カナリアたちも上空に昇っていったか。
遠目に見える、東京の生徒たちが雲の中へと消えていくのを見届けてから、視線を正面へと向ける。
「俺たちは海ほたるの方から行くぞ」
「ですねぇ。っても、そう簡単にいくんすか?」
隣に座るコウスケは、不安そうに聞いてくる。が、もちろんそんなこと知るはずもない。
「なるようになる。最悪は想像しない方がいいぞ。十中八九、その状況に陥るからな」
「まるで、経験談みたいに聞こえますよ」
「経験談だ。だから、下手なこと考えるなよ。どうせ、ぜんぶ取り返すんだ。多少の無理、無茶は最初から覚悟してるよ」
思っていることを言ってやると、横からため息の漏れる音が聞こえた。
「自由さん、あんたマジっすわ」
「なにか言ったか?」
ため息にまじって、声が聞こえた気がしたんだが、聞いてみると、わずかに緩んだ笑みを浮かべたコウスケが、こちらを見た。
「俺も、覚悟だけは決めときますって言ったんすよ」
いままで声に含まれていた不安感は、もう感じなかった。
女性陣が覚悟を持って、想いを込めて戦場に立とうってのに、俺たちが不安気なんじゃ、格好つかないもんな。
さて、そろそろ時間か。
「コウスケ、とりあえず作戦通り動くぞ」
「とりあえず?」
「ああ。現状、海ほたるにどれだけの戦力が集まってるのかは正直わからん。だから、無人機を盾にしつつ、隠れながら行くのが無理だとわかったら、ある程度作戦は無視する必要がある」
「うへぇ……」
わかりやい反応をするコウスケの頭を小突く。
「頼りにしてんぞ」
「……わかってますよ。大船に乗ったつもりでいてくださいよ」
「俺、それを本当に言った奴を初めて見たわ」
どうしよう、急に不安になってきた。簡単に堕とされるんじゃないかしら? 特に千種とか千種とか千種に。
あいつ、整えられた戦場なら、バカみたいなスコア出せるだろうし。周りがフォローしてくれる状況なら、強い。
「できるなら、会わずに終わりたいんだけどなぁ」
敵対するにしても、俺がするべきなのは千種ではない。
もっとも、こちらが素直に言ったとして、聞く相手ではないだろうが。面倒だとわかれば、その瞬間に逃げそうなものを。そんなときに限って、思わぬ奇策で切り抜けるような油断ならない相手だ。
「敵に回すとこの上なく面倒だな。仲間なら仲間で面倒だけど!」
おのれ千種。
母親はあんなんだし、やはり親子だ。
「自由さん、行きましょうよ」
「だな」
代表や、その他主力含む多数の生徒を奪われておいて、敵さんがなにもしてないってのはあり得ない。同時に、この状況下で戦線に誰もいないこともなく、残っている代表が戦場にいないこともないだろう。
この上なう危険な場所に突っ込まないといけないわけか。
「にしても、よく出力兵装まであったな」
コウスケの持ってきた、箒型の兵装を眺めながら疑問に思っていると、当のコウスケも意外そうに言ってきた。
「それは俺も同じ気持ちですよ。まさか、回収されるときに兵装ごとされるとは思ってもみませんでした」
「ほう。出力兵装ごと持ってこれるのか。ああ、確かにカナリアもマイク持ってたな」
「でしょ? 運がいいのか、これも作戦のうちなのか。あの女の人、怖いっすわ」
女の人……ヨハネスのことだろうか? まあ、怖いよな。
なに考えてるのかいまいち読めない笑顔の仮面もだが、自分勝手な言動も多い。いったい、なにを思っているのやら。
あれで本心が見えてればまだいいんだけど。
けどまあ、俺の周りだけかもしれないが、あえて言わせてもらうなら。
「女なんて、基本怖い生き物だよ」
「…………いやいやいや、それはないっすよ。女の子ってのは、か弱くて守ってやりたくなる子たちじゃないですか!」
あり得ない、と手を横に振りながら否定されるが、それこそあり得ない。
「ハッ、この世に弱い女なんているかよ。いるのは強い女と怖い女の二種類だけだ」
「……マジですか?」
「マジだ」
俺の真剣な表情を見てか、コウスケが一歩、こちらに近づく。
「マジ、なんすね?」
念を押すように、もう一度聞かれた。
だが、もちろん俺の答えは変わらない。
「諦めろ、何度聞こうがマジだ」
「なんてこった……」
膝つくほどの話か、これ?
第一、俺の周りでは当然のことだから、他の奴らがどうだったかなんて知らないんだけど。
「そうへこむな。そんなことより、もう出るぞ」
無人機も、気づけばかなりの数が出撃している。
「ここで置いてかれでもしたら、俺らが海ほたるに到着するころには、囮もぜんぶ壊されて、残ってる生徒全員対俺たち二人の構図が成立するわけだが、果たしてへこんでるのと未来に希望を持つの、どっちがいい?」
「もちろん行きますとも」
今後ん話を持ち出すと、一転。
急激に立ち直ったコウスケが、出力兵装に跨る。
「さっさと行きましょう、自由さん。乗ってください!」
東京の出力兵装も、神奈川で作成されるものが多い。これも、そのひとつなのだが。
「実際に乗るのは初めてだな」
なんせ、神奈川の『デュアル』なんて数えるほどもいないからな。
制作工程や現場を見てはいても、触れることすらしなかった。
「こっちは初乗りだからな。ぜひとも、いい空の旅を提供してくれよ?」
冗談交じりに要望を伝えると、得意気な笑みを作ったコウスケがサムズアップしてくる。
なら、問題ない。
俺は静かに、兵装の後方に足をかける。
「って、まさか立ち乗りで行くんすか?」
こちらの行動が読めたのか、呆れた声で聞いてくるが、その通りだ。
「敵の本拠地に乗り込もうってときだぞ。いつ、いかなるときでも対応できるようにしておかねえと」
「はあ……それもそうか。で、自由さんは出力兵装の準備できてるんすよね」
なにを言っているやら。
「もちろんだ」
「…………どこにも見当たりませんけど?」
「必要ないしな。大事な戦闘で出力兵装を持ってたことなんて、今日まで一度もねえよ」
昔ならいざ知らず、いまとなっては持つだけ無駄だ。
仮に俺が武器を持ったとしても、いまより動きが悪くなるだけ。よくなることはないだろう。
「いいから行こうぜ。これ以上遅れると本気で死ぬ」
「りょ、了解!」
瞬間、奇妙な浮遊感を感じながら、気づくと俺たちは空にいた。
「へぇ。これが普段おまえらが見てる景色か」
「自由さん、飛ぶのは初めてですか?」
「まあな。うん、悪くない」
「呑気っすねぇ」
表情こそ見えないが、そう言ったコウスケの声音も落ち着いている。いまさら取り乱しもしないか。
しばらく行けば、海ほたるに着くだろう。そこからは、一歩間違えれば終わりだ。
「確認しておくと、俺たちは残っている生徒たちから見たら、人型の<アンノウン>に映るはずだ。可能な限り、無人機の影に隠れながら進むぞ。万が一、いや。おそらく十中八九発見されることになるだろうが、そのときは全速力で駆け抜けろ」
「見つかるの前提なのは?」
「無人機の影に隠れ続けながら東京まで行くのは無理だ。どこかで独断行動をしないといけなくなる」
「わかりました。そんときは頼んますよ」
移動はコウスケに一任し、俺は流れ弾、及びこちらへの攻撃を弾くのみ。
なんて話をしていれば、前方の無人機が破壊されていくのが見えた。
「始まったか」
「あー……あんなところに突っ込みたくはないんすけどね」
「同感だ」
これが俺たちにまるで関係ないことなら、ぜひとも遠慮したいね。
「さて、なにはともあれ、まずは千種がいるかいないかを見定めないと――ん?」
横を行く無人機から、甲高い音が響く。
「やべっ! コウスケ、急いで速度上げろ!」
「はい!?」
「いいから!」
状況を飲み込めていないコウスケを急かし、無人機の影から飛び出させる。
直後、俺たちの隣を飛行していた無人機が爆発した。
「あっぶねぇ……」
「狙撃、だな」
まだ海ほたるまでは距離があったはず。すでに戦闘が始まっているとしても、先ほどの位置に正確に撃ち込める腕を持つ奴なんて、一人しかいない。
確定だ。
この戦場に、あいつがいる。
「最悪のあいさつだぜ、千種」
あの野郎、偶然だろうけど俺たちに最も近いところにいた無人機を撃ちやがった。
それに――。
「コウスケ、何人かの生徒が俺たちに気づいてる。撃ってくる弾はぜんぶ弾くから、気にせず最速で行け!」
「は、早すぎません?」
「文句は千種に言え! ほら、ここで死んだら誰も助けらんないぞ!」
いるのはほとんどが千葉の生徒。
『デュアル』はいない、か。けれど狙撃の名手は健在。
面倒な戦場だな。
「俺も、そろそろ使うか」
光を手に宿し、<世界>を顕現させる。
味方であったはずの奴らに向けるのはあまりよろしくないが、許せよ。
宿る光が伸び、直線上に光の軌跡を描く。
「道、開けてくれ」
無数に飛んでくる銃弾を、超大型<アンノウン>戦でものにした<世界>の拡張により消し飛ばす。
よし、千種に話が伝わる前に突破しよう。
そう、コウスケに伝えようとしたとき。
一機の無人機の攻撃が海ほたるを直撃し、壁が崩れ落ちる。そして――。
その直下にいた壱弥へと降りかかった。
「なっ!?」
「朱雀さん!」
俺とコウスケの声が重なる。
まずい、あいつ気づいてないのか!? ってより、俯いたまま、どこも見ようとしてないじゃねえか!
「チックショウ!」
斬々との戦いで見せた、光の剣を!
光の輝きが強さを増し、膨張を始める。長さは徐々に伸びていき、やがて一振りの巨大な剣へと変貌を遂げた。
「どうせへこたれてんだろ、くそったれ! いつまでも眠ってんじゃねえぞ壱弥ァッ!」
カナリアがこっちにいることから、なんとなく想像はつく。だがダメだ。おまえがそんなんじゃ、困るんだよ!
バカの上に降ってくる瓦礫に向け剣を振り、消し飛ばす。
「ナイスです、自由さん!」
前からなんか言われるが、こっちはそれどころではない。
「言ってろ! これで俺たちの存在は全員にバレたはずだ。来るぞ、捻くれ野郎と独断専行上等娘が」
なんせ、この場じゃ俺たちだけが姿の違う、奇妙な<アンノウン>だからな。
明日葉は嬉々として向かってくるだろうし、そのサポートに千種が入ってくるのは当然。
考えうる限り、最悪のパターンが現実になったと言える。
「こっから先は、すんなり行けなそうだねぇ」
けど、俺も止まってはいられない。なんせ、このあとまだ、最強の相手もしないといけないんだ。むしろ、そっちが本命なんだから。
「おまえらと遊んでる時間はないぞ、千種、明日葉」
悪いけど、強引に突破させてもらう。
本気で俺の相手をできるのは、知る限り三人だけだ。もちろん殺しはしないが、怪我のひとつやふたつは覚悟してくれ……。
「なんだかんだ、俺もわがままなんだ。守りたいものと、守り方は違うんでな」
久々に、強引に動かしてもらおうか。そんで、倒させてもらうぜ、千葉の代表!
――この戦場を、壊した上でな。