サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第9章 ハグリッドの帰還

ハーマイオニー、と蓮はこめかみを拳でぐりぐりとマッサージしながら苦情を申し立てた。真実薬や開心術に抵抗する副作用だ。頭が痛くなる。

 

「お願いだから。騎士団ジュニアチームとかハリーの動向とか、ヤバそうな案件はわたくしから遠く遠く離しておいて欲しいの。もちろん《ハグリッドの厄介ごと》もね」

「だってレン! 尋常じゃない怪我だったの!」

「今から解説するわ。わたくしの頭の中にはその線で物語を書き込む。それ以外の解釈は、わたくしには開示しないで」

 

やっとハーマイオニーが黙ってくれた。自分とパーバティが課したハードルを思い出したようだ。

 

「ハグリッドは去年、ボーバトンのマダム・マクシームと素敵な関係になったそうね。サマーホリディですもの、普段はそれぞれの職場から離れられない2人のバカンスには相応しいわ。でもあの通り、ボーバトンの校長になれるレディと粗野なハグリッドとでは住む世界が違う。南仏のバカンスの途中で2人の関係にはピリオドが打たれた。気の毒に。人生最後の恋だったのに。ただでさえ粗野なハグリッドは南仏からイギリスまで、もたもた帰ってくる間にさんざんなトラブルを巻き起こした。ホグワーツを退学になった元劣等生。魔法をうまく使って切り抜ける頭脳はない。ディジョンあたりのゴロツキに集団で絡まれて袋叩き。ほうほうのていでホグワーツに逃げ帰ってきたのよ」

 

ハーマイオニーは今度は雄弁な沈黙ではなく絶句した。

 

「レン・・・」

 

パーバティが目を眇めて「ドローレス・アンブリッジ高等尋問官からは素晴らしいおもてなしをされたでしょう、レン」と尋ねる。レンは頷いた。

 

「ええ。素敵な先生だわ。フォートナム&メイソンの最高級のお茶を3回もお代わりさせてくださったの」

「・・・念入りね」

 

かろうじてハーマイオニーが言う。蓮は頷いた。

 

「そのせいかしら。頭が冴えて、いろんなことを思い出した。フレッドとジョージの騙し杖は役立たずでハリーとロンのチャンバラごっこの道具にしかならないことだとか、わたくしの部屋のメンバーは互いに冷淡で部屋ではろくに会話もしないことだとか」

 

ハーマイオニーは少し考え、ルーン文字を羊皮紙に書き付けた。

 

『ガマガエル・履修・数占い・読めない・ルーン』

 

蓮がハーマイオニーの顔を見るとハーマイオニーは頷いて、また書き付けた。

 

『猫・先生・言う』

 

蓮はルーン文字学の教科書を取り出した。

 

 

 

 

 

蓮がシャワールームに入って行く。

 

机の上には、これ見よがしにルーン文字学に使っている蓮のノートが開いてあった。

 

『銀のスプーン@真実/ルビー=血!/心<開く/少年=生き残る>退去』

 

「なによ? 暗号? 数学?」

「ルーン文字よ、パーバティ。真実薬が使われていることをゴブリン製のスプーンで確かめたみたい。もちろん蓮には効かないから飲んだんだと思うわ。ルビーはハグリッド。ルビウス・ハグリッドね。ハグリッドのことは、たぶん巨人の血が流れていることを問題視するべき・・・かしら。開心術も使われたのね。ハリーを退学させるに足る情報を欲しがってるんだと思う」

 

パーバティが顔をしかめ「わかりやすすぎる」と呟いた。「こんなわかりやすい頭の女にしてやられたまんまだなんて」

 

「スパイにはもってこいの人物を指名してくれたことに感謝しましょう。完璧な逆スパイよ」

「グリフィンドールとDAにとってはね。でもこんなこと、いつまでもレンにやらせてちゃいけないでしょ。アンブリッジはレンのパパを殺した奴の姉よ?」

 

ハーマイオニーは窓の外を眺めた。

 

しんしんと雪が降り続いている。もうすぐクリスマスホリディだ。

ハーマイオニーは両親とスキーに行くことにしたが、蓮はどうするつもりだろう。出来れば少しでも学校を離れて欲しい。しかし、今のように家族に心を開けない蓮が自宅に帰りたがるだろうか。

 

「パーバティ、クリスマスにレンをお宅に招待、とか」

「わたしと両親だけなら喜んで。でもうちにはもうひとりいるのよ、ハーマイオニー」

「・・・パドマ? 無理?」

「パドマが進んで秘密に触れたがるとか、秘密を暴露するとは思わない。彼女もDAメンバーだし。でもわたしたちほどの危機感はないし、もしこの危機感を安心してシェア出来るようならパドマもグリフィンドールに組分けされたはずよ」

 

ごもっともだ。

 

「あなたのスキーに招待したら?」

「したいわ。でも、うちにはパパという困った人がいて・・・」

「否応なくレンのパパのことばかり持ち出す?」

「そうなると思う」

「ロンの家は? あなた、いつもサマーホリディの半分はロンの家に滞在するんでしょ?」

 

ハーマイオニーは首を振った。

 

「たぶんジョージが嫌がるわね・・・今までだったら大喜びだったでしょうけど」

「豚小屋だなんてスリザリンの奴ら、ほんとムカつくわ」

 

その時、部屋のドアがノックされ、ハーマイオニーは慌てて蓮のノートを引出に放り込んだ。

 

 

 

 

 

「一切魔法無しでホリディの間を過ごすこともあなたには必要でしょう」

 

風呂上がりの蓮は困惑したようにマクゴナガル先生を見つめた。

 

「あなたはいささかウィーズリー兄弟の悪影響を受け過ぎています。クリスマスホリディの間、反省と奉仕活動を命じることにします。あなたの家族はあなたを甘やかし過ぎているようですから」

「・・・反省と奉仕活動は、構いませんけれど、そういうことなら、ホグワーツでの罰則が」

 

マクゴナガル先生はきりりと眉を上げた。

 

「魔法による抜け道を思いつくのはあなたやウィーズリー兄弟の悪癖ですからね。なりません。あなたを預けるのは、マグルの牧師館です! 魔法のマの字も使おうものなら、魔法省どころかキリスト教原理主義者の巣窟へ一直線ですよ。クリスマスホリディの課題は出発までに終わらせなさい。牧師館ではマグルの女子学生の合宿が開かれています。Aレベル試験のための。あなたはそれに参加するのです。ヒースフィールドの学生証を用意しますからそのつもりで。いいですか、ヒースフィールドの学生ですからね! 糞爆弾のクの字も許されません!」

 

ハーマイオニーが両手で口を押さえた。ヒースフィールド、とハーマイオニーの心がぐらぐら揺れているのがわかる。

 

「ま、マクゴナガル先生、わたしの参加は・・・」

「グレンジャー、あなたはご両親とスキーに行くのでは? いずれにせよ、ウィンストンには友人から切り離した反省の期間が必要です。勉強したければ別の合宿プログラムを探しなさい。申請すれば学生証は用意します。女子ならばヒースフィールドかローディーン、ラグビー校のいずれかです」

 

カツカツと靴音高くマクゴナガル先生が去っていくと、蓮はベッドに座り込んだ。その蓮に駆け寄ってハーマイオニーが「羨ましいわ、レン! ヒースフィールドの学生が参加して不自然じゃないなんてきっとすごくレベルの高い合宿よ。ああ、わたしもそういうホリディの過ごし方を考えるべきだった。ウィンブルドンの家から通える講座ならパパとママも反対しないだろうし。今から探して間に合うかしら?」と興奮している。

 

蓮はそのハーマイオニーを押し退けて頭を抱えた。大量の課題、アンブリッジの《お手伝い》。時間がいくらあっても足りないではないか。今こそ逆転時計が必要なくらいだ。

 

 

 

 

 

「なんてこった!」

 

一晩で精神的なダメージから回復したかに見えるロンが不満げな声を上げた。

 

「うちに来る約束だったろ?」

「・・・は?」

 

戸惑う蓮の背後からハーマイオニーがハリーを見ると、ハリーはハーマイオニーの隣に立って「キーパー選抜だか練習だかのプレッシャーでモリーおばさんに僕とレンを招待するよう言いつけられてたことを忘れてた。もちろん伝え忘れてたことも忘れてる」と耳打ちした。

 

「まあ仕方ないか」とロンは勝手に納得した。「マクゴナガルが君にまで罰を与えるんじゃな。ママにはそう言っとくよ」

 

蓮は力無く「よろしく」と応じ、ハーマイオニーとハリーは頭を振った。「モリーおばさんがロンじゃなくジニーに伝言を任せてくれてればちゃんと伝わったんだけどな」

 

ハーマイオニーは「どのみち行けなかったんだから同じことよ」と応じた。

 

「・・・マグルの牧師館か。ぞっとしないな。厳粛な方のクリスマス気分は味わえるだろうけど、東方の三賢者の話なんかいまさら聞かされても仕方ない」

「あらハリー、そりゃあなたたちにとってはどうでもいいことかもしれないけど、マグルのカリキュラムも予定してるわたしとレンにとっては最高の環境よ。16歳のイギリスの女子学生の中ではきっと最高レベルの講座だわ。独学の壁ってあるもの。両親に手紙を書いてスキーをキャンセルしてもらってロンドンで今から潜り込める講座がないか探してもらうつもりなの」

 

本気なのか? とハリーはハーマイオニーの気が触れたのではないかと言いたげな顔をした。

 

朝食後、早速マクゴナガル先生の部屋を訪ねてマグルの学生証の手配を頼むと、マクゴナガル先生は深い深い溜息をついた。「グレンジャー・・・」

 

「はい、先生。あ、出来ればラグビー校でお願いできませんか? もともと進学予定だったので」

「・・・少しは頭を使いなさい。あれはウィンストンをあなたから引き離しておくための手配です」

「ですから、レンと同じホリディスクールの必要はありませ・・・ん?」

「ヒースフィールドの学生証は確かに手配しますが、わたくしが紹介出来る牧師館でそのような高度なプログラムは提供していません。保護者のいない非行少女のためのホリディだけの更正プログラムです。更正プログラムという名の、休暇中の非行を防止するための宿屋に過ぎません。そもそもヒースフィールドだろうとローディーンだろうとラグビー校だろうと、必要ならば独自のホリディスクールを開催します。非行少女に混ざって牧師館に放り込まれるヒースフィールドの学生。リッチな貴族の馬鹿娘。今のウィンストンにはぴったりでしょう」

 

そんな、とハーマイオニーは膝から力が抜けた。マクゴナガル先生はじろりとハーマイオニーを眼鏡の奥から睨んだ。

 

「禁じられた森の件を見逃してさしあげているのですから、これ以上の手間はかけさせないように」

「・・・な、なんのことか」

「うちの猫は夜中に森を散歩する趣味があるのです」

 

がくりと項垂れてハーマイオニーはマクゴナガル先生の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「もちろんグリフィンドール寮内はアンブリッジ先生への不満に満ちています」

 

顔をしかめて言う蓮にアンブリッジは満足そうに頷いた。

 

「違法なグループなどの計画は立てていませんか?」

「わかりません。こういうことになる以前にはその計画が確かにありました。クリスマス休暇中に本格的に話し合うことになって・・・」

 

セーターの袖で口を押さえ、蓮はアンブリッジを睨んだ。

 

「・・・高等尋問官にはこういう権利まであるのですか、アンブリッジ先生?」

「尋問官ですからね、ミス・ウィンストン。さあ、その違法なグループのメンバーをおっしゃい」

「・・・わたくしとジョージ・ウィーズリー、フレッド・ウィーズリーです」

「ミス・グレンジャーは? ミスタ・ポッターは?」

「ハーマイオニーもハリーも口が軽いので、何か弱みを握ってからしか教えられないとフレッドが言いました」

 

なるほどなるほど、とアンブリッジは呟いて立ち上がった。蓮は自分に背中を向けるアンブリッジを睨んだ。小さく杖先が見える。

 

頭の中でジョージが嘲るように言った。「君の友達だから言いたくないけどな、レン、ハーマイオニーは信用できない。アンブリッジが成績をちらつかせたら一発で堕ちる。ハリーはなあ、あの通り秘密を守れるような奴じゃないさ。カッとなって防衛術の授業中にバラしちまうだろ」

 

蓮は言う。「そこまでひどくはないわ、ジョージ。ハリーは、多少忍耐に欠けるところはあるけれど、あなたたちが脅しつけてやれば貝のように黙るわよ」

 

フレッドが「ハーマイオニーはどうだい? あのガリ勉女」と言うと、蓮は顔をしかめた。「あのビッチ。証拠はないけど、わたくしのレポートを丸写ししてるに決まってる。聞いてよ、魔法史のレポートもルーン文字学のレポートも絶対写しやがったわ。昨日見たの。丸写しだったからわたくし、自分のを朝までかかって書き直す羽目になった。眠くて仕方ないわ」

 

フレッド「だからハーマイオニーと君は全部同じ科目を履修してるのか?」

 

「そうよ。知らなかったの? まあ悪いことばかりじゃないわ。こっちだってたまにはハーマイオニーのノートを丸写ししてるから」

 

ゲラゲラと下品に笑い合う。ジョージが蓮の頭を軽く撫でた。「かわいそうにな。俺のベッドで休んどけよ。スネイプの授業サボったんだろ? ハーマイオニーが探し回るぜ」

 

アンブリッジが軽く息を呑む音が聞こえた。

 

「さてさて。夜も更けてきたわ、ミス・ウィンストン。今日はもう帰ってよろしい」

 

振り返ったアンブリッジはローブに杖を仕舞い、満足げに幅の広い口をにたりと限界まで広げていた。

 

「・・・はい、アンブリッジ先生」

 

そうそう、と立ち上がった蓮をアンブリッジが呼び止めた。

 

「・・・なんでしょう、アンブリッジ先生」

「マクゴナガル先生から聞いたかもしれませんが、あなたにはクリスマスホリディに罰則を受けていただきます。マグルの最下級の少女たちと一緒にね。残念ながら本校の女子学生には、マグルの中でもいわゆる名門校の学生証しか用意できませんが、マグルの最下層の少女たちと同じレベルの講義にならなんとかついていけるでしょう。しょせん同じレベルのようですから。ボーイフレンドとのホリディがお流れになって残念ですね、ミス・ウィンストン」

「・・・はいアンブリッジ先生。もう休んでよろしいでしょうか?」

「よろしい。明日も目と耳をキチンと働かせなさい」

 

アンブリッジの部屋のドアを閉めると、足元に虎縞の猫がまとわりついてきた。

 

「・・・・・・えーっと・・・オーガスタ?」

 

不満げな鳴き声を上げた猫を抱き上げて「紅茶をご馳走になったわよ、オーガスタ。ゴブリンのスプーンが曲がるぐらい美味しい紅茶。それに脳のマッサージももれなくついてくる。マグルの非行少女とのホリディなんてマクゴナガルもやってくれるわよね、《オーガスタ》。どうせろくでもないハイランドの田舎の牧師館なんだわ。うんざりする。そうよね、《オーガスタ》?」と囁いた。猫は満足げに喉を鳴らした。まるで「正解ですウィンストン。少しは頭を使うことを覚えたようですね」と言いたげに。

 

溜息をついた蓮はグリフィンドール寮へ続く階段の前で猫を床に下ろした。

 

「・・・マグルのほうの勉強をする時間ぐらいあるのでしょうね?」

 

猫はピンと尻尾を立て、間違いなくこっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

ドラゴンの生肉を顔に載せたハグリッドが「学校の様子はだいたいわかった」と唸るような声でハーマイオニーに言った。「今日の授業だけで、俺ぁ、トレローニーと同じポジションだな。んだろ?」

 

「・・・ハグリッド」

「レンはどうしちょる?」

 

ハーマイオニーは黙って首を振り、ハグリッドには見えていないことを思い出して「あまり話し合うことも出来ない。いえ、もちろんしようと思えば出来るわよ。仲違いしたわけじゃないし、レンとパーバティとわたしのトレーニングはしてる。でも、アンブリッジの部屋でどんな目に遭っただとか、騎士団のことだとか、その他にも、アンブリッジが想像出来て何かに利用しそうなことに関しては話し合わないほうが安全だから」と答えた。

 

「真実薬か、あのアマめ。っと、汚ねぇ言葉で済まねぇハーマイオニー。だが、おまえさんらの考え通り、余計なことはお互い知らねぇほうがええ。グラブリー-プランクの婆さんから聞いたが、ハリーのフクロウがやられたそうだしな」

「ヘドウィグが?!」

「なんだ、ハリーはおまえさんにも言っとらんかったか。暖炉を使ってシリウスと通信したしばらく後のこった。フィルチの馬鹿がフクロウをやたら見張らされたんだろ? 糞爆弾がどうとかこうとか。その後にフクロウがやられた。ああ、てえした怪我じゃねえ。婆さん、1週間で治しちまった。元どおりだ。んだが、暖炉もフクロウも危ねぇことは頭に叩き込んどけ」

 

それから、とハグリッドはドラゴンの生肉を持ち上げて、ハーマイオニーを潰れた片目に可能な限り優しい瞳で見つめた。「ホリディのことは心配要らねぇよ、ハーマイオニー。レンのことは忘れてスキーってやつを楽しんでこい。レンはレンで、静かなクリスマスだ。ただそんだけだ」

 

「ハグリッド・・・ね、その傷もだけど、セストラルとか・・・高度な魔法生物は授業で扱わないほうが良いと思う。もちろんセストラルの授業は良かった。わたしには素晴らしい生物だと思えたわ。でも」

「なんだ?」

「ハリーに見えないなんて、まだセストラルの研究は進んでいないんじゃないかしら? だってハリーにこそ見えなきゃいけないはずなのに」

「おまえさん、ハリーには言わんかったろうな?」

 

ハーマイオニーは首を振った。ハグリッドはそれを確かめて息を吐いた。

 

「ハリーにはな、見えんでもええんだ」

「だって・・・お母さまが亡くなったとき、ハリーは、お母さまに」

 

ああ、とハグリッドは唸るように言った。「お袋さんがちっちゃなハリーをしっかり抱いたまま冷たくなっとったよ。俺とシリウスが駆けつけたときにはな」

 

「そんな・・・」

「シリウスはコーンウォールのウィンストンの邸から空飛ぶオートバイで駆けつけた。ゴドリックの谷はコーンウォール州だ。忠誠の術が破られてダンブルドアが俺と一緒に姿現しするより早く、シリウスが到着しとった。ハリーの誕生日は7月の末頃だ。おまえさんとレンはその日にはもう2歳の誕生日を迎えとったかもしれんが、7月に1歳になったばかりのハリーのハロウィンだ。ハリーにゃなーんもわかっとらんかった」

「あぁ・・・」

「あん時のハリーにゃ、ママが死んだわけじゃなかったってことよ。ママに抱っこされたまま、ママが眠っちまった。そんだけだ。んだから、セストラルが見えねえ。あの呪いはな、ハーマイオニー、そんぐらいあっちゅう間に人を殺しちまう呪いなんだ」

 

ハーマイオニーは気圧されて黙った。

 

「親父が死んだ、お袋が死んだ、叔父さんが死んだ。そんなことに気付かねえまんますやすや眠っていられる赤ん坊はええもんだぞ、ハーマイオニー。大人っちゅうもんは、どんなに嘆き悲しんどってもそんな赤ん坊を見て元気を取り戻す。俺ぁ、ハリーにセストラルが見えねえまんまでおって欲しい。もちろんおまえさんやロンもだ。だが、レンは・・・見えちまってたな。あとネビルもだ。あいつらにゃ、うん、見えちまった」

 

ハグリッドはポトリと音が聞こえるほど大きな涙を落とした。

 

 

 

 

 

「さ、お茶をお飲みなさいな」

「・・・いただきます、アンブリッジ先生」

 

歯を食い縛るようにして、蓮は応えた。

 

「今日はあなたのことについて聞かせてもらおうかしら?」

「わたくしの? ですか、アンブリッジ先生」

「ええ。あなたがあたくしをどう思っているか。ほら、あたくしとあなたにはいささか不幸な関係がありますからね」

 

カップをソーサーに戻して、蓮は「御質問をどうぞ」と冷淡に言った。

 

「あたくしに復讐しようとか?」

「復讐するつもりなどありません。父のことは知っています。ですが覚えてもいない父のために復讐だなんて面倒くさい」

「あら、そうかしら。あなたのお母さまはそうでもないようよ。あたくしに、この大臣室付上級次官に何かと楯突く方だわ」

「母が何を考えているかなんてどうだって構いません。わたくしはあの女から生まれたかもしれませんが、迷惑しています。シリウス・ブラックなんかを無罪にするために、わたくしを代わりにギロチン台に差し出すようなクソったれのビッチが何をしたからといって、わたくしがこんな目に遭うのかムカついて仕方ない」

 

アンブリッジはガマガエルそっくりの顔できょとんとした。

 

「で、ではあたくしに復讐するつもりはないとでも?」

「復讐なんかするわけねえだろ」

 

蓮は低い声で言い放った。

 

「成人してウィンストンの財産を分捕ったら、あたしは手始めにアンタを殺ってやろうと思ってるよ。ムカつくそのガマガエル面を踏んで例の呪文一発だ。簡単な話だろ」

「ふ、復讐はしないと言ったじゃないの!」

「復讐じゃねえって言ってんだろ。意味わかんねえのか、クソババア。ただあんたがムカつくからだよ。ああ、あとマクゴナガルにスネイプ、ダンブルドア。ムカつく奴はいくらでもいるな。でも手始めはアンタだ。一番弱そうだ。出来損ないのハッフルパフの親父とマグルの母親から生まれた穢れた血。そのカエル面は母親似だろ? 薄汚ねえマグルの母親だ。ブサイクは母親譲りなんだろうな」

「な、な、な、な、な、何を言っているかあなたはわかっているのですか! あたくしはウィゼンガモットの魔法戦士アンブリッジの末裔で」

 

蓮は声を張り上げた。「わーかってんよ、ババア。わかってねえのはてめえだ。真実薬を飲ませて、自分に対する感情なんか確かめたらこうなるに決まってんだろ。試しにマルフォイにもやってみな。パーキンソンにグリーングラスでもいい。特にグリーングラスからは色々聞けるはずさ。アンタのカエル面についてな。あの女は自分の顔が純血より御自慢でね。グリーングラスに聞いてみな。あたしの悪口の他にもいろいろ聞けるぜ。ホグワーツの美人コンテストが出来る。アンタがカウントされてないのは間違いない。大事な大事なスリザリン生がアンタをどう思ってるか調べてみるのも必要だろ?」

 

「う、ウィンストン! あなたは! あなたは高等尋問官に向かっ・・・嫌だわ、嫌だけど、仕方な・・・く、く、く、クルーシオ!」

「痛ぇ! クッソババア!」

 

もんどりうって倒れながら蓮は紅茶のカップを蹴り飛ばした。

 

はぁっ、はぁっ、はぁっ、とアンブリッジは息を荒げた。

 

「あ、あたくし、こんなことはしたくありませんでしたが、仕方ありません。もう一度、もう一度だけ、いえ、あと10回ぐらい、罰を与えます。そうしたら、お願いだから、素直で愛らしいあなたに戻ってちょうだい。いいわね? きょ、教育。これは教育なのよ?」

 

蓮は立ち上がった。すくっと。磔の呪文などなかったことのように。

アンブリッジの顔にかかった紅茶が、まるで生きた虫のようにスルスルと動いて、アンブリッジの大きく横に広がった口の中に転がり落ちた。

 

「へえ? アンブリッジ先生? わたくしの他に何人に真実薬を飲ませたのですか?」

「さ、3人・・・まさか、ああ、なんてこと・・・」

 

アンブリッジは慌てて顔にかかった紅茶を拭い取った。

 

「誰に?」

「はぁっ、はぁっ、はぁ・・・ね、ネビル・ロングボトム、パチル、グリフィンドールのパチルよ・・・おお嫌だ、なんてことかしら・・・ロナルド・ウィーズリーよ!」

「へえ。誰か面白い話をしましたか?」

「あ、ああ、ロナルド・ウィーズリーには忘却術をかけなければならなかった。嫌な子。クィディッチの試合でミスばかりして落ち込んだところを突いて、優しくしてやったのに、あたくしの出した紅茶を歯を食い縛って飲もうとしない。ロングボトムは仕方ないわ。トロールより不出来な子ですからね。おどおどして紅茶をすっかりこぼして泣きながら謝るの。本当に馬鹿なトロールだわ。でも! パチルは一気に全部飲んでベラベラ喋ったわ。あなたとジョージ・ウィーズリーは、ああ、こんなこと口にするのもイヤ、とっくにベッドを共にしているだなんて! よーくわかりました。あなたの化けの皮は剥がれたわ! ダンブルドアやミネルヴァ、それからアメリア・ボーンズまですっかりあなたに騙されて!」

 

あなたという人は、と蓮は呟いた。「ロンより根性がなく、ネビルより頭が悪く、パーバティより才能がない。忘却術は・・・わたくしは決して得意ではないのですけれど、あなたよりマシです。忘却術は・・・こうかけるんですよ!」

 

ドスン! と鈍い音を立てて、アンブリッジは気を失って倒れた。

 

アンブリッジの机から浮遊術で浮かせた羽根ペンの先で瞼を開き、完全に白眼を剥いていることを確かめて、蓮は割れたカップに「レパロ」と呟き、零れた紅茶に「エバネスコ」と唱えて痕跡を消した。

 

「エバネスコを杖も使わず無言でやってのけるぐらい、パーバティには朝飯前なのに」

 

今度はアンブリッジの杖を振り「アクシオ」を唱える。密造ウィスキーとグラスが飛んできて、アンブリッジの机の上に収まった。匂いに顔をしかめながら、蓮は囁いた。

 

「さあ、ドローレス・アンブリッジ先生? あなたの大好きな安物のウィスキーを召し上がれ。不思議なものよね。存在を隠したかったはずの父親と同じウィスキーを隠れて飲む癖があるなんて」

 

ハンカチで鼻から口を覆い、杖を振ってアンブリッジの口に流し込み、昨年ウィンキーにかけた水からアルコールを分離させる魔法の逆を試してみた。1/3ほどボトルに残してから、アンブリッジの身体を机の前の椅子まで飛ばす。

 

部屋を見回し、工作の仕上がりに満足して蓮はアンブリッジの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

いつもより早くアンブリッジの部屋から戻ってきた蓮が、パーバティの頭を小突いた。

 

「いたっ! なによ、レン!」

「誰が誰ととっくにベッドを共にしてるって? パーバティ、あなたね、もう少し上品な嘘をついてくれない?」

 

ハーマイオニーは首が痛むほどの勢いで振り向いた。

 

「成功したのね? どうだった?!」

「騎士団ジュニアチームのメンバーの名前は割れていないわ。真実薬の被害者は今のところ3人だけ。こちらで把握している3人だけよ。ああ、ちなみにロンの物忘れは、忘却術の失敗。余計な記憶まで消したようね」

 

もうこんな危ない橋は渡らないわよ、と言って蓮はバサバサとローブを脱いだ。「クリスマスホリディもまだなのに、騒ぎにしたくないわ」

 

ハーマイオニーとパーバティがその身体に飛びついてくる。

 

「やっぱりあなた最高よ!」

「どんな演技をしたの?!」

「キレたフリして、胸の悪くなるぐらい汚い言葉遣いで本心を言ってあげたら、死ぬほどビビって磔の呪文をかけてきたから、苦しむフリしてあの顔に向かって真実薬入りの紅茶のカップを蹴り飛ばしてやったわ」

「・・・大した演技とは言えないわね」

 

途端にハーマイオニーとパーバティが白けた顔になる。

 

「ちょっと! わたくしの努力をなんだと」

「だってあなた、子供の頃はそういう言葉遣いだったでしょう。ハグリッドやマッド・アイの英語に馴染み過ぎて。それでおばあさまにさんざん叱られた。そうよね?」

「・・・どんなことだって役に立つものよ」

 

嘯いて着替えを済ませると、ハーマイオニーが我に返って「ちょっと待って。磔の呪文?! あの女があなたに?!」と小さく叫んだ。

蓮は黙って頷いた。ハーマイオニーはぎゅっと目を閉じて、開けた。

 

「ダメ。いくらなんでもやり過ぎだわ。いくら高等尋問官だからって、真実薬を飲ませた未成年に磔の呪文をかける正当性は」

「あの女にはある。それで充分なのでしょう」

「どうしてよ!」

「そのためにあの女は魔法省で出世した。自分の思い通りに事を運ぶための権力が欲しかったから。そして」

 

蓮はパチンと指を鳴らした。

 

「リドルくん復活。魔法界は混乱する。ダンブルドアはリドルくん復活派、ファッジは否定派。誰もどちらが正しいか確信はない。否定したいファッジに『ベイビー、そうよね。ダンブルドアとハリー・ポッターの大嘘つきをママが懲らしめてきてやるわ。だからママのための教育令を出しなさい。ね?』かくして魔法省教育令は連発される。リドルくんの復活は、死喰い人にさえ馬鹿にされているアンブリッジにとっては、まさに好都合だった。死喰い人側はまだリドルくんの復活を明らかにしたくはないはずですもの。最右翼のベラトリクス・レストレンジ他数名はまだアズカバンの中。ハリーを始末しようにも不死鳥の騎士団が守っているわ。ファッジとアンブリッジの好きに踊らせておきたいでしょう。いずれ明らかに出来るときが来たら、大々的に暴れ回ればいい。ダンブルドアと不死鳥の騎士団を抑えておくのにファッジとアンブリッジは都合が良い。弟の死は・・・わたくしは少なくとも弟の死のせいで憎まれていると思っていたけれど・・・どうやら違ったわ。学習したの。魔法法執行部長のゴーサインがあれば、闇祓いという立場があれば、何をしてもいいということを。少なくとも今夜のアンブリッジからは、うちの母が自分に楯突いたということ以上の、弟を悼む言葉は聞けなかった」

 

ハーマイオニーとパーバティは呆然と蓮を見つめていた。

理不尽な干渉に対する怒りという以上に、ひどく不気味な存在がアンブリッジの姿をして歩いている。

 

ハーマイオニーにはそう思えてならなかった。


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