強化京華kyouka   作:じょーく

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文学少女5

 たった五人しか居ない部活にはもったいない、とても広い広い部室。その中央にある全自動麻雀卓に、私はこの部室に入るための扉へ背中を向けながら座っていた。

 そしてガチャッと、その背中の方にある、部室に入るための木製の大きな扉が開いた音がして、私は振り返る。

 そこに立っていたのは私の幼馴染――ではなく、二年生の先輩だった。

 髪は緑色のウェーブがかったそれであり、この部活で唯一眼鏡をかけている女性である。眼鏡系女子と書けばとてつもない萌えだったり、なんでも計算づくな感じで格好良く見えたりするところがあるかもしれないが、この染谷先輩は男らしいというか、器が大きいところがあって、残念なことにその印象を相手に強くは持たせない。だとしても、この部活で誰よりも頼りになるのは染谷まこという女性を差し置いて他には居ないだろう。

 

「……なーんだ、渋谷先輩か」

「染谷じゃ」

「あいたっ」

 

 ぽかりと頭を叩かれた。

 いや、反射的に言っちゃっただけで、痛くはないんだけど。

 原村和を美少女、片岡優希を幼女、竹井久を悪女と呼ぶのなら、この染谷まこ先輩は聖女、とでも例えることが正しいのかもしれない。

 ……たいそう立派な例えになってしまったが、この部活に置いて誰が一番の聖女かと聞かれたら、多分満場一致で……いや、部長なら自分を指名しそうなので、部長以外は染谷先輩を選ぶのだろうと思う。

 誰よりも優しくて、誰よりも厳しくて、この部活のお母さんみたいな人。

 家族で表すなら、原村和は長女、片岡優希は末っ子、竹井久は意地悪な次女。そして染谷まこ様こそがお母さんである。

 

「いやほら、染谷先輩って自分のキャラが薄いことを私に告白してきたことがあったじゃないですか。だからここは一つ、私もひと肌脱ごうと思ってですね……」

「ワシの名前を渋谷で覚えられたらどうする気じゃ」

「池袋先輩!」

 

 無言でバンッと、思い切り叩かれた。音は大きいのに全然痛くないという驚くべきツッコミ技術である。そろそろ世界が染谷先輩の存在に気づくべき。

 

「まったく……まあ、なんじゃ」

 

 大きなため息を吐かれてしまった後で、また、頭を叩かれた。

 ぽかりと、でもなく、バンッ、なんて大きい音でもなく、ぽんぽんと、頭を軽く二度叩かれた。

 

「そのまま気負わなくてええ。ワシも座るそうじゃ、何時も通りでええ」

「はい」

「でも――やるからには勝ちんしゃい」

 

 なんて。

 まあ、どうせ染谷先輩も全力で勝ちに行くんだろうけど、さ。

 咲に麻雀の楽しさを教えるためにはどうすれば良いかなんて、二つに一つだ。

 勝ちを教えてやる。

 負けを教えてやる。

 そのどちらかで、きっと、麻雀の楽しさに気づけるだろう。

 ただの推測で、憶測で、希望的観測で、いいかげんな考えかもしれないけれど。

 麻雀なんて、そんなもんだ。

 やれば分かる。

 打てば分かる。

 遊びではなく、勝負のあるゲームとしてやれば、確実にその楽しさが分かる。その楽しさに魅入られた人々が、億の人口を超えているというのだから。

 

「あ……」

 

 ガチャリと扉が開かれ、私が振り返るという動作をまたしてみれば、そこには和が居た。

 

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 

 やや遅れて頭を下げる和。

 動揺してる動揺してる。可愛い奴め、今度そのおっぱいを揉ませてくれ。今日も夢に出たんだ、そのおっぱい。

 さすがに和の胸をずっと見るために首を曲げっぱなしにして振り返っているのは疲れるので、私は椅子を回転させて、体ごと和のおっぱいに向ける。

 よし、これで堂々と自然に見れる。

 

「部長、咲のこと連れてこられるかなー」

「え、ええと、そう、ですね。恐らく、部長なら……」

「連れてくるじゃろうなあ……」

 

 女性泣かせの悪女、竹井久部長。

 麻雀部の部長でいて、生徒議会長という役職に就いている。

 美人で、口が上手くて、みんなに人気者。でなければ真面目という言葉から遠く離れた部長が、生徒議会長になることは不可能だろう。

 咲をもう一度、この部室に来させる自信が私にはなかった。力づくならば、そりゃあ連れてこられはできるだろうが、それで咲がこの麻雀卓に座ってくれるかどうかは分からない。

 だけど部長ならばと、そういう期待があって、私は頭を下げてまでお願いしたのだ。

 部長なら、なんとかできるだろうと。女性を泣かせるんだ、女性を喜ばせることくらいできなくてどうする。

 

「お」

「やあ」

 

 もう私はおっぱいを見るために体ごと扉に向けていたので、振り返るまでもない。

 扉が開いたら、片岡優希が来た。

 今度はなんの雄叫びもない、とても寂しい登場であるけれど。

 

「い、犬」

「なあに?」

「タコス、買ってきたじぇ」

「ほう」

「あ、あげるじょ」

「やった、嬉しい。ありがとう」

 

 トコトコと、優希が私のところにまで来てくれて、まだ暖かいタコスを手渡してくれた。

 暖かくて、いい匂いがして、美味しそうで、食べてみたら本当に美味しくて。

 もぐもぐと、もくもくと食べている私を、みんなは見ていた。まったく、恥ずかしいなあ、みんなったら無作法だよ、なんてことを思いながら、そのまま私はみんなに見つめられたまま食べて、食べて、全部残さず食べた。

 最後の晩餐みたいだ。

 

「……咲ちゃん、強いじぇ?」

「うん」

「今日は私は観戦らしいから、犬のこと応援してやるじぇ!」

「ありがと」

 

 まったく、心強いご主人様が居たものである。

 昨日のメンバーではない理由は、まあ、部長もちゃんと見たいのだと思う。

 コンピューターのような正確さで打つ原村和と、何年もの経験を積んでいる染谷まこという部員を使って、正確な咲の強さを計りたいのだと、そう思う。残念なことに優希では集中力が持たないから、それに対応する咲の強さまでもが分かりにくくなってしまう。

 そして。

 今度の今度こそ。

 部長と咲以外のメンバーが揃ったところで、ガチャリと、木製の扉が開かれた。

 

「みんなー、連れてきたわよー」

 

 そう言う部長の左手には、咲が居た。

 多分、この中に居る誰よりも強くて、誰よりも麻雀がキライな咲が居た。

 

「きょ、京ちゃん」

「やっほ」

「その……私は――」

「良いよ」

 

 遮った。何が良いのかなんて、自分でも分からないけど。

 良いんだ、面倒なことはなしにしよう。礼儀も、作法も、今は必要ない。

 

 

「私と――麻雀しようよ」

 

 

 咲と麻雀を打つこの四回目に何を賭けるのだろう。

 部員であるということか、麻雀が好きだということか、いや、違うか。

 賭け麻雀なんて、家族とでもしていれば良い。こんな田舎の高校に持ち込むものじゃない。

 

「じゃあ、まこと和が入って、私たちは観戦ねー。あ、東風の30000点返しで良いわよね?」

 

 そこに私と咲の名前がないのは、言うまでもないことだからか。

 部長はそう言って、優希と一緒に私の背後に立った。いや、プレッシャープレッシャー。そんな気負わないで良いって、心配な目で見つめないで良いって。

 

「うん」

 

 だって、私は勝つんだから。

 順当に行けば、昨日、私たちを弄んだ咲が圧勝するかもしれないけれど、何が起こるかわからないのが麻雀なんだよ。

 

 生まれたときから麻雀に関わっていた染谷先輩。

 中学最強の座を手にした原村和。

 神様のように強い宮永咲。

 

 相手に不足はない。

 これが私の――インターミドル決勝だ。

 

「じゃあ、やろうか」

 

 そして私たちはさいころを回す。

 

 

--------------------------------------

 

 

 麻雀。

 億のプレイ人口を超えたと言われていて、今や麻雀のプロになる夢なんて幼稚園の頃に誰が持ってもおかしくない時代。

 私は小学生の頃、麻雀の存在を知った。

 その時はルールのことがまだ全然分からなくて、役とか役満とか、それなら役半はないのか、とか思ったりしたのを覚えている。

 それでも私がルールも理解しないまま、なんとなく続けていたのは牌の手触りだったり、その場の雰囲気だったりした。ルールは分からないなりに、面白いのはなんとなく分かった。

 だけど、なんとなくで続けていた麻雀も、いつしかなんとなく止めていた。

 中学生の私は、そういう頭を使うゲームに変な拒否反応があったのだ。そりゃあ、やれば面白いなあとか思うのだろうが、中学生の私はやるまでが面倒で、わざわざ人を三人誘ってまでやろうなんて気は起きなかった。

 麻雀部もあるにはあったが、入るほどに好きなのかと言われれば、私は首を傾げた。

 ハンドボール部なんて、コート中を駆けまわるその見るからに面白そうな、そんな単純な競技が私の興味を誘っていた。

 残念なことに、女子ハンドボール部はなかったので、陸上部に所属することになったが、それでも、私はそれを楽しかったと言おう。言いきろう。

 麻雀から離れて。

 離れて離れて、離れていって。

 それでもなんだかんだあって、紆余曲折あって、仲直りというわけじゃないけれど、私はまた、麻雀をやり始めた。

 

「ロン」

 

 そう宣言してから、咲の手牌が明かされる。

 振り込んだのは誰であろう、私であった。

 

「3600です」

「……はい」

 

 私の向かい側に座っている咲へ、私は適当な点数棒を手渡す。

 状況は――悪い。

 東風で、東の二局目。今は私の対面に座っている咲が親で、和了られてしまったから一本場に突入した。

 もはや意味のない手牌を各々崩していき、麻雀卓の真ん中に空いた穴へその牌を捨てていく。

 

「…………」

 

 強い。ただ単純に、強い。

 この前の咲とは明らかに違う。今回はなぜか明らかに――勝ちにきている。

 一局目は、親である染谷先輩がお得意の染め手で和了したけれど、二局目からは咲が連続で和了って、そして尚、攻めの姿勢を崩そうとしていない。プラスマイナス0を目指しているなんて、なんの冗談だ。

 

「ポン」

 

 咲の声が響く。

 これも私の捨てた牌で、一瞬また和了られてしまったのかと驚いた。

 勝ちに来ている――のは良い。上等で上等だ。だけど、どうしてだ、麻雀がキライで、プラスマイナス0になってしまうのは癖なのだから、呪いでもないその癖を、止めようと意識すれば止められて当り前であるのだろうが、どうして今日は勝ちに来ている。

 私のため――いや、違うか。

 部長の仕業か。思えば、部長がただ私の願いを単純に聞くはずがなかった。咲に本気で打ちなさいとか、勝ちに行きなさいとか、咲とこの部室に来ている間にでも話したのだろう。

 つまりこれが――本当の宮永咲。

 

「カン」

 

 咲が鳴く。

 私がまだリーチのリの字も見えない間に、咲はもう、いつ和了ってもおかしくないことになっている。

 

「ツモ、嶺上開花です」

 

 これで二連続、咲の和了だ。

 

「……」

 

 強すぎた。

 強すぎたが故に、今の咲を生んだんだろう。

 豪運だとか、そういう話じゃあない。ホントのホントに、神様みたいだ。

 だけどツイてないよ(・・・・・・)

 それだけ強いからこそ(・・・・・・)麻雀がキライになるってんだから(・・・・・・・・・・・・・・・)最高にツイてないよ(・・・・・・・・・)

 なんて、皮肉を思ったってしょうがない。

 私は負けている。それがどうしようもない事実というものだ。

 

「あー」

 

 ちくしょう、勝ちたいなあ。

 咲に、勝ちたいなあ。

 思いながら、願いながら、私は手牌を捨てる。

 負けたくない。負けられない。和や染谷先輩に負けるのは良い――だけど、咲にだけは負けたくない。

 勝ちたいんだよ、私は。今まで何十回何百回も部室(ここで)だって、家でネト麻をやっている時だって、染谷先輩の店に行った時だって、何度も何度も何度だって願ってきた、思ってきた。

 

 {一三六九一筒二筒五筒六筒145}{東西}

 

 だけど――手牌はそれに答えてくれない。

 

 東二局一本場

 

 須賀京華:12600

 原村和 :22000

 染谷まこ:31200

 宮永咲 :34200

 

 私の番で、山から一つ、牌を取る。

 私が取ったのは果たして――{九筒}だった。

 

 {一三六九一筒二筒五筒六筒145}{東西} {九筒}

 

「これで」

 

 言いながら、{西}を出す。

 {九筒}が来たということは、もう一気通貫とか狙ってみちゃってもありだろうか。

 でも、私が次に山から取ったのは――――

 

 {西}

 

 悔しさで唇をギュっと噛む。

 捨てなければ良かった、だけど、正しかったはずなんだ。今は東二局の一本場。あの中で一番にいらないものは{西}で合っていたはずなんだ。

 

「……」

 

 だから、私が捨てるのはやっぱり――{西}

 そうだよ、分かっている。あるあるだ、これくらい。

 多分、私は運が良いわけじゃない。いや、日常生活の運は分からないけれど、少なくとも麻雀に関しての『ツキ』というやつは悪い。

 麻雀をキライな咲は、麻雀の牌たちに愛されているのに、私は牌に嫌われている。

 

「……っ」

 

 変わらない――変えられない。

 私が山で取った牌もまた――{西}だった。

 

 {一三六九一筒二筒五筒六筒九筒145}{東} {西}

 

 スカートの上に置いた拳に、ギュっと力を込める。

 いつもの私なら、これくらい、笑って嘆いて終わりのことだ。だから、だから今だって私は――――

 今だって私は――――笑えないよ。

 分かってるんだ、それくらい。咲が神様みたいな牌に愛された子だって言うのなら、私は何様でもない牌に嫌われた子なんだ。

 捨てる牌が正しくとも、それが正解とは限らない。そんなの、いつだって何度だって経験したことだ。

 でも――良いじゃないか、今くらい。

 今くらい、私を好きになってくれたって良いじゃないか。

 私はこんなにも勝ちたいのに。

 私はこんなにも勝ちたいのに。

 

 {西}{西}{西}

 

 三つ並んだ捨て牌を見ながら、私は思う。

 誰かに負けるのは良いんだ、和にだって優希にだって染谷先輩にだって部長にだって。

 でも――負けられない。

 麻雀をキライだと言う人にだけは――負けたくないんだよ。

 牌が私を嫌いだとしても――私は麻雀が大好きだから。

 

「……」

 

 {一三六九一筒二筒五筒六筒九筒145}{東} {北}

 

 一生懸命になればなるほど、悔しくなる。

 一生懸命でいればいるほど、私は報われない。

 

「……ふぅ」

 

 分かってるんだ、大丈夫。

 

 {一三六九一筒二筒五筒六筒八筒九筒145}{東}

 

 私はまだ、一歩も進んでいないし、それに比べてみんなはツモ牌を捨てるなんてことをしていないけれど、それでも、まだ、大丈夫。

 まだまだ序盤――

 

「リーチです」

 

 リーチ棒を置きながら、そう宣言したのは和だった。

 速すぎるリーチだった。

 けれど、麻雀に置いて速すぎるというのはデメリットにはならないだろう。陸上と同じように、速ければ速いほど良い。速ければ速いほど――周りを置いていくのだから。

 

 和の捨て牌は私と同じく四つ。

 

 {一筒}{九筒}{2}{8}

 

 この四つが、絶対安全となるわけだ。

 ……もう逃げることを考えてしまっているけど、しょうがないか。

 

 {一三六九一筒二筒五筒六筒九筒145}{東}

 

 ちょっと、これは、無理臭い。

 一気通貫は惜しいけれど、まず間に合わないだろうし、何より和が和了したときの点数が高そうだ。じゃあ、まあ逃げるとして、和の捨て牌から考えて、どれが危険かと言えば、{一}とか、そういう類じゃないかな。一つも捨てていないということは、イコール集めていると取れるわけだしね。

 落ち着け、頭を落ち着かせて、周りを良く見よう。

 

 咲の捨て牌――{北}{白}{8} {一筒}

 染谷先輩は――{白}{二}{八} {2}

 

 これは……さすがに二人とも逃げに徹することにしたか。さすがにこれだけ速いリーチだと、予測もおぼつかないだろうし、こんなのは事故みたいなもんだから、私と同じように、できるだけ安全に行くことにしたのだろう。いや、と言ってもまだまだ一巡もしてないんだけど、さ。

 

「……」

 

 {一三六九一筒二筒五筒六筒九筒145}{東} {三筒}

 

 ここで来るのか、その牌が。

 これであと{四筒}と{八筒}が来れば、私は……。

 ……いや、だけど、何を考えているんだ、無理だろう。危なすぎる。狙うとして、捨てるのは{一三}{六九}{1}{東}、この中から三つ以上は捨てることになるだろう。それに比べて、絶対安全とした和の捨て牌は{一筒}{九筒}{2}{8}

 だから、特に危ないのが{一}とか、それと同じ種類の牌。私はその地雷原に四つも捨てろと言うのだろうか。

 ……いやいや、違う違う。

 落ち着け、どのみち、私は何かしらを捨てなければならない。和のデジタル打ちなら、{東}とかの字牌は安全なようにも思えるし、ここは{東}で良いだろう。そしてあとはみんなの捨て牌次第で考えれば、それで良い。逃げつつ、前に進む姿勢で行こう。

 

「……」

 

 {東}――――は通った。

 

「ツモ、2000、4000」

 

 しかし、地雷は自分でも踏めるものだった。

 だから、だからこれでもう――――

 

 須賀京華:10600

 原村和 :30000

 染谷まこ:29200

 宮永咲 :30200

 

 もう――――なんなんだろう。

 

「ロンじゃ、4600」

「あ、あちゃー」

 

 なにが――――なんなんだろう。

 

 須賀京華:6000

 原村和 :30000

 染谷まこ:33800

 宮永咲 :30200

 

 

--------------------------------------

 

 

 結論から言ってしまえば私の惨敗だった。なんて、そんな言葉では終わらせたくない。

 まだ終わっていない。けれど、限りなくその終わりがもう見えてきた、この勝負だけれど、それでも、まだ、終わっていない。

 

 須賀京華:8700

 原村和 :30000

 染谷まこ:33800

 宮永咲 :30200

 

 本当は初めから分かっていたことなんだろうなーって。

 私がこの中で一番弱いことくらい、簡単に分かり切っていたことなんだよなーって。

 そう思う。

 でも、私はそれでも、負けたくないんだ。

 勝ちたいんだ、私は。

 努力も足りていない、才能もないかもしれない。それでも――勝ちたいんだよ。

 

「…………」

 

 舞台はオーラス、私の親。

 まだ、目はある。これで私が連続で和了れば――

 

 {二六九二筒四筒七筒九筒179西南発}

 

――なんて、手牌は応えてくれなくて当り前。

 

 {二六九二筒四筒七筒九筒179西南発} {発}

 

 九種九牌は……成立しないし、これでやるしかないか。

 

「…………」

 

 咲は、麻雀、まだキライかなあ。

 もうそろそろ、好きになってくれたかなあ。

 それなら私も―———負けて良いのかもしれないな。

 

「――――――」

 

 勘違いしていたんじゃないか私は?

 たった一度だけ、和に勝てたことがあったくらいで、私は少し強いんだって、勘違いしてしまったんじゃないのか。

 そんなはずがないのに。

 何万分の一とか、何十万分の一とかの頂点に立った和に、今、私が狙って勝てるはずがないだろ。

 染谷先輩だってそうだ。所詮、私は高校から本格的に麻雀を始めた、まだまだアマチュアの存在。それに比べて染谷先輩は、麻雀のお店を経営していて、文字通り生まれたときから麻雀に関わっていて人だ。

 じゃあ、私が勝てる理由はなんだ。

 私が勝てて良い理由は、なにがある。

 

「咲」

 

 須賀京華。

 私は本当に――――勝てると思っていたのか。

 

「麻雀――――キライ?」

 

 我ながら、ヒドイ質問だと思う。

 麻雀好きが集まったこの部室で聞くには、どうしようないくらいに、ヒドイ、気遣いのない質問だと思う。

 酷く、無作法だ。

 

「……キライ」

「そっか」

 

 それでも、真っ直ぐに、咲は言った。

 そっか、そうなんだ。

 キライ——のままなんだ。

 

「だけど、咲」

 

 そうだよね。

 そうなんだよね。

 麻雀、私だって、今だって、キライになりそう。

 勝てない麻雀なんて――キライになっちゃいそうだよ。

 

「それでもさ」

 

 それでもさあ。

 そんなんでもさあ。

 

「麻雀――――楽しくない(・・・・・)?」

「……へ?」

 

 呆ける咲。

 ああ、くそう、可愛いなあ。対局中じゃなかったら、抱きしめてた。

 

「私は――」

 

 私はと、そう咲は言って。

 

「私は……」

 

 もう、続けられなかった。

 否定できなかったからだと、そう思いたい。

 

「続けようか、咲」

 

 私も勝てない麻雀なんてキライだけど。

 私は勝たない麻雀なんてキライだけど。

 

「麻雀は、楽しいぞー!」

 

 精一杯、笑顔で私はそう教えてやるのだ。

 

 

--------------------------------------

 

 

 {二六九二筒四筒七筒九筒179西南発} {発}

 

 さあ、考えろ、私が勝つための手順を。

 もう良いんだ、もう、咲が麻雀を楽しめるとか、私が負けるとか、思うな考えるな。

 私が勝てる理由とか、勝てて良い理由とか、もう、そんなの考えるな。

 捨てろ、落とせ、そぎ落とせ。

 この勝負を——全力で楽しめ。

 

「これで」

 

 私が捨てたその牌は――{7}だった。

 さあ、頭を回せ。視線をあそこめっちゃかに動かせ。

 沈め、沈め、沈め、沈め、思考を沈ませろ。

 落とせ、落とせ、落とせ。思考の海に沈んでいけ。

 あの感覚を思い出せ。

 原村和に、片岡優希に、染谷先輩に、その三人の頂点に立ったあの時の感覚。

 眼も、口も、匂いも、音も、頭の全てを使え。勘だって、なんだって良い。あの時の感覚——あの感覚を、もう一度。今、ここで。

 掴む。

 

 {二六九二筒四筒七筒九筒19西南発}{発} {三}

 

――――{四筒}を捨てる。

 

「……ふぅ」

 

 深呼吸。

 私は親だ、それは分かっている。

 でも、そうしよう。

 この一局で、決めに行こうと思う。

 

 {二三六九一筒七筒九筒19西南発}{発} {八筒}

 

――{六}を捨てる。

 

 {二三九一筒七筒八筒九筒19西南発}{発} {東}

 

――{二}を捨てる。

 

 {三九一筒七筒八筒九筒19東西南発}{発} {二}

 

――{三}を捨てる。

 

――{二}を。

 

――{七筒}を。

 

――{八筒}

――{六}

――{5}

――{二筒}

――{四}

 

――――――――。

 

――咲は。

 

 宮永咲を、私は見る。

 原村和を、私は見る。

 染谷先輩を、私は見る。

 

 みんながみんな、色々な表情を浮かべていた。

 染谷先輩は、渋い表情で打ってるし、渋谷先輩って呼びたくなる。

 和は私のことなんて目に入っていないのか、咲の方を少し怖い表情で見てる。

 咲は――――

 

 宮永咲は――――格好良かった。

 

「……」

 

 ああ。

 笑ってしまう。

 楽しいなって、笑ってしまう。ずっと、この時間が続けば良いとか思っちゃう。

 本当はさ、咲はもっと、私に気遣って麻雀を打っちゃうかなあとか、心配してたんだ。

 咲は優しい子だから、私に気遣って、家族としたみたく、わざと手加減するんじゃないかって、そう思ってた。

 でも、大丈夫みたい。

 麻雀を打っている咲には私ではない何かしか、見えていない。

 

 それが凛々しくて、格好良い。

 

「――ああ」

 

 多分、なんとなく、分かる。

 

 {一九一筒九筒19東西南白発}{発} {6}

 

 私は負ける。

 結果的に言えば、惨敗する。

 この{6}を捨てたとき――私が手牌から何かを捨てたとき、私の負けは決定する。

 なんだろうね、この予感は。そんなこと、分かるはず無いのに、それでも分かるんだ。

 何が起こるかは分からない麻雀であるけれど、何が起きるのかを私はなんとなく、予感する。

 

「――うん」

 

 一生懸命やって、報われないことあってある。

 でも、それでも、私は――

 

――――麻雀が、好きだ。

 

 {6}を捨てる。

 

 ああ、楽しかった。

 だけど、楽しい麻雀もこれでおしまいだ。

 和が山から取って、咲が山から取って――――

 

「カン」

 

 咲が鳴く。

 もう一度。

 

「もいっこ、カン」

 

 くそう、格好いいなあ。

 主人公になれる格好良さだ。だとすれば、私がヒロインになるのだろうか。新しいなあ、それ。

 

「――嶺上開花です」

 

 卓の上に、その花は見事に開いた。

 とても綺麗で、とても鮮やかで、見惚れてしまう。

 だから。

 

「――――ありがとうございました」

 

 せめてそう言って、私はこの楽しい時間を終えた。

 

 

--------------------------------------

 

 

 終えた後で聞いてみれば、咲は相変わらずプラスマイナス0を目指していたらしい。

 部長が咲を麻雀に誘う時、咲は自分が上手くプラスマイナス0の癖を止められるのか危惧していたらしく、そこでそれならと、部長がある提案をした。

 

——自分にハンデを付けてみたらどう?

 

 そんな提案。

 それが何点のハンデなのかは分からないけれど、部長やみんなの様子を見るに(私以外にはそのことを言っていたらしい、ぼっち京華ちゃんである)、見事に成功したようだ。

 だから終わった時、咲は「ああ、でも三位ですね」と、残念そうに言った謎が解消された。ドジっ子咲ちゃん可愛いと思ったら、自らハンデを背負う主人公咲ちゃんだった。まあ、でも、ハンデなんて咲の思い込みだったから、結局咲が一位で、今回のことは決着だ。

 くそう、悔しいなあ。これで私は四連続ビリだよ。でも、楽しかった。またやりたいなあ。

 

「さきー」

 

 それから、部長たちは私を気遣ってなのか、和やみんなを引き連れてどこかに行ってしまった。

 積もる話もあるでしょうから、と意地悪な次女部長は、背伸びをして私に気遣うのだ。まったく、私は家族で言うと、どの立場になるのだろう。次女よりも低くなるのは間違いない。

 

「なあに、京ちゃん?」

 

 ぐでーっと、雀卓に行儀悪く、伸ばした腕ごと顔を横に置いている私に、咲はそう応える。

 こんな無作法をしているから牌に嫌われるんだと言われても、しょうがない。今だけは許してほしい。

 

「楽しかったよ、ありがとう」

「……うん、私も」

「そっか」

 

 うん、良かった。

 やっぱり、麻雀楽しいでしょ。なんだか知らないけど、誇らしくなる。

 

「麻雀部、入らない?」

「……京ちゃんは、どっちが良い?」

「入ってくれなきゃ、おっぱい揉むぞー」

「脅迫!?」

「脅迫の脅は、京華の京!」

「ええーっ!」

 

 なんて、馬鹿な会話をしていた。

 ああ、これからも私はこの幼馴染と、こんな馬鹿な会話を続けるんだろうなと思うと、楽しくなる。

 

「咲が入ったら私は団体戦に出れなくなるけど、私は咲に入ってほしいなー。入ってくれなきゃおっぱい揉んじゃうなー」

「脅さないでよ……え、ん、待って待って、そうなの? じゃあ私あんまり……」

「まあぶっちゃけると、団体戦とか怖いから咲に押し付けられてホッとしてるんだけどね?」

 

 うん、だって私、まだ素人だし。

 逆に今回のことで私の弱さぶりを再確認できて、良かったと思ってるんだ。

 しかし慌てて咲は、まだまだぐでーっとしているそんな私にへと、容赦なくツッコミを入れてくる。

 

「最低! 京ちゃん最低! 待って、ホントに待って、私そしたらみんなから嫌われちゃうんじゃないの!?」

「うるさいうるさい、待てと言われて待つ女の子はここには居ません」

 

 閉店しました、と言って、ガラガラーという効果音を付け加える。

 シャッターは閉まりましたので、本日の定価タダの京華ちゃんは販売終了です。

 

「まあ良いじゃん、みんな嫌わないって。優しい人たちばっかりだよ」

「え、えー……? いや、うん、優しい人ばっかりだと思うけど」

 

 けども何も、それが分かっていればもう良いだろう。

 だからもう終わらせよう。楽しい楽しい部活時間も、もうすぐ下校時刻へと変わるのだから

 サワサワと、夕日がオレンジ色に照らす窓の方から、そんな木の葉の重なる綺麗な音が聞こえてきた。

 ああ、本当に――楽しかった。

 そう言えば、私は私が男だったらとか、よく考えたけれど、今回麻雀をやって、なんか頭をたくさん使って逆にスッキリしたら、なんとなく分かった気がする。

 多分、変わらないんだろうなあと思う。

 部長は悪女だと思うし、染谷先輩は優しいって思うし、和のおっぱいは夢に見ちゃうし、優希とは和気あいあいとしている。それで、咲を好きでいる。そして、麻雀を好きでいる。

 だから、変わらない。染色体が一つ違おうが、それで私が男だったとしても、私は私なんだ。だから、変わらない。私は部長も染谷先輩も、和も優希も咲も、麻雀も好きでいる。大好きでいる。だから、私は変わらない。そんな確信めいたものを感じるんだ。

 

「咲」

 

 そして、最後にこれだけ聞こうと、私は上半身を戻してから、正面に座っている咲を見ながら聞いた。

 

「麻雀、好き?」

 

 楽しかったというのは分かったけれど、麻雀部に入るのも嫌じゃないみたいだけど、これだけは聞きたかった。

 そしてその問いに、咲は目をつむって考える。思い出しているのかもしれない。

 キライになるまでの日々を、ゆっくりと、思い返しているのかもしれない。

 やればやれるほどキライになるそんな日々を思い出して、キライになってもしょうがないそんな日々を思い返して、それでも咲は、うん、と頷いて。

 

「キライじゃあ――ないかな」

 

 そう、答えた。

 まったく、ひねくれているというかなんというか。

 そんな咲に、私は世界一ヒドイ言葉をぶつけてやるのだ。

 

 

「咲の、文学少女」

 

 

 




やっぱり京ちゃんかわいい書きたいので、もうちょっとだけ書きます。
短編としてはこれで完結です。感想や誤字直し、ありがとうございました。

闘牌描写は絶対に間違いがありますので、にっこりと直してあげてください。作者は点数計算で力尽きました。
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