サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第6章 禁じられた森

小さな身体、テニスボールのような大きな瞳を持つ騎士たちに連れられて降り立った場所は、鬱蒼と樹々の茂る禁じられた森の最奥だった。

 

「よくぞ参られた」

 

堂々とした体躯のケンタウロスが蓮の前に進み出てきた。

 

「ここは禁じられた森の最奥。どんな呪いも叫びも学校には届かない。存分に鍛練なされよ」

「ありがとうございます」

「そちらの姫君の友人、どちらかは森の中の魔法に長けていよう、冥王星の輝きを感じた。ウィンストンの星に寄り添う星々の中に冥王星によく似た輝きが見え隠れしていた」

 

ハーマイオニーがパーバティを見るとパーバティが「よくわからないけどバレてた」と小さく舌を出した。

 

「・・・パーバティ」

「わたしが馴染んだのはインドの森よ。スコットランドで通用するかどうか」

「だから以前から禁じられた森に行きたがってたのね?!」

 

ハーマイオニーの喚き声に蓮は頭を振った。この2人を相手にしていたら本当に殺されるかもしれない。

 

「拓けた場所ではなく、樹々に守られた場所を用意したのはそのためだ。姫君の鍛練に最適な場所を」

「ご配慮痛み入ります。お騒がせいたしますが、よろしくお願いします」

「場所を用意したまでだ」

 

ケンタウロスが立ち去ると、ハーマイオニーはハウスエルフたちに「ありがとう。学校の仕事に戻ってね。帰るときには名前を呼ぶわ」と話しかけた。

 

しかしドビーは「姫さま方のお部屋をお掃除なさいます!」と張り切って声をあげる。

 

「ドビー?」

「お部屋に誰か残っていなくては、万一夜間に呼び出しがあったときに危険ですわ、姫さま」

「森を走り回るとお腹が空きます、ハーマイオニーさま。ケニーはハーマイオニーさまと姫さまとパーバティさまのお夜食をお部屋に用意します!」

「ではあたくしはお洗濯をいたしましょう」

 

泣けてくる、とパーバティが呟いた。「至れりつくせりね。ケンタウロスはハンサムだし」

 

 

 

 

 

ひゅん、と赤い閃光がハーマイオニーの杖を握った手を掠めた。こんな森の中で武装解除されてはたまらない。咄嗟にその閃光を追って開心術を放った。

 

途端にハーマイオニーの身体を濁流の幻影が包む。

 

「グラニー! しぬ! しんじゃう!」

「死ぬことはないわ! 泳ぎなさい! 水を意のままに操るの!」

「む、むり!」

「出来ないことはないのよ、蓮!」

 

ハーマイオニーは怒鳴り声を上げた。

 

「閉心はどうしたの?! 記憶がだだ漏れよ!」

 

返ってきたのは悲鳴に似た懇願だった。

 

「死ぬってばパーバティ! 首! 首が締まる!」

「武装解除したぐらいで油断するからよ。樹々はわたしの味方みたいね、レン。杖も要らないわ」

「死ぬから、緩めて!」

 

ハーマイオニーは溜息をついて頭を振った。森の力を得たパーバティがはしゃぎ過ぎだ。杖明かりをつけて照らすと、木の太い枝が蓮の首に巻きついて吊り上げている。見上げる首が痛い。

 

「・・・やり過ぎよ、パーバティ」

「まさか、あんな高さにいるとは」

「まあ、あの太さで首を締められても、死ぬことはないでしょう・・・レン! 泣き言を言ってないで自力で脱出しなさい!」

「助けてハーマイオニー!」

「レジリメンス!」

 

もちろん容赦なく開心術をかける。死にはしない・・・はずだ。

 

黒髪の優雅な魔女が小さな蓮の手を引いて、ハーマイオニーもこの夏によく見知った場所を歩いている。

 

ーーグリモールドプレイス?

 

「レン、これがブラック家の家系図よ。タペストリーにするなんて悪趣味だと思うけれど我慢してね」

「ドロメダおばさまはどこ?」

「ここ」

 

と黒髪の女性は「ベラトリクス・レストレンジ」と「ナルシッサ・マルフォイ」の間にある焼け焦げを指で示した。

 

「ブラック家では、マグルやマグル生まれと結婚した者、スクイブに生まれた者はこのタペストリーから消されてしまうの」

 

いくつもの焼け焦げを指で指し示しながら「ドロメダおばさま」が説明した。

 

「さ、そんなことはどうでもいいわ。今日のレッスンよ、レン。このブラック家の家系図をもとにして、純血の一族を覚えましょう。純血の家柄を知るのにはこれが一番なの・・・不本意ながら」

 

パァン! と勢い良くハーマイオニーは記憶から弾き出されてしまった。

 

ーーまずい!

 

「ハーマイオニー、落ち着いて。落ち着いてママにお話しして。学校で何があったの?」

「フリークスって、フリークスって言われたの。わたしは何もしてない、ママ、信じて。ただ、ちょっと、なぜかわからないけど、レイモンドたちに追いかけられたと思ったら、レイモンドたちが屋上の給水塔の上にいて」

「信じてるわ、ハーマイオニー。あなたはフリークスなんかじゃない。レイモンドたちに起きた不幸な事故については、神様に相談してみましょう。きっと他に理由があるはずよ」

 

リビングの電話で母が早口のフランス語を話している。神様ではなくランスのおばあちゃまに相談しているのだ。

 

『やめてよ、ママ。ハーマイオニーのことを相談しているの。魔女だなんて、そんな迷信を言っていられる状況じゃないわ。ハーマイオニーが何をしたって言うの? あの子は何もしてない。してないわよ! わたしは娘を信じてるわ! ただ、そういう不幸な出来事が多くて、ええ、ハーマイオニーの周りにね。あの子、フリークスって学校で言われてしまったの。どう接すればいいのかしら? ええ、ええ。むしろランスの魔女ならどんなにいいかって思うわよ! そう言い張るのならランスの魔女学校とやらをわたしの目に見せてちょうだい! ありもしない迷信で誤魔化すのはやめて。現実に対処しなくちゃ』

 

あなたって、と樹の枝の上から声が降ってきた。「こういうところがお母さまにそっくりなのね」

 

びしぃっ、と空気を震わせてパーバティの操る別の大木の枝が蓮を襲う。蓮は身軽にそれを避けながら、杖を振って手近な岩を大鷲に変身させるとその背に飛び乗って、無事に地上に降り立った。

 

コキン、と首を鳴らして、杖を構える。肩幅ぐらい、前後に脚を開き、腰を落として。杖先は真っ直ぐにハーマイオニーの胸に向けられ、左手はパーバティを警戒するように拳を作って肩より高い位置に構えている。

 

「助かるわ、ハーマイオニー、パーバティ。わたくしを死ぬような目に遭わせる魔女が友人だなんて泣けてくる。2人がかりならミネルヴァより手強い」

 

まず片方を片付ける、と蓮は宣言した。「失神させるわよ。無言だから呪文は自分たちで調べて」

 

「相変わらず丸投げね」

 

ハーマイオニーも構える。どこか近くで葉擦れが聞こえてパーバティも身構えたことがわかった。

 

「武装解除に失神呪文、オーケー、覚えたわ」

 

ハーマイオニーが言う隙にパーバティの樹の枝が蓮の後頭部を強打した。

 

「カッコつける割に油断がね」

 

蓮の手から自分の杖を抜き取り、杖先でツンツンと蓮をつつきながらパーバティが溜息をついた。

 

 

 

 

 

ずきずきと痛む頭をウィンキーに冷やしてもらいながら、豪華な夜食、というよりディナーを食べる。

いつの間にか拡大されていた部屋の中にはダイニングテーブルが置かれ、銀の食器が並べられていた。

 

あんぐりと口を開けた3人にウィンキーが「姫さま、できる限りお食事はゴブリン製の銀食器でお取りくださいませ。必ず毒物に反応します。ハーマイオニーさまもパーバティさまもですわ。姫さまのお友達ならこういうお食事に慣れていただかなくては」と気取って言った。「姫さまのお友達ならホグワーツの円卓会議に参加するお立場なのですから」

 

「円卓会議?」ケニーに引いてもらった椅子に座りながらハーマイオニーが言うと、蓮は「昔ホグワーツが魔法魔術学校としてだけでなく、魔法族の城だった頃の名残でね。ホグワーツの校長の指名によって、円卓の間に有力な魔法使いや魔女が集められて、学校や魔法界の先行きについての会議を開いていたの。円卓の騎士ならぬ円卓の魔法戦士ってこと。今は単なるホグワーツの理事会に成り下がったけれど」と説明した。

 

「今でも理事会は円卓の間です! お食事はお出ししませんが、円卓の間に美味しいお茶をお出しすることもハウスエルフのお仕事です!」

 

ドビーが言って、銀のゴブレットに飲み物を注いだ。

 

「シャルドネのスパークリングです。姫さま方はまだお勉強なさいますから、もちろんアルコールは入っておりません」

「あ、ありがとう、ドビー」

 

パーバティが早速ゴブレットに手を伸ばすと「いけません!」とウィンキーが一喝した。

 

「パーバティさま。すぐに手を出さずに、ドビーにひとくち毒味をお申し付けください」

 

ウィンキーの一喝に応じてドビーが言うと、蓮は素早く首を振った。

 

「姫さま?」

「ドビー、ウィンキーもケニーも。このお食事も銀器もありがとう。でも、毒味はダメよ。自由なしもべに毒味はさせられない」

 

あ、と蓮は3人のハウスエルフの眼差しを見て身構えた。嵐のような感激の前触れだ。急いで両手を振った。「お礼はいい! 言わなくても気持ちは伝わってる! は、早く給仕して。ね?」

 

涙を拭いながら給仕を始めたハウスエルフに一安心していると、ハーマイオニーが「ケニー、毒物に気をつけて銀器を使うのはマグルもそうだけど、ゴブリン製の銀器にはどんな変化が?」と甚だ食事中の話題に相応しくない部分に飛びついた。

 

「はい、ハーマイオニーさま。ゴブリン製の銀器は毒物以外の魔法薬にも反応します。即死に繋がる毒物ならば銀器がピカピカと輝きます。毒物を吸収するためです」

「つまりレンのペーパーナイフみたいに?」

「はい。一目瞭然です。他にも、具合を悪くする毒物やたいていの魔法薬は、銀器から煙を出して警告します。それから、真実薬や愛の妙薬のような魔法薬は銀器がぐにゃりと柔らかくなって知らせます。たまには愛の妙薬入りと分かっていても飲みたいときはあるもののようです。真実薬も、身の潔白を証明するために飲む人がいますから」

 

研修中のケニーの説明に、ドビーとウィンキーが満足そうに頷いた。

パーバティがそんなドビーに「ホグワーツにはゴブリン製の銀器はたくさんあるの?」と尋ねる。

 

「はい! 厨房の奥には来客用の食器を納める部屋があります! ですが、ダンブルドアはあまり銀器がお好きではないのです。ホグワーツのハウスエルフがダンブルドアや生徒の食事に変なことはしないからとおっしゃいます!」

 

パーバティは少し考えて「レン、ハーマイオニー、わたし、ハリー、ロン、ネビル。6か。ドビー、ゴブリン製の銀のスプーンを6本用意できない?」と言った。

 

「パーバティ?」

「用心のためよ。わたしたち3人はもちろん、レジスタンスを始めたら、ハリーやロン、同室のネビルの口はグリンゴッツの護り並みに固くなきゃいけないわ。紅茶を飲んでペラペラ喋るようじゃ困るでしょ。どうかしら、ドビー?」

「6本くすねてくるぐらいなんでもありません! 今すぐ!」

 

くすねてくる、とハーマイオニーが呆然と呟く間にドビーは素早く姿くらましをした。

 

「・・・ハーマイオニー、悪いアイディアじゃないわ。ハリーに危機感を持たせるためにも」

「あ、ああ、そうか、そうね。でも先生が生徒にお茶を振る舞う?」

「アンブリッジはどうだか知らないけど、マクゴナガル先生はたまに研究室でお茶を出してくれるわよ、ね、レン」

「ええ。それにハーマイオニー、ルーピン先生のときがそうだったでしょう? 少し話し込むようなときにお茶を出すのは不自然じゃないわ」

「それに個人的な研究室でお茶を出されたらカップに口をつけないわけにはいかないから、ハリーやロンのお行儀なら勢い良くガブリと一飲みするかも」

 

パーバティの推察にハーマイオニーが呻いた。

 

 

 

 

 

「あなたの気になる女の子は誰?」

 

談話室でハーマイオニーがハリーの目の前にお茶のカップを差し出すという、実に怪しいことをするものだから、さすがにハリーはソファの上でジリッと身体を引いた。

 

「いきなりなんだい、ハーマイオニー? いないよ、そんなの」

「まあ、お茶でも飲みなさい」

 

疑わしげにハリーがハーマイオニーを上目遣いに見ながら、カップを持ち上げ、コクリコクリと飲んだ。

 

ハリーの背後でパーバティが顔をしかめるのがハーマイオニーにも見えた。こんなに怪しい状況で出された飲み物に手をつけるなんて。しかし、ハーマイオニーはことさらに無表情を保った。

 

「もう一度聞くわ。ハリー、あなたの気になる女の子は誰?」

「ああ、そりゃ、レイブンクローの」

 

ギョッとしてハリーは口に拳を当てた。

 

「レイブンクローの誰? 答えなさい、ハリー」

「チョ、チョウ。チョウ・チャン。なんだこれ! 僕こんなこと・・・何を僕に飲ませた?!」

 

レン、とハーマイオニーが呼ぶと蓮が進み出て来て、ゴブリン製の銀のスプーンをカップに浸し、摘み上げた。

見事にスプーンの柄が曲がっている。それをハリーに見せつけてから、蓮ははっきりと答えた。

 

「真実薬」

 

愕然とした顔でハリーが談話室を見回した。

 

「そりゃないぜ、ハーマイオニー」とフレッドが声を上げる。「俺たちにゃ人体実験は禁止しておきながら!」

「バカ、フレッド! 臨床試験だ、人聞きの悪いこと言うなよ」とジョージ。

 

「変な味も匂いもしなかったよ!」

「真実薬は無味無臭なの。飲んでみるか、コレでしか判別できないわ」

 

蓮がスプーンを振ってみせる。

 

「そんな・・・」

「安心して、ハリー。チョウの件がバレていないと思ってるのはあなただけ。とっくにみんな知ってるから」

 

ハーマイオニーは何の慰めにもならないことを言った。

 

「でも、あなたにはコレを携帯して欲しいの。今のでわかったでしょう? 紅茶も安心できないって」

「そんな・・・君たちが僕に毒を盛るなんて思わないだろ、普通!」

 

「毒じゃないわ、真実薬よ、ハリー」蓮がハリーの頭を鷲掴みにして揺すった。「ゴブリン製の銀のスプーンを携帯して、飲み物や食事を検査しながら生活する習慣が身につけば、そのオリーブオイル塗ったみたいに滑りの良い口も少しは閉じておける。そう思わない? ん?」

 

「なんでだよ! なんでそこまで・・・僕は本当のことを言っただけで、間違ってるのはあのクソババアだ!」

「そのクソババアはレンにディメンターのキスを執行させることができるのよ、ハリー」

「へ?」

 

ハーマイオニー、とハリーの頭を放り出した蓮が顔をしかめたが、ハーマイオニーは構わずに続けた。

 

「登録された動物もどき。ね、ハリー、シリウスの無罪判決の裏で、動物もどきには懲役刑があり得ないことが判明したの。懲役刑は無し、ディメンターのキスしか刑罰がない。ハリー・ポッターを大法廷の被告人にしたアンブリッジのことよ。その気になればレンにも同じことをするかもしれないわ。そして、あなたはアズカバンに収監されるだけで済む。でもレンは・・・」ハーマイオニーは以前蓮がしたように首を搔き切る仕草をしてみせた。「あなたの無用心や生意気な口がぱくぱく開くせいでね」

 

青褪めたハリーの手にスプーンを握らせ、ハーマイオニーは女子寮の階段を上がった。

 

 

 

 

 

「なんで言わなかった」

 

たん、たん、とゆっくりしたペースで走りながらジョージが言った。

 

「動物もどきのこと? ハリーにも言わないつもりだったわ。ハーマイオニーが言うべきだと判断してしまったけれど」

「なんで言わなかった」

 

ジョージはきつく眉を寄せている。

 

「・・・本当に知らないなんて思わなかったから。騎士団本部にいたのなら、シリウスにも会っていたでしょう」

「シリウスは無罪放免って言うだけさ!」

 

ジョージ声が大きいわ、と蓮は苦笑してペースを上げた。「待てよ!」

 

湖の対岸まで来て、やっと蓮は足を止めた。息を弾ませて。

 

「なんで教えてくれないんだよ?」

「ジョージ、心配要らないの、本当に。もしそうなったとしても・・・わたくしは、おとなしく刑に服したりはしない。アンブリッジが魔法省にお手紙を書く前に出来ることはあるわ」

 

薄く微笑んで言うと、ジョージが顔色を変えた。

 

「君は・・・!」

「罪状をアンブリッジごと消せばいい」

「ダメだそんなことやめてくれ本当に犯罪者になっちまうだろ!」

 

しないわよ、と蓮は笑って言う。「余計な手出しをしなければ、ね」

 

「するだろ! あのクソババアのことだ!」

「我慢はするわ。限界まで。それは約束する」

 

ジョージ、と蓮はジョージの両腕を掴んだ。

 

「なんだよ」

「この前話したこと、約束するわ。10年経っても20年経っても、わたくしがパトローナスを出すときには、あなたと何年も続けたこのジョギングを思い出す。絶対に」

「無理するな」

 

蓮は首を振った。

 

「ホグワーツに来て、唯一といってもいいぐらい、この時間だけは、わたくしは普通の魔女でいられたの」

「・・・え?」

「ハーマイオニーもハリーもロンも親友よ、もちろん。ジニーも可愛い。ただちょっと・・・ね」

 

ジョージは頷いた。

 

「ああ、君たちは普通じゃない。ちょっと命懸け過ぎるな、毎年」

 

声を上げて蓮は笑い出した。

 

「まったくだわ。今さら言っても仕方ないけれど。とにかく、そういう学校生活の中で、この時間が一番、普通に幸せだった。だから、パトローナスが出せる。それは10年も20年も変わらない」

「それを約束するってことは、10年後も生きてるっていう約束だ」

「もちろんよ。死ぬつもりなんてないし、処刑だってさせないわ」

「犯罪者にもなるな。君のママがいくら凄腕の弁護士でも、だ。黒を限りなく黒に近い灰色には出来ても、漂白したみたいに真っ白には出来ない。まともな法律ってのはそういうもんだ。そうだろ?」

 

蓮は頷いた。ウィーズリー家の子供たちときたら、ろくでもないことばかり思いつくくせに、肝心なところが真っ当過ぎるぐらい真っ当だ。

 

「たまに思うの、怒らないでよ? わたくし、マルフォイを好きになれば楽だったかも」

 

ジョージが蓮の頭にヘッドロックをかけた。

 

 

 

 

 

パァン! と、開心術を弾かれると、ハーマイオニーの動きが止まる。

 

ハーマイオニーの手がゆっくりと父の書斎の本棚に並べてある、本の形をした文箱を抜き出す。

そっと開く。

古びた羊皮紙の束が出てきたことに一瞬驚き、そして納得した。

 

『親愛なるヒューゴ・グレンジャーへ。

 

久しぶりの手紙だ。まあ今までだって出してないけどな。

実はヒューゴ、僕に娘が生まれた。びっくりだろう? もうそんな年だぜ、ヒューゴ。君はメアリ・ブルックみたいな優等生が好みだからまだ結婚してないかもな。だがとにかく僕には完璧に美しく、完璧に優秀で、完璧に頑固で、完璧な正義感を持ち、そして完璧に僕にやたら厳しい妻ができ、僕らの間に非の打ち所のない可愛い娘が生まれた。

 

なんだよ自慢かよ、と君は不貞腐れるかもしれない。

残念ながらそうじゃない。

 

僕たちのことは法律により君には話せないから、出さなかった手紙の中でいろいろ説明している。とりあえず、僕が生きてるうちには話せないし、手紙も出せない。僕の死後に妻が気付いたら君に届けてくれるかもな。

 

ヒューゴ・グレンジャー、君に頼みがある。

いつか僕の娘が、マグル(過去の手紙を読め)の世界で生きることを選んだときには、娘のゴッドファーザーを引き受けてくれないか?

魔法使いや魔女のゴッドファーザーやゴッドマザーはちゃんといる。しかし、もしかしたら、僕の娘は魔法界を嫌って飛び出してしまうかもしれない。いろいろ面倒が多い家でね。

 

だから頼む。

 

これが君の手元に届くのは僕の死後になるから、君の嫌いな言い逃げってやつだ。最後の言い逃げだよ、ヒューゴ。引き受けてくれ。

 

コンラッド』

 

ハーマイオニーが気付くと、目の前で蓮が呆然として、杖を下ろしていた。隙だらけだ。

 

「・・・引き受けたの?」

 

掠れた声に、ハーマイオニーは慎重に答えた。

 

「パパに確かめたわ。あなたのお母さまと一緒にこの手紙を開封した後、お母さまから改めて頼まれて、引き受けた。ええ。パパはあなたのゴッドファーザーよ、マグル界の」

「母が、頼んだ?」

「だから、代わりにわたしのゴッドマザーになってくださったの。魔法界における」

 

レン、とハーマイオニーは立ち上がった。

 

「あなたのお母さまは、あなたがマグル界で暮らすこともちゃんと認めていらっしゃるわ」

「ハーマイオニー、それはもう」

「今の状況が状況だから、お母さまはあなたのためだけに動くことがお出来にならないけど。本心は、これよ。あなたがマグルになるなら、グレンジャー夫妻があなたの後見人になる。魔法的守護は与えられないけど、例えばパパの母校にパパの紹介で編入出来る」

 

樹々が静かになった。

 

「ハーマイオニー」

「あなたにとっても、今の状況に至ってからマグル界に逃げ出すわけにはいかないでしょうから、もはや形だけの後見人だけどね。あなたの前にはいつだってマグルになる道は開けてる」

 

ごしごし、と蓮の衣擦れの音が聞こえた。汗か何かを拭いているのだろう。

 

「グレンジャーご夫妻の好意には感謝するわ」

「レン」

「再開するわよ」

 

ハーマイオニーは溜息をついた。

 

「相変わらず器用ね、ハーマイオニー。わざとでしょう」

「ええ、そうよ。ちゃんと認めて欲しいの。あなたはウィンストン家の道具なんかじゃない、愛された子供だって」

「再開する」

 

ハーマイオニーの足元に呪いが飛んできた。

 

「改変された記憶もある。悪いけれど、この種の記憶は信じないわ」

「そこまで器用じゃないわよ!」

 

腹立ち紛れに蓮に向かって失神呪文を放った。

 

それを躱して蓮は愉しげに口角を上げる。

 

「充分に器用だわ、ハーマイオニー。早速失神呪文が無言で使えるなんて」


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