アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
一体何が起こったの? というラキュースの戸惑いと同時に、ラキュースの体に悪寒が走った。疾走してきた漆黒の鎧の男。その男の背後には、不気味な鎌を持った死に神がいる。そんな幻覚をラキュースは見た。
豊かに実を付けた麦を鎌で刈り取るように、自分の命も刈り取られる。そんな悪い予感。心臓が止まって凍り付いたかのようになっているのに、その鼓動は激しい。
体が思うように動かないのはティアもティナも同じなようで、全身甲冑の男にあっけなく倒される。
ラキュース自身も、モモンに右肩を掴まれる。その瞬間、全身の筋肉がだらりと動かなくなり、風邪を引いてしまったかのように全身が寒い。身震いが止まらない。だが、全身の毛穴という毛穴は開ききり、毛穴からは汗が噴き出している。
ラキュースは、地面に倒れながらも、目蓋を閉じる気力がない。カッツェ平野に生えている雑草が自分の顔や首に刺さってむず痒いが、それを何とかするだけの体の自由も、そして気力もない。ただ、目の前で動き続ける男の様子を見つめ続ける。
「大丈夫か?」と、モモンは優しくレイナースを抱き上げる。レイナースは泣いていた。そして、抱きかかえられた瞬間、その両手をモモンの首に回す。そして、しゃっくりをしながら泣きじゃくっている。
「ひっく……」
ただ、子供のように泣くレイナースから返事は無かった。
「怪我は無いようだな……。アルシェも助けるぞ」と、モモンはレイナースを抱きかかえたまま、地面を蹴って進む。
<アルシェ VS イビルアイ>
イビルアイは、無数の
どこまでも向かってくるというのならば……。殺すしか無い。
イビルアイは、少女に向かって
研ぎ澄まされた水晶がアルシェのもとへと一直線に向かっていく。
が、突如としてアルシェへと向かう軌道線上に、全身甲冑の男が現れる。アルシェを庇うように、自らの背中ですべての水晶を受け止める。
「モモン……」
「アルシェ、良く頑張ったな。後は任せておけ。レイナースさんを頼むぞ」と、モモンガは左手でレイナースを抱きかかえながら、右手をアルシェの頭に置き、そしてアルシェの頭を優しく撫でる。
「うん」とアルシェは答える。
体中に安心感が溢れ出す。アルシェにはまだポーションでは回復できていない蓄積したダメージが残っている。だが、モモンが助けに来てくれたという安堵感で、イビルアイとの戦いで無理をしていた体とその意識の緊張と疲れは、どこか遠くの方へといってしまったようだ。まるで、モモンの右手には癒やしの効果があるのではないかとアルシェは思う。
「すぐに終わらせるから、待っていてくれ」
モモンはレイナースを地面へと降ろす。レイナースは恐怖からか、そして寂しさからか、座られてもなお、モモンを求めて右手をモモンの方に伸ばすが、それよりも先にモモンはイビルアイへと突進する。アルシェは、相変わらずシャックリをしながら泣いているレイナースを優しく抱きしめる。
「お前で最後だ。無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに恐怖を味わわせないぞ?」
「物語の騎士気取りか!
イビルアイの右手から、地を這う蛇の如く電撃が波打ちながらモモンに迫る。だが、それはモモンへと届く前に霧散してしまった。
(私の魔法を無効化しただと?!)
イビルアイがその未知の感覚にたじろいだ瞬間、疾走してきたモモンによって左肩を掴まれる。
その瞬間、イビルアイの二百五十年の間鼓動することの無かった心臓が躍動したかのような感覚へとなる。
(なんなのだ、この感覚は!!)
イビルアイは、その感覚を避けようと、掴まれている左肩を振りほどこうと、モモンの右手を必死に叩くが、その右手から逃げることができない。
(こ、これは何のバッドステータスなのだ!)
突然動き出した心臓はまるで早鐘を打つようだ。しかも、体の異常はそれだけではない。未発達であると自ら自覚している乳房の乳首。そこに、血が集まって隆起している。服にその乳首の先端が擦れて、むず痒い。そして、勝手に、肛門が収縮と弛緩を繰り返す。いや、肛門だけではない。何物の通ったことのない未通の膣。そこも、痙攣を繰り返している。そして、新陳代謝が停止している筈の自分の秘部から何かの液体が流れ出している。灼熱の砂漠の真ん中で突如として湧き出るオアシスの水源のようである。
イビルアイには知る由もないが、モモンのスキル、
(漏らした? いや、違う……。そんな感覚では無い。一体、このバッドステータスはなんだ……。魅了系の類いか……抵抗する気持ちが薄れていく……)
イビルアイが、なんとか振りほどこうと殴打し続けているモモンの右手。だが、その打撃は徐々に弱まり、イビルアイの抵抗が終わる。いや、自らの意志によってその抵抗を止めてしまう。
(だ、駄目だ。こ、腰から力が入らない……。これは一体なんなのだ。指先から頭まで、電流が往復しているようだ……。なんだ……。私はこの感覚を自ら求めている? あ、あり得ない……私は
「これを耐えるとは、抵抗をある程度持っているようだな……。だが、完全には抵抗出来ていないな。それならば……」
モモンは、右手だけで無く、左手でイビルアイの右肩も掴んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
二倍の衝撃。イビルアイの腹筋は、まるで魚が地面で飛び跳ねるかのようになる。腹筋だけではない。
自分は
(な、なんなのだ……。何も考えられなくなるぞ……。こ、恐い。なんだ、この感覚の先にある感覚……)
「これでも耐えるか。ならば……」
モモンは、イビルアイの右肩と左肩を掴んでいる体をぎゅっと自分の体に引き寄せる。イビルアイを抱きしめるような格好だ。よりモモンとイビルアイが密着した体勢となる。
「うううぅぅぅぅぅぅううううううわわわわぁあああああああぁぁぁぁ」
より強い感覚がイビルアイを襲う。そして、その瞬間、イビルアイの何かが弾けた。指先から秘部、腰、そして胸。首筋から耳の裏側。痛みとは対極の、自ら求めてしまいそうな感覚。そして、イビルアイは意識を手放す瞬間、自らがコントロールできない、尿意とはまた違った感覚のものが、自らの秘部から噴き出ている。腰から秘部にかけての痙攣が限界に達すると同時に、何かが噴き出る。そして、それが収まっても数秒すると、イビルアイの脳を焼き尽くすような感覚がまた襲い、また噴き出る。
その状態が四、五回行われ、やっとモモンはイビルアイが意識を失ったことに気づき、乱暴にイビルアイを地面へと転がしたのであった。
・
モモンは、イビルアイを地面に転がした後、アルシェとレイナースの所へと駆け寄る。
「二人とも大丈夫か? ん? アルシェ……。顔が真っ赤だが大丈夫か?」
「う、うん……。いや、あの子供に何をしたのかなぁって……」
アルシェは、地面に倒れながらも腰のあたりの痙攣を繰り返し、そして呻き声にしては艶っぽいイビルアイの声を聴きながら、モモンに尋ねる。
「あぁ、あれは、篭手と鎧の能力で、相手にバッドステータスを送ってやったのだ。しばらくは動けないはずだ」とモモンは平然と言う。
「そ、そうだよね……」
アルシェは、これは戦闘なのだ、と納得する。その光景が、“縁談”の際に縁談相手から差し出された“媚薬”とそれを飲んだ後の自分に似ているというような考えは、すぐに棄て去る。
そして、「レイナースさん。ずっと震えて泣いているままなの!」とアルシェはモモンにレイナースの状況を伝える。普段のレイナースさんの態度からは考えられない。まるで、恐怖に脅える子供のようだった。
「何か、“蒼の薔薇”の連中にされたのか? 毒などではないか?」とモモンも心配そうな声で言う。
「致死性の毒かな?」とアルシェが不安そうに言った時、「
・
ニグンのその魔法の効果が効いたのか、レイナースはその意識を正常へと戻した。
「せ、戦闘中に申し訳ありませんでした……。昔の……悪い夢を見ていました……」
「気にすることはありません。我々は勝利したのですから。素晴らしい戦い振りでした。まさに、帝国の
「ありがとうございます。仲間がどういう状況であったのか、私達にも分かり兼ねていたところだったので。適切な対処をありがとうございます」とモモンはニグンにお礼を言い、レイナースも「みっともないところをお見せしてお恥ずかしいですわ」と言う。
「なぁに、お安いご用です。あなた方が私を助けて下さらなかったら、私の命も危ないところでした。世の中、持ちつ持たれつとは言うではありませんか!」とニグンは胸を張って答える。
「まったくその通りですね。情けは人の為ならずというのはこのことです」
「ところで、“モモンと愉快な仲間たち”のお二人。そして帝国騎士の方。この“蒼の薔薇”の処遇ですが、どうなされるおつもりですか? 法国としては、彼等は危険な冒険者チームですので、動けないうちに息の根を止めたいというのが本音なのですが……」とニグンは真面目な顔をして言う。
「それは合意しかねますね。もともと、私達は争いを止めるためにこの場に介入しました。もし、神官殿が“蒼の薔薇”の息の根を止めるというのであれば、今度は神官殿を止めさせていただきます」とモモンは答える。
「そう仰るであろうとは思っていました。では、私が信仰する神に誓って、今回は彼等に手を出さないということを誓いましょう」
「そうしていただけると助かります。二人も、それで良いか?」とモモンがアルシェとレイナースに問いかけ、二人ともそれに黙って頷く。
「そう不満そうな顔をするな、アルシェ。ちゃんと、あの大女と戦っている最中、装備を奪って良いという約束はお互いにしておいた。 俺が欲しい装備はないし、欲しい装備があれば言ってくれ」とモモンガは言った。
雨とか最悪……。