車両から出ると、個人認証のチェックを受け、中に通される。
長い階段を登っていき、数分。
「ところで、そろそろ他の都市の奴らがどんな感じなのか教えてくれてもいいんじゃないのか?」
「言っただろう。各都市の代表たちと世間話のひとつでもしてこいと。事前に情報を与えられるのが普通だと思うな」
「へいへい」
別に教えてもらわなくても構わないが、せめて好みとかは把握させとけよ。こっちだって気を配るの大変なんだぞ? なんて言ってやりたいところだが、ここで喧嘩でも始まれば負けるのは俺なのでやめておいた。
少なくとも、俺とほたるの<世界>の相性は最悪だからな。
その後はすんなりと会議室に通された。
「俺はてっきり一度は引き止められるかと覚悟してたぞ……」
「それはないよ。私とほたるちゃんがちゃーんと言ってあるんだから!」
小さな胸を張って答える姫さん。
そうか、ちゃんと仕事をこなしてくれてたのか。
「いつものうっかりで話が伝わってないかと思ってた」
「それどういう意味!?」
「……すまん、つい本音が漏れただけだ。気にするな」
会議室が見えたので、二人が入りやすいように扉を開く。後ろを歩く二人はそのまま速度を緩めることもなく、会議室へと入っていった。
「さて、それじゃあ――」
「天羽。早く入ってこい。来ないならばその扉の影から見える左腕、どうなるかわかっているな?」
扉を閉めてさっさと帰ろうかと思った瞬間、ほたるの厳しい一言が俺に投げられた。
閉める気満々で力を抜いていた腕に、再度力を入れる。
「やだなぁ。俺が二人を残して帰るわけないじゃないですか」
扉を人が一人入れるぶんだけ開き、渋々中に入る。
縦に二列、横に三列。
合計六つの椅子が置かれ、その前には大型モニタが取り付けられている簡素な部屋。
一応、六つの椅子の前にはひとつだけ、テーブルと思わしき家具が置かれている。
「ふむ……まあいい。これならいつも通りとはいかずとも、全員と話す機会は作れるだろう」
「お、やる気になってきた?」
「さあな。それはここに来る奴ら次第ってところか。そもそも、俺がいるのは神奈川であって、千葉でも東京でもない。各都市が違いをよく思わないのもどうかと思うが、仲が良すぎても困るだろ」
競争があるからこそ文明の発展があり、協力することを知っているからこそ、人類は滅びない。
どちらもなければ、いまごろ人類なんて滅んでいても不思議ではない。
とはいえ、世の中にはそのどちらも欠けた人間が一定数いるのもまた事実。
「難しいね」
と、それよりもだ。
「他の連中はまだか?」
「だろうな。千葉の二人はわりとマイペースでな。いつも時間ギリギリだったり、かなり早めだったりとで、たぶん時計の針を読めんのだろう」
「やめとけって。姫さん以外にも優しさをもって接してやれよ」
「なにぶん、私が私に戻ったのも最近でな。まだやりづらいところがある。もっとも、昔から他人と積極的に関わってきたわけではないが」
ああ、ここ最近は各都市で問題が絶えないからな。
なんといっても、うち――神奈川でも、姫さんの誘拐やら、街中に爆弾を仕掛けられるやら、わけのわからん<アンノウン>に襲撃されたりと。
最後のひとつは俺個人の問題であったりもするのだが、どうにも問題が増える一方だ。
東京の方でも、記録的な惨敗をしたり、そのおりに主席が負傷したり同士討ちが起きたりと、話題に事欠かない。
ここ数年は、どこかおかしい。
「世界が平和になるまで戦いは続く。でも、それが俺たちの代で終わるかと言えば」
「終わるよ」
俺の言葉に重ねて言った姫さんの横顔は、真面目そのものだった。
本当に、終わらせようとしているのだろう。俺には見えない明日を見ている彼女は、それに続くほたるや残りの四天王、神奈川の生徒たちは――。
「希望を失っていないから、か。そうだな」
一度は絶望と倦怠の海に沈んだこともあったが、結局、人の中にある光までは消せなかったということか。
「さて、じゃあそんな頑張ってる姫さんたちのために、冷たい飲み物でも作ってこようかねぇ」
ここに来るまでに、一室だけキッチンがあったことを思い出す。
あの部屋の様子からして、普段から使われているものだ。室内には何かしら置いてあるだろ。
「ほんとに!?」
会議室を出ようとすると、姫さんが目の前まで走ってきてピョンピョンと跳ねる。
「ええい、鬱陶しい! こら、おまえの身長で俺の前で跳ねるな! 顎にその石頭が当たりでもしたら俺死んじゃうで――あぶなっ!?」
後ろに仰け反り、ギリギリで姫さんの頭突きを回避する。
言ったそばからこれとか、もう作為的ななにかを疑っちゃいますよ?
「姫さん、確かに俺は前線には出ない、呼ばれてもすぐに来ない怠け者で、あんたの掲げる目標からしてみればおおよそ許せるタイプの人間じゃないかもしれないが、ここで殺すのだけはやめてもらえませんか」
「殺し!? なんで!?」
真面目な声音で懇願すると、真に受けたのか姫さんが驚きつつもこちらを見る。
ああ、なんて騙しやすい……うん、このおかげでうちの神奈川は問題が絶えません。
「冗談だ。俺の身に危険が迫るなら、回避する方法は他のことに目を向けさせるしかない。そう思ったまでのこと」
「ん? ごめんね、みゆちん……言ってることよくわからない」
「ですよねー、だと思った」
やっぱり伝わらないか。仕方ない、ここは保護者兼元変態のほたるにそれらしく言ってもらうしか――。
「ヒメを謀るとは、いい度胸だ。もちろん覚悟はできているんだろな?」
ご立腹!? あれしきのことでお怒り、だと……。
どうする? このままだと、せっかく姫さんを止めたというのに血の海を見ることになる!
本来逃亡は好きではないが、いまは理由があるし。
「お、俺とりあえず飲み物用意してくるから! じゃあいってきます!」
行動は迅速に。
生き残るためには必要なことだ。
「うん、お願いねー!」
「仕留め損ねたか……」
元気な声と不穏気な声のふたつを背中に受けながら、会議室を早々に後にした。
遅すぎても怒られ、早すぎても姫さんをいじった怒りが抜けないほたるに斬られるという、絶妙なタイミングで戻ることを運命から要求されている俺は、早足にキッチンへと向かっていた。
「あんときほたるに<世界>を使われなくて助かったな……」
まあ、余程重要な案件でもなければ、あいつは俺を拘束しないから付き合いやすいと言えば付き合いやすいが。
「お兄があたしの代わりに全部話してねー」
「お兄ちゃん、今日の会議内容すら覚えてないんですけど」
「見といてって言わなかった?」
「言われてないかなー」
移動している最中、前方から二人の生徒がこちらに向かって歩いてきていた。
うちの制服ではない。
黒を基調とした、シンプルなデザイン。
千葉の生徒か。
以前姫さんが『千葉のかすみんはー』とか言っていたな。かすみん……片方はけだるげな少女。もう一方はこれまたやる気のなさそうな男子。
どっちのことだろう。
「兄妹か……家族ねぇ。仲のいいことで」
とりあえず俺には関係ないので、無視しておくか。
「あれ? お姫ちんの言ってた生徒?」
「は――?」
すれ違いざま、少女の方に話しかけられた。
つい反応してしまったが、あなたずっと端末いじってたのに前見てたんですね。
「ああ、どこぞのアホ娘が言ってた」
次いで俺を認識した男子が言うが、うちの首席は他都市の代表からアホ娘で通っているのか。残念ながら否定できないんだよなぁ……どっか抜けてるし、抜けきってるまであるしな。
「で、なにか用? 他都市の代表が、俺みたいな雑魚と話すようなことないでしょ? それより俺、早く戻らないとほたるに怒られるんだ」
「ふーん? でもあたしには関係ないし」
ほう。こいつ、うちの変態どもと同じタイプの人間じゃないだろうな?
関わるといいことなさそうなんだけど、姫さんとほたるは俺になにを求めてるんですかね。
「俺には関係大有りなんだよ。話があるならあとで聞く。じゃあな」
二人のことは放っておき、キッチンに立つ。
「材料は――いい感じだな。これなら二人も納得するだろ」
早めに支度をし、来た道を戻り始める。
「戻ってきましたよー」
足で器用に扉を開け、中に入ると、先ほど出くわした二人も、すでに席についていた。
残すは東京の代表だけか。
「あ、みゆちん帰ってきたー!」
やっぱりみゆちん呼びは変わらないよね。他二人がいることだし、できればやめてほしかったな……。
「ほれ、姫さんのぶん。ほたるも置いておくぞ」
「うん、ありがと! ほたるちゃんも、一緒に飲もうよ」
「ヒメがそう言うのなら、ありがたくいただこう」
「はいよ。果物がたくさんあったからな、生ジュースにしてみた。姫さんはミックス、ほたるはイチゴだ」
姫さんは甘ければいいだろうと、ほたるはどこかでイチゴのアイスを食っていたことを思い出してのチョイスだ。
いやー、こんなことなら料理関係の<世界>でも発現してくれればよかったんだけどな。
ちらりと、千葉の二人を流し見る。
空調は完璧だが、少々暑そうだな。ここに来たばかりで、まだ暑さが抜けていないのだろうか……ここに果物が豊富にあるのも、千葉の有する巨大食料プラントのおかげでもある。
「ほい。これ、あんたらのぶんな」
「え?」
目の前に置かれたものに対して、少女が疑問の声を上げる。
「え? じゃないよ。この場にいるってのに放っておけるようにはできてないんだよ、俺は」
「そっか。……ありがと」
「おう。ほら、あんたも飲んでくれ。って、なにやってんの?」
少女の方は割と素直にジュースを受け取ってくれたようでいいんだが、その兄らしき人物は、少女を見て満足そうに頷いてから、こちらに向け、特に感情を浮かべない表情で親指を立ててきやがった。
「なるほど、あんたも軽度ではあるがうちの変態どもと同質のものを感じる」
「それはどうも。俺としては、妹のありがとを聞けたから満足だ。あ、ジュースありがとさん」
「はいよ。まあ、千葉から供給されてるようなもんだしな。あとこれ、残った果物だ。一口サイズに切ってあるから、つまんでくれ」
差し出すと、少女が手を伸ばしてかっさらっていった。
「……明日葉ちゃーん、俺のぶんは?」
「お兄のものはあたしのもの。あたしのものは、お兄のものー」
空になった皿が兄に差し出される。なんだろう、彼とは変態どもより俺に近い立ち位置にあることが見受けられる。
「これ、どうしろと……」
「こちらで回収しよう。新しいものを切ってくるから」
「悪いな」
「いい。神奈川ではいつもこんな感じだ。慣れてる」
空になった皿を受け取り、なぜか姫さんからもおかわりを要求される始末。
「俺の扱いって雑だよなー。特に身内からが一番雑っていうのは気に食わん」
などと言いながら会議室から出ようとしてるんだから、俺って姫さんやほたるに飼い慣らされてるんだなーハハハ……はあ…………。
『緊急警報――緊急警報発令、湾内ゲートポイントにアンノウン数体の出現を確認……都市内部の皆さんは落ち着いて行動してください。すでに戦闘科が出撃しています――繰り返します、緊急警報発令……』
こりゃ東京の奴らの――。
この場にいる四人に視線を配るが、誰も動く気配は見せない。
「全員救援には行かないのな」
ついそうこぼしてしまったが、反応はひどいものだった。
「東京方面なら、いっちゃんがいるから大丈夫だよ」
「ヒメが行かないのなら、私も行かん」
「え? クズゴミさんに俺なんかの助けは必要ないでしょ」
「東京の人はスコア大好きだからねー」
これが二都市の代表か。俺もまるで行く気はないが、協調性とかないものかねぇ。あ、これブーメランになるからなしで。
「とりあえす、行く気がないならいいや。ジュース作って果物切ってきたら誰もいませんでした、じゃこっちが困る」
「あんたも大概だな。そこは助けに行けって言うところでしょ」
千葉側の男子が聞いてくるが、俺は動かざなければならない事態になっても前線には立たん。あるふたつの理由を除いてはな。
「知るかよ。俺は元から、誰がどこに立とうと、そこを助けるつもりはない」
「そうですかー。あ、俺は果物はいいから、なにか温かいもの貰える?」
「了解した。材料を確認して、なにか作ってこよう」
なぜか料理人扱いされた気もするが、仕方ない。こうなれば、この場の全員の要望に応えようじゃないか。
これで前線に立たなくていいなら、安いものだ。
「さって。じゃあ――今日も身の回りの世話だけしてましょうか」
全員のコップを回収し、俺は再び、キッチンに戻っていく。
東京の代表と出会うのは、いまより一時間が経過した後になる。
次でやっといっちゃんさんを出せそうな気配。
早ければ次くらいにはみゆちんが世界を使ったりするかもです。
ちなみに、天羽自由で『あもう みゆ』と読みます。