宮永咲。前髪を一部分だけ跳ねさせているショートカット。まだまだ子供っぽくて可愛らしい顔立ち。怒るし悲しむし笑うし喜ぶし、可愛くて格好良い私の幼馴染。
その幼馴染の隠された姿を、私はついこの間目の当たりにしたのだ。
運を呼び、操る、神様のようなその姿のことを、私はようやく知ったのだ。
まだ知らなかったのかと言われれば何も言い返せない。散々に幼馴染だと名乗っておきながら、私はそんな咲の姿をこれっぽっちも知らなかったのだ。それはなんだか寂しい気持ちになったりもしたけれど、それでも、私は言いたい。
私と宮永咲は幼馴染なんだと。
私は宮永咲を大好きでいるし、それが変わることはないのだと。
だからこそ不変であるはずの、友達以上で、親友以上で、恋人未満で、家族同等の幼馴染の話を、私と咲のその後の話をしようと思う。
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「…………咲」
白い天井を見ながら、私は自身のベッドの上でそう呟いた。
その呟きは私以外の誰の耳に入ることもなく、真っ白な天井へと真っ直ぐに吸い込まれていく。
呼びかけではないその呟きは、誰かが聞くわけでも無い。それでも私は、そう呟いた。
咲――――と、もう一度。
頭は熱くないけれど、何か冷やすものを置いておきたくて、私は太陽からの日差しから逃れるかの如く、ベッドに横たわったまま自分の腕をおでこに置く。
「…………うーん」
そうしておでこを冷やしていた腕を一旦上げて、そのままベッドから手がはみ出るくらいにまで降ろす。
それから軽く唸って、なんだか心や身体をリセットしたくなって、天井を見ている仰向けの状態から、うつ伏せになって枕に顔を埋める。それでも物足りなくて、そのまま芋虫のように体をよじったりさせながら、枕を顔で掘るように埋まっていく。
咲――そう呟きそうになって、我慢する。我慢は体に毒だと言うけれど、さすがに我慢しすぎないのも体に毒だと感じた。
それでも、足りない。言い足りない。
もっと言いたくて、言いたくて、私は体を右に左に動かす。
「さ――――んん」
駄目だ駄目だ。なんだこれは、なんなんだこれは。
何があったんだ私に。私に何があった。
何があったと言われれば私は、そう、ついこの前、咲と麻雀を打った。
和と優希と咲と。そして次は、と染谷先輩と咲と。その三人とで麻雀を打った。
それで咲が麻雀部に入って私はハッピー、強い部員が欲しかったみんなもハッピーでのハッピーエンド。そう、ここまでは良い。本題はここからだ。
私は咲と気まずくなった。
…………それだけと思うかもしれないけれど、しかし言わせてもらいたい。私は咲と幼馴染で、すごく仲が良くて、仲が悪い日なんて一日も、むしろ前世の頃から仲が良いと私が言っていた私たちである。それが、それがだよ? その関係でいて気まずくなるなんて、ちょっとした事件だよ。
さすがの名探偵京ちゃんでもこの難事件にはお手上げ。それくらいの大事件で迷事件だよ。
「あーもう、咲さきさききさきさきさささささささ!」
背筋の要領でわあって起き上がって、またぎゃあって沈む。
早口言葉っぽく言ってみて、これでふざけながらも私の欲求は収まらないかと思ったけれど、全然そんなことはない。むしろちゃんと言いたいっていう欲が湧き出てきた。
もうどうしよ――――と言うところで、ピリリリリという電子音的な携帯電話の着信が知らされた。
枕のすぐ脇に置いといたので、私は枕に顔を沈めたまま見ずに手に取り、誰からの電話かも確かめないで、もう一度天井を見るように寝そべり直してから応答する。
あー、良かった、これで気が紛れる。
「もしもしー?」
『あ、京ちゃん?』
「わあああああっ!?」
『きゃああああああ!?』
咲だー!
気が紛れると思ったら咲だったー!
わー! わあっ! わああああああああ! どうしようどうしよう、身だしなみ、身だしなみ! あ、電話か。
驚きの余りに部屋中を駆けまわったところで、ベッドに座ってひと息。
「び、ビックリしたー」
いや、ホント。噂をすればって言うけれど、今回は本当に油断していた。胸に手を当ててみれば、心臓が痛いくらいにバクバク言ってる。
だって咲から電話とか、超レアで、ポケモンで言うとミューツー並だよ! 咲から連絡ある時は大体メールで済まされちゃうし。ええ、どうしよう、録音とかした方が良いのかな。裁判所に咲から電話があったことを証拠品として提出しちゃった方が良いのかな。
『私のセリフだよ、もー』
怒られちゃった。
開幕早々怒られちゃった。
反省の意味を込めて、ベッドの上で正座の態勢を取る私。そしたらちょっとお腹辺りが心もとないから、すぐ傍にあった柔らかい枕を抱いたりしてみる。
「うん、ごめん。で、何?」
『ん、んー……京ちゃん、今なにしてるのかなーって』
なんだそれ、キュンキュンする。
何してるのかなって、今は咲と電話してるけど、さっきまではちょっとベッドで寝てポケモンのことについて考えていたんだっけ。うん、ミュウツー可愛いってことを考えてた気がする。
「私はえっと……ただ、ベッドで寝てただけです、はい」
『なんで敬語なの?』
「へへっ、神様みたいな神様には敬語使わなきゃです、はい」
『またそれ? 京ちゃんって――』
なんだか知らないけど、ハマってるんだ、咲のことを神様とかさっちゃんとかさったん(サタンとかけている)とかで呼ぶの。咲はそれに対してうんざりしてる感があるけど、私はなんかそう呼んじゃう。癖になってんだ、咲をうんざりさせんの。
……ダメな幼馴染だなあ。
咲はそんな私に、窺うように心配そうな声で、
『……私のこと、嫌ってる?』
「好きだよ」
『ぶーっ!』
電話口から咲が盛大に噴いた音がした。それから携帯電話を落としてしまったのだろう音が騒がしく聞こえてくる。あんまり固い音じゃないから、多分ベッドの上かマットの上。
『あ、あわ、ああっ、とと』
携帯電話を拾おうとしてまた落としてを何度か繰り返す音がする。
慌ててるなあ。頑張れ頑張れ、ファイトだ咲。私がついてるぞ。
『京ちゃん!』
「驚嘆?」
『したよ!』
私は咲が驚いてくれてるから、なんだか落ち着いて来てるよ。
『……むー』
不機嫌オーラが電話口から伝わってくる。さすが科学、私が電話している間にも進化し続けているんだなあ。日進月歩どころか秒針分歩だよ。
いやそれただの時計だ。
「でもでも、さったんが好き嫌い聞いてきたんだから、間違ってないでしょ?」
『う……けど、すごい真剣な声で言うから……さったんって私のことだよね?』
サタンのさったん。日曜深夜九時に放送開始する予定。
もちろん嘘です。てへっ。
『その、さ。京ちゃんは、ホントに私のこと、好き?』
「好きだよ」
『……………………』
「おーい?」
返事がないので呼びかけてみる。携帯電話を落とした音もしないから、すっごい静か。
面と向かってないから、こうして私が真剣に話している中で咲はどうしているんだろうとか思う。ひょっとして横になってポテチでも食いながら私と電話してるんじゃないだろうな。それはそれで可愛いから抱き付きに行きたいんだけど。
『あ、ありがとう』
「?」
お礼を言われたので私はなんとなく嬉しくなる。どんな時に言われても、お礼は嬉しいものだ。
ただ、何に対してかは分からないので、私の喜びは行き場を探しまくっているようだけれど。こういう時私に尻尾があったら、そこに行ってくれるんだけどなあ。振るぞ、すっごい振るぞー、尻尾をぶんぶん振るぞー。
『でも、さ。それじゃあどうして最近――』
最近――
『私の名前、呼んでくれないの、かなーって?』
あんまり真剣に言うのも違う気がしたのだろうか、咲は最後にふざけ口調を付け加える感じで終えた。
……名前、ねえ。
神様、さっちゃん、さったん。最近では咲のことをそう呼んではいるけれど、しかし、逆に私は、咲のことを『咲』と、そう最近では呼んでいない。いや、正確に言うのなら、私は
言われてみればって感じだし、多分この電話の本題はそういうことなんだろうなと思って、これ以上咲を心配させるわけにいかない私は、その心配事の解決を図る。
「さ――」
咲と、そう呼ぼうとして。
「さーたん」
『……私のこと?』
「さ、サーターアンダギー!」
『食べたいの?』
おかしい、お菓子じゃなくて、おかしい。
呼べない。咲の名前を私は呼べないんだよ。咲のことを咲と呼びかけることを私は今さっき気づいたんだけど、本当に、言われてみれば、私は咲の名前を呼べなくなっている。
いや、いやいや、おかしいおかしい。これは絶対におかしい。ただ、なんだか咲の名前を咲が聞いているところで呼ぼうとすると、変に口が笑みを作っちゃって、頭が真っ白になって、咲の名前を無理やり誤変換させる。
言えるはずで、言えたはずの言葉であった名前であるけれど、そこに咲が居るというだけで――咲が近くに居るだけで、私の心臓はバクバクと脈打って鳴り止まない。
固い唾液を飲み込んで、深呼吸してから、私は再度チャレンジ。
「さ、さ、(`・ω・´)シャキーン!」
『意味わかんないよ』
呆れられちゃった。私も意味わかんない。
一度正座を崩して、両脚を横向きにずらして片手で体を支える。抱きしめていた枕が太ももを滑って落ちていくのを感じながら、私は口を尖らせる。
「言えるよー、全然言えますー。むしろ手加減してあげてるんですー。ほーら言うよ、言っちゃうよー。咲の名前を呼んじゃうぞー」
『どうぞ』
「
『早口言葉!?』
驚愕する咲、可愛い。
『て、ごまかさないでよ!』
「チッ」
『舌打ちした!?』
いや、ダメかなあ。そろそろ章を切り替えて逃げられないか。
……ダメ? ええ、はい、分かった分かった分かりました、大魔王からは逃げられないよろしく、咲からは逃げられないんですね。
まあ言ったって、たった二文字なんだけどさ、多分、私が落ち着けばそんなの余裕で言えるんだけど、ただね、ちょーっとその落ち着きができないっていうか、ね。
それじゃあ深呼吸しましょう。
ひっひっふー。とか、それは違うだろなんてベタなことはしない。しかけたけどしない。すーはー、すーはー、と、私はちゃんと口から吸って、口から吐く。
「好き」
『!?』
ドンガラガッシャーンと、色々落ちた音が聞こえてきた。
間違えちゃった、一文字違うだけだから間違えちゃった。深呼吸意味ないや。
もう次に咲が怒鳴るのは分かっているので、電話口から耳を離したい気持ちがでてくるが、しょうがない、観念して私はまた正座になって咲からの応答を待つ。
『京ちゃん!』
「いや、違う違う。今のはホント違うの。違くないけど違うんだよ」
『もう良いよ! また明日学校でね!』
ブチっと、乱暴に切られた。
黒電話とかそういうのでもない携帯電話の切断音だから、乱暴とかそういうのはないはずなんだけど、まあ、私がそう感じただけの話。
あちゃーって、おでこに手を当てて私は反省する。何回怒らせちゃってるんだよ私は。
ベッドに大の字に倒れ込んで、また私は白い天井を見上げた。
「咲」
その言葉を聞いてくれる人間はもう居ないから、天井に吸い込まれていくだけなんだけど。
それでももう一度――
「――――好きだよ」
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「京ちゃん!」
「……はい」
学校で咲と再開して、放課後になった本日の部活の時間。
私と咲しかまだ来ていない部室の仮眠室のベッドの上で、私は正座をさせられながら怒られていた。
ぷんすか咲ちゃんと、しょんぼり京ちゃんだ。
「昨日はなんなの!」
「昨日っていうのは今日の一日前のことでー」
「怒るよ」
「ごめんなさい」
ボケて解放を目論んだけど、失敗に終わった。世の中はそんな甘くない。
「いつもいつもふざけて……。私の名前、呼んでくれなくなっちゃったし……」
怒ると言うより、哀しそうな声色だ。誰だ、咲を悲しませたのは!
私か。まあ、咲が私に対して怒るのは珍しいことではないし、あんまり反省はしていないけれど、悲しませるのはちょっと違うなあ。
私だって呼びたいよ。咲の名前を口に出して、咲の喜ぶ顔とかすっごく見たいけど、なんか、しょうがないじゃん、言えなくなっちゃってるんだから。むしろ私は被害者だよ。冤罪なんだ! 裁判の開廷を請求する。
「言えるけど、咲の前だと、恥ずかしい」
「その恥ずかしいの、私の名前なんですけど。それとなんで五七五なのさ」
「分かったよ、もう分かった。観念する」
正座を保ったまま両手を広げ、私は立ち向かうアピール。
もう逃げはしない。幼馴染の名前を呼ぶと言う話だけでもう数日だ。いい加減、言わなきゃいけない時がやってきた。
頑張れ頑張れ私、いけるいける、たった二文字だよ。私はそれ以上の文字を何度口に出し、何度思い、何度考え、何度間違ってきた。
いけるいける。やれる要素をたっぷり考えて、深呼吸。
ひっひっふー。ひっひっふー。
咲のジト目が飛んでくるけど、気にしない気にしない。
「い、言うよ」
「う、うん」
お互い、なんか緊張する。
人の名前を呼ぶと言う行為はこんなにも真剣にならなきゃいけないことだっけ。
「さ、さ」
「…………」
「……あの、ちょっと良い?」
「……うん」
いや、やっぱり無理っぽいから、作戦を立てることにする。
どうしても咲が居るとなると、口角が上がって咲の名前を呼べなくなっちゃうから、作戦が必要なのだ。
「初めは苗字で良い?」
「まあ、うん。練習って感じで」
咲を苗字で呼ぶのは中学ぶりだけど、果たして言えるかどうか。
せーのっ。
「宮永さん!」
さん付けだけど言えた。
「「おー」」
お互い、なぜか感動の声。
苗字呼びならなんとかなりそう。それでも結構勇気が必要だったけど。
よし、じゃあこの調子で名前の方も。せーのっ。
「さ、さ、さー……」
き、と言うまで呼吸が足りない。
「あー」
「……作戦、良い?」
「良いよ」
今回は本当になんとかして言わなければ解放される気がしないので、私も真剣に考える。
どうしたら言えるか、そこを考えよう。
咲が居ないところでなら私は言える。つまり、咲が居ないなら良いんじゃないのか? だがどうしたものか、咲が居なければ咲と呼んでも意味がなく、咲が居るところで私は咲と呼ぶしかない。
……視界に入れなければどうだろう? 電話の時は私も、実は真剣さが足りていなかったところがあるから、もう一度そのシチュエーション――少しだけでも変えれば、いけるかもしれない。
「よし、ちょっと後ろ向いて良い?」
「まあ、うん」
「ありがと」
ベッドの上に手をついて、正座のまま反対方向にへと回転する。
私の視界に咲は居ない――やれる。
「さ、さ、さー!」
もう少し、もう少し。
「さー! さー……」
届かない。あと、たった一文字、たった一文字が、届かない。
咲のため息が背中越しから聞こえてきて、ビクッとする。ああ、またガッカリさせちゃった。
恐る恐る視線をそちらに向けると、咲はボソリと、しょうがなさそうに、言う。
「……膝枕」
「……?」
「呼んでくれたら、膝枕、するよ」
「……!」
「京ちゃんがされたければ、だけど」
「されたい!」
「……うん」
恥ずかしそうにして顔を俯かせる咲。自分の膝枕にどれだけの価値があるのかと思っているのか、咲は分かっていないようだ。
そんな自信なさげに提案するような提案じゃあ決してない。咲の膝枕で人一人救えるくらいの価値はある。少なくとも私は救える、例え不治の病に罹ったとしても、咲に膝枕をされれば私の病は完治することだろう。それくらいの価値が、いや、それ以上の価値が、咲の膝にある。
咲の膝があれば、私が救われる!
「さ、さ、さー! しゃきー!」
「惜しい!」
「(`・ω・´)シャキーン!」
「惜しくないよ!」
(`・ω・´)シャキーン!