「すんませんでしたぁああああああああっ!!」
「お、おい、頭上げろって」
あの会合の後、俺はソーナ先輩たちに着いてシトリー領に向かっていた。
ちなみにシトリーの列車は青で内装もグレモリー家の所有していた列車と同等のものだった。
そんな高級感溢れる車内で、俺はジャンピング土下座を匙先輩に向けて敢行していた。
理由はただ一つ、会合中に殴って匙先輩の言葉を止めたことだ。
いや、それ自体は正直、匙先輩の将来を思ってのことなので気にしていないのだが問題はその後の俺がブチ切れて啖呵切ったことだ。
そりゃ正座で説教ですよ、リアス姉さんからものすっごい怒られたけど感謝もされた。
『確かにあなたの行為は褒められたものじゃなかったけど……でもソーナの友人として、あなたの言葉には感謝するわ』
だが冷静に考えればソーナ先輩の評価に響く。
それだけこの冥界では黄金騎士というのは重い名前だと教えられたが、我慢できなかった。
人間ごときだと吐き捨てたあの老人に怒りを抑えきれなかった。
「ほんとすいません、俺は……もうホント」
「だから頭を上げろって。ったく、スイッチ切れるとホント人格変わるよなお前」
「でもカッコ良かったなぁ、双葉くんってあんな雰囲気になれるんだ」
そんな発言するのは席に座りながらジュースを飲んでいる、ソーナ先輩の『兵士』、仁村留流子だ。
匙先輩に懐いているらしく、いつも先輩の後ろにくっついているひよこみたいな奴と思っている。
「まぁ、女性のお尻で力を爆発させるすけべなところもありますが」
と冷静に言うのは副会長である真羅椿姫先輩。先日の校舎破壊をまだ根に持っているらしいが、あの時生徒会室が吹き飛んで資料がね……うん、何時間も居残って修復し続けたのはトラウマだよ。
「だがあの魔力の波動、あれは上級悪魔すら凌駕する勢いだったが……キミは本当に人間か?」
そう言ってくるのは由良翼紗先輩。この人は『戦車』であり、たまに組手をしてもらってたりするがそういえば本気でやったことなかったな。
俺の出生は一応秘匿とされている。まぁ、先代牙狼の息子だと分かれば余計な敵を作りかねないとアザゼルおじさんに言われたので、俺は表情を引きつらせながら適当に流す。
『まぁ、まだ制御は甘いがな。というかアレははったりだからな』
「そこは言わないでいいよ、ザルバ」
「いいわね、双葉……ちょっと惚れそうになったわ」
冷静な顔で爆弾発言するのは巡巴柄先輩だ。
『騎士』である彼女は立ち振舞いこそクールな女性なのだが、まさかの年下好きというその利点を打ち消すほど酷い。というか寄って来ないでください、先輩。
「ほらほら、双葉くんが怯えてるからそこまでに……でも木場きゅんの弟子だけあるよね、雰囲気とか木場きゅんに似てきたよ」
……師匠を「きゅん」付けするのは草下憐耶先輩だ。『僧侶』をしている人だが、師匠の大ファンである。地味に真羅先輩もそうらしく、この間二人で師匠の写真をニコニコしながら見せ合いっ子してた時はどうしようかと。
あと雰囲気似てもなぁ。師匠みたいになれないしな……あー、母さんと父さんは美男美女だって聞いたから少し俺にも引き継がれればなぁ。
「なんでそこで落ち込むのかなぁ、双葉くんだって悪く無いと思うよ?」
「天使や、天使がおる……」
『悪魔だろ』
ザルバの冷静なツッコミを無視して、俺はフォローしてくれた花戒桃先輩を拝み倒す。
……ここまで紹介して思ったが、女子率高いなぁと俺は思う。
ソーナ先輩の眷属は匙先輩以外女性だ。俺が生徒会に入るようになって、匙先輩はそりゃもう喜んだよ。『男手が欲しかったんだ! あと女子の会話についていけねえ!』って泣きながら言われた時は心底同情した。
ザルバの冗談で皆が笑うが、匙先輩はポツリと漏らした言葉に閉口することになる。
「会長、大丈夫かな……」
「元ちゃん! ……大丈夫なワケないよ」
窘めるように花戒先輩が言うが、すぐに表情を暗くしてしまう。
ソーナ先輩は先頭車両に引きこもったまま出てこなかった。会合でも、俺に一言言うだけで会話すらできなかったし、無理して気丈に振舞っているのは丸わかりだったが何も言えなかった。
それだけショックだったということなんだろう。
クールで大人っぽいと言ってもソーナ先輩もまだ大人ではなく子供なんだ、それは生徒会に所属してからよくわかった。
「会長にとっては長年の夢でしたからね、それを否定されたのは流石に堪えるでしょう。『女王』として不甲斐ない気持ちで一杯です」
悔しそうに言う真羅先輩だが、他の人達だって同じようなものだ。
主を馬鹿にされて黙っていられた彼女たちは立派だ。それを横からしゃしゃり出て無駄にした俺は本当に大馬鹿野郎だがな。
ため息を付く……朱乃先輩やアーシアたちが恋しい。
そんな暗い雰囲気の中、俺はひたすらに窓を見ながらシトリー家にどう挨拶しようか考えていた。
****
「待ってたわよん☆」
「……」
「お、オイ!? 双葉逃げるな!!」
回れ右して全力でこの場から離脱しようとしたが匙先輩の神器に捕まる。
いぃいいいいいやああああだあぁあああああああっ!! 帰るぅ!! おうちかえるぅ!! と軽く幼児退行しながら、俺は心の中で絶叫する。
シトリー領もグレモリー領に匹敵するほど綺麗な場所で、もちろん本邸もお城だった。
匙先輩たちがドヤ顔していたが、グレモリー家も同じ感じでしたと言うと舌打ちされた……こ、この先輩たちがぁ。
その間ボソボソとソーナ先輩が話してくれたが、今本邸にはご両親がいないらしい。
なんでも急用ということで俺と会えないのが悔しいとの伝言を貰ったが、良かったよ、正直先輩のご両親に挨拶するのは、リアス姉さんのご両親と挨拶するよりも難易度高そうだし何言われるか……。
そうこの時はそんな感じでのんきに思っていた。
ソーナ先輩の案内で本邸の玄関まで行った時だった。突然祝砲が鳴り響き、音楽が鳴り響いた。
唖然としている俺達の前に現れた人物はセラフォルー・レヴィアタンさんご本人でしたというのが事の始まり、そして冒頭に繋がるというわけだ。
「お姉さま、何故?」
「ソーナちゃんが心配で……来ちゃった☆」
ハートマークでも付きそうな語尾で軽く言うが、職務放棄してきましたと言っているようなものだし、会合の時はスーツだったのに今はいつもの魔王少女の恰好をしている。
生徒会メンバーも微妙な表情をしてるが、ソーナ先輩だけはいつもの様にあたふたしたような感じではなく冷めたような顔つきでセラフォルーさんを無視して階段を上がっていってしまった。
「ソーナたぁん!! ……うぅ、やっぱおじさまたちを少しキュッとしたほうが良かったかしら」
「死ぬから、さすがに魔王がキュッとしたらドカーンどころか塵すら残りませんから!」
黒い顔で物騒なことを言うセラフォルーさんに突っ込む。
資料映像でセラフォルーさんの戦いぶりを見たが、魔法のステッキを振っただけで周囲の風景を白銀の世界に変えてたからな……あのジジイたちを見たが明らかに戦闘ではなくて、政治屋って感じがするからその気になれば塵にもなれないかも。
セラフォルーさんがステッキを腰に収めると心配そうに何も言わずに行ってしまったソーナ先輩の後ろ姿を見る。
「……相当参ってるみたい」
「行ってあげてください、やっぱここはお姉さんであるセラフォルーさんの言葉が必要だと思います」
「俺もそう思います! セラフォルーさま」
匙先輩も俺に同意してくれるが、セラフォルーさんは首を振りながら、悲しそうな瞳で俺達を見る。
「うぅん、今のソーナちゃんには私の言葉は届かない……だって、私は妹が馬鹿にされている時に何も言ってあげられない不甲斐ない姉だもの」
この場にいる全員がそうではないと言いたかったが、セラフォルーさんもショックなんだろうな。あれだけ溺愛している妹があそこまで馬鹿にされたら怒って当然だ。
だが魔王として姉でいることが出来ないセラフォルーさんも、あの時ソーナ先輩の味方が出来なくて悲しかったのだろう。
セラフォルーさんは俺に近づいて肩に手をのせる。
「だからね、ソーナちゃんのことをあなたに頼みたいの」
「お、俺!? いや、俺なんかよりも真羅先輩たちのほうがいいです……俺は後輩だし、それに眷属じゃない」
「いえ、私達からもお願いします」
真羅先輩が頭を下げる。
「私たちは眷属でしか無いんです。確かに会長……ソーナとの付き合いは私が一番長いですが、私の言葉ではソーナを癒やすことは出来ません」
「でも、俺は――――」
「黄金騎士ちゃん……うぅん、兵藤双葉ちゃん。あなたは気づいてないかもしれないけど、ソーナちゃんはあなたのことをばかり書いてたわ。嫉妬したけど、あの子があんなに一人のことを書くなんてなかったの。正直、今だって悔しいけどソーナちゃんだって年頃だもんね」
セラフォルーさんが悔しそうに言うが、その顔には以前のような無表情はなく、妹を想う姉の顔であった。
そういう顔されると断れねえよ、畜生。
「……分かりました、でも皆さんからも話しかけてくださいね。俺よりも皆さんのほうがソーナ先輩とは親しいんですから」
俺はため息を付きながら、執事さんの案内でソーナ先輩の部屋に行くことになった。
皆が見送る中、匙先輩だけは俯きながら悔しそうに拳を握っていた。
**三人称視点**
「ッ!!」
ポフンと音を立てながらソーナは布団を叩いた。
当たり前だと冷静に思う自分ですら腹立たしかった。
分かっていたつもりだったのだ。自分の夢がサイラオーグよりも馬鹿げている、それなのに実際に笑われた時、ソーナの心に亀裂が入った。
ソーナはレーティングゲームが好きだ。緻密な戦術やド派手な戦い、奇想天外とも言える奥の手、全てを使い勝利するレーティングゲームを愛していると言っても過言ではない。
ソーナが小さい時、ある上級悪魔のチームがあった。チームの殆どが下級や中級、果てはそこまで実力がない転生悪魔。
当然ながらチームは弱かった、ランキングなどは下から数えたほうが早い。だが、知恵や戦術で格上のチームに勝つことがあった。
小さかったソーナは何故か、そのチームの試合を楽しみにしていた。
どうして諦めないのか? 弱い眷属なのにどうしてそこまでするのか、小さかったソーナは両親に頼んで、その悪魔と話し合いの席を設けてもらった。
シトリー家は魔王を輩出した名門中の名門、はじめは冷やかしだと思いその上級悪魔は断った。
だが小さかったソーナは何度も何度も両親や、自分の足を運び頼み込んだ。
ついに根負けした上級悪魔はソーナと話をすることになった。
――――どうして眷属をトレードしたりせずに戦うんですか?
まだ悪魔の世界を多く知らなかったソーナの純粋な質問に、上級悪魔は複雑な表情で答えた。
――――彼らは差別されていた。僕はね、そんな彼らが放っておけなかったのさ。
悪魔には珍しいが、情愛の深い悪魔もいる。
その上級悪魔もお人好しと呼ばれる変人であった。
――――差別?
――――そう、ソーナさまにはまだわからないと思う。でも僕は彼らをどうにかしてやりたかった。高い身分に生まれなかっただけ、素質を持たなかったため、無理やり悪魔にされたために差別されるなんておかしい。
熱心に語る彼の目を見て、小さいソーナは理解した。
あぁ、この人は誰かのために戦ってるんだ、黄金騎士みたいに。
――――黄金騎士みたい。
――――……ッ!? ハ、ハハハハ、黄金騎士、か。僕はそんなんじゃないよ……実際、負けっぱなしで全然ダメだけどね。
――――そんなことはないッ!
ソーナは叫んだ。
誰かのために戦う人は立派なんだ! だから私はおじさんを応援するよ!
小さなソーナの言葉を聞いて、呆然とした上級悪魔は次の瞬間、顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
みっともなく、堰を切ったように小さいソーナの前で泣いた。
――――ありがとう、ありがとうッ。
そう泣く彼の顔はソーナの大切な思い出だ。
だが、彼は数年後プロから引退することとなる。
実力が足らず、負け続けた眷属たちも一人、また一人彼の元から去っていった。
引退の日、ソーナは彼からの招待で会うことになった。
あの日のように話せる、そう喜んだが彼と会ったソーナは言葉を閉ざすことになる。
キラキラと輝いていた目は泥水のように濁り、髪の毛の一部も真っ白になっていた。
だがソーナを見た悪魔は、昔のように微笑みながらソーナの手を握った。
――――ソーナさま、勝手なことだと思いますが僕の夢を継いでくれますか? 差別のなく、誰でもレーティングゲームに参加出来る、そんな夢を。
弱々しく声を出した悪魔に、ソーナは泣きながら手を握り返した。
――――約束します、私が必ずあなたの夢を叶えますッ!! 私は絶対に諦めません、きっと、きっと誰でもレーティングゲームを楽しめるようにしてみせますッ!!
――――……ありがとう、僕のしたことは、無駄じゃなかったね。
無邪気に笑う悪魔は、その日を境に隠居した。
ソーナはその日から努力した、寝る間を惜しんで戦術を考えたし、眷属が集まる度に何度も彼らが最高のパフォーマンスが出来るように練習した。リアスの眷属にだって負けないと思っている。
だが、それは自己満足だと今日分かった。
結局の話、勝たなければ意味が無いのだ。どんな手段を使っても勝って結果を出さなければ、あの老人たちのようにソーナは笑われ続けるだろう。
「……双葉……」
喧嘩っ早い双葉が爆発した時、ホッとした自分がいた。
そして悪魔の上層部に食って掛かる双葉の後ろ姿が、何度も何度も思い浮かんだ黄金騎士の背と重なった。
嬉しくないわけがなかった、憧れだった黄金騎士に後押しされたのだ。
だけど同時に、情けなさと申し訳無さがソーナを襲った。
双葉のことは、憧れの黄金騎士、それだけの存在だった。
けれども生徒会で双葉とふれあう度に、その人柄に入れ込む自分がいたことをソーナは自覚した。
恋、というよりも憧れだったのだろう。
ただの人間でありながら、数々の敵に立ち向かい、そして誰からも認められていく双葉をソーナは羨望した。
だからその双葉に庇われたことは嬉しくもあり、同時に自分の中の黒い気持ちに気づいた瞬間でもあった。
「私は……最低です」
――――人間のくせに。
そんな気持ちが一瞬でもよぎった時、ソーナは自分を殴り飛ばしたくなった。
そして同時に、双葉を真っ直ぐ見ることができなくなった。
ここまでの道中、双葉との会話がなかったのは落ち込んでいたのもあったが、その気持ちに気づいたソーナが自己嫌悪に陥っていたということもある。
こんな自分を知ったら、双葉は悲しむ。
短い間だが、双葉と触れ合ったソーナはわかっている。
恐ろしいほど真っ直ぐなのだ、双葉という人間は。これと決めたら決して曲げず、折れそうになっても何度でも立ち上がる。
だからこそ、ソーナは双葉のことが好きになった。
でも、好きになったからこそこの気持ちを持ってしまった自分では双葉にどういう顔をしたらいいかわからなかった。
そうやって思考がぐるぐると嫌な方向に進もうとしていった時だった。
コンコンとノックの音が部屋に響き、今最も聞きたくない人物の声が聞こえた。
「ソーナ先輩、入ってもいいですか?」
「…………来ないで」
短くそう言うが、ソーナは嬉しさと不甲斐なさで再び苦悩する。
双葉のことだ、きっと皆に言われてここに来たのだろう。この道中、何度も悩んでいたに違いない。
それが嬉しくて、それでいて悲しい。
「……ソーナ先輩」
「来ないでッ!! あなたに、あなたに何がわかると言うんです!!」
再び声をかけてきた双葉の声に、ソーナは叫んでいた。
違う、そうじゃない。そう考える頭とは違い、ソーナの口は止まらない。
「不憫に思いましたか? 同情しようと思いましたか? ふざけないで!! あなたは人間で、魔戒騎士で――――黄金騎士ッ! 分かるはずがありません!!」
ソーナの両目から涙が溢れる。
違う、違う……そうじゃない、ありがとうと言いたい、私の夢を、黄金騎士として守ると言ってくれたことに感謝したい。
ソーナは気づいていないが、ソーナは双葉に心許しすぎていた。だからこそ、口は止まらない。
「あなたはいいですよね、そうやって誰かれ構わず助けていればいい。私は認めさせなきゃいけないんです、夢のために!! あなたの夢は何ですか? ないでしょう!!」
あぁ、なんて……なんて愚かなの。
ソーナはシーツに顔をうずめながら、ぐちゃぐちゃになる頭の中で絶望した。
後輩に、あこがれの人に、好きな人にここまで言うなんて、私はもうだめです。
そう普通ここまで言えば誰だって立ち去る。
だが、双葉はそうではなかった。部屋の扉を開けて、ツカツカとシーツにうずくまるソーナの元に歩いて行く。
その表情は悲しげだが、強い意志も感じられた。
シーツを掴んでいるソーナの肩に触れると、双葉は強引にソーナと目を合わせる。
「は、離してッ!」
「嫌です」
双葉はじっとソーナの瞳を見つめ、優しく抱きしめた。
軽い抱擁だったが、混乱したソーナを落ち着かせるには十分だった。
「……なんでです、なんで私に構うんですか」
「……だって、ソーナ先輩は前に言ってくれたじゃないですか、大事な仲間です、って。さっき、ソーナ先輩は誰かれ構わず助ければいいって言いましたよね? それは違いますよ、俺は立派なやつじゃない。周りの人さえ守れればそれでいいんです」
双葉の手がソーナの頭にのる。
優しく、そして思いやりのある仕草で撫でられ、ソーナは少し身じろぎするが次第に安心し始めたのか、双葉の手に身を委ねる。
「俺は、皆が思ってるほど立派な人物じゃないです。面倒くさがり屋で、ズボラで、迷ってばかりいる。きっと、ソーナ先輩じゃなければ俺は今こうしていません」
嘘だ、とソーナは思う。
確かに双葉は躊躇するだろうが、目の前の誰かを助けるためにとっさに体が動く。
そして落ち着かせるために抱きしめるだろう。
「俺には夢がない、確かにそうですね。俺は牙狼であり続けると思ってますが夢というか
「……立派ですか、無謀と笑われることですがね」
そうやって自嘲気味に笑う、ソーナに双葉はそうじゃないと言う。
「確かに無謀なのかもしれません。でも俺は出来るって信じてます」
「……どうしてそう言い切れるんですか? 途中で諦めるかもしれないのに」
ソーナの脳裏に、あの悪魔のことが思い浮かぶ。
そうだ、彼のように夢半ばで力尽きてしまうかもしれない。弱り切ったソーナはそう心のないことを言う。
だが、双葉は笑いながら言った。
「ソーナ先輩がダメでもその後に誰かが繋ぎます。その次がダメでもまたその次が、次の次が後ろに続きます」
「ッ!?」
ソーナは驚愕しながら、双葉を見た。
何故かその顔が、昔のソーナにダブる。
「夢は希望なんです。牙狼と同じように、誰かが憧れてその後ろに続こうとする。だから、ソーナ先輩が諦めたってきっと誰かがその夢を叶えます」
ソーナは泣くのを堪えて、双葉の言葉に耳を傾ける。
ソーナの夢は、ソーナ一人が見たものではない。きっとあの悪魔、いや他の人も見ていた夢。ソーナはそのバトンの一つを受け取っただけだ。
「でも俺は信じてます、ソーナ先輩ならきっと出来るって」
「なんでです?」
「俺の知っているソーナ先輩は絶対に諦めない人だから」
――――約束します、私が必ずあなたの夢を叶えますッ!!
あの日、あの時、ソーナが夢のバトンを受け取った言葉が脳裏に蘇り、ソーナは耐え切れず嗚咽を上げながら、双葉にしがみついた。
「双葉ッ! 私はッ! 絶対に諦めませんッ! どれだけの時間がかかろうとも絶対にやり遂げますッ!!」
「……はい、先輩なら絶対に出来ますよ。なんたって、先輩は生徒会長ですから」
双葉は優しくソーナが泣き止むまで抱きしめ続けた。
その背を、部屋の外からこっそりと見るセラフォルーや眷属たちは優しそうに微笑む。
そしてその様子を見た、匙は悔しそうに、それでいて祝福するように双葉を見つめてこういった。
「あぁ、負けたよ……」
**双葉視点**
泣きつかれた先輩をベッドに寝かしつけると、待ってましたと言わんばかりにセラフォルーさんたちが部屋に入ってきた。
全部見られてたとわかったので、ニッコリ笑顔を浮かべながら全員を部屋の外に叩きだしてみっちりと説教した。
ソーナ先輩が寝てしまったせいで夕食は無くなったが、俺の説教に憔悴しきった皆は食べる気力もなかったのか、各部屋に戻った。セラフォルーさんはまだ余裕があったので日頃の鬱憤も兼ねて、念入りに説教した。
頭のなかから魔王だってことが吹っ飛んでたね。
説教が終わって、ダウンしたセラフォルーさんを表情が引きつるメイドさんに渡して、俺も自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
正直、限界というか魔力の流れが悪い。
疲労もいつもより溜まって、もうまぶたが落ちる五秒前。
『双葉、お前は休め……他人の心配してる場合じゃねえぞ』
「大丈夫、寝りゃなんとかなるだろ」
『……はぁ、お前は人間だぞ? それを忘れるな』
ザルバ、当たり前のことを言うんじゃねえよという暇もなく、ザルバは目を閉じた。
この野郎、喋る気があるのかないのか……あぁくそっ、眠い。
辛うじて風呂には入って服も着替えてるが、このままだとまた昼間まで寝ている可能性がある。
そう睡魔と戦っている時だった。
コンコンと扉が叩かれて、匙先輩が部屋が入ってきた。
「双葉……って、あぁすまん、寝てたのか?」
「い、いや、まだ起きてますよ」
重い体を起こして匙先輩に笑顔を向けるが、正直脳が全く動いていないし、目線がフラフラする。うぅ、どうしちまったんだよ俺は。
「お、おい? 大丈夫か双葉?」
「つ、疲れが出てるみたいで。ほらここ、人間界と違って大気の状態が違うから」
苦しいいい訳だと思うが、匙先輩が談笑するために俺の部屋に入ってきたわけじゃないと思うから、必死に起きる。
が、頑張れ、俺。寝ないように自分から話しかける。
「あ、あの話があるんですよね?」
「あぁ、明日にはお前番犬所に行くんだっけ? だから話しておきたかったんだ」
真剣な顔つきで俺の目を見る匙先輩。
俺はベッドから起き上がり、匙先輩の言葉を待った。
しかし、匙先輩がしたのは言葉ではなく、頭を下げることだった。
え、えええええええ!? と突然の匙先輩の行動にあたふたする俺だったが匙先輩は気にせず続ける。
「……ありがとう、会長を励ましてくれて。あんなに自分の事を言う会長は初めて見たよ」
「俺は黄金騎士ですから」
そうさ、俺が黄金騎士だからソーナ先輩はあんなに自分の考えを言ってくれたんだろう。
……でもソーナ先輩の言うことがちょいと突き刺さったのはマジだ。
夢、か。そういえば俺の夢ってなんだろう? イチ兄を立派にする? 魔戒騎士として大成する? それとも普通に生きる? ……分からないや。
目の前のことで必死で、夢なんて考えたことがなかった。
だからソーナ先輩が羨ましい。泣くほど叶えたい夢があるんだからな、俺にはそれがない。
「そうじゃねえんだが……でも、俺はお前が黄金騎士で良かったと思うよ」
「えっ?」
パチクリと匙先輩の顔をマジマジと見ると、匙先輩は苦笑しながら俺の肩を叩く。
「そりゃそうだろ。俺も会長に貸してもらって黄金騎士の本読んだけど、お前は黄金騎士にふさわしいと思うよ」
「……そんなことはないです、俺の牙狼は不完全で、まだまだ未熟です」
「んなこと言ったら俺の立場ねえよ」
そんなことはないと思うがなぁ。
最近の匙先輩の成長ぶりは凄い。
神器だって進化してるし、ラインの数だって増えてきている。
だからこそ、俺も負けていられない。数日、修業を休んでしまったんだ、番犬所に行ったらロゼさんに直々に修業つけてもらわないとな!
「双葉、俺はさ。お前が羨ましいよ」
唐突にそう言われた俺は言葉に詰まる。
羨ましい、か……いろいろ言いたいことはあるが黙って匙先輩の言葉を聞く。
「正直、どんどん強くなるお前が羨ましいし、トップの人達と普通に会話できるお前は特別なんだなって思ったよ」
「……黄金騎士だからですよ、それ以外はただの人間です」
「いいや、お前自身の素質だろ。なんか最近、お前は黄金騎士、黄金騎士言いまくってるけどちょっと付き合った俺だから分かる、お前はすげーやつだって」
ほめられるのは悪い気はしないが……ちょっと褒め過ぎじゃないかなぁって思う。
匙先輩って、俺に甘いんだよね。多分、男の後輩が出来て嬉しいんだろうけどちょっと恥ずかしい。
「なぁ、双葉……弟のお前に言うのも何だけど本気で兵藤に勝ちに行くぞ」
「イチ兄に?」
そう言うと頷く匙先輩は覚悟を決めたように言う。
「馬鹿にされてさ、どんだけ自分が楽観視してたのか思い知ったよ。だからこそ今度のゲームは負けられねえんだ。伝説の赤龍帝にデュランダル、聖魔剣とかあっちはヤバイもんがゴロゴロしてる……だからこそ勝たないといけないんだ」
うん、そうですね。
リアス姉さんの眷属ははっきり言って異常だ。
潜在能力で言うなら若手でも上位に食い込み、下手をすればプロのチームにも勝てるかもしれない。
だが逆に、この戦いを勝てばシトリーの夢をバカにするものは少なくなるだろう。
手持ちの駒で伝説級の相手を打ち倒す、これほどソーナ先輩が目指す夢の補助になることはあるまい。
匙先輩の気持ちは分かる。
わかるが、俺としては複雑な気持ちだ。
リアス姉さんもソーナ先輩もお世話になった先輩方だ。
どちらにも勝って欲しいし、夢を叶えて欲しい。けれど二人が戦うとなるとどちらを応援していいかわからなくなる。
「俺にはなんもねえ。会長の『兵士』、俺はたったそれだけなんだ。兵藤みたいに注目されることはないし、実際十把一絡げのどうでもいいやつなんだろうな。でも、だからこそ俺は絶対に勝ってみせるッ!!」
「……」
匙先輩の気迫は本物だ。
本気でイチ兄を、赤龍帝を倒そうと意気込んでいる。
……眩しいな、と俺は思う。
記憶が戻ってから、俺は何かずれたような感覚に襲われていた。
兵藤双葉と冴島双牙、2つの記憶が入り混じった俺はとりあえずは兵藤双葉と名乗っているが、実際にはどっちつかずに宙ぶらりんのようなものだ。
匙先輩のような一本、芯の通った覚悟が俺にはない。
だからこそ眩しいし、羨ましい。
……あぁ、やっぱり強くなりたい。誰からも、納得される黄金騎士になりたい。
「……応援しろって言ってるわけじゃない。ただ知ってほしいんだ、会長の――――いや、俺達の夢を守るって言ってくれたお前にな」
「匙先輩」
匙先輩は表情を緩めて、俺の肩を再び叩いた。
「なぁ、双葉。お前、会長のことどう思ってるんだ?」
「……突然どうしたんですか?」
唐突な話題変更に俺は驚くが、匙先輩は微笑みながら言う。
「なぁ、どうなんだよ?」
「……魅力的な人だと思いますよ。それに優しい、尊敬する先輩です」
そう言うと何故か匙先輩が手を目に当てると天を仰いだ。
何故!? 正直に行ったのに!!
「あー、兵藤が言ってたことが分かった……でも悔しいからぜってー言わねえ」
「なんですか、気になります――――よ……」
グラリと視界が大きく歪む。
あ、ダメだ、これ落ちる。
そう思った途端、俺の体が床に敷かれた絨毯に受け止められると意識を飛ばした。
**匙視点**
「双葉ッ!?」
突然倒れた双葉に駆け寄るが、寝息をかいているのでホッと一息つく。
疲れてそうだったもんな……俺の話の途中もフラフラしてたし、もう修業とかしてるのか?
っと、ベッドに寝かせてやろ――――ッ!?
「お、重っ!?」
何だコイツ、細いくせにめちゃくちゃ重いってか、よく見たら筋肉がすげえ付いてるぞ!?
どんだけ鍛えあげたらこうなるんだよ。コイツ、魔戒騎士になってからまだ数ヶ月なのに。
最近、双葉の体がすげえとか学園で噂になってたのも納得だわ、コイツはすげえよ。
「……たく、ただの人間だってわかってんのか?」
すぅすぅと寝息を立てる双葉の顔を見る。
普段はぼけっとしてるのに戦闘になるととたんに表情が変わる。
戦うときは別人だからな。巨大な魔力の刀身ではぐれ悪魔を無表情で切り裂いてた時はゾッとしたけどな。
それでもこいつは人間なんだ。
俺達よりも疲れやすくて、脆い存在。
まぁ、とてもそうとは思えないけどな……さて、俺も眠くなってきたな。
「おやすみ、双葉」
そう言って、双葉の部屋から出て行く。
俺は拳を握って、さっき双葉に言った言葉を反芻する。
そうだ、俺達は勝たなきゃいけない。たとえ相手が伝説のドラゴンだろうが勝たなきゃ認めてもらえないんだ。
命すら賭けてやるよ、兵藤!! 待ってろよな、必ずお前は俺が倒すッ!!
詰め込みすぎぃってそれ一番言われてることだから。
ちなみにソーナがここまで追い込まれているのは、双葉という存在が大きかったりします。憧れた存在に庇われるのは嬉しくもあり、辛くもあると私は思います。
そして双葉の不穏なフラグがビンビンになっておりますが、次回か次々回で爆発します。リア充爆発しろと思ったそこのアナタ、やりますよ。