アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

22 / 55
昇格試験 9

 モモンガは走りながら、前方で戦闘を行っている集団を捉えた。五人組の集団と、一人が戦っているらしい。

 五人組には、戦士、魔術詠唱者、後衛、そして、ん? 二人は格好からして忍者か? プレートを下げているということは、冒険者だな。

 一人の男の方は、仲間が既に倒されたようだな。あの男と似たような服を着て死んでいるのが、仲間ということか?

 

「止めに入るぞ!」とモモンガは少しだけ後ろを振り向き、ついてきているアルシェとレイナースに声をかけた。

 そして、そのまま睨み合っている二つの集団の間に、モモンガは割って入った。

 

「私は、バハルス帝国冒険者、“モモンと愉快な仲間達”のリーダー、モモンだ。カッツェ平野で巡回任務をしている。任務の都合上、争いに割って入らせてもらった」とモモンガは叫ぶ。

 

「私達は、リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”。私はそのリーダーのラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。私達もカッツェ平野での依頼を遂行しています。怪しい者ではありません」とラキュースと名乗った女が答える。

 

「わ、私はスレイン法国の神官、ニグン・グリッド・ルーインだ。他の神官達と巡礼に出ているところを、この者達に襲われたんだ。他の者達はみんな彼奴らに殺された!」と、ニグンと名乗った男は叫ぶ。

 

「亜人を殺しまくって、何が神官だ! てめぇは、亜人を殺戮する、“陽光聖典”の隊長だろうが!」と“蒼の薔薇”チームのゴリラのような大女が叫ぶ。

 

「何を訳の分からんことを! スレイン法国に問い合わせてみてくれ! 私はれっきとした神官だ! ん? あなたは帝国四騎士の“重爆”か? 中央神殿で火の神殿の神官長と、貴国の皇帝が会見をしたおり、私も後ろに控えていた! あなたが、皇帝の護衛をしていたのを憶えている! スレイン法国としてバハルス帝国に、救援を要請させていただきたい! 神官の帝国内での活動において、貴国は、最大限の便宜を図るという条約が締結されているはずだ!」とニグンは、レイナースの姿を見るなり、そう叫ぶ。

 

「……。確かに、見覚えがある顔ですね。火の神官長の付き人をしていらしたくらいの方ですから、かなりの高位の神官。神官であることは嘘ではなさそうですね。帝国の外交上の優先度は、スレイン法国の方が、リ・エスティーゼ王国よりも遙かに上位。帝国四騎士の立場で言うならば、ここは帝国領内ですし、私は、彼の救援依頼に応えなければなりません」と、レイナースはモモンガとアルシェにだけ聞こえるような声で言う。

 バハルス帝国は、スレイン法国の神官に、外国使節団と同様の外交特権を与える代わりに、緊急時には治癒関連の力を借りることができるという条約を締結している。そして、神官が帝国内を通行する場合における彼等の安全を守る義務が、帝国側には存在している。

 

 モモンガは、悩む。冒険者は、国家間の争いには介入しない。だが、片方はスレイン法国の神官、そしてもう片方は、リ・エスティーゼ王国の冒険者。そしてスレイン法国側は、条約などということまで持ち出してきている。既に、介入してしまったという状況だ。

 帝国領内で、王国と法国の人間が争っている。それに、亜人の死体が多数平野にあるという状況。“蒼の薔薇”は、亜人の殺戮は、法国がやったと言っているが、法国側はそれを否定している。逆に、“蒼の薔薇”がやったという可能性も残る。それに、この状況から考えて、“蒼の薔薇”が法国の他の神官を殺したということは間違いがないであろう。

 ここは、中立であるべきだ、とモモンガは決断をする。

 

「私は、このカッツェ平野で魔物が出現していたらそれを倒すし、争いがあればそれを仲裁しなければならない。両者とも、このまま争いを止めて引いて欲しい」とモモンガは言う。

 

「わ、私は、法国に無事に帰れるのであれば、それで異論はない」とニグンは答える。

 

「巫山戯るんじゃないぞ、(カッパー)。このまま、あの外道野郎を見逃せってことかよ! ここであいつを逃がせば、今後も亜人の村が焼かれるってことだ。悪いが、このまま、はいそうですかって、帰る訳にはいかねぇんだよ!」と、“蒼の薔薇”の巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を持った大女が、殺気をモモンガにぶつけながら叫ぶ。

 

「これ以上、争いを続けるというのなら、私はそれを止めさせてもらうぞ? もちろん、殺さないようには手加減はするがな。戦闘が継続できないように多少痛い目にはあってもらうぞ?」

 

「そうか。そうか。分かった。俺達は、“モモンと愉快な仲間達”なんて奴らとは会わなかった。そういうことだ!」

 

「ちょっと、ガガーラン!」と、ラキュースはガガーランを呼び止めようとするが、ガガーランは止まらない。

 

「無駄。ガガーラン、亜人の死体を見てから、完全に頭に血が上りっぱなし」と忍者の一人が言う。

 

「死ねや、空気の読めない(カッパー)さんよ!」と刺突戦鎚(ウォーピック)を容赦なくモモンガに向けて振り下ろす。

 モモンガも背中のバスタードソードを抜き、その刺突戦鎚(ウォーピック)による攻撃を受け止める。

 

「へっ。やるじゃねぇか。俺の攻撃を受けきるとはな!」と、ガガーランは引き続き攻撃を開始し、モモンガとガガーランの応戦は続く。

 

「アルシェさん! 危ない!」と、レイナースはアルシェに向かって飛んできて飛び道具を地面に叩き落とす。地面に落ちていたのは、 “苦無”であった。首という急所、そしてその速度。アルシェの命を狙っての一投であったことは明白である。

 

「油断してたし、一人片付けようと思ったのに……」と忍者の一人が残念そうに呟く。

 

「ティナ! ガガーランに続いて何をしているのよ!」とラキュースが怒るが、ティナと呼ばれた忍者は「へいよー、鬼ボス」と言って、まったく反省をしている様子も無い。

 

「リーダー、諦めろ。まぁ、戦闘中と分かっていながら乗り込んできたあの冒険者たちが悪いということだ」と、アルシェと同じくらいの身長の、仮面にフードを被った者が呟く。その声は、少女の声であった。

 

 

<アルシェ VS イビルアイ>

 

「あ、ありがとうございます、レイナースさん」

 

「お礼は戦闘が終わってからにしましょう。あちらの方々、やる気みたいですね。私が、あのリーダーと忍者二人は抑えます。もう一人の小さい子は、恐らく魔術詠唱者(マジック・キャスター)。お願いできますか?」

 

 アルシェは、“蒼の薔薇”のその少女を自分の生まれながらの異能(タレント)で見つめ、何かの間違いであるのではないかと、生まれながらの異能(タレント)を疑ってしまった。その少女の魔力は、自分が今まで見てきた魔力を上回っている。フールーダ先生と比べても遜色のない魔力量……。第六位階の使い手? 私と同じ背格好なのに……。自分が、“天才”と呼ばれていていい気になっていたのが本当に馬鹿みたい。自分が“天才”であれば、同じ年齢くらいのその人は、何なのだろう……。

 圧倒的な魔術詠唱者(マジック・キャスター)としての力量の差。勝てるか、と問われれば絶対に無理、としか言いようがない。だが、この状況で、そんなことは言えない。レイナースさんは、三人を抑えると言っている。

 

「やってみます」とアルシェは答える。

 

 自分があの魔術詠唱者に勝てるとしたら、それは奇襲。通常の常識で考えるなら、自分が第三位階魔法を使えるとは相手は思わないはずだ。その油断を突く。意表を突いて、自分が使える魔法を間髪入れずに、叩き込むしか無い。

 

「では、私はあの三人を……」と言って、槍を構え、ラキュースに向かってレイナースは向かって走り去る。

 

 私も、やれることをやらないと……。モモンは、ガガーランと一進一退の攻防を続けている。あの、死の騎士(デス・ナイト)の時と同じだ。

 

「あ、あなたの相手は私よ! 私は、“美少女”アルシェ」

 

「私はイビルアイ。“美少女”か……。恥ずかしい二つ名だ。その年齢で、飛行(フライ)を使えるとは、希少な存在だろうに。殺すのには惜しいが、自分の才能を過信した者は早死にする宿命だ」

 

「うぅ……」とアルシェは一瞬怯む。

 そういえば、ここまで飛行(フライ)でやって来た。そしてそれを見られていた。自分が第三位階まで使えると言うことは既に敵は承知している……。当然、第三位階魔法への警戒はしてくるだろう……。

 だけど……!!

 

 飛行(フライ)を唱え、イビルアイとの距離を詰め、アルシェは火球(ファイヤー・ボール)を唱える。

 

 突如現れた直径一メートルほどの火球が、イビルアイに向かって飛んでいく。が、同じようにイビルアイの方からも、同じように火球がアルシェの方向に向かって飛んできた。イビルアイが生み出した火球は、直径三メートルを超えている。アルシェの生み出した火球を飲み込み、そして尚もアルシェに向かって飛んでくる。

 

水球(ウォーター・ボール)!! き、消えない。火属性防御(プロテクションエナジー・ファイヤー)

 イビルアイが放った魔法。水球(ウォーター・ボール)によっても相殺することができず、アルシェの皮膚を焦がす。火属性防御(プロテクションエナジー・ファイヤー)が間に合っていなければ、それで既に勝負は決していたかもしれない。

 

 すごい魔法。第六位階魔法? でも大丈夫。この程度なら致命傷にはならない。モモンから渡されている無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)には、レイナースさんから渡されたポーションが沢山詰まっている。

 アルシェは、ポーションを一本取りだし、すぐさま回復を図る。大丈夫。あのときの死の騎士(デス・ナイト)の時と同じ。ポーションはまだまだ沢山ある。致命傷を避け、適宜回復していけば、尽きるのは相手の魔力の方だ。

 

「ほう。耐えきったか。それに、まだまだやる気満々とった顔だな。やれやれ、レッスン1だ。どうせ、私が先ほど放った魔法は、高位階の魔法だと思っているのであろう? だが、あれは火球(ファイヤー・ボール)だ。同じ呪文といえども、使うものの魔力の絶対量によってその威力は、大きく異なる」

 

「そ、そんな……」

 

「桁が違うということだ。身の程を知れ。小娘」

 

「こ、子供扱いしないで。あなたの方が子供でしょ! 子供のくせに、大人ぶった口調して馬鹿じゃないの? 背伸びしてる子供って、見ていて痛いわよ! ま、魔法の矢(マジック・アロー)」とアルシェは魔法をイビルアイに向かって撃ち込みながら、誰もいない平野へと飛行する。

 決して逃げているのではない。勝てないのであれば、時間稼ぎだ。相手を挑発し、自分を標的にさせながらも、飛行(フライ)で逃げ回る。時間さえ稼げれば、きっとモモンが何とかしてくれる。あのゴリラみたいな女を倒して、きっと自分を助けに来てくれる。それまで、自分は時間を稼げばいい。最悪なのは、あの魔術詠唱者(マジック・キャスター)が、モモンやレイナースに対して攻撃を仕掛けてくること。自分にやれることは、魔術詠唱者(マジック・キャスター)を引きつけて、時間を稼ぐこと。

 アルシェは、飛びながら後方を振り返る。ちゃんと、あの魔術詠唱者(マジック・キャスター)が自分を追いかけて来てくれているかを確認するためだ。

 

 なっ! いない? どこへ?

 

「やれやれ、レッスン2だ」と自分が向かっている方向から声が聞こえる。イビルアイの声だった。

 

 え? いつ移動したの? まさか……。アルシェは、嫌な予感と共に、確信をする。

 

「教えてやろう……。私からは逃げられない……。それに、小娘に小娘扱いされるのは、いささか腹が立ったぞ」

 

 そこには、転移して自分の前に立ちはだかるイビルアイの姿があった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。