「みんなー! カモ連れてきたよー!」
麻雀部があるのは、旧校舎の一番上の階。そもそもがそれほど部活に熱心ではないこの清澄高校、麻雀部というメジャーな部活ということも相まって、たった五人しか居ない部員には勿体ないくらいに広い部室を使わせてもらっている。
一説によると、それは麻雀部の部長兼学生議会長である人の手腕ではないかと、自分で言っていた。
「て、あれ? 和だけ、部長は?」
扉を開けたらその正面に、広い部室の中央に置いてある全自動麻雀卓の一席に座っている、桃色の髪をツインテールにした少女が居た。
巨乳だ。
巨乳である。
時々私が、その言葉のままに夢にまで見る、原村和の制服の上からでも丸分かりの巨乳だ。
ホント、時々って言うか、一週間に一回くらいの頻度で和の巨乳関連の夢を見てしまうから、実は私は原村和のおっぱいに恋しているんじゃないかって噂されている。私の中で。
ちなみに麻雀の強さは強い。
中学の全国大会では個人一位の成績を収めて、つまり、中学生女子の中で、
それがどうして、その和を入れて、団体戦にギリギリ出れるくらいのメンバーしかいない、麻雀に関しての歴史があるわけでもないこの弱小どころか麻雀部の存在自体が怪しい清澄高校を選んだのかは、いまだ謎である。
「部長は奥のベッドで寝ています――そちらの方は……?」
和は立ち上がると同時に、胸を揺らして私の視線を奪うと、私の背に隠れている咲を覗こうとする。和の必殺技、胸ユラユラ視線誘導だ。これで相手が和の胸に視線を奪われている間に、自分と仲間の両方が二回行動できるようになるという反則級の技である。今回の場合の二回行動は、和の横移動と私の背に隠れている咲を覗くことだった。
私の制服を両手でつかんでいる咲は、和の胸を見ながら震えていた。確かに和の胸は暴力的かもしれないけど、怖くないよー。一週間に一回は夢に登場するくらいだよー。
「あなたは先ほどベンチで本を読んでいた……」
「あ、あはは。見られてたんだ……」
気まずそうに頬を掻く咲。
とりあえず私が和の方に視線を戻そうとすれば、まず胸に行ってしまう。
なのでもう胸からどこかに視線を移動させることを諦めて、私は和の巨乳を観察しながら提案する。
「まあ部長寝てるんじゃあ三麻でも――」
「いええええええええええええええええええええ――――――」
三人で麻雀をやろうと提案したところで、背後からそんなテンションが高すぎる大声を、走る音と一緒に学校で出す女の子が居た。
振り向かなくても分かる、だが、私はその少女に振り向くしかない。
「――ええええい! タコス買ってきたじぇー!」
ドタドタと騒がしい音をそのままに、ノックもしないで木製の扉を開け放ったのは、誰かと思うことも無い。
その聞きなれた声と、そして特徴的すぎる口調から、私は振り返りながらも顔を確認しないでその少女の名前を呼んだ。
もはや目をつむっても思いだせる。牙のようになっている八重歯が見え隠れする口元、肌はくすみを知らない健康的な肌。茶髪を赤いサクランボのようなものを飾りにしたゴムでツーサイドアップにしている少女。女子高生にはとても見えない、幼すぎる見た目をしている、小さくて小さくて幼いその少女。それこそが――
「片岡優希!」
「おお! 犬、来てたんだんじぇ?」
そしてその相変わらずの呼び方に対して、私は声を大きくする。
「いい加減人のことを犬呼ばわりしないでよ! 京華だよ! みんなきっと大好き京華ちゃんだよ!」
「? 犬は犬だじょ?」
「その何がおかしいことなのか分からないみたく首を傾げないでよ! がるるるるる……!」
威嚇中……。
「タコス食うか?」
「わんわん!」
威嚇解除。
タコスって優希に出会って初めて食べたけど、美味しいんだよねー。
そもそもタコスっていうのはメキシコ料理で、その見た目はちょっとオシャレな感じのサンドイッチみたいな感じで、こう……丸いパンみたいなものの中に肉やらとろっとろのチーズやらシャキシャキのレタスなんかを挟んだものなんだけど、これが美味しいのなんの。サンドイッチじゃあなかなか肉を挟んだりはしないんだけど、このタコスは厳密に言えばパンじゃなくてトルティーヤっていうので挟んでるから、それがまたお肉とチーズとレタスとの組み合わせに合うんだよ。私の想像ではパンでも良いかもしれないっちゃあ良いかもだけど、多分このトルティーヤ(巻き舌風に)を使った方が合っている。
そしてこのタコス、買ってきたところを優希が急いで運んできたようで、それはまだ作りたて。つまりは暖かく、チーズも肉も冷めていない状況。さらに言えばあとから挟んだそのレタスもまだシャキシャキっとした食感を保っていた。一口噛めば肉汁と肉の熱さで溶けたチーズ、さらにシャキシャキのレタスが新たな楽しい食感を運びながら、肉とチーズという単調な味になりがちなものを楽しい味にして飽きさせない、まさに職人の逸品で――――
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「――コホン、まあ、この子が宮永咲だね」
わざとらしく咳を立ててから、手の平を向けて、ご紹介。原村和は何時も通りの表情で、優希はどこか嬉しそうに八重歯を見せて喜んでいた。
「私は片岡優希! よろしくだじぇ!」
まるで犬のようにはしゃぎながら、咲に駆け寄ってその小さい両手で精一杯に咲の両手を包んで握手を交わす優希。
微笑ましい。なんだかんだムカーってくる時もあったりするかもしれないけど、なんだかんだで許しちゃうのは、優希のこんな純粋なところがあるからなんだよなあ……。犬呼ばわりもホントは許しそうになっちゃってるけど、そこはなんだか、親の教育心的なもので、なんでもかんでも許すのはいけません、みたいな。
「よ、よろしく……」
基本、咲は人見知りなので、その優希の積極的とも言えるコミュニケーションには少し押され気味。まあ、きっとなんだかんだで仲良くなるだろうと思う。優希のコミュニケーション能力は異常だから。
「原村和です、よろしくお願いします」
ふかぶかーっと頭を下げる和。ここらへんでも胸を見てしまう。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
慌ててぺっこりんと頭を下げる咲。ここらへんで可愛いって感じがする。
「それでは紅茶を入れてから、さっそく打ちましょうか」
「そだねー」
「え、えと、わ、私はその……」
「咲ちゃんと打つのが楽しみだじぇ!」
……フォロー入れてあげようと思ったけど、入れづらい。良いか、このままで。
「あぅ……」
肩をがっくりと落とす咲。
キライって、ホントのホントにキライなんだなー。そこはちょっと悲しいけど、うーん、まあ、あとでクレープでも奢るなり、お詫びするとしよう。
今は全力で楽しむことが大切。私が楽しまなかったら本末転倒だ。それに、私が楽しんでるところ見てれば、咲も麻雀を好きになってくれるかもしれないしね。まあぶっちゃけそれより、ただ私が咲と麻雀をしたいだけ、なんだけどさ。
「紅茶どうぞー」
和と一緒に運んだカップの一つを、咲が座るしかないだろう場所に置く。
そしてやっとのこと、咲は渋々ながらもその麻雀卓に座ってくれた。渋々と言えば渋谷先輩という今はこの部室に居ない先輩を思い出すけど、何してるんだろう。バイトかな?
渋谷先輩だったらここで咲がやる気になってくれるようなフォローを入れてくれたりしてくれるんだろうけど、まあ、居ないものはしょうがないか。
「そう言えば親になるタイミングって、どこが良いんだろうね?」
「自分があがれるタイミングが一番ですよ」
「それはそうだけどー」
「私は最初がいいじぇ!」
「ああ、優希はね」
最初の方であがりまくって、あとは逃げるタイプ。
というより、最初の方でしかあまりあがれない。なんでもタコスパワーが持たないらしい。ただ集中力が低いだけだとも言う。
全自動麻雀の真ん中のスイッチを押すと、さいころが回る回る。
「咲が親かー」
まあ、そんな感じで始まる麻雀だった。
順当に行けば中学最強の座を手にした和が一番だろうけど、それが分からないのが麻雀だ!
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部室の奥から、雨粒が窓を叩く音が、私の耳に届く。
始まりは少ないペースで叩かれていたその音も、すぐにタイミングが一つ早まり、二つ早まり、気が付いた時には休みなしで叩かれている。
雨の日は好きか嫌いかで言ったら、どちらでも良いと返すのが私というものだ。晴れの日も曇りの日も雨の日も雪の日も、その日の都合で嫌だとかそう思ったりするかもしれないけれど、基本的にはどの天気だって良いところがあって、悪いところがあって、絶対に嫌いだということにはならない。
帰りに濡れてしまうのは嫌なことかもしれないが、私は雨のこの不思議なリズムで振る雨粒が好きだったりする。規則正しさなんて一つもないようで、規則正しくないとは言えない、この音楽のように刻まれる雨粒が大好きなんだ。
ポツポツコツン。
それがすぐに、ザアザアと変わった。
「――雨だよ」
「……雨ですね」
半局の麻雀を繰り返して、その三回目が今ちょうど終わった所だった。
私は窓の外を見ながら呟いて、和はその言葉を繰り返した。咲も優希も和も、みんな窓の方を見て、その雨粒で作られる幻想的とも言える音楽を聞いていた。
「――ビリだよ」
「……ビリですね」
半局の麻雀を繰り返して、その三回目のビリがめでたく達成されたところだった。
私は窓の外を見ながら――――
「いやいやいや! なんでさ! どうして今日に限ってみんなそんな運が良いのさ!」
ビリだよ!?
三回やって三回のビリって、何事!? 確かに実力差はあるかもしれないけど、ようは四分の一を私は三回連続で引き続けてるってわけだよ!
私だってそこそこ打てるはずなのに……三位にすらなれないって、悪意を感じるよ、神の。
「咲は咲で連続三位を三回だし……実質、和と優希の一騎打ちを何回やってるのさ」
「犬はダメダメだなー」
「くっ、言い返せない……」
「犬はシメシメだなー」
「誰もビリなんて狙って企まないよ!」
私は四回目に一体何を賭けてるんだ!
「雨も降ってきたし、それがシメシメって言うなら――」
「うそぉ! 降ってきたの!? 私今日傘持ってきてないわよ!」
私のツッコミをカーテンを開く音と共に嘆く声で遮った、その人物は奥のカーテンだけで遮られた仮眠室、とも言うべき場所に居た。
最初から居たにもかかわらず、今の今までその仮眠室のベッドの上で寝ていた人こそが、この仲良し麻雀部の部長、竹井久という女性だった。その仮眠室は全員が使用可能ということになっているが、そのベッドで寝るのはせいぜい部長くらいなので、ほぼほぼ部長専用になっている。
部長は個室から出て、窓から見える景色を見て、あっちゃーと、額に手を置いてまた嘆いた。
「やまないわよね……これ」
赤に近い茶髪。高校生では珍しい黒ストッキングを愛用している、そのスラっとしたモデル体型とも言うべき女性。それがこの部長兼生徒議会長、竹井久というものだった。
振り返って、肩程にある髪をたなびかせながら、咲を見て目を丸くする。
「あら、お客さん?」
「あ、あの、私、今日はもうこれで失礼します!」
「ちょ、ちょっと咲!?」
途端に置いてあった自身の鞄をひったくるようにして、逃げだした咲。
ええ……部長が怖いってわけじゃあ、ない、よね? もしかして洗濯物を取りこむのを忘れていたとか、そんな主婦みたいな悩みとか? だとしたら私、結構なお詫びをしなければ……。
「うーん、逃げられちゃったっ」
可愛い感じに言う部長。
咲を文学少女、和を美少女、優希を幼女か少女と呼ぶのなら、この部長は悪女と言った表現が似合うだろう。体型だけではないモデル顔を利用して、泣かされた女性(女性なのか)は少なくないらしい。
ひょっとして咲を泣かせたわけじゃないよね? 出してたら私、スゴイ怒るよ。
「あーあ、にしても私相当寝てたわよね。何局打ったのー?」
「半雀を三回ですよー、結果ならそこに」
「はいはーい」
そして部長は記録が記されてあるパソコンを操作し始めた。
私はその様子を見送った後、咲が出ていったその大きな扉を見つめていた。うーん、私は咲にどんなお詫びをしたら――
「あら?」
と、クレープ何個分のお詫びかを考えていたら、部長がそんな声を出した。
麻雀卓の上を整理していた私たちは、それぞれがバラバラのタイミングで、部長の方を向く。
「どうしたんです、もしかして結果取れてませんでした?」
「……いえ」
部長は私たちの方を振り向かずに、パソコンを凝視したままだった。
結果が取れていたとするのなら、何かがおかしいということか。私の連続四位という記録に関して、本当はもっと強いはずの私に対しての疑問を抱いたというのなら、それは申し訳ない気持ちになる。
いや、うん、本当はもっと強いんだよ? 和を越して二位になったり、一位になったこともあるくらいには。
麻雀である以上、どうしても運の要素が強いから、そういうことがないはずはないし、運が絡んでいる以上、言っちゃえば麻雀っていうのは運が全て、みたいなのはどうしてもあるから。
「この宮永咲さんって子……」
私のことではなく。
咲のことだった。
「一局目、三位、30000点。プラスマイナス0」
私が和に飛ばされたところだ。
ギリギリで生き残っていた私に和の安い直撃を食らったのを覚えている。あれは酷いと、咲に泣きついたのも覚えている。
「二局目、三位、30000点。
和がハッと息を飲んだ。
優希も、今は黙って部長の声を聞いている。
「三局目、三位、30000点――――
雨が、降っていた。
雷が、鳴り始める。
外が光り、それから遅れて音が来る。
「……すごい、偶然ですね」
それだけ言うと、口内が渇いていたのを感じて、私は唾液を飲み込んだ。
部長はまだ、振り返らない。
振り返るなと、私は願っていた。
「でも、偶然じゃなかったら?」
「――ありえません!」
和が立ち上がって否定した。私もしようとしたけれど、上手く体が動かせない。上手く、舌が回らない。上手く、頭が働かない。
でも、そうだ、ありえない。
麻雀は運の要素を多く含んでいる。それを、偶然じゃないなんて、連続プラスマイナス0を三回も狙ってやるなんて、そんなの、偶然という方がまだ納得できる。順位ならともかく、同じ点数を狙うなんて。
できるとしたらそれこそ。
それこそ。
神の意思ではなく、神、そのものだ。
「私たちはみんな、本気で打ちました」
和の反論が聞こえる。そうだ、そうだよ、みんな本気で打った。
私は納得する。
納得、しようとする。
「それを狙ってやるなんて、そんなオカルトありえません!」
「そうね。でも、もしも――」
部長は振り返った。
雷の光が、部屋中に広がる。
「――
まだまだ半人前の須賀京華を倒せるくらい。
ムラっ気がある片岡優希を倒せるくらい。
中学最強の座を手にした、原村和を倒せるくらい。
ではなく。
その三人を同時に手の平の上で遊べるくらいに。
圧倒的実力差があったとしたら――。
雷の音が近くで鳴って、部屋中に響いた。
「っ!」
和が否定しようとして、奥のパソコンの三つ並んでいる0を見て、結局何も言わずに走って、咲の出ていった扉に向かった。
私は、動けない。視線だけが動いて、和の方に向いて。
「…………ぁ」
和がか細い声を出して、向かった扉の前で立ち止まったのを見た。
そして、私の方を振り返ったのを見た。
「――――!」
私は電撃が走ったように立ち上がり、後ろに転がっていく椅子を気にもかけずに、そのまま走りだした。
咲が出ていった扉の前にまで着き、横の和の視線を振り払うように、私はその扉を体当たりするように開け放って、そのまま階段の方へ切り替えた。
清澄高校の麻雀部は旧校舎の屋上にある。
私は階段まで走り、そしてそのままのペースで一段飛ばしに駆け下りる。
歯を食いしばる。
私は咲を追いかけるために、逃げだしたのだ。