アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

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遭遇 3

<冒険者組合>

 

 早朝、集合時間に集まったモモンガはテーブルの反対側に座っているアルシェを見つめていた。アルシェの真っ赤な目。目の下には隈が出来ている。どこか疲労感が漂っている。

 

「アルシェ、寝不足か? 今日は雲一つない青空だ。()()()一日になる。体力勝負の一日になるだろう。これを飲んでおけ」とモモンガはポーションをアルシェに差し出す。

 

「これがポーション?」とアルシェは、嫌な物でも見るかのような顔をした。血のような色のポーション。アルシェが知っているポーションの色では無かった。むしろ、“縁談”の前に両親がアルシェに飲ませる薬の色に似ている。気怠い体、疲れ切った体。そのうえに、“縁談”の夜の記憶が甦ってきて、食欲の無い中、胃の中に押し込んできた朝食が逆流しそうになる。モモンが差し出してくる物。彼がポーションと言ったらポーションなのであろう。まだ、数日の付き合いではあるが、彼は誠実であるような印象だ。変な物を飲ませる筈はないということはアルシェにも分かる。

 アルシェはモモンが差し出すそれを受け取り、栓を開け、それを傾ける。一口、その液体が喉を通っただけで、先ほどまでの倦怠感が嘘であったかのように消えていく。

 

「ありがとう……」

アルシェは、体の疲れが取れた分、気分も少しだけ軽くなったような気がした。アルシェの心の中は、真っ暗な雨雲が覆う空から、どんよりとした曇り空になったというところであろうか。

 

「気にするな。冒険者は体が資本だ。さて、今日の依頼だが……」

 

「あ、それならもう、めぼしい物はピックアップした。この三つの依頼のどれかじゃないかな」とアルシェは依頼書をテーブルの上に並べる。

 

「ほう。仕事が早いな」とモモンガは感心する。社会人の常識として、集合時間の十五分前に冒険者組合に姿を現したつもりであったが、そのとき既に建物の中にはアルシェの姿があった。時間を守れるということは信頼に値するとモモンガは思っていたが、アルシェはその想定の更に先を行っていた。アルシェはモモンガより早めに冒険者組合に来て、依頼の内容を吟味していたようだ。

 

「もう選んでいてくれたのか。感謝する。だが、今日は、依頼を受けずに、訓練でもしようじゃないか」

 

「訓練?」とアルシェは怪訝な顔をする。依頼をこなすために、モモンは自分にポーションを差し出してくれたのではないのか。

 

「あぁ。訓練だ。採取の依頼と言っても、魔物と遭遇する危険は常に付きまとう。そんな不測の事態に備えて、お互いの連携を確認しておきたいと思ってな。まぁ、俺が前衛、アルシェが後衛ということになるだろう。だが、拙いコンビネーションで、仲間に背中を魔法で打たれるというような事態は避けたいからな」

 

「私が誤射するとでも?」

 

「可能性の話だ。だが、拙い連携は無用な混乱を生む。冒険者チームとして、連携に磨きをかけていくのは当然だ」

 

「まぁ、そうだろうけど……。私も簡単に魔物に抜かれてしまうような前衛は嫌だけど。で、どうするの? 昨日も行ったけど……討伐依頼は受けられないわよ」とアルシェは不満そうな顔をする。

 

「とりあえず待機だな」

 

「何それ……。それなら、採取の依頼をしながら、魔物と遭遇するのを待っていたほうが効率良い。ここに座っているだけでは、お金を入ってこない……」とアルシェは言う。妹達と自分に必要なのは、金だ。

 

「それについては既に興味深い情報を入手している。恐らく、早い者勝ちということになるだろうがな。いつでも冒険者組合を飛び出せるように準備しておいてくれ」とモモンガは自信満々に言った。

 

 

<皇帝執務室>

 

 皇帝の朝は早い。大量の決裁待ちの書類が机に、夜の間に山積みされている。皇帝はそれを明晰な頭脳で高速で処理をしていく。決裁すべき案件には玉爾を押捺。練り直しが必要な案件にはコメントを付して部署へと戻す。

 

 ジルクニフが書類を処理している中、「陛下、失礼致します」と執務室に入ってきたのは、ロウネ・ヴァミリネンとフールーダであった。

ロウネ・ヴァミリネンは秘書として有能で有り、ジルクニフも彼の能力には信頼を置いていた。そして、フールーダは、自分の教育係をも務めてきた人物。今でも良き相談相手だ。

 

「レイナースの件だな?」とジルクニフは書類から目を離さずに尋ねた。

 

「はい。レイナースは治療薬を入手し、呪いの解除に成功したのは間違いないでしょう。フールーダ様に協力を依頼し、魔法的手段で確認をしたので間違いありません」とロウネは淀みなく答える。

 

「意外とあっさり解除できたな。解除に難しい呪いであると聞いていたのだがな」とジルクニフはフールーダの方を一瞥した。

 

「魔法的手段であるなら、第六位階魔法以上が必要ですな。考えられるのは、どんな傷でもたちまち回復できるという大治癒(ヒール)。まぁ、使える可能性があるのは、漆黒聖典の大神官くらいですかな」とフールーダは右手で髭を触りながら答える。

 

「あぁ。法国にレイナースの呪いの解除を依頼していたな。法国からの返事は来ていなかったはずだが?」

 

「未だに来ておらん」とフールーダも答える。

 レイナースが帝国四騎士となった際、皇帝は法国にレイナースの呪い解除の協力要請を出していたが、法国はそれに対して沈黙していた。

 正直なところ、ジルクニフとしては、レイナースの呪いなどどうでも良かった。むしろ、その呪いを解除できる能力を有した信仰系魔術詠唱者(マジックキャスター)を法国が擁しているのか。戦力確認の一環として、レイナースの件を利用しただけだ。だから、年頃の女性である部下の呪いを何とかしたいという美談に仕立てあげて法国に親書を送った。

 それに、法国が沈黙しているほうが都合が良い。法国から断るなり、応諾の返事があった方がやっかいだ。断られたら、皇帝として別の方法を探すというアクションを起こさねばならない。応諾された場合ももっとやっかいだ。呪いが解除されたらレイナースは離反する可能性がある。

 離反されるくらいなら、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフとレイナースを戦わせたほうが良い。レイナースが戦士長を討ち取ったならば、王国の戦力は著しく低下する。帝国を離反したとしても、レイナースが王国側にならないのであれば、相対的に帝国としては得をする。

 

「それで、レイナースは一体どうやって呪いを解除したのだ?」

 

「『歌う林檎亭』で、冒険者から薬をもらったということです。なんでも、冒険者同士のもめ事があり、レイナースが自力で手に入れた治療薬をその冒険者がダメにしてしまったそうです。そして、ダメにした治療薬の代わりに冒険者が差し出した薬。それが呪いを解く効果があったようです」とロウネが収集した情報を纏める。

 

「臭いな」とジルクニフは感想を述べる。

 

「まったくです。冒険者が代わりにと簡単に差し出せるような薬ではないですね。そんなに簡単に手に入れる治療薬なら、そもそも“重爆”が呪いを解除するのに苦労したりはしませんよ。金では買えない貴重な薬の筈です。それを都合良く冒険者が持っていた? 偶然とは思えませんね」とロウネも答える。

 

「それで、その冒険者は?」

 

「モモンという(カッパー)の冒険者です。先日冒険者組合に登録したばかりということでした。ですが、白金(プラチナ)の冒険者を簡単に投げ飛ばすほどの実力はあるとのことです」

 

「それに気になることがある……。そのモモンという冒険者、チームを組んだようなのですが、それが儂の教え子でしてな……」

 

「何? どういうことだ?」

 

「アルシェという娘でしてな。私と同じ生まれながらの異能(タレント)を持っております。魔法学院でもずば抜けて優秀であった娘であった。それが、魔法学院を退学し、冒険者となり、そのモモンという冒険者とチームを組んだようなのですぞ」とフールーダが残念そうに言う。

 ジルクニフは、フールーダの口ぶりから、そのアルシェがどれほど優秀であるかを感じ取る。帝国は常に人材不足だ。他国からの人材流入は歓迎するが、人材流出は避けるべきだ。

 

「有能な魔術詠唱者(マジックキャスター)の青田買いか。それに、帝国四騎士の一人、即戦力も引き抜こうとしているとはな。一体どこの国のスパイだ? 帝国を舐めすぎだろ? 殺せ」とジルクニフが怒りを露わにする。身分を問わず、実力がある者をジルクニフは登用してきた。帝都でのあからさまな引き抜き行為。皇帝である自分を馬鹿にしているとしか思えない行動だ。

 

「陛下! 緊急事態です! 墓地に魔物が現れました。かなり強力な魔物です! 情報では、死の騎士(デス・ナイト)死の騎士(デス・ナイト)が五体現れました!」と近衛兵が緊急事態を伝えるために執務室へ飛び込んできた。

 

死の騎士(デス・ナイト)が五体? あ、ありえない!」とフールーダが驚きの表情と共に呟く。

 

死の騎士(デス・ナイト)? 魔法省の奥にいると言われるアンデッドか! まさか……“死の螺旋”? ズーラーノーンか!」

 たった一体で帝国を危機的状況に追い込める、伝説級のアンデッドだと聞いた覚えがあった。それが帝都に五体? 帝都が壊滅するかも知れない。

 

「いや、それはあり得ない……。ズーラーノーンの十二高弟の一人が、“死の螺旋”を目論んでいたが、三年前に王国の都市エ・ランテルに潜入したことを確認しておる。帝都では私がいる限り無理ですぞ」とフールーダは答える。

 

「ではなぜ伝説級のアンデッドが五体も帝都に! いや……今は原因を考えても仕方が無いな。まずは、出来るだけの対処をするぞ。ロウネ、最悪の場合は遷都だ。それを考慮にいれて準備をしておけ。爺、どうすれば良い?」と、ジルクニフは頭を切り換えて、対策に乗り出す。

 

「厄介なのが、死の騎士(デス・ナイト)が殺した相手は、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となり、そして、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)が殺した相手は、動死体(ゾンビ)となること。こちらが数で押しても、逆効果で、いたずらに被害が大きくなる。選抜チームを組むことですな。死の騎士(デス・ナイト)一体は、私と弟子達で対処する。長期戦になるであろうが……。あとは、帝国四騎士で一体抑えられるかどうかですかのぉ……」とフールーダは思案する。

 

「あとは、冒険者チームか。アダマンタイトの“銀糸鳥”と“漣八連”にも依頼を出せ! それに……武王かっ! 至急依頼を出せ。それと、皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)に、墓地を囲むように展開させ、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)動死体(ゾンビ)が市街地へと流れ込むことを防がせろ! いや、私が直接指揮を執る。あとは……そうだな……オリハルコン、ミスリルの冒険者とそれと同等の実力のあるワーカーも墓地周辺の警備にあたらせろ! 封じ込めるぞ!」とジルクニフは矢継ぎ早に指示を出していく。

 

 ・

 

<冒険者組合>

 

 冒険者組合に、慌てて近衛兵が入ってきた。人間の争いへは不干渉という不文律を持つ冒険者組合に、帝国軍人が入ってくることは珍しい。その様子を、冒険者たちは何事かと興味津々に眺める。

 

「私は皇帝より依頼を賜った近衛兵だ。魔物が帝都の墓地に出現した! アダマンタイトの“銀糸鳥”と“漣八連”に、至急墓地へと向かうように伝えてくれ! また、オリハルコン、ミスリルの冒険者へ帝国は協力を要請する! 報酬は期待して良い! 急いでくれ!」とその近衛兵は叫ぶ。

 

 その言葉を聞いたオリハルコン、ミスリルの冒険者は、即座にチームでの話し合い、各人の装備などの点検などを始める。また、“伝言”(メッセージ)を使い、連絡を取り始めるなどをしている冒険者もいた。

 

 そのような中、「何? アダマンタイトとオリハルコンとミスリルの冒険者だけに依頼するだと……?」とモモンガは小声で呟いたのであった。

 


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