犬のように生まれて、ケダモノみたいに育った。今は何もかもを忘れて少女のような顔をしている。
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《君はまるで犬っころみたいに無邪気だね》と時雨は無線で言った。
《よく言われるっぽい》 と夕立は返した。
生まれついての性(さが)なのだろうと、彼女は思った。白に近い金髪は尻尾のように長かったし、人懐っこい笑みからはみ出た八重歯。あんまし覚えの良くない脳みそも犬なみだったし、でも、犬みたいに鼻がきいて物事をまっすぐ嗅ぎ分けられた。
だから、考えるより感じるまま、教えられたままの姿は子供みたいで、動物的だった。
月の明るい海の上。少女たちは水面を滑り、狩場へと向かっていた。
彼女らの靴はタップシューズみたいに魔法がかかっていて、靴底の金属と彼女らの超能力でもって、水面に浮かぶことを可能としていた。彼女らは超能力をもっていたので、透明なスクリューで海を滑空できたし、一時間で数十海里を進むことが出来た。まるで軍艦を人間サイズに凝縮したみたいな魔法少女だった。
《そろそろ深海棲艦の海域よ。おしゃべりは静かにね》とリーダーが言った。夕立や時雨より強くて、丈夫で、少しだけお姉さんの先輩だった。真っ白な髪を吹き流し、白色のセーラー服を覆う偽装マントは真っ黒だった。
《わかった》と短く時雨は言った。彼女も黒い偽装マントにくるまれていて、その下は夕立と同じ黒いセーラー服だった。
少女たちは皆、黒いマントを着ていた。海賊みたいだった。
敵の深海棲艦は海賊みたいなものだったので、この海賊みたいなマントは偽装として役に立つ。夜闇に溶け込むし、武装を欺瞞できた。運が良ければ仲間と勘違いしているところを一網打尽に出来たりもした。
そう、深海棲艦は海賊みたいな奴らだった。
海に漕ぎだすものを片っ端から襲い、夕立たちより強い魔法と火力と速力で何もかもを奪い去っていった。だから夕立たちは深海棲艦と戦っている。狩って、減らして、人間たちが生きる隙間を作るために戦っている。
《まるで僕ら、犬っころみたいだね》 と時雨が言った。彼女はリーダーの艤装からたらされた霧中浮標から目を離さず、でも相変わらずおしゃべりだった。
《半海里向こうの由良が引きずる尻尾(霧中浮標)を、一心不乱に追っている。まるでお腹を減らした犬っころだよ》 と、アンニュイに時雨はぼやく。
《由良さんはリーダーだから、間違えないっぽいし、私達はそれをおってればいいの》 と無邪気に夕立は応える。ふわふわと狩場の高揚感でフワフワしつつも、グリーンの瞳は時雨の霧中浮標から目を離さない。
《お互いの尻尾を見失わないで。それを目標に付いて行けば、単縦陣で深海棲艦の目の前に飛び出せるはずだから》とリーダーの由良は言う。
《はーい!がんばる》と犬のような愚直さで夕立は応える。
《偵察機も出せない真夜中に、運任せだね》と時雨が応える。
《あなたと一緒なら、いつも運がいいじゃない》と由良。
《時雨さん、このまえアイスであたりひいてたよ》と夕立。
《お腹冷えちゃって、お腹こわしちゃったんだけどね》と時雨。
真っ黒マントのすてきな三にんぐみが、お互いの霧中浮標を追いながら、陣形を保っている。水上の暗夜行路、敵はもうすぐ。
「敵はもうすぐかな」と由良は思っていた。リーダーなので、作戦の全てを理解していた。先行した潜水が、敵を引きつけているはずだった。後方の長距離砲担当と航空戦力が、敵の主戦力を行動不能にしていたはずだった。私達"すてきな三にんぐみ"で生き残りを討ち滅ぼせばいいはずだった。
「嫌な予感がする」と時雨は思っていた。副リーダーとしての責任感や、生来の真面目さ。姉妹の夕立とにた獣の感覚で、いろいろなことを悲観していた。ほとんどが思い過ごしだったけれど、その心配性のおかげで生き残ることが出来た。
「静かな気がする」と夕立は思った。仲間の潜水艦はおしゃべり好きで、無線はいつもうるさいはずだった。作戦がうまく行っているならば、死んだ深海棲艦の煙で月夜はもっとぼやけているはずだった。
《嫌な感じがする》と時雨が言い、《敵が沢山いるっぽい》と夕立が言った。
由良はリーダーで、二人の動物的な直感を信頼していた。作戦の全てを理解していた彼女は、静かすぎる海や、明るすぎる月、怯える優秀な後輩たちを見て、作戦の暗い先行きを感じ取る。
《もう少して敵の目の前。電探の感ある方向に魚雷をばらまいて。そのあと180度転身。大急ぎで退散するよ》とリーダーが叫ぶ。
《素敵な戦場なのに、ちょっと勿体無い気がするね》と夕立が去勢をはる。
《風向きが悪い時は、安全第一さ》と時雨がたしなめる。
三人の黒マントが、真っ黒な海を切り裂いて進んでいく。未熟な電探の千里眼でもって、お互いの距離感を保ちながら、敵へと一目散へきり進んでゆく。どんな時も陣形を崩さず、仲間を信じてついて行く。それが生き残るコツ。
全ては距離感なのだ。
波は高く、風も強く、でも雲はない。目視でも遠くの獲物を見つけれそう。水平線の向こうまで見渡せる。星が落ちてくる。
《見つけたみたい》と夕立が言った。
彼女は水平線の境目に、ゆらゆらと揺らめく人影を見た。自分たちと同じような黒いマントを着込んだ、骨や歯みたいに青白い人影だった。月あかりに溶けて、幽霊のようだった。
三人の艤装の、原始的な電探は、高い波のせいで敵の姿を捉えることができなかった。しかし、六つの瞳は深海棲艦の姿を捉えていた。
私達と同じように水面に浮かび、黒いマントを着た女が、竜のような鯨のような怪物を従えている。こいつらに魚雷を打ち込んで、あとは一目散へ逃げ帰る。それが今日のお仕事。
三人組は黒いマントを脱ぎ捨てた。深海棲艦から鹵獲してきたそれは、姿を隠してくれる魔法のマントだったけれど、彼女らの魔法を邪魔することがあった。
本来の姿で、自分らしく戦う必要があった。
重たいマントが翻り、強い風に飛ばされて、その下のセーラー服がたなびく。体中に取り付けた機械仕掛の艤装が目をさます。タービンが回り、燃料が燃えて、心臓に火が入るのを感じた。船のようだった。
敵の見える方向へ向かい、ありったけの魚雷を放つ。足に取り付けられたそれは、ラムネみたいに音を立てて、水中へ飛び込んでいった。うっすらと白い線を引きながら敵の方へと進んでいく。
夕立は、当たればいいなと思ったけれど、当たらないだろうとも思った。
三人で一ダースの魚雷を放った。そのうち一発でも当たればいいなと思った。遠くの敵を狙うということは、そういうものだった。
撃ち放った魚雷のぶんだけ軽くなった体。帰りは少しだけ楽だろう。ただし、深海棲艦に見つからなければ。
《帰りましょう》と由良が言った。
《そうだね》と時雨が返した。
夕立は少しだけ名残惜しそうに、魚雷の向かう先を見た。敵はまだ、幽霊みたいに水面に佇んでいる。そのまま幽霊になってしまえと思った。
時雨の霧中浮標をおって、走りだす。三人一緒に帰っていく。そろそろ夜が明けて、お互いの姿も確認できるだろう。そうすれば犬みたいに霧中浮標を追う必要もなくなる。
遠くで、叫びがと、重たい金属が捻じ切れる音が微かに聞こえた。魚雷の一つが敵に命中したのだろう。運がいい日だった。
三人で振り返ると、朝日が昇るところだった。空に上がっていく黒煙が見えた。敵たちの姿は、地平の向こうで見ることはできなかった。
《早く帰ろう》
敵が追ってくる前に。安全な我が家へ帰るんだと。
あとがきのつかいかたおぼえたいです。
のんびり筆を進めればとおもっています。
マシオカさんのインタビューを見て「行き当たりばったりでも楽しい物語つくれるんだー」って、フワフワした気分で書き始めました。
全ては未定。