単冠湾、幌筵を経由してから三日目、いよいよ作戦海域が近づいてきた。既に極秘で派遣していた偵察隊からも情報が入っている。有力な水上打撃部隊や、空母を伴った機動部隊、陸上型の棲姫も確認されている。基地と目されている島もいくつかあった。
「そろそろだな…」
風間は双眼鏡で前方遙かに見える島嶼を望みながら、呟いていた。
「各隊に警戒を強化するように伝えてくれ。そろそろ敵の哨戒ラインに引っかかってもおかしくない」
風間の声に、通信士は頷いて短距離無線のスイッチを入れる。飛鷹と隼鷹が風上へ増速するのが見えた。直掩機を上げておくつもりなのだろう。風上へ放った式神が烈風に変化し、上昇していく。艦娘の発したサイズだから模型のような大きさだが、それでもこの艦隊の空を護る立派な艦上戦闘機だ。その烈風が、直掩位置につくなり猟犬のように前方へ増速を始めた。
「敵の偵察機です! 機数一機!」
通信士の声が艦橋に響く。直掩の烈風は瞬きする間に偵察機を撃墜し、火球は海に落ちて散華した。
「露見したな…」
風間は小さくため息をつく。隠密行動はここまでだ。ここからは、敵の目を引きつけながら、占領作戦を完遂しなければならない。
「艦隊停止。各隊、はまゆきに集合」
風間の声が、艦橋に凜として響いた。
由良は、上空を旋回する烈風を見上げていた。偵察機は一機だけだったようで、対空戦闘を用意したが、由良隊に出番はなかった。撃墜前に無電の発信を確認したから、艦隊の進路と編成は露呈したと見ていいだろう。輸送艦を三隻も連れているのだから、上陸作戦を考えていることもわかってしまっただろう。
「ここからが本番ね…」
上空の警戒を続ける朧の様子を見ながら、集まってくる他隊を見る。いずれも周囲を警戒しつつの集合だ。由良隊は輪形陣の輪を広げ、各隊も包み込んでの防衛ラインを敷く。隊長の由良だけがはまゆきの側に移動した。
「編成を少し変える。先行する第一戦隊は、鳥海、摩耶、山城、扶桑、暁、響。後続の第二戦隊に、電、天龍、龍田、飛鷹、隼鷹、雷。第三戦隊はこのまま、はまゆき、おが、第九、第十九輸送艦、朝日の護衛だ」
「はいっ」
主に第六駆逐隊と軽空母が場所を移動し、隊を組み直す。由良はその様子を緊張した面持ちで見ていた。今艦は停船している。ここを襲われては、ひとたまりもないのだ。
「第一戦隊は敵艦隊を撃破しつつ、ウラナス島の敵棲姫撃破に向かう。第二戦隊は索敵を行いつつ、第一戦隊を航空戦力中心をにして掩護してくれ。現場の指揮は鳥海、頼んだぞ」
「はいっ!」
鳥海が艦上の風間に敬礼を返す。それぞれの艦娘たちがうなずき合ったり視線を交わし合って確認する。
「よし、かかれっ!」
「はいっ!」
ここから離れる艦娘たちが敬礼を返す。そこへ、朧の声が響いた。
「敵艦見ゆ! 重巡一、軽巡一、駆逐三!」
その声で、一気に緊張が走る。由良も風間を見上げた。
「右舷に雷跡っ! 四本!」
曙がそう声を上げ、機銃を海面に向かって撃ち始めた。一瞬で場は戦場に変わる。
「潜水艦か!?」
風間の声よりも早く、由良もはまゆきの右舷へ急ぐ。魚雷を食らえば、はまゆきやおがといった通常艦はひとたまりもない。海中を疾走してくる魚雷に機銃を撃ち込んで、ひとつは爆発させた。
「もうっ!」
曙がしびれを切らしたように主砲を構え、魚雷を狙う。その間に由良はさらにもう一本を破壊し、曙もおがに進んできていた一本を破壊したが、もう一本は設定深度が深く機銃では破壊できなかった。由良も主砲を構えて発砲するが、上手く当たらない。
「このままじゃ…!」
「なめんじゃないわよ!」
曙は魚雷の前に躍り出て、主砲を連射するが当たらない。もう魚雷は目の前に迫っていた。
「曙ちゃん!」
由良が声を上げるより早く、曙は海面に膝をついて自分の直前まで迫ってきていた魚雷に主砲を放つ。主砲が当たったのか、曙に命中したのか、曙の体は爆光に飲まれた。
「ったく、あり得ないわ!」
爆光が消えた後、中破状態の曙の姿がそこにあった。敵艦迎撃に離れていく第一、第二戦隊を横目に見ながら、由良も対潜戦闘装備を準備しつつ、曙に駆け寄った。
「大丈夫!?」
「何とか至近弾で落としたわよ。由良、後はお願いね」
言いながら、片膝をついて意地を張る曙は由良を見上げる。その様子にホッとした後、由良は力強く頷く。
「後は任せて。若葉ちゃん、右舷に回って! 初霜ちゃんは対潜戦闘用意!」
由良は指示を出しながらはまゆきを離れ、ざっと沖へ進んで行く。魚雷の航跡の向こうに敵の潜水艦はいるはずだ。初霜、右舷に回ってきた若葉との三艦で敵潜水艦の方位を探る。出てきた方位が交わった一点こそが、由良が向かう先だ。
「由良、対潜攻撃に向かいます!」
そう宣言して、由良は一気に増速した。目標点に潜望鏡を確認したが、由良が向かってきたことに気づき、敵潜水艦は急速潜行に移ったようだ。爆雷の爆破深度を設定し、目標地点付近に到達する。
「大佐さんの邪魔はさせないんだから…」
由良は自身の航行音の混じる聴音機に集中しながら気合いを入れ直す。風間の邪魔は、誰にもさせたくなかった。
「由良、方位修正。三五四度五四分二五秒」
「了解」
短距離無線の若葉の声に応えてから、舵を切る。再計算した目標点付近に到達した。敵潜水艦は機関を停止してやり過ごそうとしているのか、もう水中から音は聞こえなかった。
「テーッ!」
かけ声と共に爆雷を投射する。海中に沈んでいく爆雷は、セットした深度で炸裂音を響かせた。由良は少し離れたところで様子をうかがう。やがて、水上に重油の紋が浮かんできた。いくつも、いくつも。もう一度聴音機を作動させるが、何も聞こえない。水中をのぞき見る術を持たない由良には確認しようがないものの、敵潜水艦を撃破したのは間違いなさそうだった。
「水上に油紋を確認。敵潜水艦撃破確実。これより戻ります」
由良は短距離無線の先にいる風間にそう声を投げてから、はまゆきへ向かって舵を切り直した。はまゆきの遙か先では、既に第一戦隊と敵艦隊の戦闘が始まっているようで、閃光と黒煙の世界が繰り広げられているようだった。
第一戦隊、第二戦隊と敵の先行迎撃部隊との戦いは、火力にものを言わせて艦娘側が勝利した。特に被害艦もなく、鳥海は隊を先に進めることを選んだようだ。戦闘戦隊とはまゆきたちを護る由良隊との間は開いていく。
由良は低速で航行を続けるはまゆきたちを護りながら、旗艦位置で戦況を見守っていた。中破した曙は後ろに下げ、代わりに若葉が右舷を護っている。あれから、潜水艦の攻撃もなかった。じりじりとした時間が過ぎていく。いつの間にか日が暮れていた。無灯火で進みながら、星空の下で深海棲艦の襲撃以来無人列島になってしまったAL列島の島影を眺める。夜半過ぎ『敵艦見ゆ! 重巡一、軽巡二、駆逐三! 我、夜戦に突入します!』と鳥海から無電があり、遙か前方に視線をこらした。その無電から間を置かずに、海域が明るくなるほどの火柱が上がる。由良は目を焼かれないように視線を逸らして、それでも周囲の警戒を続けた。
「みんな、大丈夫ですよね…」
一度隣まで上がってきた朧が、ぽそっとそう呟く。
「信じるしかないわ…」
背を向けた戦闘海域で、また大きな火柱が上がった。