短いですがこの一話を挟みつつ、次へと行きたいと思います。
では、どうぞ。
必殺の一撃。
その奔流が俺に届く――ことはなかった。
代わりに、空気を裂くような音と、
けれど。それは同時に、俺たちの作戦の失敗を表していて。どうしようもなく、勝ち目の薄い結果を招くことになる。
「はあ、はあ……なに、いまの…………?」
息をあげながら距離を取る舞姫の姿。
俺の横を通過していった弾丸。
ここまで揃えば確かだろう。舞姫と俺との距離はだいぶ離れ、同時に、俺の線上にいるはずの依藤真里香を交互に警戒し出す。
見えてはいないだろう。だが、察しているらしい。
誰か――いや、何者かがいると。自分を狙っていると。本能だけで見抜いている……。
「作戦失敗、かな……さて、どうしたものか」
本来なら、先の一撃で舞姫のコードを破壊している予定だったのだ。あれほど俺しか目に映らないようにしたのに。あいつの心を揺さぶったつもりでいたのに。
ギリッ、と奥歯が鳴る。
倒したい相手にたどり着けないってのは、きっとこんな気分に違いない。追いつけないのだ、実力に。
とっさの判断力なんかではない。ただ純粋に、強いんだ。
だから憧れるし、苛立つし、不安になる。でもそれ以上に、頼もしくて、安心できた。
『自由くん、ごめんなさいねぇ。まさかあれを避けるとは思ってなかったわぁ』
「ああ、俺もだ」
隠谷から連絡が来るが、特に気にしてはいない。
今更動揺なんてしていられないのが舞姫だ。あいつに一瞬の勝機を見出しただけ上出来だろ。
だいたい――。
「なんとなく、こうなる気はしていた」
『はい?』
「あいつは止まらない。すべてを守ろうとする舞姫の足が止まるのは、ぜんぶを守り切ったときか、守はずの何もかもを失ったときの二択だけだ。だからあいつはここで止まるわけないんだよ……悲しいまでに強いあいつが、止まるわけないんだ」
わかってはいた。
押し付けてきたのは俺たちで、受け入れて、背負ってきた平和の象徴があの小さな少女だと。
「いまのはおまえの仲間の仕業?」
背後から強襲されたことで、隙をなくした舞姫が俺に問う。
ムダだと知ってのことか、僅かながらに動揺でもあったのか。それは最後までわからないのだろう。
彼女の世界には、多くの笑顔がある。
彼女の理想には、覚悟には、多くの命が宿っている。
彼女の拳には、失った同士への優しさと、敵に対する怒りが込もっている。
けれど。
理想も、覚悟も、武力も、背負っているのは一人だけになった女の子。
決して周りを頼らないわけではないけれど――好んで頼ったりはしないだろう。その点だけなら、千種のようであってほしかった。誰かを頼ることの強さを、知ってほしかった。
依存ではない。
信頼と信用から成る繋がりを大切にしてほしかった。
でないと、彼女の周りには誰もいなくなってしまう……だからこそ、危機的状況に陥ったときほど、仲間を、友を、頼ってほしかったんだ……。
「やっぱり、私たちとの意思疎通なんてできないよね」
悲しげに微笑むその笑みは。
「本当はね、みゆちんが帰ってきてくれたんじゃないかって。心のどこかでそう思いたい私がいるの。だって、あの日私が勝てていれば、みゆちんは連れ去られることもなかったもんね……」
やめてくれ。
口にしたところで、仮に言葉が届いたところで、彼女は受け入れないだろう。まるで呪いのように、一人で抱え込むのだろう。
「止めないと」
守るべき人は、まだ多くいるのだろう。いなくなることなんて、許さないに決まっている。
でも、あいつの望みであろうとも、叶えてはやれない。
「んな表情しておいて、救うとか言ってんなよ、舞姫」
いまにも泣きそうな、どこにでもいる、ありふれた少女。敵を倒す意志はあっても、感情の向きまでは変えられない。
「依藤、隠谷。もう一度、頼んでいいか?」
『ええ、任せなさい』
『じゃあ、場所変えるわねぇ。少しの間だけ、足止めよろしくね、自由くん』
「ああ、頼む」
これでいい。あとは次の機会を待つだけで終わるんだから。
「無理して立ったところでな、痛いだけなんだよ……」
だから、ここから決着までの時間は、ただの空き時間。物語に語られることもない、空白だ。なら、たまには本心を言っても構わないだろ?
「いつも、いつも一人で抱え込みやがってよ。おまえが無理してることなんてバレバレなんだよ」
いつだったか、友を失い、立ち上がれなくなった生徒がいた。
仲間を殺され、崩れ落ちる生徒がいた。
彼女は皆に語りかける。
立ち上がれと。いつまでもそうしてはいられないと。正しくも、つらい現実を彼女は示し続ける。戦闘力があろうと、心の強さには直結しない。
「無理して仲間の死を乗り越えたフリして、自分だけが傷つけばいいなんて傲慢だ」
強すぎる力は、ときに自身の在り方を定めてしまう。
随分と過去に言われた言葉だ。結局、誰に向けられたものかは、最後まで知れなかったけどな。
「定められた道を行くのがそんなに偉いのか? 弱さを見せることが、罪だとでも言いたいのか!?」
ふざけるな。
弱さを見せない者なんていない。どこかで無理をすれば、違うどこかで無理は出る。
『自由くん、オッケーよぉ』
隠谷から準備完了とメールが送られてくる。
先ほどまでのようなサンドバック一歩手前の戦闘中でなくてよかった……。
「ってなると、正真正銘、こいつで決めないとな」
<世界>。なあ、<世界>よ。
俺の見ていた夢がおまえだと言うのなら、今度こそ真価を示すときだろうが。
身に宿る<世界>は束ねて繋ぐモノ。
間違いではない。
「さよなら、みゆちん。私は今日も、世界を救うよ」
暗い顔のまま、いつものように宣言する舞姫。でも、違うよ……見ていたいのは、聞いていたいのは――。
「そんな絶望しきった顔で言われて、任せられるわけないだろ」
たぶん、これはあの日以来初めて見せる舞姫の否定。
武力も、言葉も要らない、在り方の否定。
思えば、久々にすぎるやり方なのかもしれない。でも、前と違うとすれば舞姫のことを思っての行動だってこと。
「だいたい、俺に断りもなくさよならしてんじゃねえよ。俺はここにいる。おまえの世界にも、ちゃんと俺はいるんだよ」
見えていないだけ。その壁が大きいものだとしても。
聞こえないだけ。その誤解が解けないものだとしても。
俺はちゃんと、ここにいる。
「せめて気づいてくれ、なんて言わないさ。こっちから気づかせてやる」
前にあった居場所すら、ここにはない。だから足掻くし、居場所を探す。
真実を口にしても許されるのだから。
みんながみんな、あんたを責めたりなんてしないさ。
「目を開けろ、天河舞姫! 世界を救いたいなら、自分の想いくらい守るべき奴らに吐き出してみろよ!」
いつもいつもいつも、平気そうに痛み隠して笑いやがって。
ああ、そうだ。あのときも、いまも、そのウソを貼り付けた笑顔だけは大嫌いだったんだ。
「痛いなら痛いって言えよ! 抱えに抱え込んで背負えなくなるまで請け負って、最後は倒れたいのか!」
あいつに俺の声など届かない。
<アンノウン>だろうと、人間だろうと、認識のされ方に違いはなく、届かない。
なぜなら相手は天河舞姫だから。
俺なんぞの声で止まるわけがない。
「私たちの敵なのに、どうして動かないの? 慈悲でもかけたつもり? 私はかけないからね……」
恐ろしく冷静に、酷く痛的に、彼女はこちらに向かってくる。
迷いなく、目の前の敵を倒す彼女は、それでも寂しげで。精神面が完成しているはずもなかったなと思い知らされる。
傷つけられようと、傷つこうと、決してそれを教えてはくれないのだ。
「おまえが変わらないって言うなら、それでもいい」
痛烈な叫びと共に拳を振り上げる舞姫。
もういいだろう。
「いまはまだ、変われないのかもしれない。でも、俺たちの言葉が届くようになる日まで、俺がおまえの世界を守ってやるからさ」
そう遠くない日々の、あっけない約束。
けれど、これだけは守り抜くと決めていた。
「さあ、今日もおまえを救おうか」
今度こそ、本当の世界を見せるためにも。