夜戦は摩耶、山城、暁が小破したのみで敵艦を撃退できたようだった。そのままキス島の北側へ艦隊は進んでいる。由良たちも進路を変え、アツタ島を左に見ながら、列島の北側へ出た。キス島の北で、再び敵艦隊と接触したようだ。重巡三、軽巡一、駆逐二の編成。キス島守備艦隊だった。
「由良!」
敵棲地が近いこともあって、対空および対潜警戒を続ける由良を、無線の風間の声が呼んだ。由良が振り返ると、はまゆきのデッキから手招きする風間の姿が見える。
「朧ちゃん、少しの間先頭よろしくね」
朧にそう声をかけてから、由良ははまゆきの脇へ移動した。
「第一戦隊、第二戦隊とも戻ってくるから、少し輪形陣を広げてくれ。被弾した艦がかなり多いようだ」
「そんなに…」
風間の声に、由良には暗い気持ちが降りてくる。目標としているウラナス島の敵陸上棲姫までは、まだまだ先なのだ。
「場合によっては、由良や潮には出てもらわなければならないかも知れない。頭の隅に置いておいてくれ」
「はいっ!」
由良は敬礼を返すと、はまゆきを離れて第七駆逐隊と若葉、初霜に輪形陣を広げるように指示を出す。曙が中破状態だと言っても、もう構ってはいられなさそうだった。
やがて、第一戦隊と第二戦隊が戻ってきた。その艦容を見て、全員が絶句する。
「うそ…」
由良の目に映ったのは、中大破艦が続出した状態の第一、第二戦隊だった。
「くっそー! あの新型駆逐艦、マジでうぜーッ!」
天龍が戻ってくるなりそう吐き捨てた。艤装も服もボロボロで、かなり苦戦したのが一目でわかる。気丈に振る舞っているのはいつもの強がりだろう。
「敵の重巡も新型だったの~。魚雷が強力でね~」
普段と変わらない穏やかな様子で言う龍田にしても、天龍と同じようにボロボロの状態だ。それでも、やはりというか天龍と同じようにいつも通りに振る舞っている。視線を移せば、雷と電も戻ってくるなりへたり込んでいいるし、摩耶も悔しがってはいるが、やはりボロボロだ。「みんなだらしないわよ! そんなコトじゃ、一人前のレディとは言えないわ!」と声を上げた暁にしても、艤装と服の一部は被弾で痛んでいた。その後ろで、「朝日さんは山城さんと暁の修理を!」と鳥海が叫んでいる。
「電、雷と天龍は下げるしかないな」
風間は全艦の様子を見ながらそう呟く。まだこの先に水上打撃部隊と機動部隊、敵棲姫が待っていると考えると、ここで三隻の脱落はかなり痛い。朝日では航行に支障のない程度までの応急修理がやっとだろう。それでも、中破状態の摩耶と龍田はまだ戦えるだろうし、飛鷹隼鷹の軽空母二隻と扶桑、鳥海と響が無傷なのは救いだった。
「由良」
「はい」
風間と由良の視線が交差する。由良には、もう何を言われるかわかっていた。
「龍田の代わりに第二戦隊に入ってくれ。龍田は、由良の代わりに第三戦隊の指揮を」
「はいっ!」
「は~い。了解よ~」
風間の声に由良と龍田の右手が挙がる。
「潮は、第二戦隊へ行ってくれ。司令隊の護衛は、龍田と朧、曙、漣、若葉、初霜の六隻で行う」
「ちょっと待てよ! 俺を前線から下げるなっての!」
風間の声に、天龍が抗議の声を上げる。だが、その様子はどう強がって見せても戦えそうな状況ではない。
「天龍」
「なんだよ」
静かな声の風間に多少気圧され、天龍はそう言ったきり口を噤む。風間は心配そうな様子でこちらを見つめる電にちらっと視線を送ってから、天龍を向き直った。
「今は休むのも戦いの内だ。はまゆきの中にいても、君はこの戦いから逃げたわけじゃない。今は前線で戦う仲間たちを、後方で支えてやってくれないか」
真摯に向き合われ、天龍は思わずそっぽを向いてしまった。元より、素直な性格でもある。「仕方ねえな…。今回だけだぞ」と悪態をつきながら、はまゆきから下ろされた梯子に手をかけた。龍田が心配そうに見ていた由良に微笑みかける。
「大佐も、天龍ちゃんの扱い、上手くなったわね~。司令艦のコトはちゃ~んと見ておくから、由良ちゃんは心配せずに行ってきて平気よ~」
「ありがとう、龍田」
由良はそう言うと、潮の元に駆け寄っていく。やはりというか、不安を隠せない様子でいた。
「潮ちゃん、気をつけなくちゃいけないのは空よ。この先には機動部隊もいるわ。可能な限り、飛膺さんと隼鷹さんを護りましょう」
「は…はい!」
潮の肩を掴んで話しかける由良に、潮は少し気を取り直して大きく返事をした。その潮に、由良は微笑みかける。
「暁と山城の修理が済んだら、第一、第二戦隊は進撃してくれ」
風間の声が、重々しく響く。
いよいよ、ウラナス島に棲起する敵陸上棲姫を目指す戦いが始まろうとしていた。
天龍、龍田、雷、電が抜け、由良と潮が加わった第二戦隊は、四隻で第一戦隊の後を航行していた。既に索敵機が飛鷹と隼鷹から出発している。山城と扶桑、鳥海も索敵機を出していた。
「索敵機から入電。敵機動部隊発見。空母一、軽空母一を伴う。随伴艦は、戦艦一、重巡一、駆逐二」
淡々とした、それでも柔らかな扶桑の声が短距離無線から響いた。飛鷹と隼鷹がうなずき合う。
「攻撃隊、発艦させるわ」
「いくぜえ!」
そう言うなり、二隻は風上へ増速する。飛行甲板巻物を開き、式神を風に向かって放った。式神は風に乗り、瞬く間に烈風や流星改、彗星へと姿を変え、空を滑るように進んで行く。観測用の彩雲がそれを追いかけた。隼鷹と飛鷹はしばらく空を睨み続ける。
「ちっ! 制空権確保は無理だったみたいだね。いくらかは来るよ!」
「対空戦闘用意!」
隼鷹の声に、由良はそう声を上げて主砲を空に構える。潮も同じように主砲を空へ向けた。遠くから、胡麻粒のような敵艦載機が近づいてくる。第一戦隊が対空砲火を浴びせかけ、いくらかは数を減らしたようだが、彼らの狙いは飛鷹隼鷹の軽空母二隻だ。
「見たことのない…艦載機です…」
潮が怯えたような声を出した。由良も主砲を構えながら驚きを隠せない。それまでのスマートな流線型をしていた敵艦載機は、禍々しいたこ焼きのような姿に変わっていた。
「それでもっ!」
回避行動を始める飛鷹に続きながら、由良は接近してきた敵爆撃機に狙いを定めて主砲を撃つ。直掩の烈風も襲いかかった。それでも、その網をくぐり抜けた何機かが急降下を行いながら投弾を開始する。飛鷹の周りにいくつも水柱が上がった。
「飛膺さん!」
迎撃を続けながら、由良は声を上げ飛鷹の無事を確かめる。
「大丈夫! 至近弾よ!」
気丈にそう言いながらも、飛鷹はのの字回避を続ける。衝突しないように気をつけながら、由良も飛鷹に寄り添いつつ迎撃を続けた。やがて、雷撃機も突入してくるが、雷撃機は何とか水平射撃で全て打ち落とせた。第一戦隊では、派手な砲雷撃戦が開始されている。いつまでも続くかと思われた砲雷撃戦はやがて止み、第一戦隊から報告が入った。
「敵艦隊撃破。残存の駆逐二は撤退した模様。被害は扶桑さん小破のみ」
鳥海の淡々とした声が無線から聞こえる。その声に、由良もホッと気を緩めた。飛鷹に近づくと、至近弾で多少の損害は出ているが、まだまだ十分戦えそうだ。
「第二戦隊は、飛膺さんが至近弾で軽微な損傷」
由良も鳥海に習って無線の先にいるはずの風間にそう報告を上げた。
「そのまま進撃してくれ」
無線の奥から風間の声が聞こえる。鳥海の「了解しました」の声に続いて、由良も「了解しました」と声を返した。前方の第一戦隊は、早くも動き出している。
「私たちも行きましょう」
振り返って言う由良に、飛鷹と隼鷹、潮も頷いた。