艦隊はコロネハイカラ島を東に回り込み北へ向かう。五隻の単縦陣。そのあとにいそゆきと江風。支援艦隊はさらに後ろにいそうだった。そこへ、不意に砲弾が撃ち込まれる。いそゆきが被弾して大きくかしいだ。
「どこからだ!?」
江風は周囲を見渡す。電探にも反応はないし、何も見当たらない。
「敵艦見ゆ! 水鬼です!」
浜風の粟立った声が無線から届いた。さらに砲撃はいそゆきを穿つ。
「いそゆきが狙われてる!」
江風は無線に向かって声を上げた。いそゆきは左に傾斜し、艦橋付近から煙が上がっていた。
「随伴艦確認! 敵随伴艦は駆逐三、魚雷艇六!」
「支援艦隊突入する」
最上の声に応えるように、無線から日向の声が届いた。江風が振り返ると、日向、浦風、谷風、磯風の四隻が接近してきていた。
「江風はいそゆきの脇を離れるな。場合によれば艦内に突入して要救護者を搬出しろ」
日向は脇を通り過ぎながら、江風にそう言い残していく。日向の主砲は既に敵を捕らえているのか、斉射状態になっていた。
「主砲斉射」
日向の押し殺した声を合図に、日向の主砲が火を噴いた。しばらくしてから、遠くで着弾の炎が上がる。
「あとはうちらに任しとき」
浦風が通り過ぎながら、含みある笑顔を残していく。江風は日向たちを見送るといそゆきを見上げた。傾斜は深くなっていない。まだ航行はできそうだった。
一方、駆逐水鬼の艦隊と遭遇した川内たちは苛烈な戦いに身を置くことになっていた。駆逐水鬼たちは、川内たちを一点突破で抜けようとしていたのだ。
「こいつら、いそゆきを沈めたら勝ちだってわかってる…!」
駆逐艦の砲撃をかわしながら、川内はそう直感する。駆逐水鬼は明らかにその長射程を生かして、いそゆきを狙っていたからだ。日向の主砲弾がいくらかは当たったが、それでも怯まない。
「日向さんは水鬼を! ボクたちが駆逐と魚雷艇を片付けるから!」
最上はそう日向に声をかける。日向は頷くと、その主砲を斉射する。違わずに駆逐水鬼を穿つが、駆逐水鬼は僅かにのけぞっただけでまだその突進を止めない。
「しぶといな…」
日向はそう呟くと、また砲撃を繰り返す。その間にも、三撃、四撃と放たれた駆逐水鬼の砲弾はいそゆきを傷つけていた。
時雨は心を奮い立たせて魚雷艇群の前に立っていた。隣で浜風と磯風が砲撃を続けているが、魚雷艇群は散開集結を繰り返し、なかなか数が減らない。
「このままでは突破されるな」
「そうね」
磯風の声に、浜風が顎の汗を拭う。時雨の心にも焦りが募る。その時、魚雷艇群から一斉に魚雷が発射された。
「魚雷…っ!」
時雨が声を上げる。その声に磯風と浜風が急旋回を行って射線を外れた。だが、線上に取り残されていた時雨の遙か海の中を通過していく。目の前の艦娘に対して魚雷の設定深度を間違えたとは考えにくい。
「まさか…!?」
時雨は振り返った。その先には、煙を上げるいそゆきの艦体が黒く浮かんでいた。ギッと時雨は奥歯を噛みしめる。
また、守れない。
時雨はいそゆきに背を向けると、固まっている魚雷艇に向けて一気に接近して魚雷を放つ。魚雷を放つと主砲を構え直して、手近な魚雷艇から砲撃を叩き込んだ。それは、浜風も磯風も呆気にとられている間の出来事だった。だが、その時雨が無事でいられるはずもない。浜風と磯風が駆けつけた時、時雨は撃ち洩らした魚雷艇から至近距離で魚雷を叩き込まれていた。
「時雨っ!」
浜風が手を伸ばす先で、崩れた水柱の中から現れた時雨は、更に駆逐艦の砲撃で横殴りに吹き飛ばされ、海面にたたきつけられていた。起き上がることのない時雨を横目で見ながら磯風が砲を構え直して撃つ直前に、時雨を撃った魚雷艇は爆沈した。磯風が振り向くと、そこには歴戦の磯風でさえぞっとするような狂気をまとった夕立の姿があった。
「時雨ちゃんをいじめるのは、許さない」
夕立は手にしていた魚雷を的確に魚雷艇に叩き込んでいく。魚雷がなくなり魚雷艇が全て爆沈すれば、その砲撃は駆逐艦を確実に仕留めていく。
「これが、ソロモンの悪魔の本気…」
磯風は砲撃することも忘れて、夕立の狂気を呆然と眺めた。
夕立が魚雷艇と駆逐艦を全て仕留めた頃、いそゆきの左舷から大きな爆発が起きた。魚雷艇が放った魚雷はいそゆきの艦底を穿ち、違わずに爆発したようだった。いそゆきの傾斜が一気に酷くなる。行き足が止まり、艦首から沈没を始めた。だが、まだ突進を続ける駆逐水鬼が残っている以上、いそゆきには構っていられない。
「浦風、谷風。江風と協力していそゆきの要救護者を救出」
「了解じゃ」
「がってん」
夕立の戦果を横目で確認した日向の声に、浦風と谷風が主戦場を離れていく。日向と最上、川内は水鬼の進路を妨害するように航路を取り、ありったけの砲弾を叩き込んでいた。浜風はその様子を見ながら、大破した時雨を助け起こしていた。
「時雨、時雨」
浜風は時雨の名を呼びながら軽く頬を叩いたり肩を揺すったりする。夕立が心配そうに見ていたが、彼女と磯風もやがて駆逐水鬼を足止めするためにその場を離れていく。
「時雨」
どれくらいそうしていただろう。ようやく、時雨はその目を開く。
「はま…かぜ?」
「大丈夫?」
時雨はしばらく焦点の合わない目で浜風を見ていたが、やがて自分が浜風に抱き上げられているのだと気づいた。
「足が…動かない」
時雨はそう言って悔しそうに表情を崩す。
「やっぱり僕は駄目だ…。また、同じことをした…。いそゆきを守れない…」
時雨の視線の先で、炎を上げて沈みゆくいそゆきの姿が見える。浜風は、かける言葉が見つからずに時雨を抱き上げたまま、同じようにいそゆきを見上げるしかなかった。沈みゆくいそゆきの前で、ひときわ大きな爆発が起きた。炎に照らされた川内の姿が見える。日向も最上も、煤で汚れた顔を爆炎に向けていた。
「駆逐水鬼を撃沈」
無線から川内の声が響いた。