いつもの世界を守るために   作:alnas

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戦闘開始

「自由ちゃん〜、はやくいこう〜」

「こどもかあいつは。悪い、呼ばれてるから行くわ!」

「うん、今日はありがとね!」

 姫さんの声を背中で聞き、駅を出て行く緑色の少女を追う。

 彼女に追いつき、好奇心の向くままに連れ回されようとした直後、都市全体に警報が流れる。

『緊急警報。湾岸部アクアライン南方方面より、大規模な<アンノウン>の出現反応を確認しました。東京、神奈川、千葉の各防衛都市は、対処に向かってください。緊急警報――』

 ピタリと、眼目の動きが止まる。

「自由ちゃんと遊ぶところなのに〜なまいき〜」

 頰を膨らませ、目つきを鋭くさせる眼目。

 久々に、彼女を怒らせる出来事が起きたらしい。

「たまちゃん、みゆちん! 警報聞こえたよね。行こう!」

「うちも大人数で出るぞ。さっさと準備しろ」

 姫さんとほたるが早口に言い、走って駅を出て行く。

 大勢で行くってなると、海からだな。

 しかも二人して俺が行くのを疑ってないときたか。こうなると居残るってのは愚策か?

「どうする、眼目。因幡は出てこないだろうし、どちらにせよ神奈川に残すが、おまえは?」

「行くよ〜今日はちょっと、悪いきぶん〜」

 俺の手を取り、早足に姫さんたちの後を追い始める。

「珍しいな」

「ん〜そうかな? そうかも〜」

 気ままに生きてるせいなのか、こいつがこうして自ら前線に出る機会は多くなかった。

 って、待てよ? こいつが前線に立つと、俺も否応なく立たされるのか……いや、いいか。流れは全て、任せてしまおう。

「たまには出るか。どの道、大規模となると姫さんが出張る場面もあるかもしれない。そうなれば、結局は同じことだ」

 うちの首席の力は強力にすぎる。

 硬化だろうと、反射だろうと、それら全てを凌駕して相手を潰すだけの、否。守るだけの力があるのだ。

 だからこそ、より守るための力が必要なのだが……

「とりあえず姫さんちについてくか」

「了解〜どっちにしてもさとりの目なら〜急がなくても見失わないけどね〜」

 ですよねー……<世界>に頼らずとも、眼目は常人離れした広い視野を持つ。余所見していても、ある程度の物事は視界から外れないだろう。

 こうした、<世界>だけに頼らない生徒というのは貴重な戦力に成り得ると俺は考えているのだが、どうにも、彼女も真面目に動く気がない。それだけに、今回同行するのが恐ろしい。

「それにしても〜姫ちゃんもほたるちゃんも速いね〜」

「あいつらが速かろうと遅かろうと関係ない。他の生徒も乗せていくんだ。全員集まるには、まだ時間がかかる」

「そっか〜なら〜ゆっくり行けばいいかな〜」

 それもどうだろうか?

 うるさい連中が湧くと面倒なんだが、どうせついていくなら文句を言う連中の少ないときに乗り込んでしまった方が……。

「おや、珍しいね。キミたちがいるなんて」

 ――遅かったか。

「いつもは出てこない人たちがいると面倒事が起きる前触れにしか見えませんわ」

 まさか二人ともに出くわすとは。いやはや、こいつらどこから湧いて出た?

「あ〜えっと〜……四天王のひとたち〜」

 眼目の声が一瞬消えたところから、名前を覚えてなかったことがうかがえる。

「手を繋いで走るとは、なんとも……クッ、僕だって姫殿の小さなお手てをにぎにぎしながら笑いあって歩きたいのにぃぃぃぃっ!!」

「そうです姫さんを服屋さんや喫茶店に連れまわしてお持ち帰りまでしたいのです」

 欲望だだ漏れか変態どもめ。

 背格好は違うが、変態どもの胸元には、神奈川の生徒会役員であることを示す略章が燦然と輝いている。

 姫さんといい、ほたる、その他四天王ときて、神奈川の運営が本格的に心配になってくるな……。

「なんか、いま残念な視線を向けられた気がしたのは、僕の気のせいかい?」

 こちらに不満気な表情を見せるのは、佐治原銀呼。うちの三年生だ。

 俺が二年、眼目が一年なので、先輩にあたる。

 長身の、ウルフカットの髪に、どこか獣を思わせる切れ目の双眸。そして、口元を覆う長いマフラー。

「これで変態でなければ男も寄ってくるだろうに」

「男なんていらないさ。姫殿だけいればいい!」

「…………そうか。それは失礼した」

 神奈川の全生徒から好かれていると言っても過言ではない姫さんだが、たまに。ごくたまに、姫さんの周辺にいる生徒に限って、振り切っちゃってる生徒がいたりする。

 その生徒たちがこぞって生徒会役員なのだから、怖い怖い。

 だが、やはり変態に関わってはいけなかった。なぜなら、一人釣れるとおまけがつくからだ。

「今日はこのあと姫さんの撮影をする予定がすべてなしになるなんて」

 こっちを見ながら言わないでもらえます? 私、なにも、してない。

 長い髪を三つ編みに結わえた、痩せた体躯の少女。

 陰鬱そうに歪んだ双眸には分厚い隈が浮かび、肌は病人のように白い。

「高度な<世界>をストーキングに使う奴に睨めつけられる筋合いはないな」

「前線に立ちもしないのに姫さんに一目置かれている方に姫さんと一緒に出かけることは許されていません」

「一目置かれているならいいじゃないか。実際は給仕のようだったがな」

「なんて羨ましいことをそれを迷惑だなんて失礼にも程があります」

「うるさいぞ音無柘榴。盗撮行為のために<世界>を使うな」

「あなたこそもっと<世界>を有効活用してください私のようにもっと姫さんのために」

 いや、そこで姫さんのためにはおかしいでしょ? どうみても己の要望のためにって感じなんですけど……

「まあまあ、僕たちがしていることはライフワークなんだからさ」

「黙れゴミ漁り! おまえもおまえだこの変態集団!」

「なんだって!? そういうキミこそ、今日は姫殿と一緒にお出かけしたんだろ! 旅先でかわいい姫殿をたくさん見ておいて、なにを言っているんだ!」

 見てないんですけど! 会議までの時間の半分は厨房にいましたから! 残りも他都市の代表と話してましたから。特に千葉勢!

 なんて言ってやりたいが、言っても聞かないのが四天王。

 黙ってやり過ごすのが一番楽だ。

「やっぱりうるさいね〜自由ちゃんの疲労がたまるのもわかるな〜」

「だったら、助け舟のひとつでも出してくれ」

「ん〜それは無理〜こんなときなんて言えばいいのか〜ずっとずっとわからないんだ〜」

「………………そっか。なら、仕方ないな」

 隣を走る眼目を横目で確認するが、表情は口元をにやけさせたまま変化がない。こいつにも、もう少しいろいろ教えてやれたらいいのに。

「さっさと終わらせて、今日は遊ぶか?」

「……うん〜それがいいかも」

「だな。おい、変態二人! さっさと生徒集めて行こうぜ。時間が惜しくなってきた!」

 後ろに続く彼女らに告げると、

「なんだいその言い草は! というか話聞いてよ!」

「まったくもって勝手な話を次から次に少しはこちらのことを考えてください」

 すっごい形相で速度を上げてきた。

「青生に連絡しておく。もっとも、彼女ならすでに動いていると思うけどね」

 俺と眼目の位置まで追いつくと、一言だけ言い残し、さらに速度を上げて駆けていった。たぶん、姫さんのところに一番乗りして褒めてもらう算段だろう。

 姫さんラブを語るだけの変態ではある。

 千葉と東京も動いていることだろうし、なにも三都市の生徒全員が向かうわけでもない。本当なら俺も神奈川に残りたいくらいだが、そうなると眼目一人での行動になるし……面倒な。

 残るのと行くのなら、後々のことまで考えると、僅差で行った方がマシなレベルだ。

「ちくしょうめ……」

 愚痴を吐きながら、俺は神奈川の生徒が集まりつつある場所へと歩みを進めた。

 

 

 

 船内に乗り込み、アクアライン付近の海域に着くのを生徒たちが静かに待つ。

 俺はどういうわけか四天王に囲まれながら、眼目と共に作戦が組み立っていくのを聞いている。

 なぜこうなっているかを疑問に思わないわけではないが、全員に飲み物を入れているので、いつも通り給仕係と間違われているのだろう。

「で、数はどんなもんなんだ?」

 俺が聞くと、銀呼が答えてくれる。

「ざっと三桁かな? 三都市で当たれば怖い数じゃないと思うけどね。もちろん、僕たち神奈川が一番活躍するさ」

「そうかい。なら俺は傷ついたバカどものために医務室に籠ってようかねぇ」

「自由、いつもとは言わないけど、こんなときくらいは前線に立ったらどうだい?」

「そうねぇ……気が向くか出なきゃならなくなったら、そんとき考えるさ」

 銀呼に飲み物を渡し、話を終える。

 彼女は納得いかなそうだったが、それ以上はなにも言ってこなかった。

「さて、じゃあそろそろ始めないとね」

 反対側では、姫さんが四天王最後の一人、八重垣青生に話しかける。

 船内に残る生徒たちは、その姿を見て甲板へと上がっていく。すでに待機している生徒たちも、この光景を上がっていった生徒たちから聞くだろう。

「さとりたちもいく〜?」

 視界の端にひょっこり現れた眼目が問う。

 外ではすでにやりあっている都市がいるんだろうな。仮にも代表に会ってきた日だ。

「出るか。おまえは好きにしろ。ほとんどの生徒が、おまえを止める術はもたないからな」

「りょうかい〜」

 姫さんとほたる以外はもう上に行ったのか。

「あれ? まだ残ってたの? ほらほら、もうみんな行っちゃったんだから、はやく行こう!」

「ヒメの手を煩わせるな」

「は〜い」

「問題児が迷惑かけなかったら問題児じゃなくなっちゃうだろ」

 各々言いたいことを言い合いながら多くの生徒が待つ前に立つ。

「みゆちんと一緒の場に立つなんて、随分と久し振りだよね」

 生徒全員を前にして、姫さんが小さな声で言う。

「だな」

 俺が短く返すと、それだけでも嬉しそうに笑顔を向けてくる。

「うん。――じゃあ、今日も世界を救おっか」

 千葉の生徒たちがすでに<アンノウン>の相手をし、空中には彼らが撃った弾丸の軌跡が描かれる。

 そんな中、先頭に立つ姫さんはニッと口の端をあげた。

「――我が勇猛なる剣の都市の戦士たちよ!」

 姫さんが叫ぶ。

 後ろに控える生徒たちにも伝わっていたのだろう。彼らがみな、応ずるように声を上げてくれる。

「眼前には数多の敵。我らが背後に道はなく、我らが背を向けた瞬間に、逃げるべき場所は悪逆共に侵される。一歩たりとも退くことは許されない。なんとも劣悪な狂気の戦だ」

 低いトーンで言ったのち、彼女は前を見据える。

「――どうだ、最高に楽しいだろう?」

 その声に、生徒たちが沸き立つ。

「よろしい! ならば海原を侵す者たちに思い知らせろ! 我らの名を! 我らの力を! 我らの――意志をッ!」

 姫さんの口上に応え、生徒たちの声が空気をビリビリと震わせる。

 ああ、やっぱり凄いや。

 眼前に見える<アンノウン>の姿は増える一方なのに、負ける気がしない。彼女の言葉ひとつで、戦況はいくらでも引っくり返せそうな気がしてくる。

 姫さんは満足そうに頷き、隣に控えるほたると共に剣を取る。

 続いて、残る四天王、生徒たちが一斉に武器を構え、思い思いに<アンノウン>へと攻撃を仕掛けていく。

「始まったね〜」

「千葉には遅れを取ったみたいだけどな」

「ふ〜ん? どうでもいいかな〜じゃあ、さとりも行ってくるね〜」

 眼目は一人、アクアラインの方角へと走っていく。

「さとりさん私も行くので待ってくださいそうです行きますからちょっとはやいはやいですから準備がまだあ――」

 柘榴が眼目に話かけたようだが、あいつが気を回すはずもなく、柘榴は眼目と共に空中へと飛び出していった。

「え? ちょっと、二人ともどこに行ってるの!?」

 姫さんが驚きの声を上げるが、すでに彼女らはアクアラインへと飛び移っていた。

 命気操作が上手い眼目なら、あそこまでの跳躍は可能だろうな。剣術についても達人の域にいるのだから、特に不思議ではあるまい。

 それを可能にしているのは、<世界>の副産物である命気によって強化された肉体があってこそだが。

「とりあえずは俺も、前線には立たずとも、後方支援くらいはしてやるか」

 手近にあった出力兵装を持ち出し、多くの生徒に混じって小型の<アンノウン>を屠っていく。

 すると、アクアラインにより近い海岸から、フハハハハ! とか叫ぶ声が聞こえて来る。

「壱弥が来たか。それに戦場に響くこの歌声……東京の次席だな」

 少し離れた位置には、千種妹の姿も見える。

 数は少ないが、強力で巨大な<アンノウン>も、姫さんが消しとばしていく。

「楽勝、かな?」

 このぶんなら、なんとか――って銀呼!?

 同じ神奈川の男子生徒に爪を向ける彼女の姿が広がっていた。

 なんとか周りの女子生徒が止めているが、これはもしかして……。

やはりランキングなんてものがあるから、いつまでたっても本当の協力体制ができあがらないんだよ!

「悪い、ちょっと通してくれ!」

 周りの生徒をかき分け、最前線にいる姫さんのところまでたどり着く。

「おい、姫さん、ほたる! まずいぞ、このままだと――」

「わかっている。丁度聞かされたところだ。フレンドリーファイアだろう?」

 ほたるが先読みして、こちらが言いたいことを当てる。

「そのことなら安心しろ。東京と千葉のアホ共が同士討ちする前に終わらせる算段をつけた」

「ほう? っていうか、千種と壱弥はなにバカなことやってんだよ……仲悪すぎだろ」

「アホ共で伝わるとはな。思った以上にあの場に馴染んでいたんだな」

 そうですね。

 誰かわかる程度には、理解があったわけだ。

「で、終わらせる方法は?」

「ヒメの一撃で一掃する。これから作戦に移るが、ふむ、よさそうだな」

 地上の方では、千葉の生徒たちが車両に乗り込み、付近から急いで離脱していく。

 あ、千種が乗り遅れたらしい……走って逃げ出し始めたぞ。

 東京の生徒たちも周りに捌けてくな。

「行けそうだな。じゃあ、あとは頼むよ。お疲れさん」

「気が早いように思うが、まあいいだろう。ヒメ、いいぞ――ぶちかませ」

「うん……!」

 ほたるの言葉に頷くと、両手で大剣を握った姫さんは、その身に、刀身に、命気を巡らせていく。

 すると刀身にヒビが入り、パキパキと音を立てて分解していく。

 最初にこの光景を見たときは、姫さんの剣が壊れたのかと思ったが、違う。

 バラバラになった刀身が、濃密な命気で繋ぎ留められ、さらに巨大な刃を形作った。

 同時。

 まるで激流のような命気の波が、辺りを通り抜ける。

「――いっくよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 裂帛の気合いとともに、姫さんが剣を薙ぐ。

 剣が通った跡には一匹たりとも<アンノウン>が残ることは許されない必殺の一撃。

 だが、その進路の先には、眼目たちが飛んで行った場所、アクアラインが映る。

「おい! 姫さんストップ!」

「へ? ――あっ」

 いまさら勢いが止まるはずもなく、姫さんからまぬけな声が漏れる。

「まずい!」

「めんどうですが姫さんのためですひとつ仕込んでおいた甲斐がありました」

 瞬間、目の前に柘榴が現れる。

「ナイスタイミング!」

 彼女がすでに差し出していた手を握ると、辺りが一転する。

「あ〜自由ちゃんいいタイミングで登場できたね〜」

「ふざけてる場合じゃないです帰りましょうでは自由さんあとはお任せします」

 横にいた眼目は柘榴と共に、すぐさま姿を消した。

 その下には、一枚のコインが置かれていた。

 そう、視界の先にあるのは、まさにこちらに迫る姫さんの一撃。

 こうして、この日最大の面倒事が、俺の前に姿を表した。

 極大の閃光が、俺に迫る――。

 避けようのない、強大すぎる一撃。あまりに濃密な力の奔流を目の前に、思わず意識が飛びそうになる。

「いやいや、来た直後にこれとは……」

 大層なお出迎えじゃないか。

 これだから力の制御をしきれない奴の一撃は怖い。

 一発一発が必殺だというのに、御する余力は残っているだろうに。

「どうしておまえたちは、俺に後始末をさせるかね……」

 陸地に立つのは俺一人。

 別に、こんな場所が壊れようと俺にとっては大きな打撃には成り得まい。

 だが、ここが壊れると困る人たちもいるのだ。崩れたらいろいろ台無しなんだよ!

 まったく、どうしてこうなったのか……四時間前の俺からすれば、考えられないことだろうに。

 ため息混じりの愚痴が溢れる。

 けどまあ、こんなときのために俺という存在が神奈川に配属されていたりするのだ。

「守ってやるよ、今日この日々を、いつもの日常のためにもなぁ!」

 直後、光の奔流が俺を包み込んだ。

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