も、ぜひ聴いてみたいです」

「うちも、当然やね」

 海未と希もことりに賛同した。

 

 真姫は上目使いでにこを見つめた。

「どうする、にこちゃん?」とささやく。

 

 そりゃ、当然、どこかで歌うことになるわけだし。でも、いきなりみんなの前なんて、考えてもいなかったわよ。

 それに、あの歌詞でしょ。……あーあ、ちょっと考えなさすぎ、だったわね。

 

「真姫はどうなのよ?」

「私は……いつかは、聴いてもらうことに、なるのよね。今でも、いいかな」

 頬を染めてうつむく真姫。

「あんた、度胸あるわね……」

「……」

「ま、私も、同感よ」

 にこは微笑んだ。

 

「相談は、まとまったん?」と希。

「ちょっと、リハーサルしてくるわ。待っててちょうだい」

 にこは答えて席を立った。真姫をうながす。

「えっ、リハーサル?」

「ずいぶん本格的ですね」

 ことりと海未は顔を見合わせた。

 

        ・

 

 カラオケ店のロビーの隅、待ち合わせ用のコーナーにふたりで向かい合わせに座る。

 

「真姫だけに歌わせるわけに、いかないでしょ。聴かせてちょうだい」

「あの、すこし歌詞も、かえたんだけど」

 そういって真姫は鞄から紙を二枚取り出した。にこは一枚を受け取った。

「ぜんぜんかまわないわよ。で、どこの部分なの?」

「雰囲気を出すのに、セリフを追加してみたのよ。イントロのあと……」

 あいかわらず顔を赤らめたままの真姫。

「……げっ」

 読み進めてにこは絶句した。

 

 たしかに、雰囲気、出てるけど……!

 

 真姫はいつの間にか鞄からスマートフォンを取り出していた。イヤホンの片側をにこの耳に差し込む。

 にこの耳にイントロが流れてきた。

 

 曲はピアノの伴奏に真姫が両方のパートを歌っていた。比較的ハイテンポなロック調のメロディのなか、どこか切なさも感じられた。

 

 素直になれない心情を、表現したってことなのかしら。さすがね。

 

 にこは目を閉じて最期まで聴いた。

 目を開けるとすぐ目の前に不安そうな真姫の顔があった。にこは微笑む。

「素晴らしいわ、真姫。ほんと、ありがと」

「よかった」

 真姫は安心したように笑みを浮かべた。

「ぜひ、みんなに聴かせましょ」

 

 それから数回、にこと真姫は歌詞を口ずさみながら曲を再生した。

「よし。たぶんいけるわ」

 にこはうなずく。

「大丈夫、にこちゃん?」

「何年アイドル、やってると思うのよ。任せなさいって」

 

 ふたりは元の部屋に戻った。

 扉を開けると、ぴたりとおしゃべりがやんだ。期待をこめた視線が、ふたりに集まる。

「にこちゃん、真姫ちゃん、新曲、聴かせてくれるんだって?」

 穂乃果がきらきらと目を輝かせた。

 

 ったく、なにを吹き込んだのよ。きっと、希ね……。

 

「ほ、本当は進学してから、披露するつもりだったんだけど……。特別よ、特別!」

 真姫がカラオケの機械を用意するあいだ、にこはテレビのわきで説明した。

 

 準備を終えて真姫がにこの隣に立った。ふたりで視線を交わして微笑みあった。

 

 まったく、どうしてこんなことになったのかしら。……はじらいを捨てて、か。こうなったら開き直って、真姫のためにも、がんばりましょ。

 

 やがてイントロが流れ始めた。

「それじゃ、新曲、『ずるいよMagnetic Today』、いくわよ!」

 

 ふたりはときには触れ合うほど近づいて、ときには離れて、歌っていった。セリフもきっちりとこなす。

 ふたりとも最初は気恥ずかしさがあったが、最期はノリノリになっていた。

 

「ありがとーっ!」

 にこは真姫とつないだ手を天井にかかげて叫んだ。メンバーたちから大きな拍手と歓声が上がった。

 ふと我に返って、あわてて手を放す。

 

 にこと真姫はそそくさと席に戻った。

「いいやんいいやん」

 希がふたりを冷やかした。

「ったく、希のせいなんだからね」

 にこは照れ隠しに、残っていたドリンクを飲んだ。

 絵里の、ぜんぶわかってるわよ、といいたげな視線が痛かった。

 

 花陽と凛は興奮したようすで会話していた。

 

「これって、どういう意味の曲なのかな?」

 という穂乃果に。

「穂乃果、それはにぶすぎますよ……」

 海未は困ったような表情を浮かべた。

 

「これは、ステージ衣装は、ふたりぶんにしましょうか」とことり。

「もう、やめてよね」

「うふふ♪」

 ことりは嬉しそうに笑い、にこはため息をついた。

 

 そりゃもちろん、そのほうが嬉しいけど……。

 

「さあ、今日はそろそろ、お開きにしましょ」

 やがて絵里がいい出してパーティは終わりになった。

「えーっ、まだ足りないよー」と穂乃果は不満そうだったが――。

 カラオケの代金はにこ以外が割り勘で支払ったようだった。

 

 立春もすぎてだいぶ日は伸びたものの、あたりには夕方の気配がただよい始めていた。

 

 にこの自宅が一番近いはずだったが、にこはみんなについていった。

 

「それじゃ、また今度、練習で会いましょ」

「またね」

 絵里と希が別れていった。つづいて花陽と凛も。

 

「それじゃあね、にこちゃん、真姫ちゃん」

「ラブライブ、がんばろうね」

「穂乃果はまず明日の試験を、なんとかしてください」

 二年生の三人もある交差点で曲がっていった。

 

 しばらくぶりに真姫とふたりきりに戻る。

「はーっ、思いがけず、長旅になったわね」

「そうね。やっぱりμ'sのみんなとは、縁があるのね」

 そういって真姫は、くすりと笑った。

「まあ、今日はちょっと、願い下げだったけど」

 にこは肩をすくめて見せた。真姫はその言葉に頬を赤らめて目をそらした。

 

 あ、これって、ふたりきりでいたかった、ってことよね、とにこは思う。

 ま、まあその通りなんだけど……。あらためて考えると、恥ずかしいわね。

 

「ねえ、にこちゃん」

 真姫が目をそらしたまま口を開いた。

「あの歌詞だけど……。私のこと、どう思ってるの?」

「どうって……あ、あそこに書いた通りよ」

「それって、もしかして……」

 真姫は問いかけるような目をする。

「なによ、私にいわせる気なの?」

 にこは怒ってみせる。顔はすでに真っ赤だった。

「だって、いってくれなくちゃ、わからないじゃない!」

 真姫もむきになって答えた。

 

 まっすぐに反論したくなって、にこはぐっと飲みこむ。ダメダメ、これじゃいつもの調子よね。

 

「……がんばって、歌詞にしたのよ。真姫だって、作曲してくれたんだから、わかってるでしょ」

「それは……そうだけど」真姫はふたたび目を落とした。「でも、女の子同士なのに、へんじゃない?」

「……っ! 真姫はやっぱり、そう思うの?」

「それは……よく、わかんない、かな。でもね、にこちゃんなら……その、ありかも、って思うの」

 顔を上げた真姫と視線があった。

「私だって、こんなの、真姫だけ、なんだから」

 にこはそういってから気づく。

 

 えーっと、これは、告白された、ってことでいいのかしら。

 

 にこはごくりと唾をのんだ。動悸が速くなる。あいまいなままにしておいては、いけない気がした。ぐるぐると回りそうになる思考をなんとか落ち着かせる。

 

 にこはさすがに恥ずかしくて、あさってのほうを向いた。そして思い切って、いった。

 

「ねえ、真姫。私、あなたのこと、好きみたい、なの」

 にこはじりじりと答えを待った。真姫のほうを見たいのを必死に我慢する。永遠にも感じられる時間が流れて――真姫はささやいた。

「……私も。にこちゃん」

 

 その言葉は、にこの心に、ゆっくりと染みこんでいった。

 この半年以上の真姫との思い出が、しっくりと落ち着くところに落ち着いていく気がした。そして、これからもそれが続いていく、そんな期待が胸に広がった。

 

 にこは視線を外したまま真姫の手を握った。

「ごめんね、真姫」

「どうしてあやまるのよ」

「……私でいいのかなって」

「にこちゃんらしくないわね」

「……それもそうね」

 にこはくすりと笑った。目の端に浮かんでいる涙は、真姫に気づかれたくないわね、そう思った。

「私はあやまらないわよ」

「真姫らしいわね」

 今度は真姫がくすりと笑った。

 

 ふたりは手をつないで歩いた。胸の鼓動はすこしずつ、もとに戻っていった。

 

 真姫の自宅が近づいて、真姫が手をはなした。あーあ、そろそろお別れね、とにこが思ったとき。

「ねえ、にこちゃん……。よかったら、うちに寄っていかない?」

 真姫はくるっとにこを向いていった。両手を後ろに回して問いかけるような目をする。

「えっ……」

「ほら、あんなことに、なっちゃったじゃない。曲について、ちゃんと聴いてほしくて。まだ、時間も早いし」

 真姫は頬を赤らめて視線を落とした。

「し、仕方ないわね。真姫がそういうなら、付き合わなくもないわ」

 にこは頬がほてるのを感じた。

 

 ふたりはどちらからともなく、もう一度、手を握った。

 

 真姫ったら、ほんと、かわいいわね。

 その日、なにがあったのかは……。ふたりだけの秘密。

 




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