程よい雲が太陽を隠して木がざわめきおおのくこの日ごろ、私は咲の膝枕を前にしていた。
ご褒美だ。咲の名前を言えた、咲から私への褒美。ここにたどり着くまでの激戦のことを、もしかしたら私は三日三晩にわたって説明をしなければならないのかもしれないけれど、しかし、咲の膝枕を前にした私はその激戦の思い出ではなく、もっと別のことを思い出していた。
まるで連想ゲームのように、膝枕と言えば。そんな風に私はある出来事――私の中学時代のことを思い出していたのだ。
アフターではなくビフォー。宮永咲と出会った後の話ではなく、出会う前のお話。咲と出会ったときの思い出。それを思いだすことは高校生の私にとっては、ものすごい嫌悪感というかトラウマめいたものを覗く、そんなどうしようもないくらいのダメージを負うわけだけれど、それでも私は思いだす。
ここだけではなく、たまに思いだす。
宮永咲という少女に出会った話を――私は思いだす。
「――――」
ベンチに座って私に膝枕させるのを待っている咲は、不思議そうな表情でこちらを見ていた。
宮永咲――私の幼馴染。
何度も繰り返してきた言葉であるけれど、私はそれを今回ばかりは、この思い出を思い出す時は否定しよう。
宮永咲と須賀京華との関係性は、決して幼馴染なんかではないのだと。
幼く馴染んだ覚えなどない、中学で初めて出会っただけの関係なんだと。
言ってしまえば中学と高校が一緒なだけで、それこそただの友達という関係が、私と咲なのだ。
あれだけ名乗っておいてその発言はおかしいという意見はもっともかもしれないけど、紛れも無い事実なのだ。
幼くして馴染んでなんかいない。中学で初めて出会い、その頃は名前も何も知らない、本当に0からの出会い。
私がハンドボール部に入りたいなあって思って、女子はマネージャーしか募集してないからしょうがなしに陸上部に入部した、そのころの私のお話。まだまだ咲には須賀さんと呼ばれて、私は宮永さんと呼んでいた、その頃のお話。
私が咲と幼馴染に
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ただ走るだけなんて陳腐でなんの意味もない活動を、わざわざ学校の広い校庭で行っていた私である。疲れてもやりたくなくても、私はまるで拷問めいた『練習』と呼ばれる行為をするために、自分を奮い立たせながらまたスタート前の位置に小走りで戻る。
そしてもう一回走ろうと、コース前で地面に両手を付けたクラウチングスタートの体勢をとったところで、部活終了時間を告げる鐘が鳴った。
キーンコーンカーンコーンって。別に、鳴ったら今すぐ走るのを止めなければならないという決まりがあるわけではないけれど、私はしめたと言わんばかりに立ち上がり、地面に手を付いた両手を叩き合って土ぼこりを落とす。
よく鳴ってくれたと思うくらいには、今日は疲れていたし、気分じゃなかった。今日が学校終わりの金曜日で五日分の疲れが溜まっていたということも作用しているのかもしれない。
ため息を吐きながら、私は空を見上げる。
夏が始まったばかりである今日この頃の空模様は、まだまだ明るく、部活が終わった時間であってもオレンジ色に染まった空がたくさんの学生ごと校庭中を照らしていた。この場合、照らしているのはあくまで太陽なのであるけれど、夕方になると太陽だけではなく、空までもが味方となって明るくしてくれる気がするのは、果たして私だけだろうか。
綺麗な夕日だなーって思うし、綺麗すぎて羨ましくも感じる。
私はいったい、こんな綺麗な夕日がある時に、わざわざ汗水たらして何やっているんだろうとか思っちゃう。
「きょーかー! 集合集合!」
「ん……はーい!」
夕日に比べた自身の小ささを思い知ってから、私は同じクラスで同じ部活動の友達に呼ばれて先生の前にまで走っていく。もう周りもほとんど部活道具を片づけ終えて、先生のところに向かい始めているくらいなので、ちょっとだけ遅く走って周りと同じくらいに着くよう調整。
運動も、走ることもべつに嫌いじゃあない。
ただ、部活はあまり参加したくないというのが私の本音。こんな強制されて、意味なんてあるのかなとか、そう思う。
そして意味なんてないんだろうなと、そう分かる。
部活で走ることに意味なんてない。『走る』ことが重要なのではなく、『部活』であることが重要なのだ。
みんなと頑張って、仲良くなって、汗水たらして、泣いて笑って喜んで。だからきっと、走ることを強制されて意味なんてあるわけがなく、必要なのは行為ではなく場所なのだ。
先ほど私を呼んだ友達は同じクラスではありさえしたけれど、果たして、同じ『部活』という居場所に居なかったら友達にはなれたのかと、そう考える。
運動も走ることも嫌いなわけではない。
部活という居場所に嫌悪と言うまでの感情を抱いているわけでもない。
だけど――――走る部活である必要は、多分そんな無い。
「それでは――解散!」
ボーっとそんな考え事をしていたら、いつのまにか先生の終わりの挨拶も終わっていた。
最近はよくこんなことを考えてしまっている。
部活を辞める気も、勇気もないけれど、ただ、私が走る意味を考えようとしている。こんなことは中学生だからこそなのだろうか。高校生になったら部活の意味とかなんとか、いちいち小難しいことを考えないで、何も考えないで生きることができるのだろうか。
それは進化なのか、退化なのか。
いちいちそういうことを考える私はきっと――――面倒くさい女だ。
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「あ」
プレハブの一部屋の部室で体操着から制服に着がえ終わって、部室の出入り口の扉のすぐ横でボーっと立ちながら、校門前まで一緒に歩くことになる友達を待っているところで、私はそんな素っ頓狂な声をあげた。
その時の私は再び、夕日が綺麗だなー、とか思っていただけなので、なぜ自分でも思いだせたのかは分からないけれど、宿題の存在を忘れていた。
ノートに英単語をたくさん書こうという尊敬すべき先生からの素晴らしい宿題である。今日は金曜日、明日から土日の休みがこの後に待っているということで、生徒に休む暇を与えないため、他にも国語数学の宿題が待ち構えているわけだけれど、私はその中での英語のノートを机の中に置き忘れてしまったらしいことにまた気づいた。
そしてそうなると、私はその忘れ物となった勉強道具をこの疲れた体にムチを打って、取りに赴かなければならないということだ。これなら忘れていたままでも良かったかもしれない。
それでも思い出してしまった事実は都合良く忘れられない。ため息を吐いて、私はちょうどタイミングよく待っていた友達が扉を開いて出てきたのを見て、やや大げさにお手てのしわとしわ、合わせて幸せでその友達を拝み倒す。
「ごめん、忘れ物したから、先に帰ってていいよ」
元々、校門前まで行けばそれでお別れするくらいの時間だ。礼儀のような義務のようなもので、私も友達もお互い待って居たりするが、正直待ちたくないなら待たないくらいで良いと思う。
それにしても、陸上部というのはもっと部員が多いと思ったのだけれど、そんなことはなく、私が部活帰りには校門前から一人で帰り道を辿るくらいには、一年生の部員は少ない。運動部の中でも割とメジャーだし、走るという分かりやすいスポーツなのだから、良いと思うんだけどなあ。
麻雀部――に、取られちゃってる感はある。
結局、みんなが欲しいのは居場所であるのだから、スポーツなんて体育くらいで良いと思う人が大多数なのだろう。
誰もわざわざ義務付けられてまでスポーツをやりたいというわけじゃない。みんなで楽しむスポーツなら、もっと入る人が増えるかもしれないけど、部活なのだから、先生に怒られるスポーツであることは体育の授業と変わりない。
その点、麻雀部なんて文化部的なものは、うちの中学が弱めなこともあって先生も甘めな傾向にあるので、純粋に楽しめる。
麻雀部はメジャーだから、人も多い。義務じゃない、やりたいときにやれば良いし見てれば良い。運動のような才能が求められるものじゃない、考えて相手の上を行く文化的なもの。
私も小学生の頃とかにやっていたりしたけど、今はそんな、部活の時間にまでわざわざ頭を使いたくないというのが正直である。麻雀部の人からすれば、部活の時間にまでわざわざ運動したくないというものかもしれないけれど。
友達とは別れた後で、私は自分の教室にまで向かうため、校舎の中に入って下駄箱を通り、階段を上る。一年生は苦労しろということなのか、教室は三階に連なっている。
階段を一段一段ゆっくりと上っている最中にもいろんな考えが頭を巡って、ため息を吐かせる。考えてみると、小学生のころに比べてため息が多くなった気がする。
頑張れ頑張れ私、ファイトだぞ。そんな風に自分で自分を慰めることもまた、多くなった。
――楽しくないなあ。
よく、そう思うようになった。
つまらない、つまらない、つまらない、つまらない。
私は心底退屈している。飢えている。だるい、辛い、やっていられない、面倒くさい。
いつから私は、みんなが居る学校よりも――自分一人だけの休日を求めるようになってしまったのだろうか。
下校時間だと知らせるスピーカーからの音楽と音声を聞きながら、私は自分の教室の扉の前まで立ち、またため息を吐いてから扉を開けた。
「……ん」
「……あ」
そして私はそこで一人の少女と出会うのだった。
暗めの茶髪のショートカット、中学生にしては幼い顔立ちで、華奢な体つきをした文学少女――――宮永咲と。
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下校時間で、もはや誰もいないはずの教室に、窓際の机を一つ挟んだ後ろから二番目の席、私と同じ制服姿、白のワイシャツを下に着て、ろくに刺繍もない幼い印象を与える青のスカートと青のエプロンを上にしているような制服――いわゆるジャンパースカートという制服姿の宮永さんが、赤い夕陽に照らされて影を作りながら固まってそこに居た。立ったまま鞄の中に何かを入れているような素振りで固まっているあたり、帰り支度しているようではある。
まあ、とりあえず、お互い反応しちゃったし、呼びかけてみよう。
扉を後ろ手でそーっと閉めながら、私が何をするか警戒しているのか、ただじっと鞄の中に手を突っ込んだ状態のまま見つめてくる宮永さんに、私はえっとと一呼吸おいてから確認する。
「宮永さん、だよね」
そう呼ぶと、その少女――宮永さんは小さく首を縦に振って、その名であっていると肯定する。
どこか肯定した動きもぎこちなくて、私から目を離さないで警戒しているような態度は確かに、緊張していると言ってよかった。
「す、須賀さん、ですね」
「……おお」
覚えてくれていたのか、私の名前を。
ちょっと感動。宮永さんって、内気な文学少女って感じだから、友達でもないただのクラスメイトの私の名前なんて覚えてないのかなーとか思ってたんだけど。
「そう、須賀京華。宮永さんも忘れ物かなんか?」
一応、フルネームを名乗ってから、私は気さくに話しかける。私まで敬語だと、いつまで立っても距離が縮まらない。話上手な人なら、ここであえて敬語を使うことによって、宮永さんとの好感度が急上昇とか狙ったりするのかもしれないけど、果たして宮永さんが敬語を使われて嬉しい人なのかを私は判断できないため、あんまり考えずに話しかける。
「えっと……あの……」
しどろもどろ。
なんだろう、もしかして私の机に盗聴器を仕掛けていたのだろうか。
ひょっとして、私は今しているこの宮永さんとの会話を録音して、裁判所にまで持って行かなければ――ってアホか。こんなことを考えて良いのは小学生までだ。馬鹿らしい。
単に人見知りなだけで、上手く考えが纏まらないだけだろう。
「い、委員会の帰りで……」
「委員会……ああ、図書委員だっけ」
つまりここと同じ階にある図書室からの帰りで……えーっと、ああ、ついでに借りた本とかを机に入れてたのかな。私の中学では朝読書の時間があるから、置き勉ならぬ置き本をしたということか。どうでも良いけど。
「あの……どうして、知ってるんですか?」
鞄に入れていた手を引っ込めて、緊張したような上目遣いでそう尋ねてきた。
私はその緊張を吹き飛ばすように、わざとぶっきらぼうになんでもないように手をヒラヒラ振りながら答える。
「別に、なんとなく。宮永さんは宮永さんで有名だし」
「わ、私が!? どうしてですか!?」
「おおっ」
驚きでの大声に、私が驚く。
宮永さんって大声出せたんだ。ひょっとして、中学で初めてなんじゃないのか、宮永さんの大声聞いたの。
「あ、ご、ごめんなさい」
大声を出したという自覚が湧いたのだろう、慌てて頭を下げる宮永さん。なんだろう、この、私が自分の権力を笠に着てイジメてるようなこの感じ。
なんというか、自分に呆れながら、私は自分のこめかみあたりを人差し指で掻く。
「謝んないで良いって」
「ごめんなさい……」
「謝んないで良い事に謝られた」
「あ……あうぅ~」
だからなんで私がイジメてる感じになってるんだよ!
イジメてないぞ! 私は無実だ、宮永さんとの会話を録音したデータを裁判所に提出してくれ。
……なんて、小学生の私なら考えたんだろうなあ。ああ、はいはい分かってます分かってます、
「まあ、私の中ではって感じだから、気にしないで」
ドジっ子で有名なんだけど。
何もないところで転び、学校に行く途中で迷い、宿題の範囲を間違える。
イジメられているわけではないし、ただ、ドジっ子なだけ。宮永さんが転ぶとみんな「ああ、またか。大丈夫かな」という感じになるから、私の中では有名なんだ。
「むしろ私の名前を良く覚えてたって言いたいね」
別に隣の席というわけじゃないし、私の席は窓際で、宮永さんから見れば前二つ、左一つ、近いと言えば近いけれど、授業で班になれと言われても班にはならない範囲だ。
内気な文学少女なのだから、あまり人に興味がない、みたいな印象なんだけど。休み時間とかも人と話しているよりも本を読んでいる時間のほうが長いしさ。
「須賀さんは……有名ですから」
「……私が?」
意趣返しのつもりなのか……いや、宮永さんがそんな意地の悪いことをするだろうか。まあ、話すのもこれが初めてみたいなもんだけど。
「陸上部の期待のエースって」
できるだけ耳に入れないようにしてたんだけど、ホントにあるのかそんな話。
特に練習もしていない、ただ運動することが好きだった私がそんな風に言われる筋合いはないはずなんだけど、どうやら私には才能があるらしい。
才能がある、という噂だ。
自分が本当にそうなのかなんて分からないけれど、運動会とかで一位を取ったりすることはあった。ただ、期待されるほどのものなのかと聞かれると疑問だし、短距離の陸上部でエースってなんだよっていうツッコミが出てくる。
団体競技でもない短距離にエースってあるの? 第一私、走ることとかそんな好きじゃないし――だから特別楽しんでるってわけでもないよ?
「それにクラスの人気者って感じで」
「別にそんなことは……」
ないと言おうとして、止める。
「あるかな」
肩を上げてそうおどけて見せる。緊張をほぐすためのやり方だ。好感度アップを狙った。
「あ、あはは……」
「…………」
そして滑った。はっきり言って、ここでしっかり笑ってもらわなければ、私がただのナルシストのようなものになってしまうので、ちょっとだけ宮永さんを嫌いになった。
まあ、それはそれとして、これからどうやって私は宮永さんの好感度を稼ごうかと考えようとしたところで、背後の扉が声と共に突然開かれる。
「おーい須賀、もう下校時間だぞ」
「あ、はーい」
振り返ってみれば担任の先生だった。そういえばもう下校時間か、宮永さんと仲良くなろうとしていてすっかり失念していた。
注意されて無視するほど不良ではない私は、宮永さんの方にまた振り返り、それじゃあと前置きしてから、
「帰ろう、宮永さん」
「えっと……須賀さんは?」
「? 私も帰るけど」
「そうじゃなくて、教室に来た用事は……?」
「……あ」
そう言われればそうか。私はなにも宮永さんと話に来たのではなく、英語の宿題に使うノートを取りに来たのだ。
謝ってお礼を言いながら、自分の席に向かって机に入れっぱなしにしてあったノートを取り、鞄の中に入れる。土日を迎えてまた私はこの席に座ることになるのだろう。そう思うと軽く憂鬱になったりする。土日を迎える金曜は楽なのかもしれないけど、月曜を迎える日曜は地獄なんだ。そのせいで私はいつの間にかサザエさんをキライになってしまったんだよ?
「うん、おっけ。宮永さんはもう大丈夫?」
「は、はい」
「よし、じゃあ行こっか」
一刻も早く先生の目から逃れたくて、私は宮永さんの右手を手に取って走る。
慌て声が後ろから聞こえてくるが、転んでもカバー可能だし、階段まで行けば私もゆっくり走る予定だ。
先生の脇を通りすぎるように私たちは走り抜け、廊下も走って角を曲がり、階段前に着く。一応、階段でも宮永さんが転ばないように手は繋いだままにしておくけど……それにしても、宮永さんの手、ちっさいなあ。
小っちゃくて、ひんやりしてて、気持ちいい。
……エロいと思ってしまうのは、私が中学生だからなのかなあ。
「あの、あの須賀さん。手、もう大丈夫です」
手を繋いだまま、一段一段ゆっくりと降りていて、このまま世間話でもしようかというところで、私よりも一段多く前に出て振り返り、宮永さんはそう言ってきた。まあ、階段でもよく転ぶようならもう何度死んでもおかしくないので、手を繋がなくてもそりゃあ大丈夫なのだろうけど。
ただ、大丈夫でも、私はもう少しだけ繋ぎたかったので、わがままを言うことにした。
「ん、もうちょっと」
「へ?」
「宮永さんの手、可愛いから」
「え、え、あ、あわっ、わあっ!」
階段ではそれ程に転ばないという考えは、ものの見事に外れてしまった。
宮永さんが慌てふためいて、今にも階段からバランスを崩して落ちそうになった所で、私は宮永さんとの手を繋いだまま軽く背中の方に回り込んでから、自身の背中の方に体重を掛けて段の上に座るように尻もちをつく。そして私が階段から落ちようがなくなったので、宮永さんの左手を繋いでいる右手を引っ張っる。そうすれば、私があらかじめ背中の方に回り込んでいたのがあって、左手はちゃんと元の位置に戻ろうとするので、宮永さんが左足を軸に回る。
回って、左手を元の位置に戻す勢いで、そのまま左手は後ろの方から前の方へと、半周する。
バンッと、私の顔付近の段に宮永さんが空けていた右手を付いて、止まる。
「大丈夫?」
そして出来上がった態勢は、まるで宮永さんが私を押し倒しているようなものになった。
すごい顔近いけど……こうしてみると、やっぱり宮永さんって可愛い顔してるなあ。肌とかもちもちそう。
そのもちもちが下から段々と焼けてきて、赤からあっという間に真っ赤になる。
「わ、わ、わ」
「おっと」
宮永さんが慌てて離れようとしたので、私は左手で背中を押さえにかかる。そして急に後ろから押された風になった宮永さんは、今度は右手も付けずに私の胸元付近にキスをした。多少乱暴で申し訳ないけれど、階段で慌てて立ち上がったりしたら、また落ちることになってしまうことは予測できたので許してほしい。
「~~~!」
「はいはい、落ち着いてー。大丈夫だよ」
そのまま背中を赤ちゃんをそうあやすように二回ほど軽く叩いてあげる。
どうやら突然手のことを褒められて動揺してしまったというのは、普段鈍感と称される私であっても理解できた。宮永さんが人と関わることも少なめなこともあって、褒められ馴れていないのだろうし。
胸元にキスしていた宮永さんは耳まで真っ赤な顔を上げて、少し動けばキスができるくらいの距離で私を見つめる。
「ん」
このままではまた動揺して、階段に落ちるような事態になってしまうのではないかと危惧した私は、宮永さんの首に両腕を回してしっかりと抱き寄せて、また胸元にキスさせる。そうしたら宮永さんの声にならない動揺がちゃんと伝わってくるので、人は声や音なんて必要ないのかもしれないなと感心した。
「ほーら、深呼吸深呼吸」
顔は動かせないように固定していたが、目だけはこちらを向いてきたので、ちゃんと目を合わせて、まずは私が手本として深呼吸して見せる。すーはー、すーはー、って。
「ひ、ひっひっふー……」
ラマーズ法の呼吸をいつ私がした。
金髪イケメン、家事上手で器が広くて体格の良い男。
原作京ちゃんを忘れないよう戒めておく。