強化京華kyouka   作:じょーく

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文学少女びふぉー3

 私は宮永咲が嫌いだ。

 せっかくのフォローを台無しにする、ボケに対してツッコミをしない、私がいくら距離を詰めようとしたところで距離を取る。

 だから私はそんな宮永咲が嫌いだと思う。

 それでもなんとなく、夏休みが始まるまででも、それからずっと毎週金曜日一緒に帰ったのは何かしらのシンパシーを感じたからなのかもしれない。縁、とでも言えば良いのだろうか。私は宮永さんと、部活の友達とは違う見えない『縁』を感じたのだ。

 だから私は宮永さんと帰り続けたし、宮永さんも私と帰り続けた。毎週金曜日、決まった時間に。

 

「宮永さんってさ、私のこと嫌い?」

 

 いつの日だったか、心配になってそんなことを尋ねた気がする。

 宮永さんはこの問いに対して迷うこともなく、慌てて否定したけれど、しかしこんな問いはズルだ。そう問われれば誰だって『嫌い』だと真剣に言える人間は居ないだろう。

 だから私は、宮永さんに嫌われているかもしれない。

 私も宮永さんを嫌いでいるのだから、なんとも言えないのだけれど。

 少なくとも私は、宮永さんに怖れられているのは分かった。宮永さんが私を人気者だと称したことから、人気者の私に嫌われてみんなから責められるのが怖いんじゃないのかと勝手に推測しているが、どうだろう。

 でも、もしそうなら私は、人気者になんてなりたくなかったって思うんだよ。そんな答えを言う機会も、私は得ないわけだけれど。しかし、私は宮永咲を嫌いでいると、あえてもう一度言おう。なんとなく一緒にいるだけで、なんとなくの関係なんだって。

 家族でもなく、恋人でもなく、友達でさえない、そんな関係。

 私は宮永咲と、良く分からない関係でいるのだった。

 

 

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 学生なら誰だって楽しみにしているだろう夏休みが始まった。

 しかし始まってしまえば私は部活や友達と遊ぶ日々で、逆に忙しいなんて感情が湧き出るくらいの日々だった。

 宮永さんとは夏休みが始まってから全く話していない。もともと私は陸上部で、宮永さんは帰宅部。本来ならどちらもすれ違う場所なんてあるわけもなかったんだ。だから私はたまに、宮永さんのことを思い出すわけだが、果たして夏休みを終えたらまた、宮永さんと帰れるのだろうかなんて疑問も湧く。

 前期が終われば委員会も変わるのだから、もしかしたらもう一緒に帰れなくなるのかもしれない。そう思う。

 それはどこか寂しい気もするし、なんにも思わない気もする。どうだって良い気がするのだ、そんなことは。いちいち宮永さんのことでこうして悩んでいること自体がおかしいことで、本来なら考えないのが普通であると思う。

 友達でもない子なんて――別に良いじゃん。

 そうなって、私はただただ宮永さん以外の子と遊んで、部活に勤しんで、宿題を頑張って終わらせていく、そんな夏休みだった。

 

「きょーかー! 頑張れー!」

 

 そして夏休みの大舞台、陸上の大会で短距離の決勝が始まる。

 夏に相応しい憎たらしいくらいの青空の下で、私はしかめっ面をしながら、クラウチングスタートの姿勢を取った。

 ひっひっふーじゃなくて、すーっ、と息を吐いて私は走る準備を整える。

 位置に付いて、とそう前置きされてから、一瞬の静寂が辺りを包み、そしてすぐに近くで爆発音が鳴って、私は走りだす。

 若き才能がとか騒がれる私は、決勝の大舞台で走るのだった。

 腕を振る、脚を動かす、前を見る。邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。もっと早くなるために私は身体さえ邪魔なものだと認識しながら、スタートのダッシュから一気に加速する。自身の影を置き去りにするような速さで走って、そして私は―地に記された白線を過ぎる。

 周りは歓声に包まれて、単純な称賛の声が辺りから聞こえてきた。部活のみんなの所に帰る途中、緑のフェンス越しから同じくらいの年齢の子に興奮したような様子で褒められたりして、ちょっと嬉しくなった。いついかなる時だって、褒め言葉は嬉しいものなのだから。軽くお礼を言って手を振りながら、私は今度こそ部活のみんながいるところに帰っていく。

 よくやった、凄いぞ、頑張った、感動した、次は全国だな。

 嬉しいはずの褒め言葉は、なぜか苦笑いするしかない褒め言葉に切り替わった。なんでだか、見知った友達よりも見知らぬ子に褒められた方が、ずっと嬉しい気持ちになった。

 なんでだろうなあって自分でも思うけど、なんでだか分からない。今はもう、ただ休みたかった。

 

 

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 そして私はもう走れなくなった。

 風のように、自分の身体さえ邪魔だと思えるくらいに速くには、二度と。

 聞けば笑ってしまうようなことだが、夏休みの打ち上げとして行った家族との旅行中に私は事故に遭った。まあ良くあるようなお話で、結構なスピードで走っている車に激突するというなんとも間抜けなお話だ。不幸中の幸いだと言うのなら、私がそのような大事故に遭って尚、今こうして無事に生きているということだろうか。

 私はどこか他人事に自分の現状を見てしまい、以前にもましてボーっとすることが増えた。夏休みはもう終わる、学校に行かなければいけなくなる。

 このことを知っている人はどれくらい居るのだろう、なんと驚いてしまうことに、新聞にだって小さい記事で載ったのだ。私ってすごいなーって、また他人事に思ったけど、実際結構凄いんじゃないかな? 世間はそうやって数日だけ騒がしくなって、喜ばしいことに私の家に直接お見舞いに来てくれるクラスメイトだって居た。

 若き才能はこうして潰えたらしい。

 私はもう二度と、以前のようには走れない。

 それは――辛かった。それを正しく認識してしまうと、とても辛かった。

 他人事のように見るということは、ただの逃げだ。そうしてまるで自分のことではないかのように振舞い、他人の不幸のようにする逃げなのだ。

 その辛さは思いのほか大きくて、いちいち自分が走る意味を考えていた頃がとても懐かしい。汗水たらしながら、風を感じて、自分がそれになるようなあの感覚が、とても懐かしい。

 ベッドの上で窓から風景を見れば、鮮やかな夕焼けだった。その景色は余りに綺麗すぎて、出る言葉さえない。開いた口が塞がらない、ああ、私はなんて馬鹿なことをしたんだ、いや、だけど、別に良いんじゃないのかな、これで。ああ、良かった、あの感覚を、自分が風のようになるあの感覚を知れて良かったと思う。陸上部で良かった、ハンドボール部に入らなくて良かった。オッケーオッケー、頑張ったよ私は、もう十分だ。誰も責めることはない。責められることなんてないじゃないか。

 そして責めているのは他でもない私だ。

 景色から目を離して、布団で覆われている自分の両足に私は手をかける。そのまま握り締めたくなって、それでも痛いのは嫌だから、布団だけ掴んで。

 

「走るの、好きだったよ」

 

 今さらこんなことに気が付くなんて、どうかしている。

 走るのは嫌いじゃあなかったなんて、どうして私はそんな捻くれたことをわざわざ考えていたのだろう。

 バカみたいだ、いちいち自分の考えに言い訳して、大人になってもその考えに悶えないようにって格好つけて、本当にバカみたいだ。

 部活なんて居場所であっても、友達と遊ぶ広っぱでも、一人で走る行き帰りの道であっても、どこでもいつでも私は走ることが嫌いなんて思わなかったじゃないか。なんで私はもっと――走ることを純粋に楽しむことを認めてやれなかった。

 嫌いでも好きでも、どっちでも別に良い。

 ただ、嫌いであっても楽しいっていう感情まで否定しようとすることはなかったじゃないか。

 運動も、走ることも嫌いじゃあない。

 だからって、楽しくなかったわけじゃあないだろう? 楽しいから好きじゃなくて、楽しくないから嫌いじゃなくてなんて、そんな、そんな真っ直ぐなわけがないだろう(・・・・・・・・・・・・・)

 嫌いだから楽しくないなんて、それが当たり前なわけないだろう。私はただ否定したがっている子供で――ひねくれていただけなんだ。

 部活っていう居場所が嫌いだから、陸上部が嫌いだって思っても、走ることを楽しいって認めるとそれが逆になるとでも考えていたんじゃないのか。走ることなんて嫌いだと、楽しくないと、そう思うことで自分は『利口な人間』だとでも考えていたんじゃないのか。走ることの才能を認めても、自分は走ることが好きじゃないと考えることで、より私は凄い存在だとでも考えることができるから、そう思っていただけなんじゃないのか。

 なんでもっと私は、ただ単純に「楽しい」って、そう思うことができなかったんだ。

 自分の子供加減を思い知る。後悔しかないその帰り道。

 

 そしてもうすぐで、夕焼けは暗闇と変わり、夏休みが終わる。

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