ここ数話は癒しもヒメニウムもなかったので、番外編を挟みました。
たぶん2話か3話は続きます。
時系列的には3都市が協力する前です。
では、どうぞ!
どれだけ平穏だろうと、危機的状況に陥ろうと、季節は過ぎていくものらしい。
普段から戦場に身を置いている奴らも、奥で引きこもっている奴も同様に、日々は進む。
屋上から都市内を眺めていると、大勢の生徒が海へ向け駆けていく。
彼らが向かう方向を確認すれば、群れをなした<アンノウン>が迫っていた。ここ、防衛都市神奈川に配属されている俺も、本来なら奴らとの戦闘のため、前線に出るべきなのだろう。
だが、必要ない。
踵を返し、屋内へと戻り始める。
それとは逆に、猛スピードで海へと進む影がひとつ。僅かに見えたその顔は、余裕の笑みと、戦闘への意志が浮かんでいた。
「うん、本格的に必要ない」
うちの最大戦力たる彼女がいるのなら。
彼女を支える四天王が続くのなら。
やはりその戦場に、俺の力は必要ない。
「冷えてきたな……」
季節は夏を越え、秋も終わり、本格的な冬を迎えようとしている。
この季節、海風にあたりながら、水を被りながらの戦闘はさぞ辛いだろう。体は冷えるし、体力は消耗するし。いいことなんてひとつもない。
で、あるのなら。
「俺のやることはひとつかねぇ」
戦いもせず、援護もしない。状況把握はしても、指示は出さない。
よし、これでこそ俺だ。彼女が暴走しない限り、俺の平穏は守られる。近くには彼女を最もよく知り、同時に、最も信頼されている相棒もいることだし、雑魚相手に心配することなどひとつたりともないだろう。
海の方から聞こえる戦闘音を聞き流しながら、俺は厨房へと向かった。
厨房といっても、ここは食堂ではない。
俺専用に作られた、執務室のすぐ隣にある部屋だ。ちなみに、執務室とは中で繋がっている。入る場所が違うだけで、入ったら一室なのだから、もう扉もひとつでいいと思う。
形式上の問題なのか、変態どもが進言したのか……どちらにせよ、俺には知り得ないことだな。
全員戦闘に出払っているはずなのに、どうして中に入ってみれば明かりがついたままなのか。ったく、誰か消してけよな。
「もっとも、俺が入ってきたからついてていいんだが」
さて、この部屋は常日頃から使用されるから食材は暇があれば補充してるし、そのあたりは問題ない。
寒さに震えて帰ってくるような奴はいないだろうが、それでも寒いものは寒いだろう。
どういうわけか執務室に設置されたコタツの電源を入れておく。
「あとは鍋でも作っとけばいいか」
ここまで準備しとけば文句も出まい。
いや、戦えとかいう文句は確実に出るだろうが、被害の出そうにない、余裕で敵を屠れる戦力がいる中で頑張るほど無駄なことはない。
そんなことはせず、戦う奴らの帰りを待っている方が有意義だ。俺にできることは、正面切って戦うことじゃないんだから。
他の都市との関係もいいわけではなく、少し前は東京からちょっかいをかけられたりもした。最近頑張ったのはそのときくらいではなかろうか。
姫さんが絡んでなければまったく動く気はなかったんだが。
「っと、そうだった、そうだった。コタツあんならこいつを置いとかないわけにはいかねえよな」
みかんをコタツの真ん中に置き、再び作業に戻る。
先ほど大きな音が響いたので、もうじき戦闘も終わるだろう。
そうなれば、うるさいのと変態と変態とあと変態なんかと隠れ変態なんかが帰ってくるのか……ひどいトップ陣だな。
神奈川は正直、上の席のすべてを女子生徒がとってしまっている。
別に、男子生徒たちが弱いわけではないが、正直、彼女たちと比べたら差がありすぎる。先日配属された奴も、久々に強い男子が入ってきたかと思えば女子だったしな。
「肩身が狭いねぇ……」
執務室に帰ってくるのも女子5人だしな。
俺の居場所はここじゃない気がする。というか、そもそも女子の空間に俺がいるのを疑問に思ってもらいたい。
「たっだいま〜」
などと考えていると、扉が盛大に開かれた。
執務室のではない。厨房のドアがだ。
「おい、仮にも出入り口をわけたのはおまえたちだろうが。そこはせめて執務室の方から入ってこいよ」
「えー、いいじゃんみゆちん! どうせ中では一緒のスペースを共有するんだから」
「俺と姫さんがよくても、他がオッケーしてないの。わかる?」
聞くと、素直な笑顔でわからないと返ってきた。
どうしてくれよう、この笑顔。
「まったく。騒がしい奴だ」
姫さんのあとに続いて入ってきたのは、ほたるだ。
「いや、おまえもなにさらっとこっちから入ってきてんの? 執務室のドアはあっちですよこの野郎」
「うるさい。ヒメがこっちを通ったんだ。ならば、それに倣うのが常識だろ」
「えー……」
だったら新しくドア作んなよ。厨房のスペース組んだときに俺専用の区切りドア作るように言ったのおまえと残りの変態二人じゃん……。
などと言いたくなったが、ほたるのあともぞろぞろと、結局全員が入ってきたのでもう諦めた。
「おまえら好き勝手すぎるわ」
疲れた……もう疲れた……なんなの、こいつら。
「あれ? みゆちん、なに作ってるの?」
姫さんが目ざとく調理中の食材を発見する。
「鍋だ。おまえらが寒空の下戦いに出向いてたからな。せめて温かいもんでも作ってやろうと思ってさ」
「そっか。ありがとね、みゆちん。それはそれとして」
「なんだ?」
「どうして出てこないのかなと思って。私たちが戦ってるってわかってたのに、どうして来てくれなかったの?」
拗ねたような、残念がるような、怒っているような。いくつもの感情を見せる姫さん。
このどこに、最強の貫禄を見ろというのやら。
「俺が出張る必要性を感じなかったからだ。四天王は全員前に出てくわ、うちの頭は最前線で暴れるわで、俺が行ったところで過剰だろ? なら、こうして疲れてきた戦士のために仕える方が適任だ」
仕える相手を間違えていることは口にしない方がいいだろう。
この面子につきあっていたら、一流の執事だろうと間違いなく数日で胃に穴が空く。
もっと平凡で平和な相手の世話でもしていたいところだ。チームメイト? 論外にも程がある。ほたるクラスがひしめいてる部屋で平和もクソもあるか。
「でもみゆちん、私たちについてきても平気だし、普通に戦えるよね?」
「どうかな。対人戦の方は得意だけど、どちらにせよ姫さんには劣る」
「そうかな? そうでもないと思うけど」
あんたに適うかっての。
「ほら、いいからコタツ入ってろ。あ、変態どもは入るなら大人しくしてろよ」
「差別ですよくないですなにもしませんよ」
「まったくだね。ちょっと中に顔を入れるだけださ」
柘榴、銀呼……これだから変態は。
「おまえらの言葉は基本アウトだからな?」
「なんのことだかわかりません」
「特になにもないと思うけど? やっていることは生きてくのに必要なことだよ」
心まで変態だったか。
よし、突っ込むのはやめておこう。
これ以上はムダと判断し、会話を終える。
「よし、もういいだろ」
「あ、持って行きますね」
「おう、頼むよ」
唯一常識人に見える青生に食器類を運んでもらい、俺は鍋を持っていく。
「ほい、今日もお疲れさん。5人で食え」
「うん、ありがとう!」
「器用なものだな」
姫さんとほたるからそれぞれの反応があった。他の二人はいろいろ忙しそうだ。なにがとは言わないが。
5人がコタツで鍋を囲っているのを眺めながら、コーヒーを淹れる。
これは俺用であり、彼女たちの分は用意していない。代わりに、冷蔵庫の中にはケーキがあるのだが、まあ、いま出すこともないだろう。もう少しゆっくりしてからでも遅くない。
「みゆちんは食べないの?」
姫さんが不思議そうに話しかけてくる。
「食べない。昼食ならさっき食った」
「コタツには入らないの?」
「入らない。女子の空間に混ざって入れるか」
「そっか」
彼女の問いに答えていくと、姫さんも納得したようで。
と思っていたんだがなぁ。
「そこだと寒いよ。隣座ろ? ね?」
ね? ではない。拒否したはずなのに誘ってくるとは何事か。
「みーゆーちーんー」
答えないでいると、腕を引かれた。ああ、まずい。姫さんは人を放っておかない。こうなったら付き合わなければ頑固になる。面倒な……。
「チッ、姫さんに誘われてるのに喜ばないなんて誘われてるだけでも幸福なことですよ」
「なぜ彼なんだ姫どの……」
「あ、あはは……」
「……」
変態どもも殺気向けるのやめようか。特にほたるさんは無言で出力兵装に手をかけるの危なすぎませんかね。
その目には、ヒメを困らせるな、と書いてある。他二人は純粋な殺気しかないんですけどね!
行っても地獄、行かなくても地獄。
「俺にどうしろと……」
「みゆちん?」
けれど、周りがどうあれ俺は変わらないのだろう。
目の前にある少女が願うのであれば、最後は彼女に従って動くのだろう。
だが、しかし!
「姫さん、冷蔵庫にケーキあるから取ってこい」
「え? ホント!?」
俺から離れ、すぐさま冷蔵庫に駆けていく姫さん。
すぐに白い箱を持って戻って来る。
「みゆちん、みゆちん! 食べていい?」
「いいよ。あ、ちょっと待て。切り分けてやるから」
「はーい!」
素直に応じる姫さんから箱を受け取り、中のケーキを五つに切り分けようと――。
「ねえ、みゆちん。それ、いくつに切り分けるつもり?」
したところで姫さんが聞いてきた。
「五つだけど?」
「みゆちんのぶんは?」
あー……姫さん、そういうの嫌うもんなぁ。
「おまえらだけで食った方が量もあるぞ?」
「量はいいから、みゆちんも一緒に食べよう?」
ケーキを切ろうとする手を掴まれ、待ったをかけられる。
自分たちだけで食えばいいものを。それでも、彼女はこちらのことなど一切を無視して俺を引っ張ろうとする。一人にさせまいとする。孤独から引き上げようとしてくる。
結局、こうした姫さんの願いを、俺は断れない。
策を練ろうと、足掻こうと。
最後には姫さんの味方であることを選ぶのだ。
「…………わかったよ」
「――うん!」
ケーキを六等分に切り分けていく。
「ほら、持ってきな」
姫さんに皿を運んでもらう。
よし、俺もさっきまで座ってた席に……。
「みゆちん、こっちこっち」
座るよりも早く、姫さんが俺の手を握り、コタツへと連れていく。
ご丁寧に、人のコーヒーとケーキをコタツに運び終えてだ。
おい、なぜ姫さんの隣に置いてある? そこ、一番殺気が集まるところなんですけど?
「楽しいね、みゆちん」
「なんのことやら。わからんねぇ」
窓の外では雪が降り始め、本格的に気温が下がっていく。
「寒いな」
「寒くないよ」
「は? 寒いだろ」
「寒くない。みんなも、ほたるちゃんや、みゆちんが隣にいるもん」
「――……そうかよ」
ったく、敵わないな。
しょうがないから、今日はこのまま従ってやるか。
姫さんに手を引かれ、みんなとの談笑へと俺も混ざっていく。
今年の冬も、うるさくなりそうだ。