アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

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遭遇
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 早朝、冒険者組合でモモンとアルシェはどの依頼を受けるかを、冒険者組合のテーブルで議論していた。

 問題は、(カッパー)への依頼は特段受注すべきものがないということだ。同じ仕事を依頼するなら、ワーカーへ依頼した方が金額的に安いというのが理由だ。

 

(カッパー)だと、採取の依頼とかしかないみたい。後は、討伐依頼の荷物持ちとか。でも、荷物持ちは、拘束時間が長い割に実りが少ない感じね。せめて、採取と巡回任務が掛け持ち出来ればいいのだけど、巡回任務は(カッパー)では受注できない。とりあえず、この採取依頼が一番割がいいと思う」とアルシェはため息交じりに言った。

 

 モモンの強さは、昨日の『歌う林檎亭』の一件で十分に分かった。自分も魔法の腕には自信がある。高額な報酬の仕事を受けて、早く、クーデリカとウレイリカを連れて家を出て生活できるだけの纏まったお金、そして生活基盤を手に入れたい。だが、冒険者組合というルールがそれを邪魔をする。冒険者組合は、実力重視ではなく、実績重視だ。どんなに実力が認められていても、昇格試験を合格しなければ上のプレートに行くことができない。依頼を達成したという実績を積み上げるには、多くの依頼をこなさなければならないが、拘束時間が多い。アルシェは不満だった。

 

「最初は地道にやって行くしかないのだろうな。まぁ、駆け出しなんてそんなものさ。腐らずやっていこう」とモモンガは言った。現実世界でも、新入社員に鈴木悟が言ったことがある言葉だった。

 まるで入社したての新入社員だな、とアルシェのガッカリした様子を見ながらモモンガは思う。会社に入って、大きな仕事をできると思っていたら、任されるのは、地味で泥臭い仕事。本人的には残念かも知れないが、会社だって馬鹿ではない。いきなり重要な仕事を任したりはしない。

 モモンガとしては、冒険者組合というのもしっかりとした組織のような印象を受ける。駆け出しの冒険者に回ってくるのは、地味で泥臭い仕事であるのが当たり前だ。銅プレートの冒険者に任されるのが地味な仕事であればあるほど、冒険者組合が信頼できるというものだ。

 

「じゃあ、今日は一日中採取ですね。私達が(シルバー)プレートなら、この採取場所近くに出没する魔物の討伐も一緒に受注して、うまく魔物と遭遇できれば、五倍の報酬を得られるのに」とアルシェは頬を膨らまして不満を露わにする。

 

 ……危険な兆候だな……

 

 モモンガはそう思う。

 俺にだって私にだってあのくらいの仕事ならできる。そんなことを考えていると、任された目の前の仕事がおろそかになる。

 昨日の一件で、自分の実力をある程度アルシェが評価してくれているのは嬉しい誤算だ。しかし、強いからと言って、それが全てではない。良くない傾向だとモモンガは考える。

 

「あの、モモン様とアルシェ様でしょうか?」と、突然、後ろから冒険者組合の受付嬢が話しかけてきた。

 

「そうだけど?」とアルシェが答える。

 

「お二人に、指名依頼が入っております」

 

「え? 私達に?」とアルシェは驚きつつも嬉しそうだ。

 指名依頼。それは、依頼者からの名指しの依頼だ。冒険者として名が売れたり、依頼者に気に入られないと名指依頼はされない。だが、その分、報酬は良い。

 

「すまないが、その指名依頼は断らせていただく」とモモンガは即答する。

 

「え? 指名依頼だよ? それに、断るにしても、内容を聞いてからにしようよ」とアルシェは不満そうに言う。

 

「すまないが、その必要はない。その指名依頼は断る。代わりに、この依頼を受ける」とモモンガはアルシェがテーブルに置いていた採取依頼を受付嬢に渡した。

 

「モモン!」

 

「お互いの同意がなければ、依頼を受注しない約束だったはずだ。俺は、どんな好条件であれ、この指名依頼は受けない。だから、内容を聞いても聞かなくても結果は同じだ」とモモンガはアルシェに言い、そして「この依頼の手続きに入ってくれ」と受付嬢に言った。

 

「畏まりました」と受付嬢はカウンターへと戻っていく。

 

「勿体ない! せっかくの指名依頼なのに! あの指名依頼だって、昨日の『歌う林檎亭』の一件で、モモンに白金(プラチナ)以上の実力があるって示したからでしょ? それに、昨日の一件を聞いた人達は、モモンを、“釣りはいらない”モモンって、呼んでるんだよ。 冒険者になって初日で二つ名を持てる冒険者なんて滅多にいないし、それで指名依頼が入ったんだよ」

 

「え? 俺の二つ名がなんだって?」

 

「“釣りはいらない”モモン、よ。チャンスを棒に振ったと思う」とアルシェは腕を組んで、頬を一杯一杯に膨らましている。

 

 おいおい。『“釣りはいらない”モモン』か。なんだ、その格好良すぎる二つ名は……。そうか、昨日の俺の去り際が良かったのだな。名言ってやつか……。いや、浮かれている場合では無い。

 

「確かに、腕を見込んでくれての指名依頼なら嬉しいがな。だが、そうで無い場合の方が大きいだろう」

 

「え?」

 

「昨日の一件で恥をかいた冒険者が画策して、俺達を罠に嵌めるための指名依頼の可能性がある。たとえば、指名依頼をした人物と結託して、人気の無い場所へと俺達を移動させる。そして、昨日のあの雑魚どもが俺達を襲う……。昨日の一件への復讐。そういうことも考えられないか?」

 

「それは冒険者のルールに違反するじゃない」

 

「それが露呈したら……だろ? 死人に口なしだ」

 

「そう……。その可能性が高いの?」とアルシェは、机に顔を寄せ、小声でモモンに話しかける。他の冒険者に聞かれないようにするためだ。

 

「いや、可能性の話だがな。まぁ、旨い話に飛びつく前に、熟考しろという話だ」

 

「う……ん」と、アルシェは再び腕を組み、難しい顔をする。

 

「まぁ、地道にやるしかないって話だ。しかし……。銅プレートが大きな依頼を受ける場合って、指名依頼以外にあるのか?」とモモンガは尋ねる。

 

「有るにはあるだろうけど……。それは、あまり現実的ではないかな」

 

「ほう? どんな場合だ?」

 

「他国の侵略とか、魔物の侵攻とか、帝国の騎士を含め、冒険者やワーカーが総力戦で対処しなければならない場合かな。でも、そんなのめったなことではおきない。王国との定期的な戦争以外は、帝国は平和だもの」とアルシェは言う。

 

「ほう……魔物の侵攻な……なるほど。さて、議論は終わりだ。そろそろ依頼に行くぞ」とモモンガは立ち上がる。

 

 ・

 

 その日の依頼を終えた後。アルシェと別れ、モモンガは自分が宿泊している宿へと帰る。だが、モモンガの足は、人気のない場所へと向かい続ける。そして辿り着いた場所は、墓場だった。

 

「おい、いつまで人の尻を追っかけているつもりだ?」とモモンガは人気のない墓場の中心で振り返る。

 

「昨日の借りを返しに来たぜ。『“釣りはいらない”モモン』とか、二つ名で呼ばれて調子ぶっこいてんじゃねぇぞ? 墓場とは都合が良い。てめぇの死体はこの場所に埋めてやるからな」と、昨日の『歌う林檎亭』で逃げ出した白金(プラチナ)プレートの冒険者たちだ。それ以外にも、見覚えのない冒険者の姿があった。各々、武器を既に抜いている。

 

「ちょうど良い。俺も、死体が必要だと考えていたところだ」とモモンガは静かに答えた。

 

 ・

 

 ・

 

 

<レイナース>

 

 帝都アーウィンタールのもっとも高い場所。皇帝の住む城にある見張り塔。その塔の最上階に、地平線から顔を出した太陽が光を注ぐ。帝都に朝がやってきた。

 レイナースの自宅は、市場へと続く道に面している。もう、朝市で販売するための食料などを運ぶ人達の声が、部屋まで響いてくる。レイナースは、人々の活気ある声、悪く言えば喧騒で目が覚める。そしてベッドから起き上がり、鏡へと向かう。

 

 昨日のことは夢ではなかった。ほっと安心して、レイナースは、騎士として登城するための朝の準備を始める。

ドレッサーの引き出しから日記を取り出す。そして裏側のページをパラパラとめくり、そしてとあるページで目を止めた。そしてそのページに(しおり)を挟む。

そして、髪型はいつものように、右半分を隠す。呪いが消えたから別の髪型にしたいという気持ちが無いわけではないが、その気持ちを抑える。

 

 ・

 

「レイナース様、おはようございます」

 城の入口を警備している衛兵二人が、レイナースの姿に気づいて、直立不動となり、挨拶をする。

帝国貴族などが登城する際には、皇帝の権力を、貴族は皇帝の配下であることを示すために、入口の衛兵に所持品を検査される。しかし、レイナースは帝国四騎士の一人だ。顔パスで通るという特権が認められている。

 

「ごきげんよう」

 

 呆気にとられた兵士は思わず持っていた槍を倒してしまいそうだった。レイナースは、微笑みと共に衛兵たちに挨拶を返して、城の奥へと入っていく。

 

 レイナースの姿が見えなくなったことを確認し、城門の左右に立っていた衛兵が城門の中央に駆け寄る。

 

「なぁ、レイナース様が挨拶を返してくださったように聞こえたのだが、俺の空耳か?」

 

「いや、俺にも同じ空耳が聞こえたぞ。あと、レイナース様、微笑まれたかのように見えたぞ」

 

 レイナースはいつも、氷のように冷たい無表情で下級騎士の挨拶など歯牙にもかけなかった。それが、にこやかに挨拶を返す。

 

「今日、天気良いけど、雨降るのかなぁ」

 

「雨ならいいけど、アンデッドでも降るんじゃないか?」と二人の衛兵は心配そうに空を見上げた。

 

 ・

 

―城内―

 

 綺麗に磨かれた大理石の廊下をレイナースは歩き、自らが警備すべき場所へと向かう。そして廊下の反対側からは皇帝ジルクニフと主席魔法使いフールーダが歩いて来ていた。

 レイナースは、皇帝の邪魔にならないようにと廊下の端により、軽く頭を下げて皇帝が通り過ぎるのを待つ。

 ジルクニフとフールーダは歩きながら軍隊での魔術詠唱者(マジックキャスター)の編成について打合せをしているようであった。

 

「おはよう。レイナース」とジルクニフは言った。

 

「皇帝閣下、ご機嫌麗しく」とレイナースも挨拶をする。

 

 いつも通りの挨拶が行われ、ふっと皇帝が立ち止まって、レイナースの方へと振り返る。

 

「レイナース、何か良いことでもあったか?」

 

「良いことでございますか?」とレイナースは首を傾げ、そしてすぐに、「帝国が今日も平和なことでございましょうか。それもすべては皇帝陛下の良き治世の賜物でございます」と微笑みながらレイナースは答える。

 

「それは私の力だけでは無い。お前たち帝国四騎士や他の騎士たちが帝国を守っていてくれているからでもある。()()()()()よろしく頼むぞ」とジルクニフも微笑み返し、そしてまた廊下を歩いていった。

 

 ・

 

 レイナースは、勤務を終えて自宅に帰ってきてドレッサーの前に再び座る。そして、日記の(しおり)が挟まっているページを開いた。

 

『呪いが解けても、誰にも言わないで普通に過ごす。誰が最初に気づくかなぁ

 

 第一予想:皇帝。

 自称、女の扱いに慣れている爽やかハンサム男。城内メイドが髪型を変えたりしたら、目ざとくそれを褒めたりして、点数稼ぎをしているし、誰よりも早く気付くかも。でも、呪いが解けたら私が帝国四騎士を辞める可能性を考えて、敢えて気付かない振りをする可能性もあるズルい男。

 

 第二予想:雷光。

我らがリーダー。平民出身とかなんとか言って、ガサツぶってるけど、配慮が行き届いた人。たぶん、気付いたとしても私から打ち明けてくるまで何も言わなそう。

 

 第三予想:不動。

 本人は何も悪くないのだけど、いつも貧乏くじを引いちゃう人。気付いた瞬間に即座に私に言ってくると予想。だけど、そのことを後から、皇帝とかバジウッドに、なんで気付かない振りをしなかったんだ! と怒られる不憫な人。

 

 絶対気付かない人:主席魔法使い。

 魔法にしかない興味ない狂人。私が男の格好していたとしても、たぶんそれに気付かない程の変態。むしろ、魔法的方法で治療したと知ったら、しつこく絡んできそう。』

 


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