アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

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帝都は燃えているか 11

「何から話をしよう。仲間達の一人一人の事を語っていっても良いのだが、一人目の仲間の話で、帝都までたどり着いてしまいそうだ」とモモンは、太陽を見つめながら言った。『正義降臨』という後光(エフェクト)が射していた仲間の事を考えながら。

 

「え? 帝都に着くまでまだ三時間は掛かるけれど……。もしかして、仲間って女の人だったりするのかな?」

 

「仲間の三人は女性だったな。だが、残りの三十七……八人は男だったぞ? 女性の話が聞きたいのか? 三人と冒険した話ならいくらでも話せるが……そうだなぁ。三人はいつも、固まって大樹で女性だけで話をしていたことが多かったな。もしかしたら、不満とかあって愚痴を言い合っていたのかも知れない。輪に入りづらかったのだが……勇気を出してその輪に入っていたら、何か変わっていたのかも知れないな……」とモモンはため息を吐いた。

 アルシェはモモンの両肩が僅かに落ちたのを見逃さなかった。モモンが両肩を落とした理由。それは、後悔であろうとアルシェは思う。

 

「ごめん。やっぱりモモンが話をしたい仲間のことから話をして。で、でも……一つだけ聞かせて。モモンが探している、何でも願いを叶えてくれる指輪。探し出して、何を願うの? その仲間の女性が亡くなってて……甦らせたいとか……かな? こんなこと聞いて良いのか分からないけど」

 

「何でも願いを叶えてくれる指輪か。そんなのがあったらいいな」

 

「え? 無いの? それを探し出すためにずっと冒険をしているってモモン言っていたよね」

 

「すまんな。あれは嘘だ。まぁ、正確には、そのような指輪は存在するのだが、俺の願いは叶えられない。絶対にな」

 

「嘘だったんだ……」

 

「気を悪くしたか?」

 

「ううん。考えてみれば、初対面同然の私に、そんなことを打ち明ける方が不自然だったかなって。でも……今なら話してくれる? モモン、言ったよね、『信用とは実績によって積み上げられるものだ。信用できるできないは今のことではない。これからのことだ』って。あのときの『これから』は、『今』でもまだ足りないかな? いや、ごめん。なんで私こんなこと聞いてるんだろ。冒険者のマナー違反だよね」

 

「いや。話していいと思っている。だが、俺はなぜ今、冒険者なのか。なぜ冒険をしているのか。実は、今の俺自身にもはっきり分からない。最初はこの()……いや、帝都に来て楽しかった。浮かれていた。新しいことばかり。アルシェとパーティーを組み、冒険し、レイナースさんやニグン殿とも出会えた。もう一人じゃないって思えて、嬉しかった。楽しかった。だけどな……」

 

「あの遺跡、たしか、ナザリック地下大墳墓だっけ? あの遺跡と関係があるんだよね? モモン、仲間のことを探してた……。呼んでた……」

 

「気が付いてたのか?」

 

「私もモモンの仲間だよ。気が付かない方がおかしいよ。それに、冷静に振り返ってみれば、モモンはあの遺跡に詳しすぎる。罠を見破っているというより、罠があることを初めから知っているみたいだった」

 

「アルシェに隠し事や嘘をついてばかりだな。そうだ。あのナザリック地下大墳墓は、俺と……その仲間達が協力して築き上げた拠点だ。あの遺跡をみんなで攻略して手に入れた。そして、罠も設置したのも仲間たちや俺だ……」

 

「たくさんお墓があった。あそこにモモンの仲間達が眠っているの?」

 

「いや。それは違うぞ。仲間は、一人、また一人と去っていった。遠い場所ヘな。そして、もう二度と帰っては来ない。俺を捨てたんだ……」

 

「酷い……」

 

「いつか戻ってきてくれるのじゃないかって。俺は信じて待ち続けた。また仲間と集まって一緒に冒険ができるのじゃないかって。また、一緒に楽しいことができるのじゃないかって。たとえ喧嘩をして揉めることがあっても、また上手くやれると思っていた。だけど、そんな日は来なかった。だから……壊してやろうと思った。戻ってこない仲間を待つ場所なんて、もう俺には不要だと思ったんだ。だけど、そういうのって、壊せないものだな。思い出が詰まり過ぎている。壊そうと……新しい一歩を踏み出そうと思った。けれど、立ち往生さ。それが今の俺だ。済まなかったな、心配をかけて……」

 

 アルシェはナザリック地下大墳墓の光景を思い出す。贅沢の限りを尽くした装飾。今にも動き出しそうな彫像、ふんだんに使われていた宝石や貴金属。どれほどの財と時間を費やして作られたのか。

 

「全然いい。心配はしていたけど、迷惑だなんて思ってない。モモン! 私も話していい? もしかしたら、お願いになってしまうかも知れないけれど!」

 

 アルシェは、とぼとぼと地面を見つめながら歩くモモンの前に立ちはだかる様に。そして、モモンをまっすぐに見上げる。

 

「私、妹を連れて家を出ようと思う。親は、貴族に戻ることを夢見て、散財をして借金をするばかり。このままだと、妹達も嫌な目にあってしまう。それで、ここからお願いになるのだけど、妹達が安全に暮らせる場所に、冒険者チームの拠点を移したい。もちろん、妹達の生活費とかは、私が何とかする。モモンには迷惑かけないようにしようと思っている」

 

「親を捨てる、ということか?」

 

「そういう風に言われると、少し辛い……」

 

「すまない。言い方が悪かった」

 

「でも大丈夫。それは事実だから。後ろめたい気持ちもある。でも、このままだったら絶対にダメだと思う。私が冒険者になってお金を稼ぐ。それだけじゃ無理。モモンが言ったように、これは親を捨てるという決断。散々迷った。だけど、私は踏み出さなければならない。また、厳しいけど優しい父と、いつも優しい母。そして今よりももっと幼かった妹。自分は世界一幸せな子供なんだって思えていたあの頃が戻って来てほしい……。だけど、もう、戻らない。だから……」

 

「分かった。それ以上言わなくてもいい。泣かなくてもいい。拠点を移すくらい構わないさ。俺たちはパーティーの一員。“モモンと愉快な仲間たち”じゃないか」

 

「ありがとう……。こんなにあっさり、承諾してくれているとは思わなかった。パーティーから外されてしまうかと思ってた……」

 

「そんなことするわけないだろう。だから、アルシェ。もう泣くな」

 

「そうだよね……“モモンと愉快な仲間たち”だもんね。泣いているのは変だよね。愉快に、楽しく、いつも笑って……ずっとモモンと冒険したい……」

 

「あぁ。だから泣くな。アルシェ」

 

「え!? あっ…………鎧…堅くて冷たい……」

 

死の騎士(デス・ナイト)の攻撃でも傷一つつかない鎧だ。それは硬いし冷たいさ」

 

「でも……暖かい」

 

「気のせいだ」

 

「うん。だけど、少しこのままでいい?」

 

「あぁ……それに、ありがとうな、アルシェ」

 

「ありがとうを言うのは、私だよ」

 

 いつからだろう……。

 ギルドメンバーがログインしてくる事より、他のプレイヤーがナザリックに侵入してくることを心待ちにするようになったのは……。

 

 いつからだろう……。

 ギルド武器(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)が侵入者の手によって破壊されることを夢見ていたのは……。

 

 どうしてだろう……。

 ユグドラシルのサービス終了が公式発表されて、ほっとしたのは……。

 

 どうしてだろう……。

 最終日に、カウントダウンをしながら、寂しさよりも安堵感の方が大きかったのは……。

 

 どうしてだろう……。

 みんなユグドラシルを辞めていくのに、自分だけ辞められなかったのは……。

 

 どうしてだろう……。

 ユグドラシルが現実になったような世界に転移してきたのは……。

 

 どうしてだろう……。

 自分だけではなく、ナザリックも……そしてアインズ・ウール・ゴウンも一緒にやって来たのは。

 

 どうしてだろう……。

 現状を変えようと藻搔く少女と出会ったのは……。

 

 どうしてだろう……。

 出会ったその少女が、ἀρχῇ(始まり)という意味を持つ名前であるのか……。

 

どうしてだろう……。

 既に終わった筈の、ナザリックが、アインズ・ウール・ゴウンがあるのは……。

 

 どうしてだろう……。

 ナザリックへと侵入する立場になったのは……。そして、もはや、フレンドリー・ファイヤーは解除されている。ギルド武器(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を自らの手でたたき割る事が出来る……。

 

「いや、礼を言うのは俺だな。アルシェが仲間で良かった。過去の思い出に縛られて、新しい一歩を踏み出せない。仲間が新しい一歩を踏み出すのだ。俺も、踏み出さないといけないな。帝都に戻ったら、もう一度、ナザリック地下大墳墓の攻略に挑戦したい。今度こそ、俺も新しい一歩を踏み出す」

 

「手伝うよ」

 

「あぁ。頼りにしているぞ。アルシェ……」

 

 ・

 

 ・

 

「……長い時間、胸借りちゃってごめん。もう大丈夫……」

 

「気にするな。それに、採取に行くときには気付かなかったが、ここは別れ道になっているのか?」

 

「うん。ここから東へ行けば、カルサナス都市連合国家の領土へと行く道。西に行くと、帝都の都市があるんだ。帝都よりは規模は小さいけど、それなりに栄えた都市なんだって。帝都の穀倉地帯の真ん中にある都市だから、食事は帝都よりも美味しいって聞いたことがあるよ。アゼルシアン・ティーに使われる紅茶も、バハルス牛も、全部、この道から帝都へ来ているのだと思う」

 

「そして、南に行けば、帝都アーウィンタールへとたどり着く。道は無数にあり、またたどり着くべき場所も無数に存在している、かぁ。カルサナス都市連合国家もいつか行ってみるか。ニグン殿とレイナースさんは行ってきたみたいだしな」

 

「カルサナス都市連合かぁ。北方だから、寒さが厳しそうだよね」

 

「あぁ。だが、海産物が美味しいとニグン殿が言っていたぞ。お得意のグルメ情報誌には載っていないのか?」

 

「あれは、帝都の料理店しか紹介してないから……。でも、食べてみたいかなぁ。だけど、行くのなら南方かな……寒いより暖かい方がいい。法国とかかな? 帝国よりも温暖だろうし」

 

「ニグン殿を頼って法国に行くというのも手か。そういえば、レイナースさんをパーティーに誘った返事、まだもらっていないな。レイナースさんも誘って、法国に行ってみるか? 冒険の合間の休息は、釣りということになるだろうがな」

 

「れ、レイナースさんは……だ……。で、でもそうだよね。みんなで行けたらいいよね。あ、でも法国って、冒険者組合ってあるのかな? で、でも、きっとなんとかなるよね」

 

「あぁ。なんとかなるさ。お互いまずは果たすべきことを果そう」

 

「そうだね! まずは、霊薬と角を冒険者組合に納品だね」

 

 ・

 

 ・

 

「見て。モモン。帝都の様子がおかしい……。帝都が燃えてる?」

 

 帝都を守る強固な城壁。その城壁は高く、そして厚い。攻城梯子を架けても城壁を越えることは難しい。そんな帝都の城壁を悠々と超える程の大きな炎。帝都が燃えているようであった。

 

「あれは、ゲヘナの炎……?」

 

「ゲヘナ? アレが何か知ってるの?」

 

「いや、此処からでははっきりとしたことは分からない。だが、帝都で不味いことが起こっていることは確かだ」

 

 西日を浴びて、真っ赤に染まる空と風景。しかし、それよりも真っ赤な炎が帝都を包んでいる。世界が血で染まったようであった。

 

「うん。急いで帰らなきゃ。飛行(フライ)!」

 

「あぁ。ニグン殿やレイナースさんが心配だ」

 

 モモンとアルシェは、帝都アーウィンタールの北門に向かって、全力で移動し始めた。

 


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