艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

33 / 60
本土強襲さる

 ウラナス島へ投入した陸戦隊は、何の抵抗もなく港湾を占拠し、その日の内に内陸部も勢力下に置くことができた。深海棲艦の攻撃で島民は離散した後だったため、棲姫が去った島は無人だった。港湾の放棄されていた管理施設の一室に仮の司令室を置き、風間は次々と部下に指令を出している。その間は、由良のことを忘れることができた。だが、それが一段落すると、重くのしかかってくる現実だった。

 ドックのない港では、朝日が小破だった隼鷹の修理を既に終えていた。だが、他の傷ついた艦はここでは修理することはできない。状況が安定すれば、早い内に鎮守府に戻すしかなかった。

「今夜には、伝えないとな」

 風間はそう呟くと、艦娘たちに招集をかける。やがて、全員が姿を見せた。響、潮、漣、朧、若葉、初霜以外は、みんなひどい有様だった。激戦の後で、由良一隻の犠牲ですんだのは、僥倖だったのかも知れない。

「みんな、AL攻略ご苦労様だった。みんなお奮戦のおかげで、無事に作戦は完了した」

 風間がそう宣言しても、いつもは勝ち気な声を上げる天龍や摩耶も乗っては来ない。みんな、ここにいない由良がどうなったのか、わかっているからだ。

「状況が安定すれば、若葉と初霜はしばらく当海域で哨戒任務に当たることになるが、他のみんなは鎮守府に戻ることになる」

 風間の声だけが空虚に響く。誰も、威勢のいい返事は返さなかった。

 風間は艦娘たちを見渡す俯いている者もいれば既に瞳を真っ赤に腫らしている者もいる。風間は重い口を開いた。

「…この作戦の最中、残念ながら由良が敵艦載機の爆撃で沈没した。戦没した由良のために、黙祷を捧げたいと思う」

 風間がそう言うと、潮や電、雷たちからすすり泣く声が聞こえる。いずれも、由良とはつきあいの長い駆逐艦たちだった。風間は、背を向けていた海の方へ向き直った。

「総員、黙祷」

 すすり泣く駆逐艦たちの声の他、静寂の時間が訪れた。風間も、こみ上げてくるものを押さえながら、静かに由良の冥福を祈った。

「風間司令!」

 その静寂を破ったのは、一人の通信兵だった。血相を変えて仮の司令室へ飛び込んできたのだ。

「どうした?」

 風間だけでなく、驚いた艦娘たちもその通信兵を顧みる。

「木村中将から至急の通信です! はまゆきまでお戻りください!」

 息を切らしながら言う通信兵に、沈んだ空気は吹き飛んだ。なにかがあった。それがはっきりとわかる状態だった。

「すぐに戻る。全員このまま待機してくれ」

 風間はそう言い置くと、通信兵と共にはまゆきのブリッジへ駆け込んだ。そうして、通信機を手に取る。

「風間です」

「木村だ。そちらの攻略はどうだ?」

 無線の先の木村の声は、いつもより少しだけ粟立っている。その理由が今はわからない。

「由良を撃沈されましたが、AL列島の占領は完了しました」

 風間は務めて淡々と言う。木村からの返事は一拍あった。

「そうか…。由良のことは残念だが良くやってくれた。こちらも、無事にMI島を占拠し、反攻してきた敵機動部隊も追い払った」

「そうですか…。それは良かったです」

「だがな…」

 その木村の声に、風間は胸を衝かれる。良くないことがあったのだと声色が伝えてきた。

「敵の主力艦隊が、本土へ向かって侵攻中という情報が入ってきた。我々はこのままMI島を放棄して大至急で本土へ戻る。風間は陸戦隊のみ留め置いて、全ての艦を引き連れて大至急で鎮守府へ戻ってくれ」

 木村が伝えてきたのは、衝撃の事実だ。敵の規模はわからないが、今鎮守府に残っている艦娘の数も練度も、たかだか知れている。戦艦は長門だけ、空母も千歳と千代田、それに龍驤くらいしかいない。重巡は加古と古鷹、軽巡は由良以外の長良型と球磨多摩木曽那珂。駆逐艦の練度筆頭は改装練度にも到達しない白雪と綾波だ。いずれも、MI/AL作戦に出ている主力艦とは比べるべくもない。

「こちらは主力艦の殆どが損傷しています。巡航出力で戻れるかは微妙です」

「可能な限りでいい。被害はできるだけ小さくしておきたい。こちらも可能な限り急ぐ。頼んだぞ」

 そう言い残して、木村との通信は切れた。風間は、通信兵に礼を言うのも忘れて、仮の司令室へ駆け戻る。

「みんな、敵の主力艦隊が本土に向かって侵攻中という情報が入った! 今すぐここを引き払って、本土へ戻るぞ!」

 風間の声に、艦娘たちからもどよめきが上がった。

 

 指揮官を決めて引き継ぎを行い、はまゆき、おが、第十九、第九輸送艦の出港準備を済ませると、風間は艦隊を大湊へ向けた。響を先頭に配置し、潮、漣、朧、若葉、初霜に周囲を警護させる。その他の艦娘は、全てはまゆきに収容した。

「なんでこのタイミングで…」

「偶然だと信じたいがな…」

 天龍のぼやきが全てだった。風間はそう言って、先頭を航行する響の小さな姿を見つめた。もう何事も起こらなければいい。ただそう願うしかなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。