もしも自分が今の性別とは違う、別の存在だったらどうなるのか。
男ではなく女でも、女ではなく男でも、性別が違えば見た目も違い、筋力も違い、知恵は知らん。ともかく、性別が違うだけで、染色体が一つ違うだけで、私たちはまるで違う存在になるのではないかとか、そんなことを考えたことがある。
もしも、もしも自分が今とは違うのなら。
イケメンか、美少女か。
人気者か、不人気者か。
告白されたりするのか、なんてことを考えてしまう。いわば、叶うことの無い希望である。それはまるで、異世界転生のようなものではあるけれど、それでも、私は考えたことがある。
ひょっとしたら、自分が今の性別とは違う世界があるんじゃないのか。そしたら、自分はどういう人間になっているのか、と。
そんなことを、私、須賀京華は意味もなく考えてしまうのだ。
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「おーい、さきー」
それなりに漂っている雲が太陽の姿を半分ほど隠している、程よい気温と湿度のある日のこと。私は道の無い草原で、おおよその間隔でベンチを足元に置いたような状態で植えられている、それなりの高さの木の下を一つ二つ走って通り過ぎながら、もう幾つか先に居る、ベンチに座って本を読んでいる少女の名前を呼びながら手を振っていた。
「……なあに、京ちゃん?」
その少女が座っているベンチにまで着いたところで、その少女――咲は視線を落としていた本から、私の方へと顔を上げる。
ショートヘアの黒とも茶とも言えない色をして、側頭部では少しだけ髪が跳ねさせられている。華奢な見た目であどけない表情を浮かべている姿は、まさに文学少女の名に相応しい。
「でもおっぱい小っちゃいからなあ……」
「なあに京ちゃん!?」
そう同じ言葉でありながら、まるで違う意味を持つかのように突っ込みを入れる少女は、まさに宮永咲であった。
文学少女はどうして貧乳の設定が多いのだろうかとか、漫画や小説を読んでいたり、アニメを見たりしてよく思ったことがある。
だとすればやはり、この少女には文学少女の名が相応しいのだろう。
「いや、咲って文学少女だし貧乳だなあって」
「文学少女だから貧乳みたいに言わないでよ!」
「咲って文学少女だなあって」
「ダメだ……もうバカにされているようにしか聞こえなくなっちゃった……」
咲は肩を落として本気で悲しそうにするが、まあ幼馴染なのでご愛敬。これくらいのやり取りはよくあることだ。
だけどまあここはフォローを入れてあげよう。幼馴染とは言え幼馴染を悲しそうにさせるなど、幼馴染失格だ。
「まあ私は咲が貧乳の方が好きだよ?」
「うぅ……持っている人から言われても憐れみにしか聞こえないよ」
持っているって。
私か。巨乳って程ではないが、貧乳って程でもない。
自分の胸を見て、軽く両手で揉んで、それからもう一度咲に視線を戻す。
「中学の頃は運動部だったからね」
「そ、それって関係あるの?」
「あるんじゃない?」
知らんけど。というのは誰かの口癖だったか、思わず零しそうになったので止める。脈絡もない口癖のパクリはあまり面白くないだろう。ブームとかならともかく。
知らんけど!
知らんけど! ヤバい、マイブーム到来だ!
嘘だけど。
「まあ良いよ」
と答えも胸も無い話は終わらせて、それよりと、腰を折って咲と顔を同じ高さにしてから提案する。
「学食行こう」
「……んー」
と、咲はすぐに返事をせずに両手で持っている本を使って、自身の口元を隠した。
「あ、えーと、ごめん。本、読んでたんだもんね。邪魔しちゃったか」
すぐに身を起こして、失敗失敗と、舌を出しながら片目をつむって頭をこつんと叩く仕草をする。こんな茶番も幼馴染ならではだろう。
そして、幼馴染だからと言って気を使わないような真似は嫌なので、私は咲に気にしないように笑顔を向けた。
「ううん、そうじゃなくて……」
咲は口元を隠したまま、心なし頬を赤らめる。
「京ちゃん、食べてる時ジーっと見るんだもん……」
「え、ああ」
思い当たる節があった。むしろ思い当たる節しかない。
美味しそうに食べるから好きなんだよね。小動物っぽいっていうか、もぐもぐっていう擬音が似合う食べ方。
「ごめんごめん。咲の食べてるところ、なんか可愛いんだよね」
「あぅぅ……」
今度は顔全てを多い隠すように、本を盾にした。小顔ではあるけれど、耳が真っ赤になってるのはどの角度から見ても隠せない事実だろう。
そういうところもまた、可愛いとか思ったり。そう言おうとして、そしたら咲がまた困るなあと思い直して、
「そういうところも可愛いよね」
困らせたいなあと思って言った。
「京ちゃんのバカぁ……」
うわあ可愛い。
私の幼馴染なんだぜ、これ。こんなのもう私の双子の弟が交通事故に遭って死ぬよ。いや、弟なんて居ないけど死んだよ。そして私は甲子園に行くんだ。あれ、じゃあ私は主人公で咲はヒロイン? 主人公とヒロインがどっちも女の子って、新しいな。一時代築けそう。
「まあジーっと見るけど、良いじゃん。早く食べいこーよー。お腹空いたよー」
咲を立たせようと、腕を引っ張ってみる。もう知らない、私は咲と食べるんだ。今日はそう決めたんだ。そして私はお腹減ったんだ。
「ちょ、ちょっと待って待って」
「やーだー。またないー。待てと言われて待つ女の子はここにはいないのー」
「もー、分かったよ。分かったから、引っ張らないで」
そしてようやく観念して、咲は持っていた本を鞄に仕舞い、立ち上がる。
やったぜ。今日はレディースランチの気分。基本毎日だけど、今日も私はレディースなのだ。
「わーい」
喜びを表そうとバンザイしてみる。すると咲が、
「……可愛いなあ」
と呟いた。
……呟かられた。
「…………」
「……京ちゃん?」
すぐに私は学食がある校舎の方へ向き、ちゃんと整備された道があるところまで行くために、短い距離の草原の坂を上る。
レディースランチが待っているのだ。待っているんだ。
「……照れてるの?」
私の幼馴染はそんな間違え切ったことを言うので、振り返って訂正させる。
「ハァ!? 照れてないし!」
「顔、真っ赤だよ?」
「ち、違うし! 夏だし!」
「今は春だけど……」
「夏なの!」
甲子園なんだ! 私は完全試合を達成するんだ!
「でも……」
「うるさいうるさい! 咲の文学少女!」
「うわっ! 完全に罵倒に聞こえるようになっちゃった!」
私は駆けだす。甲子園を目指してもないし、交通事故に遭うような弟も居ないけれど、とにかく駆けだした。
後ろから咲の声が聞こえるが、待つものか、待てと言われて待つ女の子はここには居ないのだ。
きょーかわいいって言葉が流行って、京ちゃん小説が増えるんだ。需要は知りません