「あっ、目を覚ましたわよ」
耳から認識できる声は、懐かしい姉妹艦のものだ。波の音が響き、陽射しを肌に感じられる。ここは…どこ? 重い瞼をゆっくりと開けてみる。陽射しの強さに、思わず目を眇めた。
「天龍さん、響が目を覚ましたのです!」
甲高い声が、いやが上にも意識を覚まさせる。目を開けた私が認識できたのは、私の顔をのぞき込んでいる雷のはずの姿と、背を向けて天龍を呼ぶ電のはずの姿だ。
「雷…? 電…?」
確信が持てないまま、私はゆっくりと身体を起こす。そこは島影一つ見えない晴れた海上で、波も穏やかな近海のようだった。
「大丈夫? 起きあがれる?」
元々世話焼きな性格の雷が私の背を支えてくれる。上体が起きると、ハッキリと電の背中と天龍、由良の姿も見えた。他にも、若葉と潮の姿も見える。潮が被弾して煙を噴いていた。
「大丈夫だ。不死鳥の通り名は伊達じゃない…」
言って、私は立ち上がろうとする。だが、すぐにふらついて尻餅をついてしまった。雷の顔に、仕方ないわねえという表情が浮かぶ。
「無理すんじゃないわよ。鎮守府まではあたしと電で曳航するわ」
雷はそう言うと立ち上がり、大きく手を振る。
「電ー! 響を曳航するわよー!」
「了解なのです!」
言いながら、電が駆け寄ってくる。あの戦争で亡くした二隻が元気な姿をまた見せてくれている。何とも不思議な光景。
「…ここは、靖国なのか?」
私は呟く。あの戦いの時、乗っていた水兵や士官たちは口々にそう言っていた。「靖国で会おう」と。戦いが終わった時に生き残り、異国で客死した私には関係のない話だと思っていた。目の前にいるのは、潮以外は戦没した仲間たちばかりだ。潮にしても、機関故障で動けなくなり、私に武装の一部を提供してからは横須賀で動くこともできず、戦後しばらくして解体されたのだと風の噂で聞いた。みんな、あの戦争の後を無事に過ごせたわけじゃない。
「ここは靖国なんかじゃねえよ」
傍までやってきた天龍が隻眼に笑みを浮かべながら言う。その横で、由良も笑顔だ。その意味が私にはよくわからない。じゃあ、ここにいるみんなは…?
「ここは新しい世界なのです!」
電が、笑顔でそう私に告げた。その新しい世界がなんなのか、その時の私にはまだ分からなかった。ただ、みんな生き生きとしている。それだけはわかった。
「電、旗艦だろ。号令を」
若葉が電にそう促す。電は頷いて声を上げた。
「第一艦隊、第一水雷戦隊、帰投です!」
先頭を天龍と由良に任せ、殿を若葉と潮に任せた電は、雷とともに立ち上がれない私を曳航する。二隻かがりでも、同型艦の私の曳航は負担が重いようで、他の四隻は速度を落として泊地であろうと推測される場所へ向かっていた。
後進で電と雷に曳航されていると、あの戦いの最中のことを思い出す。
同じように大怪我をした自分を、キスカから大湊まで曳航してくれた、同型艦の姉である暁のことを。暁がいなくなったあとの私たちのことを。
「…この艦隊に、暁はいないのか?」
振り返りながら、電と雷にそう聞く。二隻は顔を見合わせた。
「暁はまだ来てないわ。今日響が来たことすら僥倖だもの」
雷はそう言って笑う。
「今この艦隊にいるのは、ここにいる六隻の他には、朝潮、時雨、綾波と白雪だけなのです」
電もそう言って笑う。
「でも、特Ⅲ型駆逐艦の姉妹は私と雷だけだったから、響が来てくれてすごく嬉しいのです」
そう言う電に、私はまだ全てを理解しきれずに首を傾げるしかない。暁は、まだ建造されてないと言うことなのか。
「私と朝潮は鎮守府の工廠で生まれたけど、他のみんなは響と同じように深海からやってきたのです」
電は少し困ったようにそう言う。私が戸惑っているのを見て電も戸惑ってしまったらしい。深海から…と言っても、私が実艦標的となって沈んだのは浅い海だったはず。それはいったいどういうことなんだろう。
「詳しいことはよくわからないのです。今、私たちは深海からやってきた敵と戦っていて、その敵に勝ったときに、今日の響のように誰かが現れることがあるのです」
電はそう言ってまた困った顔をする。それ以上のことはきっとわからないんだろうな。
「ま、細かいことは気にしても仕方ないわよ。せっかくまた一緒になったんだし、楽しみましょ、響」
困り顔の電を尻目に、雷は笑ってそう言いきった。そうか。雷も私と同じで、深海から来たんだっけ。
「そうなのです。歓迎します、響!」
「そうか」
電にそう答えると、自然と頬に微笑が乗る。救えなかった電は目の前で笑っている。なんとなくそれだけでこの新しい世界は私を迎えてくれているのだと思えた。