艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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傘の下

 熊野の発艦させた索敵機は、ソロモン海に軽巡棲姫を中心とした艦隊を発見した。他にも、水母棲鬼を伴った機動部隊も確認される。天龍はその報を受けると、索敵結果を打電し、直ちにラバウルへ反転した。ラバウルに戻るまで会敵することはなく、天龍率いる前路哨戒部隊は、無事にラバウルへ帰り着いた。

「もう次の準備は完璧だな」

「そうみたいね~」

 北岸壁に集うメンバーを見ながら、天龍と龍田はそう言いあう。主力と目される戦艦、空母もいる。軽巡も同じく主力級の阿賀野型の姿が見えた。

「俺たちの出番はここまでかな」

 そう呟くと、天龍はスロープを上がってきた残りのメンバーを振り返る。

「みんなご苦労だったな。熊野と長波、清霜はすぐに入渠して次の指示を待ってくれ。これで解散する」

 天龍がそう言うと、長波や清霜はぴっと敬礼を返してくる。熊野の右手も挙がっていた。それにはさすがに天龍も驚いた。

「熊野は別に敬礼しなくてもよかったんだぜ」

 解散してから天龍は少しの戸惑いを乗せて熊野にそう声をかける。その天龍に、熊野は澄ました笑顔を見せた。

「あなたが私たちの旗艦でしてよ。航と軽の違いはあれど、同じ巡洋艦枠ですし。もっと自信持ってくださいまし」

 そう言って、熊野は右手を挙げようとしてその右手を痛めていることに気づき、左手を挙げた。

「ああ、ありがとな、熊野。助かったぜ」

「こちらこそ、ですわ」

 そう言って、二人は左手を打ち鳴らした。その様子を、龍田は笑顔で見守っていた。

 

 そのあとの第二次SN作戦はいくらかの苦戦はあったものの、概ね順調に進んだ。天龍と龍田の二隻は、結局それ以降艦隊運動への参加はなく、ラバウル所属の夕雲型を率いて周辺海域の警戒に当たっていただけだった。

 そうして、哨戒を由良の部隊に引き継いでから戻ってきた夕方、熊野が岸壁の端で遠く東の空を見つめていた。もう暮れ始めて空は紫を濃くしようとしている。

「熊野ー、なにやってんだ?」

「天龍」

 天龍が声をかけると、熊野はポニーテールを風に揺らしながら振り向いた。そうして、天龍が横にやってきたのを確認すると、また空を見上げる。

「鈴谷は元気にしているのかしらと思いまして」

「ああ、あのちょっと軽そうに見える熊野の姉ちゃんか?」

 天龍もそう言いながら、空を見上げる。天龍にとって、空は手の届かない代物だ。建造時の世界標準超えといっても、当時は航空機の黎明期であり、その後も艦体が小さいばかりにカタパルトの装備ができず、最期まで航空機とは縁がなかった。だが、熊野は航空巡洋艦だ。その熊野にとって、空はどう見えているんだろうなとは思う。

「一度艦隊が離れてしまうと、この基地でさえ私たちのような航空機を運用できる艦娘がいなければ空は自由になりませんのね。昔のように基地航空隊や水上機部隊を整備すればよろしいですのに」

 熊野はそう言いながら、カタパルトを空に向け、瑞雲を一機発進させる。瑞雲はやがて、空の闇に消えていく。

「航空機がもたらしてくれる情報は膨大だからな。俺たちが一時間かけていくようなところでも、航空機ならあっという間だしな」

 天龍もそう言って空に手を伸ばす。やはり、どうやってもオレンジから紫に変わりつつある空には手が届かない。

「そうすれば、天龍たちのような水雷戦隊でも、いくらかは航空機で傘をかけて差し上げることはできましてよ」

「それは確かにありがたいな」

 暗くなってきた空から瑞雲が戻ってくる。熊野は右手でその瑞雲を回収した。

「私たちの艦載機は、夜間飛行できるものも少ないですし、その辺は昨今の航空機には敵いませんわ」

「いつか基地航空隊に傘をさしかけてもらえるときが来るかね?」

「南方には必要ですわ。空母と航巡、航戦も数が限られてますし」

 熊野はそう言うと、また遠くを見る。遠くに見える島影の遙か向こうに作戦を遂行している艦隊はいる。そこには姉妹艦三艦が全て投入されているのだ。

「いつか…かつての私のように、単艦航行していても敵航空機に撃沈されるようなことがないように、基地の航空隊で制空権を維持し続ければ、空も還ってきますのに」

「そうだな…。そうなれば、俺たちは海に集中できる。俺たちの戦場は海だしな」

 そう言った後、天龍は熊野の肩をぽんと叩く。熊野が少し驚いて天龍を振り向いた。

「ま、それでも熊野たちの水上機は役に立つ。またよろしく頼むぜ」

 ニカッと笑う天龍に、熊野は微笑を浮かべて頷く。

「任せておいてくださいまし。航空巡洋艦は伊達ではなくってよ。それに…」

「それに?」

「天龍の目は、私の瑞雲よりもっと高い空の向こうから、戦局を見ていますわ。その目は私にはないものですから、羨ましい限りですわ」

「よせよ、らしくねえ」

 一瞬ぽかんとしたあと、天龍は照れたように笑った。

 そうして、二人で笑いあう。

 お互いの胸の奥にあったわだかまりは、もうなかった。

 

 やがて、天龍から熊野の意見は木村へ伝わり、同様の意見が他からも出てきたこともあって、このラバウルには基地航空隊が開設されることになるが、それはまだまだ先のことだった。

 

 


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