なぜこうなった……。
作戦を朝に控えているというのに、なんだこの状況は。
俺は周りを見渡し、いてはならないだろう人物たちを視界に捉える。
「なあ、姫さん」
「ん? なあに、みゆちん」
「明日って、朝早くから作戦実行ですよね?」
「そうだよ。頑張ろうね!」
確かに、神奈川での準備はあらかた終えたよ。まだ夜になったばかりだし、時間が余っているのも事実だ。いまさら気負うこともないし、仮眠も取ってきた。
だがしかし。
「なんでまた、埼玉に来ないといけないんですかね……」
しかも、東京、神奈川、千葉の代表が揃って。
なんなの、今朝のうちに作戦は練っただろ? あとは各都市で別々に準備。明朝、壱弥指揮の下作戦開始じゃなかったのかよ。
「まったくだ。せっかく妹との夕飯だったのに」
「お兄きもい、マジきもいから」
千種兄妹か。
やっぱり、あいつも不満があるんだな。
俺も不満ならたくさんあるぞ。特に、この状況下での俺の扱いとか。
眼前で燃え盛る火。簡易的に用意された網、トング。背後に置かれた数々の食材。
「おまえら、人に肉と野菜を焼かせてどういうつもりだ?」
そう、なぜか大量の食材を焼かされているのだが、呼ばれて来てみればさっそくこれだ。
カナリアはいないが、前回の合宿のときとやっていることは変わらない。俺が作業をさせられていること以外は。
「みゆちん、頑張ってね!」
「ヒメが肉を待っている。早くしろ」
おまえら自由か。
ちょっとはこの状況に疑問とかないんですかね……いや、お肉焼きますけどね。
「まさか、ここで夕飯とかじゃねえだろうな」
隣で見ているだけの千種が愚痴る。
「見てねえで手を動かせ」
「やだよ。苦労しないで食う飯とか最高でしょ。楽したいのよ、俺」
「……明日葉、なんか言ってやれ」
千種の後ろでじっと肉を見ている彼女に声をかけると、
「あたし、お兄ちゃんの焼いたお肉食べたいなぁ。ねえ、お願い、お兄ちゃん」
「――お兄ちゃんだもんね。仕方ないよね」
ウインクと一緒にお願いを口にする明日葉。
ふっ、勝った。
千種が隣で勝手に肉を焼きだしたので、これで負担が減らせるというものだ。さて、それでそろそろ集められた理由は知れたりするのかね。
「おう、集まってるな」
「みんな、お肉だけ食べちゃダメよ。特に舞姫と明日葉はね。野菜もしっかり食べなさい」
来たな、お偉いさんたちも。
しっかし、作戦云々ってよりただ夕飯食いにきただけみたいな雰囲気はどうにかならんのか。
「おう、どうした自由。なにか言いたそうじゃないか。気にせず言っていいぞ」
求得さんがそう言ってくれたので、ちょうどいい。
「とりあえず、夜に集まった理由を聞いてもいいですかね?」
「理由? そんなものはひとつだけだ」
「ひとつ?」
「なんだ、察しの悪い奴だな。おまえさん、こんなときに集まるのなんて、全員で飯を食うために決まってんだろ」
なん、だと……。
まさか、本当にそんなことのために集められたとでも言うのか、俺たちは!
「そんなムダな時間のためにですか」
「ムダじゃないさ。飯ってのはな、大人数で食うからいいんだ」
わからん。
いや、大勢でいるのが楽しいのはわかる。
だが、なぜこんなときに……。
「壱弥が本当の意味で協力することを知ったからな。なら、ついでに仲を深めちまおうっていう大人のお節介だ。どうだ、納得したか?」
「――……理解はしました。納得はしません。けど、そういうことなら悪くはないかな、と」
事実、壱弥は変わったのだろう。
ここに来て、まだ一度も千種と言い合いをしていない。
むしろ、姫さんともあまり話していないようにも見えるが。あれ? ダメじゃね……。
ああ、カナリアか。カナリアがいないからか。保護者兼相棒だもんな、壱弥は。そりゃ心配もするし、側にもいたいってか?
「壱弥、戻って側にいてやってもいいんだぞ?」
「……いや、いい。それに、いまは青生がいてくれるからな。神奈川には感謝している」
ほう。変わった――ってより、もしかするとこっちが素なのか?
あんな優しい笑み、初めて見たぞ。これは、俺の思い過ごしかねぇ。立派なリーダーにもなれそうじゃんか。
これは、はやくカナリアにも回復してもらって、あいつの側で支えてもらわないとな。
「そうかい、そうかい。なあ、壱弥」
「なんだ、天羽」
もう順位でも呼んでこないのな。なんだろ、本当に誰だこいつは。
「明日、頼むぞ」
「任せておけ。だが、おまえたちの力あってこそだ。俺の方こそ、頼む」
人ってなにがあるかわからないから面白いな。
悪いことばかりじゃないんだな。少しだけ、こんなときだからこそ呼ばれた理由もわかってきた気がする。
「みゆちん、みゆちん」
「ん? なんだ、姫さん」
肉ならまだだぞ。野菜もまだだけど、生で食うか?
そう言おうとした直前、姫さんが人の膝に座り込む。
「おい、姫さん……?」
「たまには、こういうのもいいかなーって。なんか、ちょっとだけね」
「そうかよ。なら、好きにしてろ」
やめろよ、その無理してる顔。
なんにも言えなくなるだろうが……火に照らされた笑顔は、どこか作り物っぽくて。長年彼女を見てきたせいか、こと姫さんのことだけは、よくわかるようになっていた。
「不安か?」
周りに聞こえない声で話しかける。
一瞬、千種が視線だけをこちらにやった気がした。
「なにが?」
「戦うことだよ。おまえ、定期的にへこんだりしてた時期あったし、お兄さんいろいろと心配なのよ」
「ごめん、みゆちんの言っていること、わかんないや」
いつも通りか。
どうも、俺の言葉では彼女の心は開けないらしい。
昔も、いまも。
戦おうと、寄り添おうと、すぐ近くにいるはずの彼女の心は、ひどく遠い。
そういえば、姫さんと<世界>を通じて繋がったことは一度もないな。普段、彼女が周りに与えてしまう被害を抑えるために行動していたためとはいえ、強敵と戦ったときも、姫さんとだけは繋がった覚えがない。
「……どういうことだ?」
俺の<世界>は、仲間たちだけではない。共通する目的さえあれば繋がっていけるはずなんだが……でなければ、俺の見ている世界って、いったいなんなんだろう。
「はあ……考えるだけムダか」
姫さんは前を向き、俺は過去を見ている。その時点で、彼女とは繋がれないのかもしれない。
つくづく、俺を苦しめるのが好きみたいだな、斬々は。
「みゆちん……」
「んー?」
「みゆちんの言ってることはわかりたくないけど、みゆちんのことはわかっているつもりだからね」
「そう……」
「だから、だいじょうぶだよ」
ぽすり、と俺にもたれかかってくる姫さん。
まるで妹だな。ちょっと肉や野菜の加減を見ずらいし作業もやりずらいけど、悪くない。
「繋がっていないと満足できないなんて、出すぎた願いだったな」
たとえ、どうなろうとも姫さんはいつだって横にいてくれるじゃないか。支えてもらっているじゃないか。だから、ありもしない可能性は考えなくていい。
俺はひとりだ。
まだ誰も、俺の<世界>の仕組みを知らないのだから。
人が人と繋がる世界なんて、絶対にいいものじゃないんだよ。だって、その願いはきっと、醜悪だから。
「さて、そろそろ話は終わったか、天羽」
声が耳に届くと同時に、肩に手を置かれる。
あっ……。
これダメですわ。おっかしいなぁ……確か神奈川でも一度死にかけてるんですけど、今日。
「あの、ほたるさん。これはですね、俺からしでかしたわけではなくですね……」
「そうかそうか。ヒメを誑かしたわけではないと。で?」
「ですよねー……俺の過失なんて関係ないですよねー。知ってました」
はあ、せめて四天王から狙われる日々だけはどうにかしてもらえないかな。ねえ、姫さん? 俺はいつになったら、平穏が手に入るんだろうね。
「んじゃ、全員明日は気をつけろよ。たくさん食って、また立派な指揮頼むぞ。もちろん、迎撃もな!」
「みんな、無茶だけはしないように。でも、頑張ってね」
大人二人からの激励も受け、みなが思い思いに返事をする。
「ほれ、壱弥。しきれ」
「え? あ、はい。みんな、今回は俺の傲慢さが招いたことに付き合わせて悪い。いずれ、責任はとる。けど、明日はどうか、俺に力を貸してくれ」
「うん、明日は頑張ろうね、朱雀くん!」
「東京の人がおかしいとお兄もおかしくなっちゃうから、さっさと自信も地位も取り戻してよね」
「ちょっと、俺がおかしいとかありえないでしょ。まあ、とにかく四位さんがその調子じゃ気持ち悪いんだよ。力は貸してやるから、さっさと普段通りの傲慢なおまえに戻れっての」
「おまえの言葉はいちいちわかりづらい。早々に倒し、カナリアの元に行ってやれ」
素直すぎるというか、一周回っておまえらの言葉の方がわかりづらいと言うか。面倒くさい関係だな。いい意味で。
「俺はもちろんいいぜ。任せとけ」
さきほどの言葉に対しての答えってわけではないが、そうだよ。俺も明日は、正念場かもな。
「よし、二百十三位以外には飲み物も行き渡ったな。それじゃあ、乾杯!」
「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」」
さて、俺はとりあえず、ほたるさんとお話かな。
頑張れよ、俺……。
次回からやっと戦闘だ!
いや、今度こそ戦闘に入ります。
では、また次回。