アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

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帝都は燃えているか 12 【閲覧注意:残酷な描写有り】

 帝都アーウィンタールの商業街。果実を荷台に満杯に乗せている二輪車を汗をかきながら引き、その果実を売り歩いている人。樽に詰められた上質のアゼルシアン・ワインが積み重ねられた馬車を引く馬とその御者。

人を運んでいる幌馬車。その幌馬車に乗っている人は、心なしか下を向き、疲れているようだ。

軍馬に乗って帝都の中を見回りしている帝国兵士は背筋をピンと伸ばし、帝国の威厳を見せつけながら、盗人がいないか目を光らせている。

 様々な種類の馬車が行き交い、そしてその間を通り抜けるように、多くの人々が往来している。そんな石畳の大通りから一つ道を外れた小道。

 真新しい馬車がその小道を塞ぐように止まっていた。その小道を通ろうとする人は、通行の邪魔となっている馬車を、迷惑そうに避けながら通り過ぎていっている。 

その馬車の客車の部分には、家紋が彫ってあった。それは、既に存在しない貴族の家紋。行き交う人々は、その家紋がどこの家紋か分かる者などいない。ただ、貴族の家紋であるのであろうということしか分からない。

 

「ようこそ、フルト様。こんな汚い場所までわざわざ足を運んでくださって誠にありがとうございます」と、ロウネ・ヴァミリネンはフルト家の当主が部屋に入ってくると、立ち上がりそれを丁重に迎える。ただ、ロウネは深いフードを被り、自身の顔が見えないようにしている。それは、遺跡調査を依頼した時と同様だ。

 フードを取らないという非礼な行為をフルト家当主は気に留めている様子は無い。むしろ、自らの両手で抱えている、布に包まれた品に自分の注意を払っているようだった。

「いえ、そのようなことはありませぬ。帝国貴族として、帝国内に現われた未知の遺跡。危険なものであるならば、貴族が率先してその問題に対処すべき。ここへ来ることなど、労の一つに数えるまでもないことです」

「誠に。誠に。貴方様ほどの報国の士が、貴族の位をはく奪されてしまった。我が主君も、なんともったいないことをしたかと、このマーベリック、悔やまれるばかりです」とロウネは恭しく頭を下げる。フルト家の当主に対して名乗っているマーベリックという名。それは、当然、偽名である。

「我らが皇帝。マーベリック殿、皇帝の決定に異を唱えるのは、些か不敬でしょう。あれほど若くしてこの帝国を纏め上げておられる。稀代の名君と呼ばれるに相応しい方。ただ、その若さは時として危険なこともありうるのもまた事実でしょう。巷で、不敬にも我らの敬愛する皇帝を“鮮血帝”などと呼ぶ輩もおりますし。まさに邑犬群吠(ゆうけんぐんばい)。嘆かわしいことです。だが……血気盛んであられることもまた事実。時として皇帝を諫めるべき貴族もまた必要でしょう」

「然り。然り。このマーベリック。皇帝を補佐し、助言を与える貴族。相応しい方は、フルト卿。貴方様しかいないと思っておりますぞ。推挙する機会があれば、是非、貴殿の名を……」

「感謝。感謝。されど、私など浅学菲才の身。ただ、その忠義は誰にも劣らぬという自負があるだけの者。ただ、敬愛する皇帝から補佐役を求められるようなことがあれば、粉骨砕身の所存」

「我らの皇帝に代わってその忠義に感謝を……。ところで、遺跡の調査の方のご進捗は如何でございますか?」

「うむ。遺跡の中は、まさに奸知術数(かんちじゅっすう)の渦であった。おぞましき魔物の棲家。藪を突いて蛇を出す必要もないかと。これが、その遺跡から持ち帰った品です」

 フルト家当主は、机の上に置かれていた品を包んでいた布を仰々しく外す。現れたのは、足が一本しかない三匹の悪魔が背中を合わせて、(かなえ)のように立っていた。それぞれの悪魔の右手の掌には、生々しく造形された心臓が乗っている。そして、その悪魔の像は黒曜石のように黒光りしている。

「なんともおぞましい!! 何かのマジック・アイテムでしょうか? これはお渡しいただいても?」

「もちろんです。マーベリック殿。そういうお約束でございましたので」

「感謝致します」と、マーベリックはその像をこれ以上見たくないのか、再び布をその像に覆い被せた。そして「ですが、これだけだと我主君も遺跡をどう扱うべきか、判断ができないように思います」と口を開き、懐から皮袋を取り出した。

 机と皮袋の底がぶつかり、カチリという硬質な音が響く。

「左様でしょう。引き続き、遺跡の調査は実施致しますので、続報をお待ちください」

 フルト家当主は、机の上に置かれた袋を自分の懐へとさも当然のようにしまい込むと、椅子から立ち上がり部屋から出ていった。

「頼みましたぞ」

 ・

 ・

「ロウネ、あれだけ金と時間を使って、この趣味の悪い像一つが成果とはな。無能は無能ということか」と、バハルス帝国の皇帝、ジルクニフは、執務机に座りながら、不満そうに自らの金髪の前髪を掻き揚げた。

 遅巧よりも拙速。自らの軍隊を派遣した方が、実りは多かったであろう。それに、どこからともなく現れた冒険者モモンの正体を、遺跡調査を通じて探るという目的に関しては、まったく無意味だったと言える。

 若き皇帝は苛立ちながら、一差し指で机をトントンと叩きながら次の策を巡らしていた。

 

 その時、執務室の隅から、「御機嫌よう」という声が響いた。皇帝の執務室に突然現れた悪魔は笑っていた。右腕は大きく半円を描き、やがて右手が彼のお腹の所へと置かれる。そして、腰を曲げた。

 皇帝ジルクニフとロウネは、突然現れた不審者の存在よりも、その彼の礼の優雅さに目を引かれた。

「貴方がた二人は、私が名乗るほどの者ではないようですね。さて、“君たちが何者か、喋りなさい”。簡潔にね」

「ロウネ・ヴァミリネン。皇帝の秘書官です」と、直立不動したロウネは答える。

 何を正直に答えている。そんな暇があるのであれば、近衛兵を呼べ、とジルクニフは内心舌打ちしたが、ロウネの身体が小刻みに震えている。極寒の中にいるように唇が震えている。

 ジルクニフは、この悪魔は人を言葉で操ると悟った。

 

「私の“支配の呪言”に抵抗しましたか。魔法ではなく、マジック・アイテムですね。おや、あなたが左手で大事そうに握りしめている物は何ですか? 亡くなった母親の姿絵が描かれているロケットペンダントということではないようですね」

 

 人間とは不思議である。危機に陥った時、不安になった時、自らが頼みとするモノに無意識にしがみつこうとする。幼い子供は、恐怖を感じたとき母親の名を呼びながら泣き叫ぶ。母親が頼むべき存在であるからだ。

 ジルクニフもまた、同じであった。無意識のうちに左手で握ってしまったペンダント。それは、精神操作を無効にする効果のあるマジック・アイテムだ。それを無意識のうちに握ってしまっていた。

 

 そして、その人間の弱さを悪魔が見逃すことはない……。

 

「シャルティア」

 

「はい、でありんす」

 ジルクニフの耳に女性の声が、甘い薔薇の香水の香りが鼻腔に届くよりも早く、ジルクニフの首筋に刺されたような痛みが届いた。真紅の色に染まった唇が、不吉な三日月のような笑みを浮かべていた。

 ジルクニフの首筋に突き刺されているのは、鋭く伸びた爪であった。

 

「選ぶでありんす。このまま首を斬られるか。大人しくそのペンダントを渡すか」

 

「殺せ。化物の傀儡になどなるか!」

 ジルクニフの啖呵が皇帝の執務室に響いた。

 

 ボトン……

 

 ぶしゅぅぅぅぅぅうぅうっぅううぅうぅぅ

 

 落ちたのは、ジルクニフの首ではなく、ペンダントを握りしめていたジルクニフの肘から下であった。

 

「う、腕がぁぁぁぁぁぁ」

 

 ジルクニフの左腕から噴き出る血液を顔面で浴びたシャルティアは、自らの長い舌で、その血を舐め取る。

「おめでたい人でありんす。選択肢が与えられるほど、人間に価値など無いでありんすぇ? ちょっとそのペンダント、見せて欲しいだけでありんす」

 

 少女の外見であるのに、その力はジルクニフの必死の抵抗をしても逃れる術はなかった。左腕から血を噴き出しながら吸血鬼の手から逃れようとするジルクニフを左手一本で悠々と取り押さえ、そしてその吸血鬼の右手は、ジルクニフの胸元にぶら下がっているペンダントへと伸びていく。

 

 ピキィ

 

 ペンダントから響いた音であった。

 

「ちょっと触っただけでありんすのに、壊れてしまいありんした。堪忍でありんす。わざとではありんせん」

 

「さて、“君が何者か、喋りなさい”」

 

 左腕を切断され、その痛みから地団駄を踏んでいたジルクニフの動きが止まった。まるで痛みなど一切感じないように大人しくなり、そして悪魔の問いに答える。

 

「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。この帝国の皇帝」

 

「流石はモモンガ様。この国を統べている人間の所にこの像が運ばれることを予期されていたのですね。そして、モモンガ様は、私がそのタイミングを、見誤ることがないと信じてくださっていた。守護者としてこれほどの幸福はありません……」

 悪魔は、ハンカチで涙を拭く。

 

「さて、“この国を至高の御方がたに捧げなさい。そして、あなたは冒険者モモン……様というアンダーカバー同様、この国を表で治めるアンダーカバーとなってもらいます”」

 

「仰せのままに。何なりとご命令ください」

 

  左腕からボトボトと血を落としながらジルクニフは無機質な表情を浮かべながら答えた。

 

「では、まず、全兵士に絶対遵守の待機命令を出しなさい。冒険者モモン……様の活躍の場を奪うようなことはなりませんよ」

 

 ・

 

 悪魔は、城の一番高い塔の頂上に立ち、帝都を見下ろしていた。悪魔を中心にして、空中に魔法陣が描かれていく。

 

「モモンガ様。まずはこの都を献上致します。『ゲヘナの炎』」

 

 また、デミウルゴスが両腕で大事そうに抱えていた像が光の粒子となり空中に霧散していき、黒い裂け目を生み出していく。そこからは無数の羽の生えた悪魔が顔を出し、そして帝都中に飛び去っていく。

 


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