艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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夜戦の果てに

 二三〇〇。時間が来た。

 岸壁を離れて油槽船が集まるポイントへ移動する。若葉はぐっすり眠ったようですっきりした顔をしているし、由良もいつも通り、時雨も私を見て照れたように微笑ったあとは、いつもの爽やかな表情を見せていた。複縦陣で進む六隻の油槽船を前後左右から四隻で護衛しながら、深夜の海を北東へ進んでいく。来た時と全く同じ航路を逆に戻るだけだ。まだ海域の大半は制海権が微妙なところだから、油槽船も私たちも、無灯火のまま進んで行く。夜間は安全と危険が隣り合わせだ。警戒だけは怠らずに、哨戒を続けながらの航海は続く。

 深更を過ぎる、〇二三五。

「右舷前方三十五度に敵影」

 時雨の声が海原に響く。

「若葉ちゃんは右舷側に移動して。私と響ちゃんは右舷へ進出。時雨ちゃんはそのまま前進して」

 由良の声に、「了解」という若葉と時雨の声が聞こえる。左舷側にいた若葉が時雨のいた右舷側に移動してきたのを確認しながら、私は時雨のところに急ぐ。前方を警戒していた由良もやってきた。

「敵影の数は?」

「駆逐艦と思われる影が三。通商破壊部隊かな」

 由良の声に、目を凝らしていた時雨がそう応える。その言葉に頷くと、由良は周囲に首を巡らせる。私も、周囲に目を配った。他に敵影はなさそうだ。時雨が見ていた先には、確かに月明かりに浮かぶ艦影が見えている。

「追い払うわよ。若葉ちゃんも最後尾で参加して」

 由良が先頭に立ちながら、若葉を振り返ってそう言う。若葉が頷いたのを確認知ると、由良、時雨、私、若葉の順で、敵駆逐艦隊に向けて進撃を開始した。

「必中距離まで近づいたら探照灯を照射するから、時雨ちゃん、響ちゃん、若葉ちゃん、頼んだわよ」

 由良は言うと、幾分緊張を走らせて言う。艤装から探照灯を取り外すと、由良は左手に持ち替えた。いよいよだ。彼我の距離は、もう随分と近づいている。主砲に初弾充填、魚雷も発射位置に固定した。

「行くわよ!」

 由良の声が響くと、敵の艦隊が由良の探照灯で浮かび上がる。それを確認した瞬間、時雨の主砲が火を噴いた。

「当たった!」

 時雨の声が響く。由良も探照灯を固定したまま、砲撃を始めているし、私と若葉も負けてはいない。反撃のために転進しだした敵駆逐艦に、容赦なく砲撃を加えつつ接近していく。敵の砲撃は、探照灯照射艦の由良に集中し出した。由良は、辛うじての回避を続けていく。少しずつ崩れていっていた陣形の結果、いつの間にか私が一番突出し、肉薄する状況になっていた。

「響、魚雷!」

 時雨が声を上げる。ああ、この距離は必中だ。

 やるさ。

 私は腰の魚雷六本を一斉に放つ。水中に落ちた魚雷は、まっすぐに被弾し炎を上げている敵駆逐艦へ向かった。数十秒後、轟音と共に水柱が上がる。その水柱が崩れ落ちると、敵駆逐艦の姿は水上になかった。

「命中。敵駆逐艦一隻の撃沈を確認」

「この瞬間を待っていた!」

「ここは譲れない」

 私が報告の声を上げるのとほぼ同時に、私の左右に展開してきた若葉と時雨も声を上げ、魚雷を放つ。敵の砲撃が時雨を掠めたが、轟音と共に残存の敵駆逐艦二隻から水柱が上がった。一隻は撃沈したが、大破炎上する一隻の主砲は、時雨を狙っていた。最期の主砲が放たれる直前、由良の砲撃が敵駆逐艦を穿ち、敵駆逐艦は大爆発を起こして水面から消えた。

「ありがとう、由良。助かったよ」

「被害は?」

 そう言う時雨に笑顔を向けておいて、由良の瞳が私たち三人を順に見ていく。

「油槽船に被害なし。艦隊は由良が中破、時雨が小破」

 周囲を見ていた若葉が淡々と現状を報告する。さっきの魚雷を撃った時のテンションは全く別人のようだ。

「さすがに探照灯点けると、無事じゃ済まないわね」

 由良は苦笑いを浮かべながらそう言うと、油槽船へ目を向ける。

「まだ護衛任務は終わったわけじゃないわ。戻るわよ」

「待って!」

 進もうとする由良を、時雨の声が追い越す。私たちが時雨の方を見ると、時雨の足下に一人の艦娘が倒れている。背中の艤装は、潮とそっくりだ。特ⅡA型…だな。

「潮の姉妹だね」

 時雨も気づいていたようだ。これで、鎮守府にいる綾波型は綾波、潮とこの艦娘って事になるな。

「あまり油槽船を空にしておく訳にもいかないわ。響ちゃんが曳航してくれる?」

「了解した」

 私が頷くのを確認すると、由良は時雨と若葉を連れて油槽船団に戻っていく。私は、曳航索を取り出すと、お互いの艤装をしっかりと結わえた。まだ意識が戻らないから、水上を引きずって行くような形になってしまうけど勘弁してほしい。私はゆっくりと機関の出力を上げていき、やがて極大に達した。それでも、駆逐艦二隻を巡航速度で動かせるだけの推力が私のエンジンにはない。少しずつ油槽船団に近づき、明け方近くにようやく船団にとりついた。油槽船がせいぜい十一ノットしか出ない状態で助かったな。

 それからは敵の攻撃もなく、警戒を続けながらの航海は順調に続き、その日の夜になってから、ようやく鎮守府の沿岸地帯まで戻ってきた。

「まだ目を覚まさないね、その子」

 沿岸まで戻ってきた安心感からか、時雨が最後尾を行く私のところに寄ってくる。艤装同士を結わえ、南西からここまで仰向けの状態で曳航してきたが、確かに彼女は目を覚まさない。もうすぐ十八時間が過ぎようとしている。由良も気づいたのだろう。同じようにやってきて、彼女をのぞき込んだ。

「ここまで来ればもう大丈夫でしょうから、響ちゃんはその子を連れて鎮守府へ直帰しなさい。手当が必要かも知れないわ」

「あとのことは、僕たちに任せなよ」

 由良と時雨が次々にそう言う。若葉も少し定位置から後方へ下がってきて、私たちの様子を横顔でうかがっていた。

「じゃあ、このまま鎮守府に戻る。船団のことはお願いする」

「先に提督さんには打電しとくわ。気をつけてね」

 由良の笑顔に見送られ、私は彼女を曳航したまま船団を離れた。鎮守府まではまだ少しある。こうしていると、立場は逆だけど暁に曳航されて大湊へ戻ったことを思い出すな。朝霜にも、こうして呉へ連れて帰って貰った。あの二隻はこの世界の何処でどうしてるんだろう。

 やがて、灯台の灯りが見え、鎮守府の灯りも見えてきた。岸壁でカンテラが揺れている。誰かが迎えに来てくれているようだ。もう結構遅い時間だというのに、ありがたい。

「響さーん!」

 岸壁に近づいてくると、それが朝潮だとわかった。昼の間は、龍田と二隻で近海の哨戒に出ていたはずだ。スロープに足をかけると、朝潮が駆け寄ってきた。艤装を装備していないから、靴やニーソが濡れるのも構わずに一緒になって曳航索の先にいる彼女を引き上げにかかってくれた。

「濡れるぞ」

「平気です!」

 生真面目な表情がそう言う。一本気なんだなと思いながら、朝潮と一緒になって彼女を陸に引き上げ、曳航索を解いた。

「目を覚まされてないんですね」

 朝潮は彼女の顔をのぞき込んでそう言う。

「未明に発見されてからずっとこうだ」

 言ってから、私は鎮守府の建物の方を振り返る。艤装を装備したままの艦娘を医務室まで運ぶのはさすがに骨が折れるな。さすがに陸上では引きずっていくわけにもいかない。艤装だけでもなんとかなれば、負ぶっていけるのだが、あいにく艤装解除の命令は本人か工廠のスタッフにしか出せない。

「朝潮、明石か朝日を呼んできてくれないか。このまま二人でここにいても仕方がない」

「わかりました! しばしのお待ちを!」

 朝潮は直立不動になって敬礼を返してきたあと、まるで犬のように工廠へ駆けていった。同じ駆逐艦なんだし、着任順なら朝潮の方が先輩なのになと思ったが、それは言わないでおくことにした。朝潮は、きっとあれが普通なんだろう。早く朝潮も姉妹に会えるといいのになと思う。姉妹と一緒の時くらいは、あの堅さが解れていればと願うだけだ。

 しばらく待っている間、カンテラの明かりを頼りに、彼女の艤装を確かめてみた。吹雪型準拠だが、潮と同じ兵装の様式でもある。どこかに艦名でも書いていないかと探してみると、艦尾に小さく書いてあった。海上では暗すぎてわからなかったんだな。

「オボロ…。朧か。潮の姉なんだな」

 一緒に戦ったことはなかったな。私が潮のいる第七駆逐隊に配属になった時には、朧はもう撃沈されてしまっていたから。

「新しい艦娘さん?」

 いつの間にか明石が私のすぐ横でのぞき込んできていたので、思わずぎょっとしてしまったが、明石の方は通常運転のようだ。人を驚かすのが好き…というわけではないらしい。私の方が集中しすぎていたようだ。

「潮の姉の朧らしい。海上で発見されてから、ずっと目を覚まさない」

「じゃあ、負ぶって医務室まで運びましょうか」

 明石はにっこりとそう言うと、朧の艤装も解除せず、易々と負ぶってしまった。何とも工作艦の馬力というのは凄いものだな。

「響ちゃんは提督に報告を。朝潮ちゃんは濡れちゃったんだからもう一度お風呂に入ってきなさい」

「はい!」という元気な朝潮の返事の横で、「了解した」という私の声が小さく響いた。


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