アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

45 / 55
帝都は燃えているか 10

 モモンとの待ち合わせの場所。冒険者組合。その場所にアルシェは向かっていた。昨日はよく眠れなかった。老執事との訓練によって、身体は疲れているはずなのに、眠ることが出来なかった。額にできた一筋の傷。

 アルシェは、いつもしているヘアバンドをせず、前髪を下ろしていた。

 

「どうしたら良いのだろう……」

 

 自分の家から冒険者組合までの道のり。ずっとアルシェは、何度もそう呟いていた。

 

 ・

 

「おはよう。モモン」とアルシェは先に冒険者組合のテーブルに座っていたモモンの背中に声をかけた。モモンはいつも通りなようだ。約束の時間の前に待ち合わせの場所にいる。アルシェも時間に余裕をもって出てきたつもりであったが、いつもより時間がかかってしまったようだ。

 

「おはよう。アルシェ。今日の依頼は……。どうした? 疲れているのか? ポーション飲むか?」

 

 金色の前髪は、アルシェの両目を覆い隠すほどの長さであるが、どうやら真っ赤に充血した瞳を隠し切れていなかった。そして、両目の下には、隈が出来ていた。

 

「ううん、大丈夫だよ。問題ないよ。それより、依頼を選ばなきゃね」とアルシェは足早に組合の奥の掲示版へと向かう。ミスリル級冒険者。魔物の討伐、採取、護衛。ミスリル冒険者が受注できる依頼は多岐にわたる。

 

『エ・ランテルまでの護衛。食住及び移動の実費、依頼主負担。金貨五枚』

 

 アルシェは、この依頼に惹かれた。帝国兵が警備し、整備されている街道。帝国と王国の貿易の大動脈であるエ・ランテルと帝都間の護衛の任務というのは珍しい。それに、条件も良い。きっと、依頼主は高級品を輸送する算段なのだろう。護衛を付け、万が一でも運びたい品があるのだろう。

『復路も、上手くエ・ランテルで帝都までの護衛の任務を受注できたら、二度美味しいよね……それに』とアルシェは掲示版を眺めながら思う。

 

 それに……帝都に居たくなかった。家に帰りたくなかった。エ・ランテルと帝都の往復。最短でも、十日は家を離れることができる。だけれど……。朝、アルシェがベッドでまだ眠っていた時、自分の部屋に飛び込んできた妹達。自分が家に帰ってきたと知って、嬉しそうに自分の寝ているベッドに飛び込んできたクーデリカとウレイリカ。

 遺跡調査に行っている期間、妹達に寂しい思いをさせていた。嬉しそうに自分の胸に飛び込んできてくれてた二人。妹達は間違い無く自分の宝物だ。

 妹達も一緒にエ・ランテルに……。活動拠点を帝都からエ・ランテルに移すというのはどうだろうかと思案する。ミスリル級以上という依頼の条件であるが、妹達の分は、自分で負担すれば良い。それがダメでも、モモンを説得して、妹二人を冒険者に登録させ、”モモンと愉快な仲間たち”に加えてもらう。そうすれば、一緒にエ・ランテルに行くことだってできる。エ・ランテルは貿易が盛んな都市だと聞く。物や金が集まるところであるなら、冒険者としての腕があれば生活していくことはできるだろう。

 

「目星しい依頼が無いのか?」とモモンが掲示版を眺めながら考え込んでいたアルシェに声をかけた。どうやら依頼を選ぶのに時間をかけすぎてしまったようだ。

 

「う、うん。ごめん、どれにしようか迷ってた。もう少し待って。良い依頼を選ぶから」

 

「そうか。慌てることはないぞ。依頼は吟味するべきだからな」

 

「うん。もう少し待っていて」

 

「あぁ。それとだ……。やっぱり、ポーションを飲んでおいた方が良いと思ってな」

 モモンの右手には、ポーションがあった。

 

「いや、いいよ。勿体ないし。大丈夫だよ」

 

「飲んでおくべきだ。それと、昨日は済まなかったな。考え事をしていて、会話に集中できていなかった」

 

「あ……。うん。私こそごめん……。怒って席を立ったりしちゃって……。最近、モモンが何か悩んでいるということは分かっていたのに。自分勝手でごめん……」

 

「いや。俺の方こそ悪かった。お詫びの印という訳ではないが、ポーション、受け取ってくれないか?」

 

「そんな、ポーションを貰うようなことではないと思うけど……。でも、ありがとう」

 

 アルシェは、ポーションの栓を開け、そしてそのポーションを飲む。さっぽりとした味。そしてほんのりと甘い味。

 

「ポーション、ありがとう。元気が出てきた」

 

「足りないのなら遠慮しないで言ってくれ。もう一本飲んでおくか?」

 

「大丈夫。十分だよ。それに、元気が出たっというのは、心の元気だから……」

 

「心の元気? 何かのバッド・ステータスだったのか? ポーションは、傷を回復するという効果以外もあるのか?」とモモンは首を傾げながら言った。

 

 アルシェは笑った。

 

「そうかもね。モモンがくれるポーションには、そういう効果があるのかも知れない。珍しい色のポーションだし。ありがとう、モモン。モモンは優しいよね!」

 

「そうか……? 仲間として当然のことをしているだけだが?」

 

「そっか。だけど、嬉しいよ。さっ! モモン。もう少し待ってて。依頼、直ぐに選ぶから」

 

 

 ・

 

「今日の依頼は、採取依頼はどうかな? 帝都の北の群生地は、魔物が多く出没する。特に、角狼(ホーン・ウルフ)の縄張りの中にある群生地だから、採取と同時に周りを警戒しながらになる。角狼(ホーン・ウルフ)も、子供が産まれて間もない時期だから、攻撃的になっている。だけど、その分、貴重な薬の原料が取れるし、報酬も高い。私が定期的に飛行(フライ)で周囲を見ながら警戒するようにするよ。あと、角狼(ホーン・ウルフ)の角も、薬の材料になって、討伐した分だけ報酬も増える」

 

角狼(ホーン・ウルフ)か……。囲まれてしまっても敵ではないな」

 

「うん。私も、危なくなったら、飛行(フライ)で空中に退避できるから、思いっきりモモンは剣を振り回して大丈夫。それに、フールーダ先生がやっていた、飛行(フライ)火球(ファイヤー・ボール)の併用の練習も出来るだろうし」

 

「決まりだな。帝都の北口から出発ということだな?」

 

「うん」

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

「モモン、大分採取できたから、これくらいで帰ろうか?」

 

「あぁ。こちらも、角狼(ホーン・ウルフ)の角の回収は終わったところだ。群れ一つを討伐したというところだろうか。だが、これ以上角狼(ホーン・ウルフ)の群れを狩ってしまうと、生態系に影響が出てしまうかも知れない」

 

「生態系って?」

 

「かつての仲間が言っていたことだ。採取だって、来年もまた採取が出来るように、根こそぎ採取したりしないだろう? 食料だって、来年に種を蒔く分を残しておき、全部は食べてしまわないようにする。それと同じことだそうだぞ。角狼(ホーン・ウルフ)も、全部を狩ってしまったら、この地域にいなくなってしまう。そうしたら、予想もできないようなことが起こりえるということだ。たとえば、この薬草の群生地が、草食動物に全て食べ尽くされてしまって、来年は採れなくなってしまったりとかな」

 

「ふ〜ん。不思議な話だね。だって、角狼(ホーン・ウルフ)が居なくなれば、この辺り一帯で、安全に採取が出来るようになるのに。あ、でもそうしたら、依頼の難易度が下がって、報酬も下がってしまうかも知れないけど。そしたら、困る……ということかな?」

 

「それとは違うな。食物連鎖ということなのだが……。まぁ、俺も詳しくは知らない。仲間からの受け売りだからな」

 

「仲間からのかぁ……。そうだ……モモン。モモンが最近、何に悩んでいたのか。聞いても良い? きっと、仲間のことで悩んでいたんだよね? 良かったら、聞いてもいいかな? モモンの旅の目的とかも……。願いを叶えてくれる指輪を使って、モモンは何を願いたいのかなぁって……もちろん、駄目だったら、全然良いけど! あと……実は、私も悩みがある。それは、モモンに相談したい」

 

「構わないぞ。昨日、ニグン殿とレイナースさんには話したことだしな。帰り道がてら、ということでも良いか?」

 

「うん!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。