アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

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帝都は燃えているか 4【閲覧注意:グロ描写有り】

 ナザリック地下大墳墓。モモンガがナザリックから離れていくのを、守護者達は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で見守っていた。

 

「行ッテシマワレタ」と、白い息がコキュートスの口から洩れる。それは、冷たい冷気だけではなく、寂寥の感情もその吐息と共に吐き出されている。

 

「それで、デミウルゴス。どうしてモモンガ様と人間の女をナザリックの外へとまた送るようにシャルティアに指示したの? 後で説明するといっていたけど」とアウラは、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を少し離れた場所から観ているデミウルゴスに尋ねた。

 

 モモンガ様が再びこの栄光あるナザリック地下大墳墓に戻ってこられた。その喜びも束の間、モモンガ様は再びナザリックの外へと出て行かれてしまった。守護者達の寂寞とした思いは募るばかりだ。

 その結果が、守護者たちは自分たちの守護領域へとは戻らず、闘技場で、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)でモモンガの姿をずっと見つめ続けているという結果となっていた。

 モモンガ様はナザリックを振り返られたりしない。すでにナザリック地下大墳墓になんの価値も見出されなくなったように守護者たちには思えてきて、不安が募る。

 

転移門(ゲート)でお送りしたことも疑問でありんすが、そもそもどうして闘技場に守護者を集合させたであんすか? それに、どうしてモモンガ様は尊いお名前を名乗られなかったでありんしょうか」と、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)から視線を話さず、デミウルゴスにシャルティアがたずねる。

 

「最初カラ説明ヲシテモラオウカ」

 

「僕も聞きたいかな。モモンガ様、お怒りになられてもいたし……。ナザリックにお帰りになられたのであれば、やっぱり入り口でお出迎えをするべきだったんじゃないかな……」とマーレも心細そうに言った。

 

 不安そうな守護者達。だが、デミウルゴスは怪しげな笑みを絶やさない。デミウルゴスの顔には、不安や絶望ではなく、喜色が浮かんでいる。

 

「モモンガ様の御心に沿って私は行動をしただけです。最初から順に説明をしていきましょう。ですが、その前に、アルベドを呼び出しましょう」

 

「アルベドを? 大丈夫でありんすか? モモンガ様の部屋に閉じこもって、ぶつぶつ言っているだけでありんしたけど?」

 

 アルベド……。モモンガがいなくなったことを知り、悲しみに暮れていた。お隠れになったのか、それとも、自分を見捨てたのか。最後まで残ってくださっていた慈愛に溢れた至高の御方々のまとめ役であったモモンガ様が……。

 モモンガを喪失したアルベド。

 至高の御方々が不在であれば、守護者統括という立場を授かったアルベドは、ナザリックを指揮しなければならない。守護者統括という地位も、至高の御方から与えられた役職である。その与えられた役職を放棄することは不敬。

 普段であれば、その不敬を他の守護者たちが見過ごすことなどあり得ない。場合によっては、アルベドを誅していたかもしれない。

 だが、他の守護者たちにそれは出来なかった。悲しみに暮れるアルベドの姿があまりに憐れで。

 忠義を捧げる相手を失ったという喪失。それに加えて、アルベドには、「愛する人」を失ったという喪失、もしくは、「愛する人」に捨てられたという絶望。

 

 守護者は、創造主がそうあれ、と命じになったことを尊重すべきだ。アウラとマーレが男女逆の服装をしていたとしても、創造主がそうあれとしたのだから、それに異を唱えるものなどナザリックにはいない。

守護者統括という地位にふさわしい働きをしなくなったアルベド。不敬である。だが、『モモンガを愛している。』と、アルベドにそうあれとお命じになった。

 それならば、アルベドが愛する存在の不在を嘆き、悲しむのも、ある意味、そうあれ、と創造主がお命じになったことではないのか。

 アルベドが絶望と悲しみで狂う。狂気に身を委ねる。それも、創造主が守護者にそうあれとお命じになったことではないか。

 シャルティアも、アウラもマーレもデミウルゴスもコキュートスも、その他ナザリックの者たちは、そう無理やり納得することにした。

 いや、無理やりそう自分自身を納得させて、壊れてしまったアルベドから目を逸らした。

 忠誠を捧げるべき相手を失ったのは同じである。他の守護者たちにも、アルベドに構うほどの、余裕がなかった。それに、アルベドが失った存在の代わりなどあろうはずがなかった。

 守護者達は慰める言葉など持たない。アルベドを立ち直らせることができる。そう考える事もまた、不敬である。自分が至高の御方々の代わりになれると言っていることに等しい。

 至高の御方々のためであれば、自らの命を惜しむことなどありえない。それほどに、至高の御方々は代えがたい存在であるのだ。アルベドを慰めること、立ち直らせることなどは、至高の御方々以外に出来ることではない。アルベドの愛する人を失ったという絶対的な空白。それはモモンガ本人でしか埋められない。

 

「大丈夫です。アルベドも、モモンガ様のご威光が届いたはずです」とデミウルゴスは自信に満ちた声で言う。

 

「そう? じゃあ、私が呼んでくるでありんす」とシャルティアが立ち上がったとき、

 

「その必要は無いわ」と透き通る声が響く。

 

「あ、アルベド!」とアウラは驚く。そのアルベドの格好を見て。

 

 艶やかで長い髪。輝く宝石のような瞳。淑女のような優しげな笑み。それは以前のアルベドの姿であった。

 

 モモンガを失ったと知った時のアルベドの姿ではない。

 自ら掻き毟り、引き抜いた髪も、以前の艶やかな髪へと戻っている。

 せめてモモンガ様と同じ姿であろうと、自らで両目を抉りだし、眼窩をさらけ出したアルベドの姿ではない。生きているのが不思議であるほど、漆黒のバルディッシュで自らの肉という肉を削り取り、自らの(はらわた)を投げ捨て、骨という骨が露出するようになったアルベドではない。

 

 創造主であるタブラ・スマラグディナに創造された通りの美しい悪魔の姿であった。

 

「モモンガ様は?」と穏やかな口調でアルベドが尋ねる。その声には、守護者統括としての地位と威厳が満ちていた。

 

「再び、ナザリックの外へと旅立たれました」

 

「そうですか……。御姿を一目見たいと思いましたが、身だしなみを整えるのに時間をかけ過ぎてしまったようですね」とアルベドは言う。

無論、ドレスの着付けや化粧に時間がかかったからではない。モモンガの御前に出ても恥ずかしくないような格好。自ら欠損させた自身の体を、配下の者に回復させるのに多くの時間を要したからであった。

 

「アルベド。待っていましたよ。立ち直っていただけて何よりです。それに、冷静さを失ってモモンガ様を追いかけるようなことをしないかと内心不安でしたが、良くぞ耐えてくださいましたね」とデミウルゴスがアルベドに向かって答える。

 

「えぇ。本当は、私の愛するモモンガ様の胸に今すぐ飛び込みたいのだけれど、愛する男がこれから成そうとしていることを邪魔するのは無粋だわ」

 

「えぇ。その通りです。これから、忙しくなりますよ?」

 

「ちょっとデミウルゴス。それにアルベド。モモンガ様はお隠れになりんしたわけでも、私たちをお見捨てになりんしたわけじゃありんせんということはわかるのでありんすが、モモンガ様は何をお考えになられて、御一人で行動されているのでありんすか?」

 

「そうですね。今から今後私たちが何をすべきかを含めて、説明しましょう。今後、失敗は許されません。私たちはすでに、大きな失態を演じてしまったのですから……。慈愛に満ちたモモンガ様は、私たちに再度のチャンスを与えてくださっているのですから……」とデミウルゴスはハンカチで自らの涙を拭き、残ったモモンガの寛大な心に身を震わしながら言った。

 


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