合宿も終え、普段と変わらない生活を送っていたある日。
またしても、俺の日常をぶち壊すような出来事が起きたのだった。
何事も問題が起きない日々。
なんていい日なんだ。
先日、久々の激戦が二回ほど起きたせいか、感覚がマヒしているのかもしれない。本来なら、あんな戦闘が二回も続けて起きてたまるか。
「はぁ……ただ夕飯のために買い物をしてるだけだってのに、いい日に感じるな」
カゴの中に食材を入れていき、買い物を済ませる。
このあとは姫さんたちの元に行かなければならないので、ケーキもついでに買っていこうか。
先にある店に立ち寄り、綺麗にデコレーションされたケーキを6個頼む。
残すは紅茶かな。
「確かまだ生徒会室に買い置きが残ってたよな。それでいいか」
これでも神奈川の代表の一人となった身だ。
定期的に生徒会に赴くのはもちろん、彼女たちと都市運営、防衛手段についての会議。生徒たちからの要望に応えたりなど、やるべきことは多い。
戦うよりはよっぽどマシなのだが、これがまた無理な要望なんかも届くのだ。
「姫さんがなんとかしてやりたいとかいうから、余計に面倒なんだよなぁ」
止めても突っ走るか、なにもやりたくないってゴネるかだし。たまに書類溜まってるもんなぁ……。今日はどうなってることやら。
青生が優しくもなんとかやる気を出させてくれてるからギリギリでなんとかなってるものの。
導く者がいなかったら、とっくに崩壊してたかもな。
「せめて甘いものでやる気を出してくれればいいが」
逆に手につかなくなる可能性もあるし。そのままなし崩し的に今日の業務終わりー! とか言い出しそうなのも困る。
やれやれ、そういったことで困るのは俺の役目じゃなく青生のはずなのだが。
「これも代表にされたせいかね」
いらん苦労を押し付けられたもんだ。
そのうち管理局には報いを受けてもらわないとな。主に問題事の元凶についての情報を探ってもらうとか。ああ、亡命組のリストも作ってあるだろうから、そっちの情報の掲示もしてもらおう。
「せっかくだ。直接もの言えるうちにやれるだけのことはやってもらおうか」
なんて考えているうちに、生徒会の面々が揃っているだろう執務室の前についた。
「姫さーん、入るぞ」
一言かけ中に入ると、なぜか全員が向き合って、黙り込んでいた。
なんだ、これ……。
室内にあるモニターには、赤い塔みたいな、サンゴ礁のような。形容しがたい赤い物体が写っている。
「あ、みゆちん!」
「おう。珍しいな、みんなが騒いでないなんて」
「いつも騒いでいるみたいに言わないの! それに、ここは騒ぐところじゃなくて、執務室だよ」
うちの執務室はいつだって騒がしいけどな。
「で、なんだここは。お通夜か?」
「なんでも、アクアライン近海の海に超大型の<アンノウン>が出現したらしくてな。これから三都市の代表で会議との要請が入った。つまり、これから貴様と私とヒメは出かけなければならないということだ」
ほたるの説明に、モニターに映っていた物体がなにであるかが判明した。
超大型、ねぇ。
過去、神奈川にもバカみたいにでかいのが襲撃してきたけど、そいつ以上か? 周りが海なせいで、比較物がなく、大きさがいまいち把握できない。
まあ、それは今後わかるだろう。
「で、その<アンノウン>の出現に落ち込んでいる、と? そんなわけはないよな」
姫さんだっているし、そもそも四天王ともあろう者が<アンノウン>の出現程度で黙り込むはずがない。
「当然だ。僕たちはむしろ、姫殿の勇姿を観れることが嬉しいよ。しかし!」
「今日はこのあと姫さんとの楽しいお茶会の予定があったんですそれがすべてなくなりました奴は許しません」
「あはは……つまり、いつも通りでして」
銀呼、柘榴が不満を漏らし、青生は困ったように笑う。
いつも通り。なるほど、いつも通りだ。
よくよく考えれば、うちのメンバーが黙り込むか怒るのなんて、姫さん絡みのことくらいだよな。
「ドンマイ。ってことは、俺が買ってきたケーキも無駄になったな」
「ええー! 食べようよ!」
姫さんが残念そうにしているが、集合時間ってものもあるだろ。
まだ昼間だが、まさか夜に会議ってわけにもいくまい。
ほたるもそれはわかっているだろうし――。
「ヒメが言うのなら、食べてから行こう。天羽、悪いが紅茶の準備を。おまえたちも、それなら文句はないだろ」
ほたるさん!? クッソ、これだからおまえは……。
「遅れたら説明ぜんぶおまえに投げるからな」
「安心しろ。なんとかする」
嫌な予感しかしねえな。むしろ俺が被害を被る可能性の方が高そうな気配まである。
不安を抱えながらも皿を出し、茶の準備までしだすのだから仕方のない。
「さっさと食って行くぞ」
まさか、俺が待つ側になるとはな。
ちょっと意外だ。まあ、強引に連れていこうとせず、言うことに従っているあたり、なにも変わってはいないのだろうけれど。
「ったく……」
ただ、もしこの光景が続くなら。
それなら、悪くない。
ちなみに、出発できたのは、これから一時間が経ってからだった。
やっぱり遅れた……。
会議室にやってきた俺たちを出迎えてくれたのは、東京、千葉の代表四人、そして管理官の二人だった。
「珍しく遅かったな。まあ、緊急会議だからある程度神奈川での問題もあったとは思うが」
「ごめんなさい、求得さん」
「天羽が面倒事を背負い込んできまして。それの処理に追われていました」
あっれー話が違うぞほたるさんや。
俺がなにをしたって言うんですか……。あ、千種がすべてを察したらしく、ご愁傷様、とか呟いて手を合わせやがった。
察したなら助けろ!
「天羽……おまえは本当に問題児だな」
「待ってください……いえ、もう面倒だからなにも言いませんけど……」
いいよ、ぜんぶ背負いますとも。ケーキ持ってきたの俺だしね。
言わなくていいこと言ったと後悔してるよ。
「まあまあ。自由も、なにがあったか知らないけど、お疲れさま。まずは話を進めたいから、席についてね」
愛離さんが話を流そうとしてくれるが、できればその言葉を最初に言ってほしかった。
いえ、ありがたいんですけどね。
これ以上追求されるとほたるとの言い合いになりかねないし。
「さて、とりあえずは全員揃ったな。じゃあ始めるぞ」
追求をかわした俺は、ひとまず姫さん、ほたるの後ろに佇む。この部屋、なぜか椅子が6個しか用意されておらず、俺が座る場所はないのだ。
もちろん、立っていることに不満がないから問題ないのだが。
「もう知っていると思うが、本日、海ほたる海域に超巨大アンノウンが出現した。我々はこの新型を、リヴァイアサン級と仮称。目的の迎撃、排除を最優先とします」
うへぇ……。やめろよ、新型とか絶対いいことないじゃん。
「東京校の部隊が接触しましたが、装甲を抜けず、現場指揮官の判断で撤退。現在、海ほたるとアクアラインは敵の勢力下となっています」
敵の陣地に喧嘩売って来いってことか。前回も攻められたが、今回は大物も連れてきた。ってことは、目的はアクアライン及び海ほたるの占領か。
してやられたってわけだ。
「朱雀くんが撤退なんて珍しいね。そんなに手強かった?」
姫さんが疑問に思ったのか聞くと、壱弥ではなくカナリアが答えた。
「あの……今日の現場指揮官はいっちゃんじゃなくて……」
「なんでだよ。定期巡回のシフトには必ず首席、次席のどっちかが入るはずだろ?」
カナリアの言葉に反応したのは千種で、声音も、普段より少しきつい。
「部隊のメンバーは東京の上位ナンバーだ。問題なくこなせるはず。そこからの判断だった」
「なるほど。部下が悪いな。いつだって悪いのは部下だ」
千種の言葉は、どこかそれを本当の意味で知っているように感じる。
「それは無責任すぎるよ! あのね、力には責任が伴うし、パワーには責任が伴うんだよ!」
会話に割り込んできた姫さんが、よくわからんことを言い出す。
この話、どこに向かっているんだ?
「つまり?」
「つまり、力とは責任で、責任とはパワー! よって、力こそパワー!」
うむ、わからん。
「ああ、ヒメはいつでも正しいな」
え、ほたるさん理解できたの? 四天王は姫さんと同調できる力でもあると?
「まあ、力の1号、力の2号に話は置いといてだ」
「置いとかないでしっかりとそれがおかしいことを言ってって教えてやってくれよ……」
誰も姫さんを止めようとしないので、つい本音がこぼれた。
幸いにも誰にも聞こえてなかったようで、他のみんなは壱弥に対して話を続けている。
結局話は互いに答えを得ることはなく、<アンノウン>に対してに移行していく。
「ともかく、奴らを好き勝手にさせておくわけにはいかない。日の出と共に、三校同時に奴を叩く。戦闘メンバーの選出はおまえたちに一任する。自分たちになにができるのか、なにをするべきかを考えろ」
あくまで、叩く面子は俺たち次第、か。
求得さんの言葉を聞きながら、自分のチームを参加させるべきか迷う。
あいつが出てきてくれるかどうか。
「ほたるちゃん、みゆちん! 出撃だよー! 楽しみで夜は眠れなくなっちゃうね!」
ならねえよ!? むしろしっかり寝て出撃させてくれ!
「ああ、今夜は寝かさないぞ」
おまえはおまえで絶対ニュアンス違うだろ。
もうやだこの陣営!
「もちろん、おまえも寝れると思うなよ、天羽」
あ、俺のときはあれだな、わかるぞ。
ブラックな方だってよくわかる。
「へいへい。なにさせられるか知らんけど、やればいいんだろちくしょうめ」
俺の平和、どこにいったのかしら……。
「じゃあお兄、あたしたちも」
「だな。いつでも出られるようにしておきますか。じゃあな、天羽」
「またね、みゆちん」
「おう、じゃあまた」
なんか、千種が最後に不穏なこと言って出てったけど、いつでもってどういう意味だよ。まるで、日の出前に出撃しそうな勢いじゃねえか。
「変なの」
とりあえずは俺も姫さんとほたるに続いて会議室を出るが、扉が閉まる寸前に見えた壱弥の顔は、なにかを決意したようだった。
夜は長い。
メンバーの選出を姫さんと四天王、捕まった俺で決め、俺は俺で自分のチームメイトにも声をかける。
全員が音信不通だったので、よっぽどのことがない限りは集まらないだろう。
はあ、マジでチーム替えてくれねえかな……全然楽できないんですけど。
ちなみに、いまはまだ作業の途中であるのだが、自分たちの準備もあるので、各自の準備時間という名目の休憩中だ。
「これ飲んだら戻るか」
右手に持つコーヒー缶の中身を飲み干し、ゴミ箱に放る。
その直後、ポケットに入れてある端末が震えるので出てみれば、
「天羽か?」
「おう、ほたる。どうした? 作業の再開なら、いま戻るところだ」
「いや、作業はもう任せてある。おまえはいますぐ私たちと共に来い!」
なんだ? 話が見えてこないが、説明してる余裕もない問題でも起きたか?
「わかった、すぐに行く」
集合場所だけ聞き、すぐさま向かい始める。
近場だったので、合流はすぐにできたのだが、その場には姫さんも来ていた。
「うちのトップが、揃ってどこに行く気だよ」
出力兵装を手に、船に乗って出る気満々の二人。
「いいから乗って。もしかしたら、そんなに時間ないかもしれないから」
「……了解」
姫さんの言葉に従い、すぐさま飛び乗る。
すると、待っていたとばかりに、着地と同時に発進する!?
「っとお!?」
「よっと。みゆちん、油断しちゃダメだよ」
姫さんに支えてもらい、転倒を回避。
「悪い。それで、朝に決戦を控えてるのに出航した理由は説明してくれるの?」
「うん、これ」
端末の画面を見せられ、そこには驚くべきことが書いてあった。
「いっちゃんが一人で行っちゃったのでおいかけます、だと…………」
カナリアから送られてきたメールの内容に、怒りを覚える。
あのバカ、余計なことをしてくれたな。
「千種が言ってたのは、そういうことか」
あいつはよく他人を見てるし、理解してんな。でも、だったら止めるまでしとけっての。
「まさかの俺たちだけでの殴り込みかよ」
「東京のみんなを逃したら、すぐに撤退するって」
当然だ。
俺たちだけで潰すには、たぶんちょっと厳しい相手だろう。
「ほたるちゃんも、ごめんね」
「いいよ」
危険なことだってのに、いいよの一言で済ませるとは。やっぱり、この二人の絆には強いものを感じる。
「でも、抜け駆けはよくないよねぇ」
「だな」
「だから、急いで引っ叩いて、連れ戻してこないとね!」
どこまでも、優しい奴。
ついていくしかないわな、俺も。
だが、隠せてはいるが、俺も先日の傷が癒えてはいない。もし、姫さんを止めるようなレベルの力を要求されたなら、そのときは――覚悟しないとな。
耳に届く、壱弥の声。
もう誰も、犠牲にはしない。だから、どうか――。
彼の発する声から、なにが起きたのかは容易に想像できる。きっと、いまごろ千種たちも向かっているはずだ。
――どうか、もってくれ。
『東京首席、朱雀壱弥だ。聞こえるか……。後でなにを言われてもいい。カナリアのために……今だけは……助けろ、カナリアを。俺の力になれ。カナリアを……助けてくれ…………』