毎日のように、耳にする。
世界を救おうと、救いたいと。
最初は、その声が遠くから聞こえて来るだけだった。でも、時間が経つごとに、しだいに近くで聞こえるようになっていった。
『キミ強いね! ねえ、あれはなにをしたの?』
初めて会話をしたのは、前線に駆り出されたときだったか。あのときも、姫さんが想定外の力を振るったから、後ろにいる生徒を守るために止めたんだっけ……。
そこで目をつけられて、ことあるごとに生徒会メンバーも含め追われたりと、いろいろあったな。
いまでこそほたるがいるが、少し前まで、他の生徒がその座に居座っていたんだ。そいつはある事件で亡命しちまったけど、ほたるが来てから、あいつは自然と笑う回数が増えた。
出会った当初は、毛嫌いしていたはずなのに……。
できもしないことをできるように、叶わないことを叶えようとする背中。
だから嫌悪していた。
強さだけを振りかざす正義はあってはならない。そう、思い込んでいたんだ。
だから、一度だけ、彼女に剣を向けた。
『あんたがなにを考えてるのか、見極めておく必要がある。つきあえ』
『うん、いいよ! みゆちんと特訓だね!』
『え? いや、そうじゃなくてだな……待て、みゆちんってなんだ!?』
『自由だから、みゆちんだよ? 難しかったかな……』
なにが難しいのか、いまでも理解できない。
このときから、俺の呼ばれ方は姫さんの中で固定されたのだ。彼女の本心を聞くのは本当に大変だった。のらりくらりとかわすかと思えば、核心をついてくる。
その間も攻撃の手を緩めないのだから、命がけの問いかけだったと、後になって思い知らされた。
だからこそ、ほたると出会って、周りからも好かれているいまを、守ろうと思ったんだろう。そこに、俺の意識がどれだけ働いているのかわからない。
ただ隣で観ていたあの子を支えてやろうと、困ったときだけは、力を貸してやろうと、失ったモノを埋めるように求めた。
ああ、だからこそ、寝てはいられない。
『じゃあ――今日も世界を救おっか』
何度、その言葉を聞いてきた? 神奈川に危機が迫るたび、<アンノウン>が都市に攻めこむたびに言っていただろ?
無条件で戦えない者を、弱い者を守る姫さん。
その姿に憧れたことはなかったが、その姿を、正しいモノだと認めたのはいつだったか。
『だいじょうぶ。私、強いから』
思い出した――。
一言。たった一言を聞いたときだ。
拳を握りこんで、平気ですって顔してるときの彼女を見たとき、なんとなく、納得できたんだ。
どれだけ強い力を宿していようと、無理しているただの子どもなのだと、歳がそう変わらないながらも、わかってしまった。いまでこそ、ほたるという存在が彼女を支えてくれているが、当時は誰も、本心を知ろうとは思わなかった。
姫さんは強くて優しいヒーロー。
そんな意識が、強く根付いていた。いや、いまでもそうだ。でも、根付かせたのは姫さんだ。
いつもいつもいつも、自分だけを犠牲にするやり方に、いつの日か、守ってやらなければという思いが生まれていた。
おかげで、いまじゃ俺も彼女たちの側にいる。
いなくてはならないと、思い始めている。
姫さんがどうにかできないとき、どうにかするまでの時間を稼ぐときもくるって、わかってた。
俺が救いたいのは、最近手放せなくなりつつある日々。そこに生きる人たち。
だから――。
「だから、あと一歩だけ……進ませてくれ」
意識が急速に浮上し始める。
痛みが、刺激が体を走り抜ける。
「っ、ぐぅ……」
全身が痛い。
当然か……モロに体に受けたんだ。痛みを感じない方が怖い。
ここまでやられてちゃ、わけねえな。ったく、あんだけ大口叩いてこれとか、笑えない。
「仕方ない、かな……」
足は動かねえし、手は痛みが酷い。
意識はあるけど、ハッキリとしない。いつ手放すか、わかったものじゃない。
千種たちは、誰か一人でも発見できただろうか? それとも――。
「…………ハハッ、おっけー」
でも、笑顔ってのは、こんなときでも出てくるものだ。いや、こんなときだからかな?
「なぜ、笑うのですか?」
結構飛ばされたのか、近距離で戦っていたはずの女性が、遠くから問いかける。
「笑うさ。人が笑えるのは、悲しいときばかりじゃない。嬉しいときにはな、自然と涙が出るもんなんだ」
「はあ? 私には一生理解できそうにありませんね」
だろうな。
俺とこいつは違う。同じ人はいないとか、そういう意味じゃない。
見たい未来が決定的に違うのだ。
「あなたが存外頑丈なのはわかりました。ですが、やはりつまらない存在なのも確認できました。先ほどの一撃が最後のチャンスだったのです。もうやるべきことも終わっているので、どうか安らかに」
やるべきこと……?
そういえば、最初はそれを探る任務だったような気がする。
「あと一撃だけ、凌いでみるか……そしたら、もう寝てもいいよな」
目が霞む。
正面から受けきるには、耐久力が足りないか。
足が震える。力が思ったように入らない。それでも、あと一撃だけ……。
「俺の<世界>は、人々の想いも、希望を背負っていくための力だ」
体重をかけると、軋む音が鳴る。
全部の不調を無視して、徐々に腰を浮かせていく。少しずつ、少しずつ、地面から体が浮いていく。
「……不愉快ですね。頑張ればどうにかなる精神は極めて害悪だ。人は限界を超えられないし、弱い者がたてつく傲慢さは何者にも劣る劣悪な感情だ!」
彼女が始めて、人らしい感情を見せた。
怒り……。俺に対してではなく、姿勢に対してのものだろうか。
「消えろ――ッ!」
姫さんたちのときとも、これまでも違う。
感情の滲み出た、手加減なしの剥き出しの一撃。それがくる!
「なにがトリガーになるかわからないから、関わり合いってのは怖いねぇ……話したこと後悔するわ」
いまだに相手の<世界>がわからない。わかってるのは、出力兵装が鞭であることと、命気操作がよほどうまいのか、出力も高いせいなのか、凄まじい威力を叩き出すってことだけだ。
こっちから仕掛けるのはほぼ不可能。
受け流すしかない、か。
「はあ……帰りてぇ」
帰れたら、いいんだけどなぁ。
視線の先。
せめて、退却させないと!
「退屈な方々は、さっさと退場しなさい!」
三度、光弾が俺に迫る。これまでよりも、巨大で凶悪な力の塊。守るためではなく、壊すための……。
「壊させない。あんたの<世界>がなんであれ、俺の<世界>は、あんたを否定する!」
極光が空を割り、俺の体に降り注ぐ。
「なに!?」
今度こそ、絶対に。
「ですがムダです! あなた一人で、なにができると言うのですか!」
「一人、か。そうだな。俺もさっきまで、そう思っていたんだがな……」
どうにも、お節介が過ぎる。
手を真横に振ると、光弾が光に呑まれ消えていった。
「その程度は予測済みです。ここからが――ぐっ!?」
光弾を潰し終えてすぐ、奴は俺に肉薄してきた。だが、命気で包まれた手刀が俺を斬り裂かんとしたとき、ひとつの影が俺と彼女の間に割って入ってきた!?
「チッ、おのれ!」
「無能なりによくやってくれた。カナリアを守ってくれたことにも、礼を言う。天羽、おまえのおかげだ」
俺のすぐ前まで迫っていた敵を退けてみせたのは、消し飛ばされたと思われていた、壱弥だった――。
「遅いんだよ、おまえら……」
「フン、貧弱なことだな」
「それはどっちだボケ! どうせ千種に拾われて、なんとか復活したんだろ」
「……」
都合の悪いことは黙る気かチクショウめ。
「まあいいや。とりあえずは助かった」
こっちは限界に近いし、一人でも復帰してくれれば、気が楽になる。
問題があるとすれば、俺たちの戦力差がなにも変わっていないことくらいか……。
「しぶとい連中ですね、気持ちの悪い」
「安心しろ。気持ち悪いのは俺じゃない。おまえの言う気持ち悪いというのは、そいつらのことだろう?」
「なにを言って――上か!」
鞭をしならせ、真上に横一線。
甲高い音とともに、降ってきたなにかを弾く。
「こざかしい! あなたの一太刀など、さきほどの攻防で効かないとわかりませんか!」
「わかんないな。だってまだ、私の全部、出してないもん」
――よかった。
「思ったより早いお目覚めだったな、姫さん」
「うん! 時間、稼いでくれてありがとね」
意識を取り戻してすぐのとき。
敵のさらに後方から、千種とカナリアの姿が見えていた。その横に、寝かされた四人がいたことも。
あとは、千種が示した時間を耐えぬくだけ。
そう、一撃ぶんだ。
「千種が示した時間を稼げれば、どうにかなるんだと思ってたが、まさか逃げ切る時間じゃなくて、反撃に回る時間だとは、恐れいった」
帰ってこない。
彼はそう言って、離れていったはずだ。
確かに、帰って来たわけじゃない。
「捻くれた奴……」
てっきり俺を切り捨てるもんだと思ってたんだがな。その覚悟も、理解もあったというのに。
「東京、神奈川のトップはこれだから……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」
安定しなくなってきたな。
丁寧な話し方は、もうできていない。
「こんな、クズどもぉぉぉぉっっ!!」
女性が一歩踏み出した瞬間、背後から銃弾が放たれる。
「アアッ!」
叫びとともに、鞭で打ち払う。
その鞭が伸びきった瞬間。
「二の太刀・〈閃塵〉」
いくつもの斬撃が、鞭を粉々に破壊した。
斬撃は一呼吸のうちに鞭を柄の先まで斬り裂くと、彼女の腕までを抉っていく。
「ヒメに与えた傷のぶんだ。なに、これからすべて返済してやる」
「お姫ちんがいなかったら、こんなに早く復活できてないけどねぇ」
女性を囲むように、俺たちとは反対側から、ほたると千種妹が降り立つ。
「貴様ら、揃いも揃って、なぜ生きている……」
「ん? それはほら、すんでのところでお姫ちんが全員を海に叩き落としたからっしょ」
「あはは……ごめんね、痛かった?」
「別に。だって、残った方が痛そうじゃん? だいじょうぶ?」
謝る姫さんに対し、心配そうな顔をする千種妹。ほたるも、横では申し訳なさそうにしている。
そういう、ことなのか。
「全然、平気だよ! 私、強いから!」
姫さん一人があいつの光弾を受け、残りは直撃する前に姫さんに飛ばされたと。
それなら、まあ……気を失うか一定時間立てなくはなるかもな。
「姫さんが十分以上動けなくなる威力とか、考えたくないんですけど? でも、これであんたもわかったろ! 勝ってないんだよ、おまえ」
周りに、希望が集っていく。
今度は前とは違う。
全員が連携して、相手にできるはずだ。お互いをカバーしあえば、こいつ一人なら、なんとか――。
「ほう。存外、苦戦しているではないか。そうか、少しは強くなったのだな、自由」
――声が、辺りに響いた。
昔から聞きなれた、けれど、大っ嫌いな声。
「どれ、その血の味、私に教えてみろ」
俺たちから離れた位置に積み重なった瓦礫の上。
そこに、黒が立っていた。
瞬間、自分の中の警鐘が、かつてないほどに鳴り響いた――。