日差しが強い……。
日陰で寝てるのは気持ちいいが、日向をただ歩くのは苦行だ。
「暑いねぇ」
隣を歩くカナリアも、額の汗を拭う。
「だな。こっちは早めに切り上げていいから、宿で休んでろ」
「え? ううん、私頑張るよ!」
笑顔をつくり、ピースしてくる少女。
「はあ……あんま張り切りすぎるなよ。あとで絶対に響くから。いいな?」
「うん! 任せて」
まあ、頑張ったところで、陸地になにかあるとは思えないんだがな。というより、陸地には一体も<アンノウン>の死骸がなかったことから、仮に今回発見したとしても、無関係なのではないか。
もしくは、そう見せることが狙いなのか。
「作為的にやったことだとしたら、見事に引っ掻き回されてるな」
「どういうこと?」
「ん〜……だからさ、俺らはまんまとこっちに誘われて、主力がいない間に都市を攻撃とか、戦力を分散した俺たちを各個撃破してくとかな。考えればキリがないけど、そう考えさせられて行動を制限されてる時点で、今回の一件が人為的なものだとしたら笑えないって話」
「難しい話だね。でも、三都市に残ってるみんなは強いし、ここに集まってる自由くんたちも強いから大丈夫だよ!」
うちは姫さんの号令のもと動けてる生徒も少なくないからなぁ。
果たして頭がいないときにどれだけのことができるか……いや、青生はいるし、作戦立案くらいならいけるか?
「都市の方でなにもなければいいが」
「大丈夫だよ! もしどこかが危なくなったら、みんなで助け合えるから」
ランキングもあるしな。
敵が大群で攻めてくれば喜んで駆けつける連中はいくらかいるだろうな。
「本当に助け合える連中の方が稀なんだよ」
「ん? なにか言った?」
「いや、なんでもない」
つぶやきにも等しい声は、彼女には届かなかったみたいだ。
ふと溢れてしまった言葉なので、聞かれなかったことに安堵しつつ、後方を見やる。
「……」
だるそうだ。
むしろ、動くことすら嫌そうな、腐った目をしている。
「千種、おまえさすがにもう少しやる気をだな」
「無理だ。やるべきことが定まっていないのに、やろうとなんて思えるか」
わからなくもない。
今回やるべきことってのは、まさしくいまおこなっている調査なのだが、調査するモノがなんなのか、いまいち掴めないでいる。
仮に、人がやったこととしても、その人物を探すのか、手段を探るのかでは大きく違う。
加えて、今回は<アンノウン>同士の喧嘩、もしくは争いがあるのかも知れるいい機会だと、管理局は思っているかもしれない。結局のところ、どこまでやればいいかの判断はできないのだ。
「そう考えると、俺もただ歩くのは怠くなってきたな……」
「だろ? だいたい、地上からなにがわかるってんだか」
千種は完全に歩くことをやめ、その場に座り込んで海を眺め始めた。
カナリアに視線を送るが、困ったようにおどおどしている。
「一旦休憩だ。いいよな?」
「う、うん」
とりあえずは彼女も休ませる方向で話を進め、三人並んで海の方向へ視線を向けた。
その直後、前方でなにかが空高くに舞い上がった!?
「なんだ!?」
「<アンノウン>か? 仕方ない」
「カナリアは下がっとけ! 万が一にも突っ込まれでもしたらまずい!」
千種が狙撃しようと狙いを定めに入るが、それより早く、<アンノウン>は海中に落下していく。
それも、盛大な水しぶきを上げながら……。
「……」
「…………」
カナリアは後方に下がらせていたので無事だったようだが、俺たち二人は海水を頭から被るはめになった。
「……さすがにこれはなぁ」
「まあね。これはちょっといけないでしょ」
千種から黒い感情が浮かび上がるのがわかるが、残念だったな、<アンノウン>。俺も割と怒っているぞ!
無表情で狙撃銃を構えた千種は、しかし。
「ありゃー、ダメだ。もう姿が見えないところまで行っちまってる」
「そうか。なら、姫さんたちに任せよう。海中にいる連中なら、簡単に捕らえてくれるだろ」
「だな。まあ一応、見張ってだけはおこうかな」
千種も過保護っていうか、シスコンっていうかきもいというか……大概だな。
お人好しともいうのかもしれないけど。
「にしても、妙だな」
「なにか変なところがあった?」
カナリアは理解してなさそうだが、<アンノウン>の侵入を、こんな内部まで許している時点でおかしい。
普段戦っているモノとは違う可能性もあるな。
「できるなら、一度ゆっくりと観察したいところだが……死骸とか転がってねえかな」
「いや、ないだろ。全部回収されたはずだし」
「そうは言っても、一体くらい残ってるかもしれないよ! 霞くんも一緒に探そう!」
いや、うんまあ……言い出したの俺だし探しますよ?
千種も面倒そうだが、あたりに視線を巡らせてくれる。
「――ッ!?」
瞬間、千種が俺とカナリアの腕を掴み、横へ大きく飛んだ。
「おい、なんのつもり――」
言葉は、最後まで紡げなかった。だって、仕方ないだろ?
海から<アンノウン>が三体も飛んできたんだから……って、こいつら自分の意思で来たわけじゃないな。
軌道が変だ。
「千種、カナリア! 海の方に誰かいるか?」
「…………ああ、いるな」
「え? うそ、どこに!?」
千種が指さす先。
普段の制服姿とはあまりに違う、露出の増えた水着を着込んだ姫さんとほたるの姿があった。
「は?」
えっと、どういうこと? 軽く思考が止まった。同時に、ある仮説が浮かぶ。
ああ、いかんいかん。
うちの姫さんならやりかねないから否定できない。
「みゆちーん! 魚いなかったけど、それならいたよー!」
あ、これやっぱりそういう……。
「バカなの!? <アンノウン>が食えるわけないでしょ! 姫さんなに考えてるんだよ! あと、ついでに言わせてもらうけど、敵を投げてくるな!」
「そうは言っても、仕方ないと思うよ」
いつの間に泳いできたのか、ほたるを連れて岸まで上がってきた姫さんは、<アンノウン>を指して話し出す。
「あれ、もう潰されてるよ。それも、報告にあったのと同じ傷跡もある」
「なに?」
動かないことを確認してから、<アンノウン>のそばに屈む。
指で貫かれたかのような跡が数カ所……他に目立った傷はない、か。
三体ともそれだけで絶命してやがるな。
「こいつらは海の底にでも沈んでいたのか?」
「そうだ。底にいるのをヒメが発見し、おまえたちに渡した」
渡した? うん、まあなんだ……どうみても襲撃でしたよほたるさんや。
「とりあえずは、こいつを調べてみるか、管理局に渡すべきか」
「管理局の方は同じモノが何十体と運ばれていると思うが。この個体だけ違うということもあるまい」
「だよなぁ。でも俺たちじゃわかることって限られてるし……」
なんで俺たちがこんなことをやってるやら。
管理局だけでも情報を集めるなんてことはできるだろうに、なぜわざわざ――。
「すでに突き止めているからか?」
「みゆちん?」
「いや、なんでもないよ。それより、念のため<アンノウン>だけは消しておこう。跡形もなくな」
亡骸を消しとばすと、姫さんから『あぁ……せっかく取ってきたのに!』なんて抗議の声が聞こえた気がしたが、もちろん無視した。
「依然として、やることがはっきりしないな」
「そうでもないかもしれないぞ」
千種のだるそうな声に反論を重ねる。
「どういうことだよ」
「いやな、ひとつ、俺たちでないとできないことがあるなって思い至っただけさ」
「なになに、みゆちん」
四人の視線が俺に集まり、次の言葉を待っている。
管理局の、大人たちでは対処しきれない事柄など、思い至るものはそう多くない。
<世界>が発現しているのはこどもたち。
敵を打倒しうる、最も有効な手段を持つのもまた、俺たちこどもだ。もし、この一件に危機感を持った大人がいたのなら、<アンノウン>の襲撃までを予想しているはず。
「決まってるだろ、戦闘だよ」
俺の言葉を聞いてから数分。
千種とカナリアに連絡を取ってもらい、海に出ていた二人を呼び戻してもらった。
思いの外近場にいた千種妹はすでに海から上がっており、残るは壱弥の帰還を待つだけとなっている。
「それで、どういう状況なんだ?」
空を飛んできた壱弥が降り立つや、すぐさま口を開く。
「姫さんが死骸を三体発見した。ついでに、報告にあった傷で倒されてるおまけつきだ」
「それで?」
「んで、こっからは予想だけど、たぶん今回の任務は死骸の発見なんかじゃない。管理局は、いざってときに俺たちをわざわざアクアラインに呼び出したんだ」
話しを聞いていた壱弥の眉が動く。
「俺たちを呼ぶなら、それは戦闘の危険がある、というわけか?」
「そうだ。そんで、管理局はたぶん、今回<アンノウン>を潰して回っているモノの正体を掴んでいるんだろうな。でなけりゃ、こんな戦闘向きのメンツしかいないなんて有りえない」
旅館に人がいなかったのは、確かに人手不足もあるだろう。怖いってのもわかる。でも、一番の理由はそうじゃない気がしてならない。
余計な被害を出さないために、配属しなかったんじゃないだろうか。
「大物が控えてるのかねぇ」
過去を思い返して、危なげな少女のことが頭を過る。
黒く、なお黒い思考を持つ彼女。
「……考えたくもないな」
「なんの話しだ、三百――チッ!」
突如、壱弥が籠手を纏ったかと思えば、俺の背後に回りこんだ。
わずかな間を置いて、衝撃が俺と壱弥を吹き飛ばした!?
「……ってぇな!」
「回りにもっと気を配れ、無能もどきが!」
俺の前に倒れこむ壱弥は苛立ちを含んだ声を発するが、それは俺に向けられた怒りじゃないことが、すぐにわかった。
「みゆちん!」
「いっちゃん!」
姫さんとカナリアが駆け寄ってくる。
「カナリア、下がっていろ!」
「姫さん、俺は平気だからいい。それより、前をしっかり見とけよ」
背後からだったとはいえ、まるで反応できなかった。
壱弥ですら、俺を庇ったとはいえ二人して吹き飛ばされるとはな……全員揃った途端にこれか。狙ってたのか、偶然か。いやな運命もあったものだな。
「おいクズゴミさん、敵は?」
「姿はわからん。だが、鞭のようなもので吹っ飛ばされた」
「東京主席さんが吹き飛ばされるとか、超ウケる」
「いや、ウケねえから。クズゴミさんが飛ばされるとか、洒落にならないでしょ。いつものことすぎて」
「それはどういう意味だ!」
余裕ある連中で嬉しいんだか心配すればいいんだか……。
「言い合ってる場合か、この羽虫どもが。――構えろ」
ほたるが冷静な声で言う。
こんな晴天の下、姿も見せずに襲いかかってくるとは恐れ入る。
全員が辺りを見渡し、それぞれに警戒する中、それは起きた。
「フフッ、あなたたちが三都市の代表ね。会えて嬉しいわ」
空中にできたひとつの穴から、女性が現れる。
「人、なのか……?」
それは誰が言った言葉だろう。
壱弥か、それともほたるだったのか。または、他の誰かだったか。
そんなこと、どうでもよかった。
空中に浮いたその女性は、片手を鞭のようにしならせる。
「初めまして、三都市のみなさん。永い眠りから醒めた子よら。あなたたちに会えて嬉しいわ。それじゃあ、さっそくだけど――潰しましょうか」
言い終えた瞬間、暴力的なまでの笑みが彼女から溢れる。
悪意が、始まろうとしていた――。