サワサワと、風で葉が揺れめく音が聞こえて、私は振り返る。
手を伸ばせば届きそうなくらいに近いその木の葉たちはしかし、窓ガラスに阻まれてしまって、私の手を伸ばしたところで届きはしないだろう。
学食の窓際席に私は居た。今日は特別授業ということで、普段よりも早く学校が終わり、いつもならそれなりに混んでいる昼時の学食内も、今はそうでもない。
私は普段は人気でなかなか座れない、その景色が見れる窓際の席の机へ、手に持ったレディースランチを置くことさえも忘れて、窓から見れるその風景を眺めていた。
「――――」
サワサワと。
風で枝がしなり、葉が揺れて、音を運ぶ。
それはとても綺麗で、感想を口に出して言うことすらおこがましいものだった。
「……京華?」
馬鹿みたいにボーっとしながら風景を眺めていた私に、そう呼びかける声が聞こえた。
振り返るついでにレディースランチを机の上に置くと、私はその声の主を確かめる。
「
高校に入ってからの女友達。高久田誠、といういかにも男っぽい名前で本人は嫌がっていた。その割に見た目は短めの髪をしていたり、運動部に所属していたり、性格も男勝りだったりで、名前だけでなく色々な部分が男らしい。
男女平等にからかい続ける彼女は、今日も私をからかう。
「なーんだ、ぼっち飯か?」
「ううん、咲が来てくれるよ」
首を振って私が否定すると、誠は残念そうに唇を尖らした。からかうことがなくなったのが残念なのだろう。
私がちょーっと夏が熱くて走っちゃったりしたけど、あの後、なんだかんだ咲が追いかけて追い付いてくれて、今はこうして咲が来るのを待っているだけだ。
「ふーん……」
「……私の黒歴史でも聞く?」
「…………聞こうか」
迷った風だったが、他に何を話したら良いか考えるのが面倒くさくなったのだろう、誠は聞き手に回ることを了承した。
あえて誠がからかう要因を作る辺り、私も付き合いが良いというかなんというか。まあ、誠のからかいは悪意がないから、こうしてたまに誰にも言えないことを言えるんだけどさ。
下手に慰めず、期待通りに笑ってくれるって感じ。
話し手側である私は、少しだけ私の歴史を振り返る。けれど、歴史と言うほど私の経験は深くなかったので、本当に印象に残った黒歴史っぽい場面しか思い出せなかった。
「第一位!」
「一位からなのか」
一位からです。
「私のキメ台詞――」
「あ、咲ちゃん」
「あ、ども」
コトリと、咲が料理が乗ったプレートを私と同じ机の上に置いた。
「…………」
サワサワと、私の後ろの方から葉が揺れる音が聞こえてきた。
さっきまでは凄い綺麗に聞こえたはずのその音は、今はなぜか私をバカにしているように感じる。
窓越しから、『ほら、お前の大好きな幼馴染がいるのにお前の黒歴史を言ってみろよ、このアラフォーが!』って、葉っぱたちがからかってる気がしてたまらない。
「で、何がキメ台詞なの?」
「……私の、黒歴史」
「へー」
興味があるようなないような、微妙な感じの咲。多分ないんだろうけど。
「まあいきなり黒歴史とか言われても反応に困るわな。バカなんじゃねえかと思ったわ」
両手を頭の後ろに組んでツッコミを入れてくる誠。その鋭すぎるツッコミは私の体にグサリと突き刺さる。
な、なんだよー! 私だってなあ、何も考えずに話していただけで、そこまで言われる筋合いはないんだぞ!
「……うぅ」
だけど言われてみれば確かにいきなりすぎたかもしれない。なぜだ、私はもっと口達者でいて、もしも男だったら周りに女の子が居て当り前のモテモテくんじゃあなかったのか。これじゃあまるで私に人を引き付けるような魅力ある話もできない、モテないくんじゃないか。
おいもしも男だったらの私! 男だったら私って話上手か!? むしろ普段はろくに人と話す機会さえ得られないくらい影が薄くて薄くて、影が薄い設定のキャラよりも別にそんな設定のない自分がさらに薄くなってて、もはやセリフが付くだけで珍しいと思ってしまう系じゃあないよね!
ないんだよね!? 頼むぞ男だったらの私、私に希望を持たせてくれ!
「わ、私は聞きたいなー! 京ちゃんの黒歴史!」
割と真剣に落ち込んでたら、咲のフォローが飛んできた。
そんな咲に、誠は感心したように、そして結局はからかうように笑う。
「おお、咲ちゃんは良い嫁さんだなー」
そ、そんな、嫁さんだなんて……キャッ、恥ずかし――
「嫁さん違いますっ」
「まっこう否定されたよ……」
なにこれ、踏んだり蹴ったり、凹むわあ。
「いや私は京ちゃんのこと――」
俯いたままでいたら咲がフォローを入れてくれそうだ。
一応そのフォローを最後まで聞くために、俯いたままでいるけど、私の耳は咲からの一言一言を逃さないために全力で集中する。
京ちゃんのこと――なんだ!
ワクワク。ドキドキ。
「……嫌いじゃあ、ないよ」
「望んでた答えと違う!」
くれよストレート! それだけで甲子園に行けるくらいのをさあ!
そんな私と咲とのやり取りを見ていた誠は、本当におかしそうに笑って、出てしまった涙を指で拭う。
「あー、笑った笑った。じゃあ、オレはあっちで友達と食べてっから」
そう言って、片手を挙げてじゃあ、とまた言いながら、出口に近い人が少しだけ集まって座っている席に向かって行ってしまった。多分、部活仲間とかそんなのだろう。
からかうだけからかって帰って、誠め。あとで覚えとけ、いつか私たちの食器の片づけとかさせて、メイドみたくこき使ってやるんだから。
「……」
「……むぅ」
そして咲と私との二人きりになるわけだけど、さっきの発言にはちょっと不満。
好きって言って欲しかったと、そう思う。
いや、私がどれだけ咲のことを好きなんだという話になるかもしれないが、だって好きだし。
友達以上、親友以上、恋人未満、家族同等くらいの幼馴染を、少なくとも私が嫌うなんてことはないだろう。
「まあ、文学少女だからなあ」
「む、文学少女関係あるの?」
自分を納得させるために呟いてみたのだが、文学少女という言葉に敏感に反応する咲。
どうやら咲の中では文学少女=悪、みたいな公式ができたらしい。
「ツンデレって、感じしない?」
そしたら咲の嫌いじゃあない発言も、ツンデレのデレの部分ってことで納得。ん、それともツンの方かな?
「ようはそれ、ただのひねくれものじゃない?」
ふむ、もはや咲の中ではツンデレ=ひねくれものという公式があったらしい。くっ、そう言えば咲って文学少女だったから、こういう言葉にも強いんだった。
となるとどうしたものか、ここはあえて逆転の発想で、あえてこう言おう。咲に向かって思い切り指差して。
「咲のひねくれものー!」
「ひどいよー!」
涙目になっちゃった! フォローしなきゃ!
「咲の文学少女ー!」
「うわーん!」
大泣きだあ! 誰のせいだ!? 私のせいか? ああ私のせいだ! 私のせいなんだよね!
「ああ、ごめんごめん、泣き止んでー。ほーら、私の黒歴史言っちゃうぞー」
「別に聞きたくないよぅ……」
ひっくひっくと、喉を鳴らす咲。
まさか咲がここまで拒否反応を示すとは、文学少女恐るべし。
とりあえずの処置として、第一位から私の黒歴史を発表しておこう。
「第一位! 私のキメ台詞、『良いよ、君が無事でよかった』」
「聞いたこともないよぅ……」
ま、まだだ、私にはまだ第二位がついてくれてる!
「第二位! 中学生にもなって大泣き」
「うぅ……!」
ああなんてことだ! 高校生にもなって泣いてる幼馴染がここに居たんだった!
こうなったら第三位を発表するしかない!
「第三位! 咲とのファーストキス」
「覚えがないよ!」
「良いよ、君が無事でよかった」
「無事じゃないじゃん!」
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まあ紆余曲折ありながらも、なんだかんだこうして顔を向い合せて食事をして、それで色々面白おかしく話したりして、と、あっという間の仲直りをした私たちである。ここら辺は幼馴染ならでは、みたいなところがある。
ケンカはすれど、嫌いはしない。そんな約束みたいな結束がある。
「ごちそうさま」
手を合わせてご挨拶。
今回も私の方が一足先に食べ終えてしまった。咲はまだ結構残っているので、手もち無沙汰。
自然と、私は両肘を机の上に置いて、両手首を合わせて器を作り、その上に自身の顎を置く。
その私の視線の先には咲が居て、もくもくと、もぐもぐと、見ているだけで癒されるくらいに可愛く食べている。小動物みたいだ。
「……京ちゃん」
唐突に咲は顔を赤く染めながら、持っていた箸を置いてしまう。
「んー?」
「見ないでよぅ……」
私としてはほとんど無意識で見ていた状態だったので、その言葉はいったい何を意味しているのか、一瞬理解できなかった。
けど、少し考えてようやく、ああ、咲は食べるところを見られて恥ずかしがっているんだなあ、という答えにたどり着くことができた。私ってば名探偵。
たどり着いたところで、私は答えを返す。
「ヤダ」
「ヤダじゃないよっ」
顔を赤らめたままぷくーっと頬を膨らました咲は、一度は置いた箸を手に取って、心なし少しだけ怒気をにじませて言う。怒気というのには、ぷんすかぷんすかって感じで、いささか小さすぎるかもしれないけど。まあ、咲だし。そんな姿も可愛らしいとか思ってしまう。
「可愛い」
なので、口に出す。
「う……」
真正面からの褒め言葉にたじろぐ咲。そんな咲を見るとニヤニヤしてしまう。
それでも負けじと、咲は眉を立ててキッとした表情を作った。
「もう止めてよね。人の食べるところジロジロ見るのって、無作法だよ」
「む」
正論を言われてしまった。何か反論の糸口はないか考えてみたが、どこをどう反論すれば良いのかは、さすがの名探偵並みの頭脳を持つ私こと須賀京華であっても考え付くことができない。
少し悩んで、天井を見上げて、どうにかできないかと考えて、どうにもできないと結論。
「分かった分かった、今日は私は一人でスマホでも弄って待ってます」
両手を挙げて降参のポーズ。別に咲と話してても良いけど、食事中じゃあ全力のツッコミを得られないだろうし、ここはスマホで一人遊びでもすることにした。ただこれ、はた目から見たら友達が目の前にいるにも関わらず、会話を放棄しているような友達関係に見えちゃうんだよな。まあ良いか、人から見る目なんてどうでも良いさ。
さて、手に持ったスマホを使って何をしようか、なんて考える間もない。考えるまでもなく、私は最近では毎日起動させているアプリの一つをタップする。
「ぽちぽちー」
「……何やってるの?」
スマホを横にしていたのに疑問を感じたのだろう、咲はそう首を傾げた。
なんというか、その動作がもういちいち可愛くて可愛くて、なんで咲はこんな純粋に疑問を感じる表情ができるんだろうとか思っちゃう。小動物っていうか、こういう子供っぽさの可愛さがあるんだよね。ほっとけないっていうか、心配になっちゃう可愛さ。ぬいぐるみみたいに抱きしめたくなる。
「うん、麻雀麻雀。私、これでも麻雀部だし」
全世界の雀士と戦える麻雀アプリ。プロじゃないかって噂されるくらい強い人も居るくらいだ。
あ、飛ばされた。これはプロ級ですね。
電源を落としてスマホを仕舞う。
「麻雀部に入ったんだ?」
「うん、まーねー。陸上より楽しいよー」
本心だ。走っているよりも、こうして頭を使うことが楽しいと思える。
知恵を振り絞り、目を凝らし、幾通りのパターンを予測して、相手の考えを読み切り、そして最後は運を呼び寄せる。
自分の全部を使っているって感じがして、それで勝てた時はサイッコーに気持ち良い。脳内のアドレナリンみたいのがドバドバ出てる出てる。中学の頃にハンドボール部に入ろうとして、マネージャーしか募集していなくてしょうがなく陸上部に入った私に、この楽しさを何徹してでも教え込んでやりたいくらいだ。
「そっか」
そんな私に咲はどこか寂しそうに微笑んで。
「でも」
と、そこで話を切るように、言葉を切った。
サワサワと、静かな葉の音が外から聞こえてくる。
咲は微笑みを消して、今度は怒った表情でも、照れた表情でもない、無表情で。
子供っぽさからは遠く離れたその表情で。
表情をなくして。
感情さえもなくすように。
持っている箸で一つ、おかずを取りながら、なにかしらの感情を押し殺すように、言う。
「
パクリと、重くなりそうな空気ごと食らうように、咲はおかずを口の中に放った。
外の方で強い風が吹いたのか、静かに揺れていた葉は、ザワザワと大きく揺れる音になった。
麻雀がキライ。
はっきりと、そう言われた。
その時の私は一瞬、咲が一体何を言っているのかを理解できなかった。
そもそもが、咲は文学少女ということもあり、内気な少女というのが私の知っている宮永咲という少女であり、そしてその咲が、こうもはっきりと冗談も混ぜずにキライだと言いきるのは、それはそれは意外なことで、もはやそんなことを咲が言うなんて、私は考えたこともなかったんだ。
「へぇ……」
キライ。
そう言われた。
好きって言って欲しかったと、そう思う。
「急に変なこと言って――」
それ以上は言わせるまでもなかった。
「麻雀部行こっか!」
私は机の上に乱暴に音を立てて両手を置き、咲の言葉を遮りながらその反動と共に立ち上がった。
「――へ?」
疑問は待たない。私は咲に質問する。
「咲って麻雀できるでしょ?」
好き嫌いを言えるなら、知っていると思った。
咲なら、普段好き嫌いを言わない咲ならば、知った上で嫌いだと言うんじゃないかという名探偵なみの推理だった。
「うん、まあ……一応できるけど」
「よし!」
確認のためにそれだけを聞くと、キョトン顔をしている幼馴染の腕を無理やりに引っ張って立ち上がらせる。
「わわっ!」
明らかに動揺した声を出しながら、持っていた箸を机の上に落としてしまう。おかずはないけど、乗せていた皿が残ってしまっている。
ふむ、このままじゃあ学食のおばさんたちに迷惑をかけてしまう。
「あ、誠! あとでジュース奢ってやるから、代わりに食器片しといて!」
なのでそこは、出口の近くに居た友達をメイドのようにこき使ってやることで解決しておいた。
まあそんなことより、今の問題はこの現在進行形で連れ去っている幼馴染だ。
線が細い文学少女。所詮、元運動部の私に敵う腕力をしていないので、このまま引っ張ってしまう。
好きって言って欲しかったとそう思うけれど、それでも、そんなのはどうでも良いことだ。
咲が麻雀をできる。
咲と麻雀で戦える。
それだけで頭が一杯で、私は咲を引っ張りながら駆けだした。
あるいは、咲の重い雰囲気から逃げだしたとも、そう言えるのかもしれないけれど。
嫁さん発言のために二千文字以上。削ろうか凄く悩みました。