アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
全身の疲労。強烈な眠気。お腹が空っぽになったかのように胃が痛い。それに、心臓の鼓動は収まらず、鳥肌が立っているというのに、汗も止まらない。
アルシェは、自分の屋敷へと、何とか帰ることができた。
「アルシェお嬢様、お帰りなさいませ」と執事のジャイムスがアルシェを出迎える。
「ただいま。妹達は?」
「既にお休みになられています。お疲れのご様子で大変恐縮ですが、旦那様がお待ちです」と、ジャイムスは気の毒そうな目でアルシェを見つめている。
「遺跡調査の件ね……。分かった。ありがとう」
玄関ホールの階段を登り、父の部屋をノックする。部屋の中から父から入室許可の声が聞こえてきた。声の調子からすると、あまり機嫌が良くないようであった。
「お父様、ただ今帰り――」
「――遺跡から持ち帰ったのは、この像だけか?」
「はい……」
「この禍々しい像一つ持ち帰って、遺跡の調査が成功したと言えるとお前は思っているのか?」とアルシェの父は、像を執務机に置き、その像をステッキでコツン、コツンと叩きながら言った。そして、その父の口調には、「愚か者」という言葉が含まれているようにアルシェは感じた。
「申し訳ありません。ただ、あの遺跡の中には、恐ろしい力を持った魔物たちが住みついています。これ以上あの遺跡を刺激するのは、
「帝国貴族の娘が臆したか!」と父親は一喝した。「容易なことを成し遂げても意味は無い。困難なことを成し遂げてこそ、フルト家、帝国貴族ではないか! 困難であれば困難であるほど、それを成し遂げた時、栄誉、尊敬、力、それらを一身にフルト家が受ける。そんな簡単な道理も分からんか!」
父親の怒声が執務室の中に響く。
「しかし……」
「まぁ良い。この像も美術品として価値があるであろう。それに、多少苦労をしているところを見せた方が、皇帝に恩を大きく売れるというものだな。アルシェよ。小さなものを大きく見せて利を得る。大きなものを小さく見せて、実を取る。貴族として出来て当然の腹芸よ。娘の失態など、フルト家当主の儂の力量でどうとでもできるわ。話は以上だ。話がまとまり次第、また遺跡に行ってもらうぞ。しっかりと準備をしておきなさい」
「お父様!」
「聞こえなかったのか? 話は以上だ。それになんだ、こんな夜分に帰ってきて。貴族としての自覚はあるのか?」
「私は冒険者です!」とアルシェは声を張り上げて反論をした。
父親は、そのアルシェの言葉を聞き、大きくため息を吐く。
「それならば、冒険者らしく、遺跡の調査一つ、依頼主の満足のいくような結果を持ち帰ることだな。そう、冒険者といえば、貴族の娘が冒険者の真似事をしているということで、何人かの貴族が興味を持ったようだ。ぜひ、縁談をしたいという申し出があったぞ。遺跡の調査に行く前に、見繕っておくから、体に傷など負わないように気を付けておきなさい」
「縁談……。縁談はもう嫌です! それだけはもう嫌です!」
「我儘ばかり人一倍言うようになりおって……。だが、アルシェ。妹達に先を越され、売れ残った姉というのは、貴族の世界では良い笑いものだぞ?」
「それはどういう……。まさか、クーデリカとウレイリカにも!? そんなことは絶対に許しません!」とアルシェは思わず、杖先を父親に向ける。
妹達。アルシェは、たとえ父親であろうとそれだけは譲れない。
「家長の決定に異を唱えるな! それに、杖を向けるとは何事だ!」と、父親も椅子から乱暴に立ち上がり、アルシェの下へと歩く。
「クーデリカとウレイリカは私が守る! ファイヤー・ボー……まっ、魔力が……」
老執事との訓練。アルシェの体には
「この痴れ者がぁ!」
父親の振り上げたステッキの音が、大きく執務室に響いた。