サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第2章 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ

賑やかな声が聞こえてきて目の前のロンの肩から力が抜けたのがわかった。

 

「良かった。ハリーたち楽しくやってるみたいだ」

 

そうね、とハーマイオニーは頷いた。ハーマイオニーとロンに監督生バッジが送られてきてからハリーの態度は不自然だった。グリモールドプレイスにいた3人の中でバッジがないのはハリーだけだったから、祝福すべきだと思いながら祝福しきれないといった浮かない表情が増えていた。

 

自分だったらどうだっただろう、とハーマイオニーは思った。自分ではなく蓮が監督生に選ばれていたとしたら。

実際それはハーマイオニーの頭に何度となく浮かんだ問題だったし、半ば蓮が選ばれると思ってもいたから、バッジを見たときの驚きはひとしおだった。なにしろ特別功労賞2回の蓮だ。監督生に相応しい実績だった。

 

「君が気にするなよ。レンは気にしないさ」

「え、ええ。顔に出てた?」

「ばっちり」

 

頬をぐいぐいとマッサージして、勢いをつけてコンパートメントの扉を開けた。

 

「あなたたち、少し賑やか過ぎるわよ」

「早速減点されちまうぜ、なにしろスリザリンの監督生はマルフォイとパーキンソンだ」

 

御愁傷様、と蓮がハーマイオニーの顔を見て、ニヤっと笑った。

 

「まったくだわ。トロールより馬鹿なのに、どうしてあれで監督生になれるのかしら」

「グリフィンドールと違って頭以外のところで選ばれてるんだろ?」

 

ハリーが朗らかに笑って言うと、耳に蕪のイヤリングをつけた女の子がケラケラと笑い出した。

 

「・・・人が多いわね、レン、ちょっと」

 

顔を僅かに振って話があることを示すと、蓮は長い脚でメンバーの脚を乗り越えてコンパートメントを出てきた。代わりにロンが「おい、そのかぼちゃジュースちょっと分けてくれよ」と蓮の席に座った。

 

「どうしたの? ああ、連絡出来なくてごめんなさい。いろいろあって監禁されてたわ」

「なんとなくわかってたからそれはいいの。ちょっと待って。こっち、入って、すぐ」

「なによ、どうしたの?」

 

空いている小さめのコンパートメントを見つけて蓮を引っ張り込む。

 

「久しぶり」

 

背伸びして蓮の首に飛びついてハグをすると、蓮がハーマイオニーの背中をポンと叩いた。

 

「監督生おめでとう。ご両親に知らせた?」

「もちろん。ハリーのヘドウィグを借りてすぐに知らせたわ。あなたの夏はどうだった?」

「最悪よ。それで? 何かあったの?」

 

スネイプよ、とハーマイオニーは声をひそめて座席に腰掛けた。「騎士団のメンバーなの」

 

「そうらしいわね。それが?」

「ハリーとロンはいつものように信用できないって言ってるけど、あなたはどう思う?」

「・・・ダンブルドアは信用しているということでしょう。ハーマイオニー、どんな組織であれ、それなりの人数になれば怪しい人もいて当然でしょう。別に今の段階で」

「わたしもそう思うんだけど、ハリーは特に嫌がってるの」

「それは・・・スネイプのあの態度じゃ、ハリーがスネイプを愛するわけには」

 

蓮は苦笑したが、ハーマイオニーは首を振った。

 

「今学年、ハリーにスネイプの個人授業を受けるようにダンブルドアから指示があったというの。スネイプ本人が騎士団本部に伝えに来たわ。閉心術の訓練ですって」

「閉心・・・ああ」

 

何か思い当たる様子の蓮に「目的が何かわかる?」と尋ねると、蓮は自分の額に稲妻を指で描いた。

 

「ハリーの、傷?」

「痛むのは、リドルと何かしら繋がりがあるから、でしょう? 痛みを感じても閉心してしまえば必要以上には痛まないという仮定なら、悪い話ではないと思うわ」

 

合点がいってハーマイオニーは身体の力を抜いて背もたれに身体を預けた。「そうか、そういうことね」

 

相変わらず、と蓮が微笑む。「あなたも心配性ね」

 

思わずハーマイオニーは蓮を軽く睨んだ。

 

「悪いけど、あなたのことも心配してたわよ。連絡を寄越さないから勝手に調べさせてもらった」

「何を?」

 

アンブリッジ、とハーマイオニーは口にした。蓮の顔から微笑が消える。

 

「ハリーの裁判で尋問官としてしゃしゃり出てきたの。あなたのお母さまにこてんぱんにされたらしいけど。それで気になって。ごめんなさい、勝手なことして」

「・・・別に、いいけれど。3年生の時に言ったでしょう。さんざん新聞沙汰になった事件よ、隠してるわけじゃないわ。でも、母がこてんぱんにって?」

「つまりね、ハリーのことを、ヴォルドゥモールの復活の作り話をしてでも、未成年なのにパトローナスを出してでも目立ちたがる少年で信用できないというアピールのために、未成年の懲戒尋問じゃなくウィゼンガモットの大法廷を召集したの、魔法省が・・・って、あなたこんなこともお母さまと話さなかったの?」

「まったく。それで?」

 

ハーマイオニーは軽く頭を振った。

 

「あなたのお母さまは、そのウィゼンガモットの大法廷で、いろいろ証拠を示して、嘘をついているのはハリーじゃなく魔法省側だと証明したそうなの。それも、暗にアンブリッジが嘘をついていると示唆する形で」

「・・・なるほどね」

 

冷ややかな声にハーマイオニーが蓮の目を見ると、瞳の色が微かに薄くなっていた。

 

「レン?」

「だからか」

「ちょ、どうしたのよ?」

「その噂のアンブリッジ、新しい防衛術の教授よ。昨日、さんざん母がわたくしにアンブリッジを恨むなって言ったのは、何のことはない、自分が恨みを買う真似をしたからだったわけね」

「レン・・・ハリーのためだったのよ? おかげでハリーは無罪放免になったわけだし」

「もともと無罪は無罪でしょ。アンブリッジを当てこすったのは余計なことだったわ」

 

まあいいか、と蓮は冷笑を見せた。

 

「レン?」

「ハーマイオニー、わたくし、そろそろ真面目に勉強するわ。OWLもそうだけどAレベル試験のためには、余計なことしてる暇はない」

「それはわたしもそうよ。でも」

「不死鳥の騎士団の活動を手伝うのはハーマイオニーにとってマイナスにはならないと思うわ。トンクスだとかキングズリーだとか、たくさんの魔法使いや魔女に会うこともあるでしょう? うちの母みたいなのを魔女のスタンダードだと思うのはやめたほうがいいもの」

「レン・・・」

 

さて、と蓮は微苦笑した。「内緒話はそれだけ?」

 

「あなたからは何もないの? お母さまとのことだとか」

「言うほどのことではないし・・・正直なところ、ホグワーツでは家族のことは思い出したくもない」

「でもアンブリッジが教授になるんじゃ」

「ハーマイオニー」

「なに?」

「キリアン・アンブリッジはアズカバンに収監された。懲役15年の判決だったけれど、15年どころか1年と少しで獄死したわ。わたくしは刑に服して更に獄死した人のことなんてどうでもいいし、その姉のこともどうでもいいの。わたくしを攻撃しない限りわたくしからはどんな復讐もしない。もちろん母のせいで、ドローレス・アンブリッジがわたくしを目の敵にする確率は跳ね上がったけれど、だからといって母と同じレベルの真似はしたくないから、極力関わらないようにするわ」

 

立ち上がった蓮は「レイブンクローのルーナ・ラブグッド、面白い子よ」とはっきりきっぱりと話題を切り替えてしまった。

 

 

 

 

 

1年生が湖に向かって行く。

 

見るともなくそれを見送っていたが、ふと違和感に気付いた。誘導しているのがハグリッドではない。

 

「ハーマイオニー」

「なあに?」

「ハグリッドは?」

 

ハーマイオニーも気付いた様子で軽く唇を押さえた。

 

「たぶん・・・ダンブルドアからの指示があったんだと思うわ」

 

なるほど、と蓮はハーマイオニーの曖昧な表現に頷いた。

 

馬車に向かって歩いているとハリーとロンが「いつも思うんだけどさ、この馬車、いったい何で動いてるんだ?」と今更な疑問を口にしていた。明確に蓮に向けられた質問というわけではなかったので、そのまま歩いていると、ルーナ・ラブグッドが「セストラルだよ」と答えているのが聞こえた。「セストラル? 生き物なの? 僕、魔法で動かしてるんだと思ってたよ!」

 

「ハリー? あなた、今まで見えていなかったの?」

 

大仰に不思議がるハリーに思わず尋ねると、ハリーが「何を?」と目を丸くした。

 

見えていないことが不思議だ。

そう思っていると、ルーナが蓮に向かって微かに首を振った。

 

「ルーナ?」

 

隣を歩きながらルーナに向かって身を屈めると「ポッターは小さ過ぎて死を見てもそれとわからなかったからだよ」と囁き声が返ってきた。「あんたは誰を見たの?」

 

「・・・見ていないはずだけれど、以前からセストラルは見えていたわ」

「じゃあ、周りに死が多過ぎたんだ」

「ルーナ・・・それなら・・・ホグワーツ生のほとんどがそうでしょう」

「そうでもないと思うな。死を見ても死とわからないのと同じで、周りに死があっても死とわからないなら、それは死ではない。あんたは死を死だとわかってた。それだけだよ」

 

そうだよ、と蓮の背後からネビルの囁きが聞こえてきた。

 

「ネビル」

「僕にも見えてたよ。家族は誰も死んでないけど。僕、ルーナの言ってることわかる。死によく似た状態をずっと見ていたら、それは死と同じさ」

 

いつになく陰鬱な声でネビルは言った。蓮は返す言葉もなく、不思議がりながら馬車に乗り込むハリーとロンの後ろ姿を見ているふりをした。

 

 

 

 

 

うわあ、とハーマイオニーは目を覆いたくなった。

 

ガマガエルが猫なで声を出している。

 

隣の蓮は退屈そうな顔をして、目の前のハリーとロンはぽかんとしている。

 

「レン」

「ちゃんと聴いて」

 

蓮の囁きは退屈そうな顔の割に鋭くハーマイオニーの耳に刺さった。

 

「しかしながら、進歩のための進歩は奨励されるべきではありません。なぜなら、変化には改善の変化もある一方、時満ちれば、判断の誤りと認められるような変化もあるからです。古き慣習のいくつかは維持され、当然そうあるべきですが、陳腐化し、時代遅れとなったものは放棄されるべきです。保持すべきは保持し、正すべきは正し、禁ずべきやり方とわかったものはなんであれ切り捨て、いざ、前進しようではありませんか。開放的で効果的で、かつ責任ある新しい時代へ」

 

まばらな拍手の合間にハーマイオニーは「まさに啓発的なお話だったわ」とダンブルドアの言葉に含みを持たせて復唱した。蓮は頷き、周りが立ち上がるのに合わせて立ち上がった。ハーマイオニーも慌てて立ち上がる。

 

その時、ハーマイオニーの右側頭部が錐で刺されるように痛み、瞬間的に蓮がハーマイオニーの腕を引いて背中に回した。

 

「レン?」

 

蓮はニコッと微笑んで「ハーマイオニー、新入生を誘導するでしょう? ハリー、先にグリフィンドール塔に帰りましょう」とハリーのネクタイを引っ掴んだ。

 

「うわ、レン?」

「早く。ロン、あなたはハーマイオニーと監督生仕事に精を出しなさい。ぼやっとしない!」

「レン、わかったってば、レン!」

 

問答無用で蓮はハリーを引きずって戻って行った。

 

「なんだありゃ」

 

ロンの声にハッとして「新入生! グリフィンドールの新入生はこちらよ!」と声を張り上げ、ロンの脛を蹴飛ばした。

 

 

 

 

 

ハリー、と階段を上りながら蓮は「嫌だと思うけれど、閉心術のレッスンは真面目に受けたほうがいいわ」とハリーに囁いた。

 

「ハーマイオニーに聞いた?」

「ええ。正直なところ、OWLの勉強もあるのに無茶だと思わないでもないけれど、やっぱり必要だと思う」

「・・・君やハーマイオニーに教えてもらうわけにはいかないのかな」

「勉強? 閉心術?」

「どっちもさ」

「OWL対策だったらみんなでやればいいけれど、閉心術はね・・・ハリー、閉心に失敗したら知られたくない記憶を見られてしまうのよ? それでもわたくしやハーマイオニーに教わりたい?」

「・・・困るな、それは。でもスネイプも嫌だよ」

「どちらかと言うとスネイプ相手のほうが、あなたが本気で抵抗するでしょうから効果的だと思うわよ」

 

言いながら蓮は、太った婦人の肖像の前で立ち止まった。

 

「・・・ハリー?」

「合言葉を聞く前に僕を引きずって来たのは君だ」

 

 

 

 

 

「開心術?!」

 

ハーマイオニーが部屋で声を上げると蓮は不機嫌そうに頷いた。

 

「杖をこう持って、唇を動かしていたわ。たぶん、呪文、レジリメンス」

「それが開心術の呪文?」

「覚えていないの?!」

「まったく」

「あなたが、いえ、リドルに乗っ取られたあなたがわたくしに掛けて、わたくしをぶっ倒した呪文よ?」

「レン、乗っ取られていたのよ! 何年も前だし。アンブリッジがわたしのハートを覗きたいとは知らなかったわ」

 

冗談はいいから、と蓮が呆れ顔でハーマイオニーを見た。ハーマイオニーは両手を挙げ「わかってるわよ。ターゲットはあなたでしょ? あの時、わたしがあなたとアンブリッジの間に立ち上がったから」と応じた。

 

「わかっているなら話は早いわ。お願い、わたくしに毎晩開心術をかけてくれない?」

「はい?!」

「リドルが言ってたわ。あなたには精神感応系の魔法の才能があるって。きっとそうだと思うの。あの時、あなたは開心術もろくに知らなかったのに、開心術をかけるのと同時にリドルの記憶をオマケにつけてきたでしょう? 器用よね」

 

ハーマイオニーははっきりと嫌な顔をした。

 

「レン、あのね・・・リドルの言うことなんか信じてどうするの?」

「そう長い時間は必要ないわ。せいぜい5分か10分わたくしのために時間を割いて欲しいだけ」

「そのぐらいの時間いつだって割くわよ、でもリドルの言うことを真に受けてわたしに開心術をって、どうかしてるんじゃない? それこそハリーと一緒にスネイプに」

「絶対イヤ」

「ちょ・・・ハリーにはスネイプをお勧めしといて!」

 

ハーマイオニー、と蓮がただでさえ整った顔を引き締めて、真剣な顔でハーマイオニーの目を覗き込む。

 

「な、なに?」

「閉心に失敗すると、術者に記憶を見られてしまうの。ハーマイオニーになら見せても構わない。スネイプにはイヤ。もちろんアンブリッジに見せるのはもっとイヤ」

「・・・わたしも別にあなたの隠したいことを魔法で知りたいとは思わ」

「ハーマイオニーに隠したいとは思っていないの。本当よ。ただ、何かと説明が面倒だから省略してるだけで。だから、閉心術の練習のために開心術をかけてもらう術者はハーマイオニー以外にいないの」

 

ハーマイオニーは視線をうろうろと泳がせて、がくりと頷いた。

 

「わかったわよ。でも本気で閉心してよ?」

「ありがとう、ハーマイオニー」

 

ねえ、と不意にパーバティの声が聞こえてハーマイオニーは飛び上がった。

 

「パ、パーバティ」

「わたしも一応この部屋の住人でね。さっきからいたのよ」

「そ、そうね、もちろん」

「話は聞かないように耳を塞いでいたけど、2人とも、音声無しに見ていたらすごく怪しい雰囲気だったわよ。外では控えめにね」

 

ありがとうパーバティ、と普通に応じる蓮の頭を思い切り引っ叩いてやった。

 

パーバティは肩を竦め「さっきのアンブリッジ、どう思う?」と話題を換えた。

 

「どうって?」

「行き先を幼稚園か何かと間違ってるんじゃない?」

 

蓮は冷ややかに答える。

 

「そこじゃないわ、わかってるんでしょ、レン」

「まあね。要するに、ね、ハーマイオニー?」

「魔法省がホグワーツに干渉します宣言だったわ、明らかに。魔法省に不都合な教育内容は改変させて、魔法省に都合の良い教育内容の学校へと『前進』させるのよ」

「それって、どう思う? わたし、そういう風に魔法省が干渉すると思うと不愉快ではあるけど、教育内容の不均衡を是正するという意味だけなら、まだマシかもって思っちゃった。だって、考えてもみてよ、特に防衛術。まともな先生はルーピン先生だけ。ただし、満月時を除く」

 

ハーマイオニーと蓮は苦笑した。

 

「確かにそうね。でも、アンブリッジがまともな先生かどうか見てから判断しても遅くないんじゃない?」

「・・・無言呪文の出来ない防衛術の先生よ、ハーマイオニー」

 

ぼそっと蓮が指摘した。

 

「え? あ!」

「生徒にいきなり開心術をかけるのに、唇を動かしちゃうレベル」

 

ダメだあ、と3人はそれぞれの机で脱力してしまった。

 

 

 

 

 

頭痛いな、と蓮は隣に立ち上がったハリーのローブをツンツン引っ張るが、ボルテージの上がったハリーが止まらない。さっきまでは反対隣のハーマイオニーが教科書を読めと言われても開きもしなかった。どうやら怒れるティーンエイジャーは自分だけではなかったらしい。ドーラに要報告だ。

 

「嘘じゃない! 僕は見た! 僕はあいつと戦ったんだ! そうだろ、レン! 君もなんとか言ってやれよ!」

 

隣のハーマイオニーが「アウチ」と呟き、顔を片手で覆った。

蓮は溜息をついて、右手を挙げた。

 

「ミス・・・?」

「ウィンストンです、アンブリッジ先生」

「あなたは何の質問があるのかしら?」

「質問ではありません。お願いです。OWLのために静かに教科書を読みたいので、クラスを刺激する論評はお控えください」

「あらあらミス・ウィンストン、あなたのお友達が始めた議論ですよ」

「わたくしの友人が始めた議論であれ、クラスの生徒に魔法省のプログラム通りの授業をなさるのが先生の任務だと伺いました。わたくしたち生徒は教科書を読む。先生はそれを促す。お互いに触れたくないことには立ち入らずに済むやり方だと思います」

「何言ってるんだ、レン!」

「ハリー。あなたが嘘をついていないことはわたくしは知っているわ。でも今は授業中で、あなたは既に罰則を課された。あなたが騒げば騒ぐほど、あなたの言葉に信憑性がなくなる。嘘か本当かの問題ではない。どちらが正しい態度を取るかの問題。そしてあなたの態度は正しいものとは思えない」

 

ハリーが信じられないものを見たという顔で椅子に崩れ落ちた。

 

「ミス・ウィンストン、あなたもミスタ・ポッターと同じ嘘をつくおつもりですか?」

「嘘をつくつもりはありません。確かにわたくしも、6月にリトル・ハングルトン村の墓地で、自分をヴォルデモート卿と名乗る人物が大鍋から出現するのを見ました」

 

ヴォルデモートという名に誰彼なく小さな悲鳴が上がる。

 

「で、ではあなたにも罰則が必要なようですね」

「かしこまりました」

 

席に座るとハリーの脛を思い切り蹴った。「アウチ!」とハリーが小さな叫びを上げた。

 

 

 

 

 

「なんでだい? なんで僕が本当のことを言っちゃいけないんだよ?!」

「アンブリッジがどこから来たと思ってるの? 魔法省よ!」

 

ハーマイオニーとハリーの言い争いに頭痛を覚え、こめかみを指で押しながら「2人ともいい加減にしたら?」と声を上げた。

 

「レン! 君もだ! なんで君まで黙るんだよ?!」

「必要ないからよ」

「必要ない?! ないだって?!」

「だってそうでしょう。トムくんの復活は、戦力となる人々には直接連絡が走ったわ。あなたもあの夜医務室にいたから知っているでしょう。ダンブルドアはあちこちに伝令を走らせた。それ以外の人々に広く知らせなきゃいけないこと?」

「だって、みんなが覚悟してその時に備える必要はあるだろ!」

「あなたを嘘つき呼ばわりする人々に、あなたがそんなに興奮して知らせても信憑性がないと言っているの。ね、これ見て。この課題の山。ちなみにわたくしはAレベル試験を受けることにしたからマグルの勉強も本格的になるし、まあ、それはあなたには関係ないと思うけれど、アンジェリーナからのキーパー選抜の指令まで出てるっていうときにああいう面倒そうな人の罰則なんて、この上ない無駄・・・」

 

グリフィンドールの談話室はどんよりした空気だ。ハリーもやっとそのことに気づいて周りを見回した。

 

フレッドがアンジェリーナの腕を必死で引っ張っているのはたぶんアンジェリーナが自分に飛びかかってくるのを止めているのだろうな、と蓮は目を閉じた。

 

「キーパー選抜・・・僕は軽く飛ぶだけだと思ってたけど・・・君は」

「思い出してくれて嬉しいわ、ハリー。わたくしがシュートする、キーパー候補がセーブする。それをアンジェリーナを始めチームのみんなが評価する。そういうプランだったわね。無理になったけれど」

「なんてことしてくれたのよ!」

 

アンジェリーナが叫んだ。

 

「・・・アンブリッジが気に入らないのはわたくしも同じよ。トムくんの復活を見たのも同じ。信じる信じないではなく、わたくしも見たの。わたくしを説得する必要なんてないわ。でも、ホグワーツ中、魔法界中があなたを信じなきゃ満足出来ないの? アンブリッジがムカつく先生であればあるほど、あなたへの信任票が増えるのよ。ああいう女には勝手にジタバタさせればいいわ。そのうち尻尾を出すわよ。わーかったわよ、アンジェリーナ! 喚かないでったら! 選抜の日の罰則には絶対行かないから!」

 

レン! とハーマイオニーが小さく叫んだ。「罰則に行かないなんて!」

 

「仕方ないでしょう。急いでキーパーを選ばなきゃいけないのは確かだし」

「レン・・・ごめん」

「謝らなくていいから、そろそろ大人になって」

「罰則をエスケープなんてしたら」

「エスケープだとわからなきゃいいと思うわよ」

「何か方法が?」

 

皆目わからない、と蓮は肩を竦めた。「これから考えるのよ」

 

この甚だ頼りない言葉にまたアンジェリーナが騒ぎ始めたので、蓮は大急ぎで課題を抱えて女子寮の階段を駆け上がる羽目になった。


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