サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第10章 必要の部屋

DAの会合より早めに必要の部屋に集まったのはハリー、ロン、ネビルにパーバティとハーマイオニーだった。

 

ドビー、ケニー、ウィンキーは楽しそうにクリスマスの飾り付けをしていて、ネビルがそれを嬉しげに眺めている。

 

「真実薬に開心術に忘却術・・・?」

 

ハーマイオニーとパーバティが開示した情報にハリーが青褪めた。ロンは「ちっくしょう! 僕がママからレンとハーマイオニーを招待するのを忘れたって、また吠えメールで叱られたのはあいつのせいかよ!」と叫び、パーバティが冷静に「招待するのを忘れたのはアンブリッジ以前。忘れていたことさえも忘れていたのがアンブリッジ以後よ、ロン」と冷静に指摘した。

 

「ハーマイオニー、パーバティ・・・やっぱりレンが必要だ。僕じゃそんなことへの対処は教えられない。ゴブリンのスプーンだって、DA全員分を用意するわけにはいかないだろ? たとえ出来たとしてもどこかでバレる」

「ハリー、あなたまだスネイプの個人レッスンを受けていないの?」

 

ハリーはぶるぶると首を振った。

 

「アンブリッジの罰則でそれどころじゃなかった。それにスネイプだって、身動きには気をつけなきゃならないだろ? あいつが本心どっちの陣営かはわからないけど、少なくともダンブルドアの指示だ。アンブリッジに知られたくはないはずだ」

「そもそもアンブリッジ対策を教えるのはDAの目的じゃないわ、ハリー。ただ、注意喚起が必要だということよ。こういう手段を使って聞き出そうとしているらしいから、それぞれ気をつけて欲しいって。それだけでいいわ」

「でも・・・」

「誠実なハッフルパフ、英知のレイブンクロー、勇猛果敢なグリフィンドールがみんなで同じ対処をするの?」

 

そうだな、とロンが頷き「おいネビル!」と声をかけた。

 

「なんだい? すっごいね、ハウスエルフって。杖も使わずにあんな飾り付けをあっという間にやっちゃう」

「ああすごい。ママが欲しがるはずだぜまったく。代わりに息子をこき使うけどな。それはどうでもいいんだ、ネビル。君は真実薬を飲まされたときどう切り抜けた?」

 

砂糖をたっぷり入れてスプーンでかき混ぜた、とネビルは言った。そして笑いながら「そうしたら、スプーンがさ、レンがハリーにやったみたいにぐんにゃり曲がったんだ。僕、それですっかりブルっちゃって、スプーンを隠すのが精一杯さ。ブルブル震えて紅茶をすっかり零しちゃったよ。君は、ロン?」と代わりに聞き返した。

 

ロンは唖然として「頭イイじゃないか、ネビル。僕なんてさ『おまえの出す飲み物なんか怪しくて飲めるもんか!』って言っちまったぜ」と応じた。

 

「それよ!」とハーマイオニーが甲高い声を上げると、ハリーが「どれだい? 2人とも、いつも通りじゃないか。こんなの対策じゃない、いや、確かに切り抜けはしたけど」と戸惑いを見せた。

 

「だからその『いつも通り』が大事なの! いいこと? こっちに手の内を知られてるなんてあの女は思ってない。みんながみんな、ネビルみたいにバシャバシャ紅茶を零すわけにはいかないし、ロンみたいに反抗するわけにもいかない。わかるでしょ?」

「ああ。僕みたいなボケが増えたら・・・それはそれで笑えるな」

「自分に出来る手段で頭を使って切り抜けるしかないわ、そうでしょ?」

 

ハーマイオニー、と自信なさそうに抵抗するハリーにハーマイオニーはきっぱり言った。「言うのはあなたの仕事よ、ハリー」

 

 

 

 

 

マリエッタ・エッジコムが一番に不平を漏らした。

 

「真実薬をどうすればいいか教えてくれるんじゃないの?」

「みんなが使える方法なんかないんだ。ハーマイオニーが調べたけど、魔法薬の効能を検査する装置はある。でもそんなの持ち歩くわけにはいかないだろ。ゴブリン製の金属なら反応するけど、みんな持ってるか?」

 

ハリーが声を張り上げるとザカリアス・スミスが「家にはあるけど・・・花瓶だ」と答えた他は微かな呻きが聞こえるだけだった。ジニーが「ミュリエルおばさんが持ってるのはティアラね。口うるさいばっかりで相変わらず肝心なときに役に立たない」と肩を竦めた。

 

「真実薬は無味無臭だから、見た目や匂いじゃわからない。とにかく、アンブリッジが差し出す飲み物には真実薬が入ってる、そういう前提で対処しよう」

「だからどう対処するのよ?」

「少しは自分の頭を使えよ。みんながみんな同じことしてたら・・・次に来るのは、開心術だ」

 

ざわりと場がざわめいた。

 

「法執行部の尋問官ぐらいしか使えない魔法だぜ」

「アンブリッジに出来るの?」

「下手クソだ。無言じゃできないらしい。少なくともレンはそう言ってた」

 

ハリーがとうとうレンの名前を出してしまった。ハーマイオニーとパーバティは顔を見合わせた。

 

チョウ・チャンが「悪いけど、あの子の言葉を信じて行動するのは避けたほうが良いと思う」と頭を振る。

 

「チョウ?」

「あ、嫌だ。別に鼻の骨の件を恨んでるわけじゃないのよ」

 

そうとう恨んでる、とパーバティがハーマイオニーの耳に囁いた。

 

「だってあれは完璧なウロンスキー・フェイントだったから。それはともかく、彼女はDAのメンバーじゃないし、アンブリッジのスパイよ」

 

必要の部屋が静まり返った。

 

「もちろん本人が望んでそうなったわけじゃないことは聞いてるけど、やっぱり今の時点で信用するわけにも・・・ね、普通の防衛術に集中しない?」

 

「単なる注意事項さ、チョウ」ハリーが歯を食い縛るように言った。「全員がそのぐらいの危機感を持とうっていう提案だ」

 

「スパイなんかじゃないもん」

「ルーナ?」

 

ジニーの隣からルーナがほわんとした声を上げた。

 

「あたしはウィンストンを信じる。プリパリング・ハムディンガーを信じるのと同じくらいに」

 

この信任票を蓮が喜ぶかどうかハーマイオニーにはわからなかった。少なくとも、何人かは信任票とさえ思っていない様子だ。

 

「ルーニー、そりゃいいや、プリパリング・ハムディンガーと同じくらいウィンストンはスパイじゃない。最高のジョークだ」

 

そう言ったマイケル・コーナーの襟首をジョージが掴んだのを見てハーマイオニーは慌てて立ち上がり、両手を振った。

 

「やめ、やめ! みんなもう少しクールになりましょう。わたしたちはダンブルドア軍団よ。ダンブルドアが言ったこと忘れた? 不和と敵対感情を蔓延させることに長けている。こんな状況を示しているのよ」

 

そうね、とパーバティも立ち上がる。「レンを信じなくていいから、用心が必要なことぐらいは信じたらどう? そもそもダンブルドア軍団のDAは防衛協会、ディフェンス・アソシエーションを引っ掛けた名前だったはずよ。用心無しに防衛する意味なんてないわ。だいいち、わたしたちだってレンを信じてなんかない」

 

ジョージとフレッド、ジニーがパーバティを愕然とした顔で見つめた。

 

「そんな顔しないでよ。アンブリッジの部屋で起きたことをレンはいちいちわたしたちに報告なんかしない。わたしもハーマイオニーもそれは同じ。あの人はDAの名前さえ知らないの。メンバーも知らない。レン自身が絶対に知りたくないって早くから言ってたからレンの耳に入らないようにしてきたわ。アンブリッジにどんな目に遭わされているかはレンが一番わかってる。だから自分にはわからないようにしてくれって言うなら、その通りにしてるわ。それが信頼していないことになるなら、それでも構わないって意味よ。でもわたしたち3人は部屋の中では、アンブリッジに関わることDAに関わること以外はいつも通り。だって、レンの人間性は信頼してるもの。だいいち右手のすることを左手が全部知っていなきゃ信頼にならない? だったら」

 

スーザン・ボーンズも立ち上がった。

 

「だったらファッジはアンブリッジを信頼していないことになるわ。パーバティ、わたしもあなたの言う通りだと思う。その表現、伯母さんが使ってたの。アンブリッジはファッジの右手。右手のしてることをファッジは全部は知らないけど、でもアンブリッジを信頼していることは確かだから用心しなさいって。ウィンストンの動きがわからなくても、信頼することぐらい出来なくちゃ、ファッジ-アンブリッジ路線にさえ勝てないわ。例のあの人が死喰い人に計画を全部教えてるわけでもないでしょ? 死喰い人と例のあの人がこんなミーティングして互いに理解し合っているとは思えない。でも間違いなく死喰い人は例のあの人のために働くのよ。ウィンストンが死喰い人より信用出来ない人間だとは思わない」

 

ルーナがまたふわんと「ホグワーツ生全員がアンブリッジの味方になっても、ウィンストンだけは絶対アンブリッジの味方になんかならない。あたし知ってるもん」とチョウに視線を投げた。「レイブンクローはウィンストンのママの功績を忘れちゃいけないってパパは言ってた。レイブンクローの卒業生の中でイッチ番の英知を身につけた魔女で、例のあの人の欠片を燃やしたんだから。そのせいでロウェナ・レイブンクローのダイアデムは失われたけどパパが復元するって言ってる。それにアンブリッジは」

 

ジニーがルーナのローブを引っ張った。「レンを信じてくれるのは嬉しいけどルーナ、あなたが喋れば喋るほど信憑性に問題が出るの」

 

ハーマイオニーは不本意ながら、ルーナの言葉の中の、イッチ番信憑性のない部分を信じないわけにはいかなかった。間違いなく悪霊の火でロウェナ・レイブンクローのダイアデムを燃やしたのだろうと。

 

ハリーもそう考えたのだろう、ハーマイオニーにひとつ頷くとまた声を張り上げた。

 

「OK、OK! レンのことは脇に置いて、DAはアンブリッジに対して充分な用心をする、それでいいね? 実際にどんな魔法や薬を使われるかはわからない。レンの言葉を信頼出来ないのならそれで構わないから、とにかく用心して各自で対策を講じることは絶対に必要。これは基本原則だ。だろ?」

 

少なくとも僕は忘却術をかけられたぜ、とロンが声を上げた。「おかげでクリスマスの招待を忘れてママから吠えメールさ」

ネビルは「僕みたいなトロい生徒に紅茶を御馳走するぐらい怪しいことってないだろ?」とロンと一緒になって茶々を入れた。

 

この2人の証言のおかげでDAメンバーは顔色を変えた。

 

 

 

 

 

アンブリッジの部屋を出ると、すぐに蓮はネクタイを弛めてシャツの2番目のボタンまで外した。首にまとわりつく感じが不愉快で、ローブのホックも外してローブを脱いだ。シャツにセーターでは冷えてしまうが、不快な怒りで寒さはあまり感じない。

 

「あ、ウィンストンだ」

 

ふわふわした声に顔を上げると、レイブンクローのルーナ・ラブグッドがひとりで窓の外を眺めていた。手に杖を持って、くるくると杖先を動かしている。

 

「ルーナ・・・もう遅いわよ」

「チョットだけ、呪文学の復習してた」

「寮の中ですればいいのに」

「チョウ・チャンとマリエッタ・エッジコムの機嫌が悪いんだ。あたしが味方しなかったから」

「寮に居辛いの? わたくしと同じね」

 

蓮は肩を竦めた。そして、ふとルーナの肩を抱く。

 

「ウィンストン?」

「でもここは良くないわ、ルーナ。こちらへ」

 

肩を抱いたまま、急ぎ足で(ルーナはほとんど小走りだった)マートルのトイレに着いた。

 

「ウィンストン、ここ、バジリスクの出入り口ですっごく危ないんだよ?」

「大丈夫。バジリスクはもういない。ちょっと待ってて。マートル? マートル・エリザベス・ウォレン?」

 

スルスルと床から銀色のマートルが浮かび上がってきた。

 

「ああ、良かったマートル、元気そう」

「・・・どうしたの? レイブンクローの子だわ! あなたやっぱりレイブンクローに入ったのね?!」

「そうじゃないの、マートル、これ見て。まだグリフィンドールのネクタイよ。ルーナ、こちらはマートル。マートル・エリザベス・ウォレン。マートル、こちらはルーナ・ラブグッド。あのね、マートル、ルーナが予習や復習をするのに、レイブンクロー寮じゃやりにくい時、ここに来ても構わないかしら?」

 

マートルはルーナの周りをくるくると飛び回った。

 

「レイブンクローじゃやりにくい? ふうん、よくわかるわ。有名な卒業生は変わり者ばっかりのくせに変わり者を嫌うの。レイブンクローの悪い癖よ」

「・・・ルーナがここに来ても、あなたが気を悪くしないといいのだけれど」

 

構わないわよ、と言いながらマートルは蓮にすり寄った。

 

「昔から優しいのね。確か50年前から変わらないわ。背も伸びたし、あたしは満足よ」

 

さすがのルーナも後ずさりした。

 

「ルーナ、こ、これはうちの祖母のことだから。わたくしは今のところゴーストじゃないわ。ほら、マートル、ルーナにここのルールを教えてあげて」

 

まずひとつに、とマートルはルーナの周りをグルンと回った。「あたしを馬鹿にしないこと」

 

「し、しないよ。パパがいつも言ってる。レイブンクローの英知で結ばれた友のことは、尊重しなきゃいけないって」

「あーら、レイブンクローにしてはまともなパパね。ふたーつ。トイレに物を流さないこと」

「使っちゃダメなの? その、普通にトイレとして」

「あたしがどこに住んでると思ってるの?!」

 

マートルが金切声を上げた。

 

「マートル、マートル落ち着いて。ね? ルーナは確かめただけ。そうよね、ルーナ? マートルの住まいを汚したりしないわね?」

 

ルーナは真面目くさって右手を宣誓するように掲げた。

 

「よくわかった。絶対に汚したり壊したりしない」

 

蓮がマートルに透過性のハグをされ、鳥肌を擦りながらルーナの背中を肘で押してトイレを後にすると、ルーナはクスクス笑った。

 

「あんた、優しいけど変な人だ」

「そう?」

「ウン。トイレのマートルがガールフレンドだなんて知らなかった」

「あー・・・そのわたくしの・・・ガールフレンドに失礼はしないでね。失礼をしない限り、彼女はあなたに練習場所を与えてくれるわ。廊下で魔法は禁止されているでしょう? ミスタ・フィルチの言うことなんて誰も気にしないけれど、本当は禁止なの。ミスタ・フィルチはアンブリッジと仲良しよ。アンブリッジにバレたら面倒なことになるから、ひとりになりたいときや、ひとりで魔法の練習をしたいときは、マートルのトイレを使いなさい。あそこ、本当はもうすっかり安全なの。誰も知らないけれど。マートルに質問すれば詳しいことを教えてくれるから」

 

蓮がルーナをレイブンクローの西塔の下まで送ると、ルーナは「なんで入り口知ってるの?」と首を傾げた。

 

「曽祖母も祖母も母も・・・不本意ながらガールフレンドまでレイブンクローだとね、ルーナ、こういうことは教えられなくてもなんとなくわかるものなの」

 

 

 

 

 

蓮が部屋に戻ってきたとき、ちょうどハーマイオニーはイライラと羊皮紙を丸めて屑籠に放り、的を外したところだった。

 

「ナイスシュート・・・じゃなかったわね。どうしたの?」

 

丸めた羊皮紙を拾い上げ、屑籠に落として蓮が尋ねる。

 

ロンよ、とハーマイオニーは答えた。パーバティはバスルームだ。

 

「ロンが?」

「わたしがビクトールとキスしたと知った途端に、ビクトールの足が短いだとかガニ股だとか・・・」

「・・・平和っていいわね」

「ビクトールとキスしたことがそんな罪になるとは知らなかったわ。ハリーがチョウとキスしたことは楽しそうに冷やかすくせに」

「冷やかされたかったの?」

 

ハーマイオニーが振り向くと、蓮はクロゼットの前でシャツを半脱ぎにしたまま、苦笑してハーマイオニーを見ていた。

 

「楽しそうに冷やかされたら冷やかされたで不機嫌になるでしょう」

「あら、それは・・・そんなことも、ないような、あるような、たぶんないと思うけれど」

「言うからいけないのよ。どちらの態度を取られても気に入るわけがないのだから」

「それはハリーが!」

 

チョウ・チャンね、と蓮が呟いた。「ディゴリーのガールフレンドだったはずだけれど」

 

「彼が卒業したから別れたんじゃない? 近頃はハリーとすれ違うたびに、微笑を投げかけてるわよ」

「・・・ルーナは」

「はい?!」

「レイブンクローのルーナ・ラブグッド。ほら、ネス湖のネッシーみたいな話題が大好きな子。あの子もハリーが?」

 

まさか、とハーマイオニーは首を振った。「ハリーがプリパリング・ハムディンガーならともかく」

 

「プリパリング・ハムディンガー?」

「いいの。忘れて。ルーナはジニー同様に、レン・ウィンストンのファンクラブ会員よ。何号かしら・・・灰色のレディ、マートル、ウィンキーにジニーに、ルーナ。会員番号5番ね。わたしが知る限りでは」

「・・・人間が半分未満なのは気のせい?」

「それで? どうしてルーナとハリーの関係が気になるの?」

 

蓮は部屋着に着替えて、椅子に座った。

 

「今、ルーナがひとりで廊下にいたわ。尋ねたら、チョウ・チャンとなんとかエッジコムの機嫌が悪いからだって。とりあえず避難場所としてマートルを紹介したけれど、チョウとなんとかエッジコムの不機嫌のせいで寮に居づらいなんて、少し嫌な感じね」

 

ハーマイオニーは腕組みをして、少し答え方を考えた。

 

「レン、それはたぶんハリーじゃなくあなたのせいよ」

「わたくし? しわしわ角スノーカックに興味を示したから?」

「・・・そんなものに興味を?」

「いったい何かと思って。それでチョウはしわしわ角スノーカックの何が気に入らないの?」

「自分の鼻の骨を折ったウィンストンのファンがレイブンクローにいるのが耐え難いんでしょ」

 

いつの話よ、と蓮は小さく笑った。

 

「チョウの友達の名前は、マリエッタよ。マリエッタ・エッジコム。いかにも女の子同士のお友達って感じ。あの2人、トイレにも一緒に行くんじゃないかしら。ハリーが頭抱えてたわ。チョウをホグズミードに誘いたいのに、必ずチョウの隣になんとかエッジコムがいるから誘えないんだ、って」

「キス出来たなら上々でしょう?」

「ハリーからじゃないの。チョウのほうからだって」

「積極的ね」

「単に焦れたんじゃない? ハリーの奥手っぷりに」

「4年生で『ビッキー』とキスした人は言うことが違うわね」

 

やめてよそれ、とハーマイオニーは溜息をついた。「だいたい人のこと言えないはずよ、あなたは」

 

蓮が「どうして?」と目を瞬いた。

 

「三大魔法学校対抗試合の最終戦で、あなたは有体のパトローナスを出したわ。ロンが言ってたの。いつちゃんとしたパトローナスが出せるようになったんだろうって。たぶんその前に、単なるジョギング以上の記憶が出来たのよね、レン? それに、ジョージはサマーホリディにはブランカそっくりのパトローナスを出していたわ。フレッドはまだだったから、あの2人が共有していない何かがエネルギー源ね。そんなに多くないはずだけど」

 

そのぐらいのことはとうにわかっているのだ。蓮はヒクっと頬を引きつらせた。

 

「・・・ロンにはご内密に」

 

軽く頷きながらハーマイオニーは頭の中に「チョウ・チャンとマリエッタ・エッジコム」と書き込んだ。

 

DAのミーティングでの出来事がおそらく理由だろうが、それをレイブンクロー寮に持ち込んでルーナに冷たく当たっているとしたら危機感が足りていない。ハリーにキスするのは一向に構わない。勝手にいくらでも好きなだけ吸い付けばいいのだが、それをDAと絡めているように見えるのも問題だ。

 

ハーマイオニーが考え込んでいるうちに、バスルームを出てきたパーバティとバトンタッチして、蓮はバスルームに消えた。

 

「ハーマイオニー、お風呂は済んだの?」

「まだよ、パーバティ。さっき行ったらパーキンソンのローブがあったから一時退却」

「レンが出てきたら、もうこっちで済ませたほうが良いんじゃない?」

 

それもそうね、と頷いて、パーバティに蓮からの情報を流す。パーバティは顔をしかめ「パドマも言ってたけど、あの2人は確かに要注意ね」と言った。

 

「パドマも?」

「DAのことを露骨に話題にはしないらしいわ、さすがに。でも、ハリーと近いことはかなりアピールしてるみたい。それは主にチョウが。他の女の子への牽制ね」

「・・・は? 牽制する意味なんて」

 

あるでしょ、とパーバティは腕組みをしてクロゼットに凭れた。

 

「ハリーもロンも、モテなくはないの。本人たちが子供過ぎて話にならないだけで、下級生には憧れてる子も少なくないわ。チョウはそういうことをちゃんと計算するタイプよ。あなたやレンと違うところが賢いの」

「・・・賢いとは思えないけど。だってそんなことしていたら、DAメンバーだっていう憶測を招くでしょう」

「だから・・・『違うところ』で賢いの! あなたもレンも、殺伐とした学校生活を送ってきたから、女の子同士の水面下の戦争が理解出来てないわ。占いを馬鹿にするけど、占いに頼りたい気持ちってわからないでしょう」

 

全然わからない、とハーマイオニーが首を振るとパーバティが深い深い溜息をついた。

 

「パーバティ、女の子の心理について書いてある本がどこかにないかしら。一晩で読むから」

 

 

 

 

 

にたりと笑うガマガエルに似た顔を見ていると、力を振るいたい感情を抑制することは難しい。少なくとも一度は思い知らせてやったのだから尚更だ。相手は覚えていないが。

 

「明日はもうクリスマスホリディですから、何かと騒がしくなってきたのではありませんか?」

「そうですね。例年より帰省する生徒は多いようです」

「帰省してしまえば何か企むのにちょうどいいですからね。ウィーズリーやポッター、グレンジャーも」

 

蓮は黙った。

 

「どうしたの? さあ、紅茶をお飲みなさい」

「・・・いただきます」

 

2杯目の紅茶をひと口飲み、蓮は口を開いた。

 

「企んでいるかもしれませんが、わたくしにはわからないことです」

「あらどうして? あなたはウィーズリーの双子のガールフレンドだったのではないかしら」

「・・・アンブリッジ先生のスパイになって以来、話をしていません」

「まあ! 彼の暴力が原因であなたは難しい立場になったというのに冷たいことね。ポッターやウィーズリーはあなたに秘密を明かすどころか会話さえしない、そういうこと?」

「そうです」

「グレンジャーはどうなの。頭でっかちのおしゃべり」

「同室ですから会話は多少あります。ですが、ホリディの予定については、ご両親とスキーに行くという以上のことは聞いていません」

 

そんなことより、と蓮は渋々といった風に声を低めた。「ハーマイオニーとロン・ウィーズリーが話していました」

 

「何を?」

「監督生だからスリザリンの生徒を見つけては減点してやろうと」

「まあまあ、なんてことでしょう! 監督生の権限を濫用する、そういう意味ですか?」

 

蓮はこくりと頷いた。

 

「ハーマイオニーは、権限の濫用は良くないと一応は言いましたが、ロンが『あいつらは濫用しないからな』と皮肉を言っても反論はしませんでした」

 

満足げにガマガエルがにぃーっと口を横に広げた。

 

そのとき、アンブリッジの部屋のドアが力強くノックされた。

 

立って行き、ドアを開けたアンブリッジの肩の上にスネイプの不快そうな顔が見えた。

 

「校長から言いつかりましてな。ウィンストンを呼びに来た次第」

「まあ、まだ罰則の最中ですよ! 高等尋問官の課した罰則をどうお考えか知り」

「校長は休暇前にウィンストンが本校の休暇中の課題を消化するには今夜は早めに寮に戻すべきではないかとお考えの様子。我輩としては」

 

スネイプが蓮に視線を投げた。

 

「高等尋問官殿のお聞きになりたいことを聞くにも、そろそろ『紅茶』の飲み過ぎではないかと具申に」

 

アンブリッジがハッとしたように蓮を横目に見た。

 

「副校長が校外での反省を促しておられることは存じておりますが、なにしろ家族が家族ですからな、『紅茶』の飲み過ぎが知られては、現時点ではいささか」

 

スネイプは声をひそめ、アンブリッジの耳にだけ何かを囁き、蓮に向けて何かのガラス瓶を小さく振った。

 

「本校の理事という立場に変化はない。我輩としても『紅茶』の提供者として追及されたくはありませんな。無論・・・高等尋問官殿が我輩の立場を保証してくださるのなら別だが」

「面倒なこと! それでセブルス、あなたは子供の使いのように」

 

スネイプはガラス瓶をアンブリッジの目の前に見せた。

 

「中和剤をお持ちした。服用から僅か20分で全身の血液から『紅茶』の成分を抜き、完全にクリーンに出来ます。ああ無論、これを聞いている本人を20分間見張っておく必要はありますが。今すぐであれば、なんならお手伝いいたしましょう」

 

アンブリッジは狡そうな両生類じみた目をスネイプと蓮に交互に向けた。

 

「大方、素直に毎晩ここに通ってきていたのも・・・休暇中になんとか家族に連絡を入れて診断を受け、証拠を得るのが目的に違いありますまい。副校長は厳格な合宿所を手配されたと推察するが、なにしろこの顔ですからな。瓜二つの母親が迎えに来て1時間か2時間連れ出して病院に行くというのまで止める牧師はおりません。また母親はあの通り、マグルの法曹関係者でもある。動くな!」

 

蓮自身は何もしていないのだが、スネイプが突然叫び、鋭く杖を向けてきた。アンブリッジはビクリと肩を震わせる。

 

「い、いいでしょう。セブルス、あなたもこちらへ」

 

悪趣味な指輪をつけた、ずんぐりした手で杖を取り出し、蓮に向けた。

 

「・・・い、インペリオ!」

 

蓮は努めて無気力な表情になるように、目の周りの筋肉を弛緩させた。

 

「ふむ。さあ、ウィンストン、これを飲むといい」

 

のろのろと手を上げて、スネイプからガラス瓶を受け取る。

 

「急ぐのだ。我輩も暇ではない」

「インペリオ! インペリオ! さっさとお飲みなさい!」

 

 

 

 

 

ローブを翻し、息を切らせて蓮が部屋に帰ってきた。

 

「ああ、レン!」

 

ハーマイオニーが飛びつくと蓮は「何か変わったことが起きたのね?」と確信したように言った。

 

「何があったかはっきりとはわからないの。あなたは? 何か知ってるの?」

 

スネイプがアンブリッジの足止めに来たわ、と蓮が答えた。「真実薬の中和剤をわたくしに飲ませるとかなんとかアンブリッジをいいくるめて、20分間足止めした。だから、騎士団に関わる何かでアンブリッジに知られたくないことが起きたのかと」

 

「ハリーよ!」ハーマイオニーは小さく叫んだ。「ハリーが何かを夢に見たらしいの! それで、それでジニーが連れて行かれたわ、マクゴナガル先生に」

 

何を、と蓮が尋ねるのにハーマイオニーは激しく首を振った。

 

「ハリーもロンもフレッドもジョージも、みんな連れて行かれたの! ああ、レン!」

 

しがみついたハーマイオニーの背中を、蓮がぽんぽんと叩いた。

 

「パーバティ」

 

ハーマイオニーをしがみつかせたまま、蓮がパーバティに声をかける。

 

「わたしも何もわからないわ。ジニーがパジャマの上にローブを羽織ったまま、寮を出て行ったことだけ。ウィーズリー兄弟とハリー全員がそうよ。スネイプの足止めが済んだのに帰って来ないのはおかしいわね」

「ありがとう。ハーマイオニー、ネビルは? ネビルには何か聞いた?」

「ネビルから聞いたのよ、ハリーが何かの夢を見て、ひどくうなされて、ネビルとロンとでやっと起こしたと思ったら、ロンのパパに何かあったって言って胃の中のものを戻してしまったって。それでマクゴナガル先生に知らせて」

 

わかったわ、と言って蓮はハーマイオニーをそっと離した。

 

「レン」

「ごめんなさい、パーバティ、アンジェリーナを呼んでくれる?」

 

パーバティが出て行くと、蓮は険しい表情でローブを脱ぎ捨てた。

 

「レン・・・何があったと思う?」

「わからない・・・ただ、マクゴナガル先生とスネイプを動かしたということは、騎士団に関わる何か。それとウィーズリー兄弟を全員連れ出したのなら・・・ウィーズリー家に何かあったと・・・」

 

はっきりと口にされて、ハーマイオニーは力を失ったように椅子に身体を沈めた。蓮は血の気の引いた顔でベッドに座った。

 

「何かって・・・まさか」

 

そのときアンジェリーナとパーバティが部屋に入ってきた。

 

「アンジェリーナ、フレッドからは何も?」

 

アンジェリーナが首を振った。

 

「レン、なんて顔色よ」

「・・・こういう緊張感、苦手なの」

 

大きなパトローナスが部屋に飛び込んできた。

ブランカのような姿のそのパトローナスがジョージの声を発した。

 

「俺たちはひとまず心配ない。親父にちょっとした事故が起きたらしい。早めのホリディだ」

 

メッセージをハーマイオニーに伝えて消えていく銀色のブランカを見つめて、蓮が深い息を吐いた。その蓮の背中をさすりながらアンジェリーナが「落ち着いて。ジョージに何かあったわけじゃないわ」と囁く。

 

「・・・ん」

「ホリディの間に何かわかったら知らせるから」

 

蓮は黙って首を振った。

 

「どうしてよ。そんな顔色になるぐらい心配なんでしょ? まさか休暇中もアンブリッジの相手?」

「そうじゃなくて・・・マグルの中で暮らすことになっているから、パトローナスやフクロウはちょっと・・・それに、ジョージじゃなく・・・ミスタ・ウィーズリーが大変みたいだから、アンジェリーナはフレッドの話相手をしなきゃ」

 

アンジェリーナの手をとって蓮は苦笑した。

 

「レン、ほんとに顔色が悪いわよ。アンブリッジに何されたの」

「そうじゃなく・・・」

 

蓮は3人を見回して、諦めたように苦笑した。

 

「わたくしが2歳ぐらいの頃。父が死んだ頃がね・・・ちょうどこういう・・・突然の知らせが周りに多くて。家族の友人や知人が襲われたり、拷問されたり・・・殺されたり。わたくしは詳しいことはわからなかったけれど、両親が騎士団に入っていたから、やっぱり、母が毎日緊張しているのはわかるし・・・その頃の気分にちょっと戻ってしまったの。ただそれだけ」

 

アンジェリーナはまた蓮の背中を撫でた。

 

「キツいね」

「ん・・・でも、今一番心配しているのは、ミセス・ウィーズリーだと思うから・・・」

「・・・フレッドたちの叔父さんたちのこと、思い出すだろうしね」

「アンジェリーナ、知ってるの?」

「フレッドから聞いた。あんたは?」

「・・・母から。父の親友のひとりだったそうなの」

 

ハーマイオニーはパーバティと顔を見合わせた。

 

察するに、ハーマイオニーの知らない、まだ本にも書かれていない生々しい時代の記憶のかさぶたが取れてしまったのだろう。蓮にセストラルが見えることをハグリッドは嘆いていた。たった2歳で死を理解してしまうほどの感受性にそんな時代はどれほど負担だっただろう。

 

パーバティが「ハーマイオニー、ロンに会う予定はないの?」と尋ねる。「スキーはキャンセルしたんでしょ?」

 

「ええ。そうね、レン、アンジェリーナ、わたし、ロンドンでホリディを過ごすの。何かわかったら知らせるわ。ハリーも一緒なら、たぶんわたしが騎士団メンバーを訪ねても何かしら教えてもらえると思う。アンジェリーナにはフクロウ、レンには電話する」

 

 

 

 

 

ホグワーツの校門前で蓮がぼんやりと「夜の騎士バス」を待っている。紺色のコートの下から、ジーンズとブーツが見える。

 

「グレンジャー、充分に気をつけなさい」

「はい」

 

ハーマイオニーはマクゴナガル先生からもらった電話番号のメモを握り締めた。見覚えのない局番だ。いったい蓮はどこの牧師館に連れて行かれるのだろう。

 

「ろくな乗り物ではありませんが、スピードだけはマグルのどんな乗り物より速いのです。なのでまずあなたをロンドンに送り、わたくしたちはそれから目的地へと向かいます」

「・・・はい」

 

マクゴナガル先生が右腕を上げると、バァン! と激しい爆発音と共にバスが出現した。

 

「えー、夜の騎士バスにご乗車ありがとうごぜえまーす。ひとまずロンドン行きーぃ。んで、ケェスネー」

「いちいち言わなくてよろしい。さ、早くお乗りなさい」

 

車掌の声を遮り、マクゴナガル先生がハーマイオニーと蓮を押し込んだ。

 

「ケイスネス?!」

「単なる経由地です、グレンジャー」

「マクゴナガル先生、何か変です。経由地にしてもケイスネスは何か変です! オークニー諸島にでも」

 

バァン! と夜の騎士バスが走り出すとマクゴナガル先生は「魔法界のバスですから、地理的条件どころかマグルの物理法則もまとめて無視します。いちいち驚くのではありません」と澄まして言った。

 

「・・・確かに」

 

ボソッと蓮が呟き、車窓の外に目を向けた。渋滞する国道の車の間を有り得ないスピードですり抜けて走る。

 

「ちなみにグレンジャー、最終的にはジョン・オ・グローツ村です」

「ジョ、ジョン・オ・グローツ?!」

「いわゆる地の果てですね。まあ、インヴァネスにも行くことになると思いますが」

 

蓮がマクゴナガル先生を凄い勢いで振り返った。

 

「・・・まさか、ロス家に?!」

「逃げられるとでも?」

 

ひどい揺れの中で、マクゴナガル先生と蓮は睨み合っていた。

 

インヴァネスのロス家、とハーマイオニーは頭の中のメモに黒々と書き込んだ。


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