ドローレス・ジェーン・アンブリッジは上機嫌だった。堕落していく人間を見ることが楽しくて仕方がないようだ。
ひと通りグリフィンドール寮内の雰囲気を殺伐としたもののように表現してから蓮は「質問があるんですけど」と切り出した。
「まあ! 尋問するのはあたくしですわよ!」
「アンブリッジ大臣室付上級次官に。反人狼法について」
「・・・何が知りたいの?」
「人狼病対策としては、人狼を保護し、満月前後を隔離し、脱狼薬を投与し無害化することが必要じゃないかと思うんですけど」
これだから、とアンブリッジは甲高い声で嘲笑った。「ダンブルドアの影響でしょうね。良いこと、ミス・ウィンストン? 人狼は闇の生物です。撃退されるべき忌まわしくおぞましい下等生物であり、必要なのは保護ではなく撲滅ですことよ」
「反人狼法があれば撲滅出来るんですか」
「当然です。すでに30頭の人狼を捕獲して処刑しました。この調子ならばあと1年以内にイギリス国内に人狼は存在しなくなります」
「・・・だろうね」
蓮の雑な相槌にアンブリッジは不快そうな上目遣いを見せた。
「ウィンストン、さっきからあなたの言葉遣いはまるで非行少女のようですよ。本校の生徒らしくなさい!」
「真実薬なんか飲まされてますから、演技は無理でしょ、普通」
「何のことやら。あたくしがそのような薬物を使う必要がどこにありますか。また罰則を受けたいのですか?」
「いいえ全然。あんな罰則、サディストの性癖を満足させるための変態行為でしかない。話を戻して、反人狼法にウィゼンガモットが抗議したのはなんでですか?」
ああ、とアンブリッジは鼻先で笑う。「ダンブルドアが首席魔法戦士についているような古臭い集団の考えることなどあたくしに理解できるわけがありませんでしょう。あたくしが大臣になったらあのような機関はすぐにでも解体しなくてはいけないわね。新しい開明的な時代にウィゼンガモットは必要ありません」
「つまり抗議の理由は理解できていない?」
「ウィンストン! 言葉を慎みなさい! 罰則が嫌ならばね!」
「嫌ですね。ところで、わたくしは監督生の立場こそグレンジャーに奪われたわけだけど、さほど馬鹿でもないんです。2回のホグワーツ特別功労賞を獲得しました。まあ、ダンブルドアに気に入られているから貰ったようなものだけど、まだ利用価値はある」
蓮はアンブリッジがガマガエルのような顔を引きつらせた隙に立ち上がった。
「夜の時間が無駄だから呼び出しにはもう応じない。罰則を課したいなら課しても構わないけど、その罰則の内容は、様々な雑誌を通じて写真付きで公開するよ」
「な、なんですって?! あなたは高等尋問官を」
「その高等尋問官の役職がいつまで保つかな。政治家を失脚させるのは簡単なんだよ。性癖をバラせばいい。特別功労賞2回の優秀な女子生徒を毎晩毎晩自分の部屋に呼び出して、それを断ったら、罰則と称して皮膚に傷を入れたがる高等尋問官。変態だ」
切れ長の瞳でアンブリッジを横目で睨むと、蓮は大股にローブを翻してドアを開けた。
「大臣になりたかったら、しばらくおとなしくしているべきだね」
とうとうやっちゃった、とハーマイオニーとパーバティが顔を覆った。アンブリッジにキレて、呼び出しを断って帰ってくるなんて。
バサバサと着替えながら蓮は「いつまでもこんな茶番に付き合いたくないし」と言う。「それに、そろそろスキーターにお仕事を紹介する必要も感じるようになった」
ハーマイオニーはピクリと耳をすませた。
「なるべくなら騒ぎにはしたくないけど、アンブリッジがあんまり妙なことするようなら、大きな釘を刺す必要がある」
「それがスキーター? ハリーとロンも言ってたけど、あなたから言い出すなんて」
蓮は悪い顔でニヤリと笑った。
「最初から頭にはあったよ。出来る限りやり過ごすことだけ考えてたから言わなかったけど。あと、魔法界全般に言えることだけど、反人狼法の影響についてあまりにも理解が浅いから、そういう問題提起は必要だよね」
パーバティが頷いた。
「わたしもこの休暇中にママとずいぶん話し合ったの。うちのママ、聖マンゴの癒者だけど、ホンットに人狼病患者の受診がゼロですって。聖マンゴとしては、反人狼法に本気で従うつもりはないの。だってそうよね。癒者としては人道的に正しいやり方じゃないもの。だから受診してもそれがバレないように考慮するし、脱狼薬を半月ぐらい保管できる容器も準備してあるの。満月に無理に合わせて通院しなくていいように。でも患者の受診はゼロ。いったいどこでどう満月を過ごしているか考えるとゾッとするわ」
パーバティに頷いて、蓮はハーマイオニーに向き直った。
「ハーマイオニー、イギリス国内では潜伏するしかなくなったわけだけど、この場合、人狼はどうすると思う?」
「グレイバックの仲間になるか、モグリの脱狼薬をなんとか手に入れる」
蓮は苦笑して「ハーマイオニー、マグルの感覚を取り戻してよ。しかもあなたにはフランス人のおばあさまがいらっしゃるんだし」と言う。
しばらく考えてハーマイオニーはサァっと青褪めた。
「国外への、逃亡? つまり、人狼ウィルスの流出」
蓮は頷いた。
「マグルは空港あたりの水際チェックで感染症対応するけど、人狼病はそうはいかないでしょ? 姿現しで移動出来るんだもの。ヨーロッパやアメリカの魔法病院では受診を呼びかけたり、無料で隔離施設と脱狼薬を提供したり対応に追われてる。イギリス独自の風土病ではないから、あちらにも脱狼薬が存在しているのは幸いだ。しかし、ヨーロッパやアメリカではイギリスの魔法界に対する反感が強まっている。今年の夏に、イギリスの反人狼法が国連に知られたからね」
「国連に・・・レン! まさか、あなたのおばあさまはそのことでいらしたの?!」
「そういうこと。ダンブルドアの後任のイギリスからの上級大魔法使いについては、いつまでも国連に届けを出さない。決まってないらしい。反人狼法に関して、国際社会への窓口である国際魔法協力部に直接抗議しても無しの礫。もうクラウチが死んで半年以上になるのに、こちらもまだ後任が決まってないらしい。どうやらクラウチの死は死喰い人によるものだと魔法省内でも秘かに話が回っているらしくて、そのクラウチの後任は貧乏くじだと思われてる。それで、業を煮やした国連議長が、ウィンストン家の次期当主に、ウィンストン家がどうにかしろと脅しをかけに来た」
両手を軽く挙げて「アンブリッジのせいで平謝りだよ」と唇を上げた。「こうなると、さすがにあいつに夜な夜なお付き合いするのは馬鹿馬鹿しくなった」
大賛成よ、とパーバティが無造作に言う。「国連がまともでホンットに良かったわ。知られるのが遅過ぎたぐらい」
「ダンブルドアは、クラウチに国連対応は丸投げだった。息子のアズカバン入りで閑職に追いやられた意識の強いクラウチは国連対応に熱心ではなかったし、ただでさえ家に脱獄させた息子を隠していたから、職務精励とはいかなかった。アンブリッジみたいな面倒な女の起草した法案より自分のことで精一杯」
「ダンブルドアが、丸投げ?」
「そう。グリンデルバルドとの決闘以来の名声が大き過ぎて、名誉職が多過ぎる。順番に顔を出すにも限界があるし、自分の年齢を考えると、他の魔法使いや魔女に判断を委ねるべき。そういうことだろうけど、結果的には丸投げ」
ハーマイオニーは両手で顔を覆った。悪循環にも程がある。確かにウィンストン家の強権発動を要請したくなる事態だ。
「それで、あなたがウィンストン家を」
「卒業までの時間は稼いだよ。条件は、イギリス国内の世論を形成するなりなんなりして、アンブリッジを潰す方向に仕向けろって。わたくしが犯罪者にならない範囲で」
蓮がボフン! とベッドに倒れた。「始末するだけなら簡単だけど、その条件がつくと一気に面倒になる」
ハーマイオニーは蓮のベッドに腰掛けて頭を撫でた。「協力するわよ?」
ニッとハーマイオニーに顔を向けた蓮が「さすがハーマイオニー、愛してるよ」と口走る。パーバティが頭を振って「わかったから、レン、もう少しお利口にして」と小言を言った。「わたしも協力するわよ」
「ありがとう、パーバティ」
「ちょっと! わたしのことは愛してないわけ?」
「愛してるよもちろん。まずひそかに、マートラップのエキスを欲しがる人の情報が欲しいな。コリンに証拠写真を撮らせる。あのサディスティックな罰則のね」
ハーマイオニーはパーバティと顔を見合わせて溜息をついた。
「その前に、レン。明日は医務室に行くわよ。いくら自棄になってるにしても、人格が変わり過ぎてるわ」
羊皮紙を談話室のローテーブルに置いて、ハーマイオニーは羽根ペンを構えた。その膝を枕にして、蓮が機嫌よく「メディアのツテはザ・クィブラーと変身現代」と名前を挙げる。
ハーマイオニーはそれを羊皮紙に書きつける。
「どっちも微妙だな。クィブラーじゃ信用が薄いし、変身現代とはジャンルが違い過ぎる」
ロンが言うとパーバティが「人狼は変身の一種でもあるから、結びつけることは不可能ではないわ」と応じた。
「ハリー、リトル・ハングルトンのことも書かせる?」
「もちろんだ。あと僕の裁判も。魔法省への信用を落とす材料は多い方がいいだろ? 君のママはあの裁判で『魔法省特にアンブリッジが嘘をついてる』って印象づけたんだから、使えるはずだ」
「ウィゼンガモットを辞任したマーチバンクスは、うちのばあちゃんの知り合いだ。マーチバンクスさんからも協力してもらえるかもしれないよ。ハリーの裁判の話はお気に入りなんだ。判事としてワクワクしたんだって」
蓮は腕組みをして「リトル・ハングルトン。ハリーの裁判。反人狼法の国内における危険。国際社会から反人狼法がどのように評価されるか。魔法省の国連軽視。反人狼法の法思想に表れている重度の偏見。アンブリッジのサディスティックな罰則。生徒に対する重大な人権侵害。まずはこんなものだね」と計上した。「スキーターに全部書かせるのはどうかなあ。ハリー、リトル・ハングルトンの件は自分で書かない? スキャンダラスな筆致で煽るよりも真摯に淡々と事実を描出するほうが効果的なこともある」
「構わないけど、レン、君が添削はしてくれよ?」
「オーケー。罰則と人権侵害は、スキーターの得意分野で煽らせよう」
「裁判もハリーか?」
「いや。ネビル、マーチバンクス女史に当たってみて」
「わ、わかった」
「ハーマイオニー、国連関係を書かない? あと、法思想の中の偏見も。得意分野でしょ。ハウスエルフ解放戦線の練習にもなる」
「・・・はいはい」
「反人狼法の国内における危険は、パーバティだ。いける?」
「任せて。ママとさんざん話し合ったわ」
「あなたは? レン。国際社会からの評価?」
「うん」
「全員署名記事にするのか? さすがにそれは教育令に真っ向対立だぜ」
「謎のエリザベスさんの名前にしよう。エリザベス3世がペンネーム」
「君のミドルネームじゃないか、大丈夫か?」
「エリザベスをミドルネームに持つ人は複数いるし。母もそうだし、マートルもだよ」
「どうせ女王の名前を使うならヴィクトリアにしない? あの女に絶対勝つのよ」
「んー、どうする?」
「ヴィクトリア2世だな、いいんじゃないか? でもスキーターは自分の名前で書きたがるかもな」
「それはスキーターに選ばせればいいんじゃないかしら。あの人にも大人の事情があるかもしれないわ」
皆の議論をよそに、ハーマイオニーが膝の上の蓮の髪を軽く撫でた。
「スキーターとの交渉はあなたがするの?」
「うん」
「わたしも手伝うわ」
「ありがとう。でもハーマイオニー、今回はわたくしひとりのほうがいい。大丈夫、わたくしには騎士がいるから」
「ウィンキーひとりじゃ」
「だからドビーとケニーにもお願いしたい」
ハーマイオニーはじっと蓮の目を見下ろした。
「何か企んでるのね?」
蓮は小さく笑った。
「人聞きの悪い。ただ20年後の未来を奪い取りたいだけだよ」
「20年後?」
「そう。そのためにスキーターは大事な駒だ。根っこが腐っていなきゃ、新しい芽が出る」
「姫さまの騎士」を名乗るハウスエルフ3人に無理やり連れて来られたのは、禁じられた森の最奥だった。リータはぶるっと身を震わせる。
「なんざんす! あたくしをこんなところに! 姫さまっていうのは誰ざんす!」
ウィンキーの細い腕を捻り上げようとしたリータの手が魔法に弾かれた。
「見込み違いだったかな、マダム・スキーター」
「ひぃっ!」
リータは思わず後ずさった。
腐ってもジャーナリストだ。シリウス・ブラックの無罪放免の裏にある「事情」の調べはついている。それが動物もどきにとってどんな意味を持つのかも。目の前の小娘は文字通りリータの命を握っているのだ。
「わたくしがどういう立場の人間か、いくらなんでも調べてると思ってたけど」
「そ、それは、あれざんす。大昔の魔法契約ざんしょ?」
「うん。他には?」
「国連議長の孫、新しいダームストラング校長の孫ざんす!」
正解、と小娘は笑った。悪魔のように整った、少女のようでもあり少年のようでもある顔で。
「そんなに怖がらないでよ、マダム。あなたとわたくしは、同じ小舟に乗ってる。ディメンターにキスされるときは2人一緒だよ」
「あ、あたくしは未登録ざんす! これだけでも命がなくなるざんすよ!」
「うん。そしてわたくしはそれを隠していた。これも罪だよね。マダム、わたくしを片付けたいなら、司法取引という手があるよ。ドローレス・アンブリッジにわたくしがあなたの動物もどきを見逃したと密告するんだ。同時に正式な登録を願い出る。アンブリッジは飛びつくと思うよ。わたくしにディメンターがキスするところを見物したがるに決まってる」
はん! とリータは鼻で笑う強がりを見せた。多少才能があって頭が切れても、所詮は良家の子女だ。アンブリッジの汚さを知らない。
「アンブリッジが今の地位につくまで、いったい何人を踏み台にしたか数えきれないほどざんすよ。実の父親と弟も踏み台ざんす」
「うん・・・そんな気はしてた」
「あたくしからあんたの情報をにたにたしながら受け取って、あんたにディメンターを差し向けるのと一緒にあたくしも同じように始末するに決まってるざんす。あの女には、あたくしも目障りざんすよ。いまさら言っても仕方ないから言わなかったけどね、あたくしはキリアン・アンブリッジの事件を隅から隅まで調べ上げたざんす。いっくらあの時代でも、本来なら闇祓いになれるほどの魔法使いじゃなかったざんす。例のあの人の側はみんな知ってたことざんす。無能の腰抜け。それを闇祓いに押し込んだのはあの女ざんす!」
「そうだったんだ」
リータは勢いづいた。
「弟があんたの父親を殺っちまったあと、あたしはこれでも、あたしなりにまともな記事を書くつもりはあったざんす。あんたとあのミス優等生が見抜いたように、自慢出来る仕事はしなかった。でも、ジャーナリストを目指しながら耐えていたざんす! そんなときにあの事件が起きて・・・あたしはスリザリンの同窓生にキリアン・アンブリッジの評価を聞いて回ったざんす! 例のあの人の側の人間が多いのはもちろんだけど、敵のことは調べるはずざんすからね。あたしにはスリザリンからの情報の方がもらいやすかった。その結果は、どう考えても使い物にならない腰抜け。誰も相手にしやしない。不死鳥の騎士団に誘われもしない。ドローレスがそんな弟を闇祓いに押し込めたのは! クラウチの息子が死喰い人だと知ったからざんす!」
「・・・それは、スリザリンのネットワークかな?」
「そうざんすよ。グリフィンドールやレイブンクローのような実力主義じゃない、スリザリンは、あんたたちは嫌いかもしれないけども、スリザリンなりに結束は堅いざんすからね」
悪魔の娘は素直に「うん」と頷いた。「それは理解できる」
「あたくしの調査では、あんたの父親は、嫁に弱いだけが弱点の、まともな闇祓いだったざんす。首相秘書官の立場で官邸に出入りする魔法使い。秘書官の仕事も出来た。訓練生時代の評価も抜群。キリアン・アンブリッジなんかとは比べ物にならない男」
「・・・マダム、そんなに気を使わなくていい」
事実ざんすからね、とリータは荒い息を吐き出した。「あたくしの最初の記事は、キリアンの無能力を指摘する記事だったざんす。でもそんな記事はどこも買ってくれなかった。人が読みたいのは、安心出来る記事ざんすよ。有能な正義の闇祓いが無能な、姉の力で闇祓いに押し込まれただけの腰抜けに殺されたなんて、誰も知りたくなかった。そんなときに、ドローレスはあたくしを日刊予言者に紹介したざんす! クラウチを脅す女に目をつけられちまったざんす!」
「気の毒に」
「言い訳や同情を買うつもりは今さらないざんす! お嬢ちゃん、あんたはドローレスの意地汚さがどれほど恐ろしいものか、わかっちゃいない。弟のことを書けと言いやがった。せっかく闇祓いにしてやったのに、このままじゃ、自分の顔に泥を塗りかねない。心配いらない。弟も父親と同じように、魔法省を辞めさせるから、真実がバレる気遣いはない。ウィンストンの嫁が裁判を起こして息巻いてるから、アズカバンで始末出来るならもっといい。ただし、報道だけは、アンブリッジの味方のフリをしてもらわなきゃ困る。そう言いやがった! あの女は、闇の魔女や死喰い人でこそないけども! もっとひどい、腐りきった女ざんす!」
知ってるよ、と悪魔の娘がまた笑った。
「昔話はやめにして、マダム、これからの話をしようよ。同じ小舟に乗ってるんだからさ。まずこれを見て」
悪魔の娘の差し出した写真の束を、リータは気圧されて受け取った。
吐き気がする。
まだ柔らかな少年たちの白い手の甲に、赤い血で刻まれた文字。
「ドローレス・アンブリッジ教授に逆らうと、こういう罰則が待ってるんだ。指定された羽根ペンで指定された羊皮紙に指定された文言を書く。すると、左手の甲にその文言が刻まれる。血が出る。何時間もそれを続ける。終わりにアンブリッジが傷の具合を確かめて、満足する傷の深さになるまで、毎晩続く」
『私は嘘をついてはいけない』
『私は高等尋問官に忠誠を誓う』
『私は高等尋問官に忠誠を誓う』
『私は嘘をついてはいけない』
『私は高等尋問官に忠誠を誓う』
『私は高等尋問官に忠誠を誓う』
『私は高等尋問官に忠誠を誓う』
『私は高等尋問官に忠誠を誓う』
リータが顔をしかめると、悪魔の娘は羊皮紙を取り出した。
「ちなみに、わたくしはもっとお気に入りだったから、この罰則から解放された後に、毎晩アンブリッジの部屋に呼ばれて『紅茶』をご馳走された。するとどうだろう。こんな血液検査の結果が出た」
受け取った羊皮紙を見て、リータは唖然と悪魔の娘を見つめた。
「あ、あんた、なんでそんなに、普通にしていられるざんす」
「真実薬には多少耐性がある。父の訓練生時代の評価を手に入れていたなら、わからないかな。父は拷問の類に抵抗する力が強かったはずだよ。わたくしはその娘。もちろん、あなたは気づいていないけど、影響はある。理性のタガが半分くらい外れた状態だ。出来ればもっときちんとした言葉遣いをしたいんだけど、付け焼き刃の貴族のイントネーションになかなか戻せない。それから、子供みたいに人とのスキンシップを欲してしまう。ミス優等生は今じゃわたくしの抱き枕みたいなものだ。変態のアンブリッジに毎晩付き合わされてるうちに、こんなに嘆かわしいことになった」
あいつを殺したくて仕方ない、と悪魔の娘はリータの耳元で囁いた。
「ひっ・・・!」
「もちろん殺すわけにはいかない。ところでマダム、話は変わるけど、反人狼法をどう思う?」
「はん! 意味のない法律ざんす! あたくしの住まいは決して上等な場所じゃないからね。満月の夜は絶対に部屋から出ないざんす。あんな法律、人狼を殺すだけざんすよ。別に殺すのは構わないけどね、人狼だって馬鹿じゃない。なにしろ満月以外は普通に暮らせる奴らざんす。アンブリッジが取り締まれないところに隠れておしまいさ!」
「そうだよね、マダム。そういう法律の存在が、とうとう国連にバレちゃったんだ」
しばらくぽかんとしていたリータだったが、意味を理解すると顔色を失った。これでも腐ってもジャーナリストだ。
「国連は、人狼の国外流出を促しかねない法律を制定したイギリスに対して制裁措置を取ることを可決しちゃった。もうブルガリアに戦力が集まり始めた。あなたも見たことあるはずだけど、ダームストラングのあの船で、湖水地方あたりにドーンと兵力が出現することになる。それから、困ったことに、スコットランドは国連に英国魔法界からの分離を願い出た。まあ当然だ。わたくしでもそうする。ところがわたくしはイングランドのウィンストンなので、逃げようがない。なにしろ、イングランドの魔法族を叩き潰したあとに、わたくしはバミューダあたりに監禁されることが決まったから。数人の死喰い人からなら逃げる自信はあるけど、祖父母が揃って国連軍を動かして追跡するとなると、逃げ切れるとは思えない。わたくしは必死で交渉したよ。自分の将来のためにも、イングランドの魔法族の助命のためにもね」
「そ、そんな・・・」
「これはミス優等生にも打ち明けていないことだ。交渉の結果、わたくしの卒業までの猶予はもらった。卒業と同時にウィンストンの剣の承認を得て、ホグワーツの校長や魔法大臣、魔法省の主要な人事を刷新しなきゃいけない。もちろん、タダで猶予が貰えたわけじゃない。犯罪を犯さずに、アンブリッジを失脚させなきゃいけないんだ」
一緒にやってよ、と悪魔の娘は真剣な顔をした。
「あ、あたくしが?」
「うん。わたくしは1年以内に成人してウィンストンの当主になる。その立場で、あなたを赦す。ウィンストンがリータ・スキーターを赦す。あなたにだって、まともなジャーナリストになりたいという願いはあった。だったら、わたくしはウィンストンの資産から、あなたに資本を提供する。日刊予言者の偏向報道に一石を投じるような、まっとうなメディアを作って欲しい。それがウィンストンの赦しの証だ。あなたがまっとうなジャーナリストである限り、ウィンストンはあなたに資本を投入することを拒まない」
「あたくしを買うつもりざんすか?」
「違うよ。だったらこんな話を打ち明けたりしない。わたくしには、汚い裏の話を教えてくれる大人が必要なんだ。一緒にイングランドを助けてよ」
リータはじっと悪魔の娘を見た。
「汚い裏の話を姫さまが知ってどうするざんす」
「わからないよ。それは話の中身次第。使えるものは使う」
「姫さまには、ダンブルドアやミネルヴァ・マクゴナガルがついてるはずざんす。国連議長も、ダームストラングの校長も」
「マダム、そういう人たちの綺麗な話だけで済むなら、ダンブルドアはとっくにアンブリッジを追い出してるはずだよ。綺麗なところだけで解決しようとしてるから、わたくしたちがこんな目に遭う」
リータの手の中に写真を改めて握らせ、悪魔の娘は囁いた。
「こんなサディストを学校に置いておくわけにはいかないし、こんな変態の作った法律でイングランドの魔法族が叩き潰されるのを黙って見てるわけにはいかない。 ひどい文章だよね。『私は高等尋問官に忠誠を誓う』ヒトラー気取りなのかな。そういえば、反人狼法や水中人撲滅キャンペーン。まるでアーリア人至上主義と一緒だ。そのうちヒトたる魔法族以外はガス室に送られる。ゴブリンの宝物を奪い、自分の一族に伝わる先祖伝来の品だって言うんだ。ナチがユダヤ人の財産を勝手に分配したのと同じ。目に浮かぶようだね。ウィゼンガモットの魔法戦士アンブリッジの名を騙るのと同じことだもん。ああ、やっぱりナチみたいにSSも作るのかな。こいつは、そういう、変態だ」
「・・・それは認めるざんす」
「マダム・スキーター。自分で言うのもなんだけど、このオファーはたぶんもう2度とないレベルのオファーじゃないかな。あなたが腐肉漁りのハイエナから、ライオンに変わる最後のチャンスだと思う。まっとうなジャーナリストになって欲しい。わたくしのお願いはそれだけだ。わたくし自身が政治家になるわけじゃない。わたくしのための記事を書いて欲しいわけじゃない。ヒトラー気取りのアンブリッジが高等尋問官なんていう役職を強引に持ち込んで、生徒を虐待している。その事実を人々に知らせるべきだ。ジャーナリストとしてまっとうな仕事だと思う。反人狼法や国際社会関連、いろんなネタはあるけど、いっぺんに出したいから、それはこっちでやる。あなたには、アンブリッジの変態性癖を暴露して欲しい」
リータは顔を上げた。
「中途半端な手出しじゃ、あたくしたちを待ってるのはディメンターのキスざんすよ」
「わかってるよ。あんまりしぶといなら、例の呪文で潰してやる。わたくしも、さっき言った通り、あんまり我慢が利く状態じゃないんだ。保険としては最高レベルだと思う。うまくいかなくても最後にはわたくしが手を汚す。悪くない取引だと思うよ」
「姫さまの騎士」たちの魔法でうらぶれたパブの2階に借りた部屋に戻った。
確かに悪くない取引だ。
「あんたたち、あの姫さまが怖くないのかい」
「姫さまは姫さまです!」
ハウスエルフに難しいことは理解出来ないのだろう。
若いハウスエルフから差し出された資料を受け取り、溜息をついた。
「よくあたくしなんぞにあんなことを頼むもんだよ」
よほど肝が据わっているのか、単なる世間知らずの馬鹿娘か。
綺麗な話で済むわけがないと言いながら、今までに聞いたこともないほど綺麗な話をする。ウィンストン家がこのリータ・スキーターを赦して、新たなメディアを立ち上げるスポンサーになるなどと。
うっかり信じてしまいそうになるほど綺麗な話だった。
しかし、リータとて汚い裏社会に多少は通じている。そうそううまく事は運ばないだろう。
うらぶれた部屋を見回した。
これ以上、堕ちる先などあるだろうか。ウィンストンから逃げ、アンブリッジから逃げ、蓄えを食い潰した後に行き着く先はもう目に見えている。
「あたくしだってジャーナリストの端くれざんす」
あの小娘は、リータのこの言葉を引き出すためだけにカードを全部広げて見せた。人生最後のチップだ。せいぜい大きく張ってやろう。
「帰ったらあんたたちの姫さまに伝えな。リータ・スキーターは引き受けたってね」
ハウスエルフどもに張り切ってそう告げる。
ちぐはぐの靴下を履いたハウスエルフが進み出てきた。
「姫さまはお喜びになります! スキータさまがご承知なら、これをお渡しすることになられていました!」
そう言って、折り畳まれた紙片を差し出した。
「契約書ときたかい」
はん、と鼻で笑って、紙片を開いた。
『掲載誌はザ・クィブラーだよ。
残念ながらクィブラーには寄稿者にギャラを払うシステムがないそうだ。
もちろん依頼したのはわたくしだから、わたくしから支払うつもり。安心してね。
P.S.支払日は、わたくしの成人後の9月末になります。
REKW』
わなわなと震える。
「・・・あんの・・・クソガキがぁ! 9ヶ月先の支払日ってあるかぁ!」