サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第4章 キーパー選抜

ふと背後からの気配を感じて飛び退く。振り返るとハーマイオニーが机から身体を捻って杖を構えていた。

 

「失敗か。これならいけると思ったのに」

 

ヒヤっとしたのを隠さず、蓮は「危なかったわ」と応じた。

たった3日でレジリメンスを無言で放つことが出来るハーマイオニーのセンスはやはり際立っている。原始魔法力も高い。閉心する防御側より開心する攻撃側に魔力的な優位があるとは言え、ハーマイオニーがギリギリとこじ開けてくる圧力に抗うのは骨が折れる。

 

「ハーマイオニー、あなたたぶんホグワーツ生の中では1番の開心術師だわ」

 

ハーマイオニーは肩を竦めて「最高の練習台がいてくれるからよ」と応じた。「ディナー、置いといたわよ。早く食べなさい」

 

あとストロングコーヒー、とイヤそうな顔で言う。パーバティは昨夜から開心の魔法が飛んでくる部屋を嫌ってラベンダーの部屋に避難している。

 

「ありがとう」

「本当にあなたがいて良かったと思っているのよ、レン。あの防衛術の授業なんかよりあなたを相手に実習するほうがどれだけいいか。本当は開心術だけじゃなく、いろんなことを試してみたいわ」

 

机に座りながら、ゾクっとするようなことを言われた。

 

「望むところよ。去年みたいに決闘しましょうか? アンブリッジに見つからない場所を探して」

「いいわね。少し考えてみる。食事の間だけわたしの話に付き合ってくれる?」

 

もちろん、と蓮は頷いた。

 

「疑問なのは、なぜ魔法省はリドルの復活を認めたがらないのかということよ。確かにあなたとハリーが目撃した『大鍋からリドルくん復活』は信じがたい魔法よ。そんな魔法聞いたこともないもの。でも封印された禁術があると仮定してみる必要はあるでしょう? 現にグランパやキングズリー、トンクス、他数名が死喰い人3人を捕まえているし、クラウチ・ジュニアはキスの前にペラペラ喋った。その証言を聴いたのは、騎士団サイドとはっきりしている人たちだけだけど、魔法法執行部の副部長、ダンブルドア、マグゴナガル先生。恐怖に怯えてありもしない狂人の作り話に騙されるタマじゃないことぐらいわかりそうなものだわ」

 

ロールパンにレタスとハンバーグを挟んだハーマイオニーとパーバティ手製の夜食を咥えてコクコク頷き、先を促す。

 

「ファッジはまだわかるの。マルフォイに丸め込まれてる。ガリオン金貨でね。でもアンブリッジがわからない。死喰い人サイドではないはずよ、少なくとも。14年前に弟が闇祓いになったぐらい。当時はヴォルデモート全盛期。死喰い人たちはかなり大っぴらに活動していたらしいから、姉が死喰い人だったなら弟を闇祓いにするとは思えない。クラウチ・シニアのやり方なら尚のことね」

 

2つ目のハンバーガーには玉ねぎとトマトも入っていた。

 

「悪いけど、あなたを攻撃するのはわかるわ。逆恨みってあるものよね。ウィンストン家に対する逆恨み、あなたのお母さまに対する逆恨みがあなたに向かう。じゃ、ハリーは? ハリーはそこには関係ないでしょう? そもそも最初はハリーへの攻撃から始まったのよ。懲戒尋問という名の吊るし上げプラン。ウィゼンガモット大法廷でハリーのことを信用出来ない悪質な嘘つきの目立ちたがり屋に仕立て上げようとしたわ。あなたのお母さまに撃退された今でもその方向性は同じ。ファッジへの忠誠心? 忠実な補佐官だから? でもこんなやり方、ファッジにプラスになるかしら? ファッジ本人は目先のことしか見えていなくても、それを補うのが補佐官の使命でしょう? 生き残った男の子ハリー・ポッターを嘘つきに仕立て上げて、防衛術の実習はゼロ。魔法理論の講義でさえないわ。教科書を読ませるだけ。リドルの復活を別にしてもとんでもない教師であることは確かだし、あれだけ魔法省がバックにいるとアピールすれば、アンブリッジへの印象がそのまま魔法省への印象になってしまう。少なくともホグワーツ生とその家族の中ではね」

 

そこまで考えていないのよ、と蓮は薄く笑った。「もっとも・・・例えばスキーターを抱き込まれたら一巻の終わりだけれど。せいぜいわたくしやハリーいじめに夢中になっていてもらいたいわ」

 

ハーマイオニーは眉をひそめた。「スキーターに何が出来るの? あなたは正式に登録された動物もどき。あちらはモグリの動物もどき。バラされたらおしまいなのはスキーターのほうよ」

 

「ハーマイオニー、シリウスの無罪が確定したのはシリウスにとって、もちろんハリーにとっても素晴らしい結果だけれど、わたくしにとっては少し困ったことになったの」

「え? ど、どうして?」

「公表はされていない。混乱を招くといけないから、ウィゼンガモットと大臣、魔法省各部署のリーダークラスにしか知らせてはいないはずだけれど・・・動物もどきを収監出来ないことが明らかになったの。動物もどきに懲役刑はないわ」

 

蓮が首を搔き切る仕草をすると、ハーマイオニーは意味を理解して口を両手で押さえた。

 

「20世紀最年少の動物もどき。名誉でもなんでもない。手枷足枷を嵌められたようなものよ」

「そ、それはスキーターも同じでしょう」

「スキーターの非合法の動物もどきを隠してることも罪に問えるのよ。つまり、スキーターがアンブリッジやファッジに擦り寄って、わたくしが彼女を見逃したことを付加して登録を申し出れば司法取引が成立するかも。もちろんスキーター無しでも、わたくしの記憶を読めば後ろ暗い犯罪を見つけられる」

「何言ってるのよ! あなたはそんなことしてないでしょう!」

 

えら昆布、と蓮は皮肉に口角を上げた。ハーマイオニーが目を見開いた。

 

「ハリーと違って誰の生命の危機にも瀕していない。姿現しのライセンス無し。もちろん未成年。学校外での魔法使用。それどころか学校を抜け出して保護者の付き添いもなく国外脱出。さらには国外からの魔法植物の無許可持ち込み。非行少女にありがちな罪名のオンパレードよ。弁護の余地がない」

 

淡々と指折り数えて蓮は苦笑した。

 

「リトル・ハングルトンもそう。学校外の魔法使用だわ。トムくんの復活の真実を明らかにするとね、ハーマイオニー、トムくんと戦ったハリーは生命の危機よ、確かに。でもわたくしはどうかしら。パトローナスを出して、飛ばされた現在位置を知らせたことには緊急避難が適用されるかもしれないわ。でも、ハリーが戦っている間にわたくしが死喰い人を翻弄した魔法は? 救援は既に要請した、戦っているのはハリー。おとなしく闇祓いか魔法警察部隊せめてホグワーツの教師や保護者の助けを待つべき立場で、余計かつ悪質な魔法の乱用よ。実際に闇祓いも保護者も救援に来たわけだし」

 

自嘲的に笑って頭を振る。

 

「法廷で全てを明らかにするように、公平に全てを明らかにされてしまうと、すごく困った立場に置かれてしまう。綱渡りよ。一歩間違えれば、収監の手段のない悪質な犯罪者として即時処刑」

「・・・そんな」

「もちろんこれは極端な例よ。リトル・ハングルトンは、公平に見れば、わたくしにも例外的状況の適用の余地はあるはず・・・えら昆布にはないけれど」

 

ハーマイオニーが頭を抱えてしまった。

 

「ハリーはもう少しあなたのことを考えるべきね。少なくとも、シリウスの無罪・・・ポッター家やペティグリュー殺害は無罪としても、シリウスの脱獄は本来ならそれだけで罪に問われるはずなのに」

「母がやったのよ。司法取引。脱獄手段を明らかにすることで脱獄の罪を有耶無耶にした。よくある法廷戦術だわ。でも」

 

言葉を切って頭を振ると、ハーマイオニーが必死に蓮の手を掴んだ。

 

「いっ・・・」

 

痛みに思わず顔をしかめる。

 

「な、なに? なによこれ! ただの書き取りじゃなかったの?!」

「しーっ、ハーマイオニー。騒いじゃダメよ。わたくしは今日で罰則は終わりだし、ハリーもたぶん明日で終わる。わたくしはキーパー選抜に間に合ったし。ハリーとわたくしが今週いっぱい我慢してきたことを台無しにしないで」

「お母さまには知らせなくちゃいけないわ、レン。こんな悪質な体罰は保護者に訴えるべきよ。あなたのお母さまは保護者として学校側に厳重に抗議なさるべき、わたしが親ならそうする。絶対に!」

 

蓮は力無く笑った。

 

「ハーマイオニーがお母さまだったら、わたくしはもっと幸せな子供でいられた」

「あなたが言わないならわたしから連絡するわよ!」

「しても無駄よ、ハーマイオニー。さっきから言ってるでしょう。アンブリッジを刺激するわけにはいかないの。母もそれはわかってる。ハリーの罪を拡大解釈して法廷に持ち込む女がアンブリッジなのよ。わたくしにそれをされたら、下手したら即時処刑に出来ることを、母もアンブリッジも知ってるの。わたくしが我慢すれば済むし、それしか方法はないの」

「・・・こんなことを我慢するぐらいなら、しばらく学校を離れたら? 自宅療養が必要な病気とかなんとか」

 

肩を竦めた。

 

「レン」

「言わなきゃわからない? ジョージがいないわ。彼の卒業までしか猶予がないのに、アンブリッジの前で尻尾を巻いて邸に帰るの?」

 

冗談じゃないわ、とハーマイオニーを挑むように見た。

 

「・・・猶予がないって、どういうこと?」

「卒業したらわたくしのことは諦めるそうよ。3フクロウの自分じゃ、ウィンストン家の、女王の代理人に相応しくないから」

 

ハーマイオニーは「馬鹿だわ」と呻いた。「わかってるなら3フクロウなんて馬鹿な真似しなきゃ良かったのに!」

 

「・・・この夏に初めて知ったそうだから仕方ないわね」

「あなたは? ジョージの言う通りだと思うの?」

 

まさか、と蓮は顔をしかめた。「フクロウの数なんか、わたくしにはどうでもいい。でもジョージは先にウィンストン家の家名の前で諦めてしまった。彼にとってはそちらのほうが楽なのでしょう。わたくしにはその選択を否定する資格がない。ろくでもない家の娘なのはわたくしのほうだもの」

 

 

 

 

 

昨夜、エピスキーで治療してみたり、マートラップの触手を裏漉して酢に漬けたエキスが効くとパーバティに教えてもらってから女子寮中のマートラップの触手を掻き集めてエキスを作ったり、ハーマイオニーなりに静かに大騒ぎをしたおかげで、蓮は平然とクァッフルをゴールに投げ込んでいる。ジニーの鋭いパスを受けても顔色を変えもしない。

 

「やれやれだわ」

 

ハーマイオニーがひとりごちると、後ろから「安心したよ」とネビルの声が聞こえてきた。

 

「ネビル」

「隣いいかい?」

「え、ええ」

「アンブリッジはとんでもなく邪悪な奴で、絶対にレンを狙うに決まっているから、僕にはレンを守る義務があるらしい。ばあちゃんによると。僕なんかに守ってもらうタイプじゃないって何度も言ったんだけどね」

 

ネビルは人の良さそうな丸顔いっぱいに苦笑を浮かべた。

 

「そんなことないわ、ネビル。みんなでお互いを守り合う気持ちが必要だってダンブルドアも言ったでしょう」

「ばあちゃんはそんな意味で言ったんじゃないと思うな。僕の勇敢さが足りないから喝を入れるつもりだったんだよ、きっと」

「あなたは勇敢なの、本当は。だからグリフィンドール生なのよ。もっと自信を持って」

 

ネビルは複雑な顔でハーマイオニーを窺った。

 

「ハーマイオニー、君、それは今の場合、ロンに言うべき台詞じゃないかな」

「・・・指摘しないでよ」

 

ピッチの中ではジニーが双子の兄に怒鳴っている。「うるさいわ、テスト中よ! ロンをからかわないで!」

蓮はロンに向かって怒鳴る。「おどおどするから取れないのよ! 今のはセーブ出来たはずだわ!」

 

ロンは耳まで赤くして、真新しいクリーンスイープに跨って、反抗も出来ない様子だ。

 

「あの2人、ああやって励ましてるつもりだけど、手加減は絶対にしてくれないのよね・・・」

「ばあちゃんもそうさ。薬草学の成績は確かに褒めてくれるけど、その後に続くお説教がキツくて参っちゃうよ」

「ネビル、あなたの女性の基準はおばあさまなの?」

 

一瞬、ネビルが顔を曇らせた。

 

「あ、気にしてるのなら、ごめんなさい、本当に」

「ああ、いや、構わないよ。ごめんね、ハーマイオニー。僕は、ばあちゃんに育てられたから、確かに基準はばあちゃんなんだと思う。ママはずっと入院してるからさ」

「ご病気? ずっとだなんて、あなたもおばあさまも大変なのね。早く回復なさるのを祈ってるわ」

 

うん、とネビルは曖昧に頷いた。「でもこれ以上の回復は無理だろうな。少しは回復したんだよ。それも急に。ずっと寝たきりで意識もなかったのに、最近は病室の中だけなら歩けるようになったし・・・たぶん、僕のことはわかってる、と思う」

 

ハーマイオニーは言葉を飲み込んだ。想定外に重症だった。

 

「ああ、気にしないでよ。僕が1歳になってすぐにそうなったから、ママやパパのことはほとんど覚えてないし。ただ、ママがさ、起きられるようになってからだけど、お見舞いに行くと必ず僕にドルーブルの風船ガムの包装紙をくれるんだ。だから、ママの中では僕のことちゃんとわかってると思ってる。僕にはそれで充分なんだ」

 

ネビルはハーマイオニーの肩を丸っこい手でポンと叩いた。

 

「ほんっとばあちゃんには参っちゃうよ。パパもママもね、闇祓いだったもんだから、僕にも同じことを期待してる。でも僕には闇祓いなんてとても無理だし・・・正直、あまり興味ない。例のあの人や死喰い人には抵抗するよ、もちろん。パパやママのことを別にしても、マルフォイみたいな奴らの言いなりになんてなりたくないし、いくら鈍臭くても、あいつらの言いなりにならないことぐらいは出来る。でも僕は薬草学の方が好きだ。ずっとホグワーツにいて、面白い薬草の研究をしたいぐらいにね。でもそれじゃばあちゃんは満足しないだろうな」

 

気を取り直してハーマイオニーは「そんなことないわ」と声を励ました。ピッチではジニーがロンのゴールにクァッフルを鋭く投げ込んだ。ハーマイオニーは思わず目を覆う。

 

「ああ・・・こほん・・・進路指導のときにマグゴナガル先生にその気持ちを正直に言ってみたら? 薬草学に一番興味があるから薬草学を中心にした職業に就きたいって。わたしにはどんな職業があるかわからないけど、マグゴナガル先生ならきっと色々な提案をしてくださると思う」

「君は? やっぱりハリーたちみたいに闇祓いかい?」

 

ハーマイオニーは軽く首を傾げた。

 

「闇祓いは大事な職業だと思うけれど、どうしてもなりたいとまでは思っていない。わたし、マグル生まれだもの、魔法界にどんな職業があるのかさえよくわからないのよ、ネビル。マグルと魔法界を繋ぐことは法律で禁じられているし」

「レンのママみたいな仕事も出来るよ。ばあちゃんが言ってた。レンのママは、めちゃくちゃな魔法界の法律を、マグルの法律みたいにきちんとしたものにしようとしてるんだって」

「そうね。どちらでも法律の専門家ですもの。あとは、ハウスエルフや人狼の権利を守る為に何か出来ないかとか、漠然としたことばかり」

 

ネビルが声をひそめた。

 

「ハーマイオニー、それ、アンブリッジに知られないようにね」

「え?」

「アンブリッジは、純血主義者だ。ただの純血主義者じゃない、半人嫌いなんだよ。反人狼法を制定したのはアンブリッジだってばあちゃんは言ってた。ハグリッドがいないのはそのせいかもって、僕、思ってる。アンブリッジから避難してるなら、それに越したことはない」

「反、人狼法? 聞いたことないわ」

「新しい法律だからね。僕もばあちゃんから聞くまで知らなかった。ルーピン先生、どうしてるんだろ。どんな安全対策を講じても、人狼を雇用することは禁じられたんだ。人狼だけじゃなく雇い主も処罰される。雇ってなくても匿うのも禁止。暮らしていく方法がないよ」

 

ひどい、とハーマイオニーが言うと、ネビルは頷いた。

 

「ばあちゃんは間違った法律だって言ってた。人狼はきちんと脱狼薬を飲まなきゃいけない、治療を受けなきゃいけないのに、こんな法律が出来たら、逆に人狼が隠れ潜んで危険だって。きちんとした薬を飲めなくて、病気を隠していると、結局人を襲うだろ? 人狼だから悪いんじゃなくて、人狼病っていう病気を根絶しなきゃいけないのに、標的を間違ってるって」

「・・・本当にそうよ、ネビル。おばあさまのおっしゃる通りだわ」

「だけど、ハーマイオニー、アンブリッジの前ではこういうこと言わない方がいい。僕が弱虫だからだと思うかもしれないけど、レンのことを考えたら、やっぱり・・・やり過ごすことを考えた方がいいよ。君も知ってるだろ? レンのパパは闇祓いに殺されたって。その闇祓いは、アンブリッジの弟らしい。レンがどんな気持ちでアンブリッジの罰則を受けてたのか考えたら、僕、なんとも言えないよ。ハリーのことは信じてる。例のあの人は必ず戻ってくるって、ばあちゃんは昔から言ってたし、ハリーがそんなことで嘘つくわけがない。でも、アンブリッジに反抗してレンを巻き込んだのは良くないよ。ハリーは反省してるよ、レンまで罰則に巻き込んだのは間違いだったって。でもやっぱり自分を嘘つきだって言う奴の言いなりにはなりたくないみたいだ。僕の頭じゃ、どうすればいいかわからないんだよ、ハーマイオニー。君はレンの親友だし、僕なんかよりずっとレンを守る力があるだろ? だから教えたんだけど、レンが秘密にしてるんだったら、内緒で何か方法を考えてくれないかな」

 

とんでもないクァッフルをパスされてしまった。

 

ピッチではロンが今度は蓮からゴールを抜かれた。

 

 

 

 

 

溜まってしまった課題を片付けると言っていた蓮が机でウトウトしているのを見て、ハーマイオニーはパーバティに目配せをした。パーバティも気づいていたのか、すぐに頷き、ハーマイオニーのすぐ横に椅子を寄せてきた。

 

「なに?」

「レンを講師、もしくは実験台にして防衛術の自主的な実習をするのってどう? わたしが開心術の練習台にするだけじゃもったいないわ。この人、たいていのことじゃ死なないから大丈夫」

「わたしは実習出来て助かるけど、ハーマイオニー、他に企みがあるんじゃない?」

 

パーバティの慧眼にハーマイオニーは苦笑した。

 

「ハリーよ。ハリーをアンブリッジに対しておとなしくさせる方法。たぶん今夜で罰則から解放されるはずだけど、また何かあったら、ボム!」

 

掌を上に向けて、爆発を模した仕草をすると、パーバティが「間違いなくね」と頷いた。「そして言うのよ『レンも知ってるだろ?!』」

 

「さすがに今回の罰則でレンを巻き込んだことは悪いと思ってるだろうからそれはないと思う。でも、ハリーの焦る気持ちもわからないじゃないのよ」

「例のあの人の復活、だもんね。黙って我慢しろは、無理か」

「でも、レジスタンス的に活動しているという状態になれば、焦りの一端は解消されるし、賛同者を危険に晒すわけにはいかないという責任も感じるでしょう」

 

目を擦りながら、眠っていたはずの蓮が「ハーマイオニー。声が大きい」と欠伸をした。

 

「レン」

「レジスタンス活動は悪くない案だわ。不死鳥の騎士団ジュニアチームね。アンブリッジへの無意味な反抗より数倍の実利がある」

「協力してくれるのね?」

 

しかし蓮は首を振った。

 

「レン!」

「どうして?」

「そのレジスタンスチームはどのぐらいの規模を予定しているの? ハーマイオニー、パーバティ、ロン、ハリー、ネビル、その他ウィーズリー兄妹とリー・ジョーダンにアンジェリーナ? ハリーはそういう人数で満足するかしら。ハリーの満足のためには、他の寮にも声をかけなきゃ。まず頭に浮かぶのはチョウ・チャン。ハリーとしてはチョウには信じてもらいたいでしょう? あと、ジニーがルーナを誘うかも。他にはジニーのボーイフレンド。今誰だか知らないけれど。以前のボーイフレンドにも声をかけるかしら。その全員に、わたくしがアンブリッジへの抵抗勢力だと教えるのはちょっと不安ね。命が懸かっている身としては」

 

ハーマイオニーは黙ってしまった。パーバティは「命? 大袈裟よ」と言うが、蓮が「パーバティ、今や動物もどきには懲役刑はないの。即時処刑よ」と簡単な説明をしただけで頭を抱えてしまった。

 

「レン、ハーマイオニー、これってかなり危ない橋だわ。ハリーをおとなしくさせる方法は何か別に考え」

 

いいえ、とハーマイオニーはパーバティを遮った。「ハリーのためだけじゃないもの。わたしたちの防衛術のレベルを上げるのよ。一番の目的はそれ。でもレンが教えてくれることをイメージしていたから、そうなると困ってしまう」

 

蓮は苦笑した。

 

「ハリーに教えさせたら?」

「ハリーに?」

「去年、対人戦闘の呪文はいくつも練習したし。パトローナスを出すことも出来る。なによりも、トムくんと対決した経験があるわ。魔法の根幹は意志よ。防衛術は特にそう。ハリーは特別に優れた才能や空前絶後の大魔術でトムくんに勝ったわけじゃない。意志の力ひとつで耐え抜いて、なんとか切り抜けてきた。不死鳥の騎士団ジュニアチームに一番必要なのはその意志だわ。それを教えるなら、経験してきたハリーに勝る人はいない」

 

ハーマイオニーは腕組みをして考え込んだ。パーバティが蓮に向かって「でもやっぱり技術は必要よ。特にレイブンクローからの参加者はOWLやNEWTを計算してるはず」と訴える。「計算高いんだから!」

 

「母も祖母もレイブンクローだから、それはわかるけれど、魔法を使いまくれるスペースと時間があるだけでも試験前の利点じゃない?」

「意志の力ひとつだ! なんてハリーが熱く叫んだって、ノッてくるのはグリフィンドールだけよ。ハリーはそれでいいけど、方向性だとか、訓練計画だとか、やっぱりきちんとした形は必要だわ」

「それはハーマイオニーが」

 

それだわ! とハーマイオニーが蓮を指差した。

 

「わたしたち2人はレンと決闘する。レンの閉心術の訓練も兼ねてね。わたしとパーバティがレンを攻撃しながら、レンの隙を作って、わたしが開心術をかけるの。レンは防衛術のノウハウを駆使して、わたしたちの攻撃を避けながら閉心する。わたしとパーバティはレンを参考に実戦で有効な魔法はどれか検討して、ジュニアチームの訓練に反映させる。旗頭はハリー、方向づけは影でレンに教えられたわたしたちよ」

 

蓮は愕然とした顔で、ハーマイオニーを見つめた。残虐非道な提案だと思っているかのようだ。

 

「は、ハーマイオニー? わたくしを殺す気? そんな大々的に決闘をしたら絶対アンブリッジにバレる」

 

いったいどんな規模の決闘を想定しているのかわかってハーマイオニーは溜息をついた。

 

「山ひとつ使ってライオンに狩られるような目には遭わせないと誓います。出来るわけないでしょ! せいぜい禁じられた森の一部で済むはずよ。ケンタウロスとの交渉はレンに任せるわ。わたしは、わたしたちを禁じられた森に運んでくれるハウスエルフと交渉する」

「ハウスエルフ?!」

 

パーバティが叫んだ。

 

「そうよ、パーバティ。定期的にわたしたちが寮を抜け出して禁じられた森の奥まで通うのは危険だもの。この部屋から、禁じられた森までハウスエルフの付き添い姿現しでひとっ飛びするのよ」

 

 

 

 

 

日付が変わる頃にやっと課題を終わらせてベッドに潜り込もうとした蓮の背中にハーマイオニーの声が飛んできた。

 

「キーパー、決まったの?」

「・・・ロンよ」

 

ハーマイオニーは凄い勢いで蓮を振り返る。蓮は苦笑して「気になるなら早く聞けばいいのに」と言った。

 

「だ、だって、そんなはず、あんなにゴールされて」

 

蓮は肩を竦めた。

 

「アンジェリーナがチーム全員を集めて選抜テストをしたのは何もゴールを守る能力を見るためばかりじゃないわ。協調性も大事だったの。ビッキー・フロビシャーとジェフリー・フーパーのほうが良く《見えた》かもしれないけれど」

 

ハーマイオニーが見学に来ていたことに気づいてはいたので、わざと強調してやった。

 

「フーパーは不平が多いし、ビッキーは呪文クラブ優先を明言してる。ロンは自信が足りないだけよ。わたくしやジニーのシュートへの反応は悪くなかったわ。ただ自信がなくて萎縮しているから腕や身体が伸びていない。だからクァッフルに届かなかった。ただそれだけ。練習すれば良くなるわよ・・・フレッドやジョージがからかいさえしなければ」

「・・・あなたもアンジェリーナも、止めてあげたらどうなの?」

 

蓮は軽く眉を上げた。

 

「アンジェリーナはどうだか知らないけれど、わたくしは言ったわよ、ロンのことをちゃんと認めてあげてって」

「ジョージには効き目無し?」

「認めているわ。ロンが家族を大事にすることをね。同じ監督生でもパーシーとは違う。ママを泣かせないようにしてるっていうだけで尊敬に値するって」

「だったら」

 

ベッドに潜り込みながら蓮は小さく笑った。

 

「あれがウィーズリー兄弟のコミュニケーションなのよ、たぶん。フレッドやジョージが真面目な顔してロンを励まし始めたら、ロンは余計に具合が悪くなるんじゃない?」

「あれが? からかいの度が過ぎるとは思わない?」

「思うわよ。でもね、ハーマイオニー、3フクロウのジョージは《監督生のロニーちゃん》誕生の瞬間に、ちょっとだけ傷ついたの。息子たち全員がバッジを貰ったって、お母さまがうっかり言ったことでね。『俺たちゃお隣さんらしいぜ』って。別に根に持ってるわけじゃないわ。でもたまに弟に対して意地悪な気持ちになるぐらいは仕方ないかも」

 

ハーマイオニーは「ああ」と頷いた。「確かにそうおっしゃったわ。でもそれは」

 

「喜びのあまり口が滑っただけ。きっとそうだと思うし、ジョージもわかってるのよ。でも」とキルトを肩にかけてランプを消した。「わかってるけれど、うまく口に出来ない言葉もあるわよね、家族に対しては」

 

密度の高い沈黙が降りてきた。

 

「・・・おやすみなさい、ハーマイオニー。早めに休んで」

「おやすみなさい、レン」


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