サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第16章 集団脱獄

ハリーとジョージがひどく複雑なものを飲み込みかねているような顔で、暖炉の前の2人を眺めている。ハーマイオニーはその視線の先に目を遣り、溜息をついた。

 

「・・・部屋の外ではやるなってあれだけ言ったのに」

 

ハーマイオニーは舌打ちして、占い学の教科書を真剣な顔で睨んでいるパーバティと、そのパーバティの背中を抱くように貼り付いている蓮を強引に引き離した。

 

「いたっ、なにするのよ、ハーマイオニー」

「・・・横暴だ」

 

ボソッと呟いた不満げな蓮の声にパーバティは弾かれたように振り返った。

 

「レン?! いつの間に!」

 

お約束したはずね、とハーマイオニーは腰に手を当てて、蓮を冷たく見下ろした。「部屋の外ではくっつかないこと。もうお忘れ? パーバティ、あなたもよ。油断しちゃダメじゃない!」

 

「背中が温かいと思ってたら、やられてたのね」

 

パーバティも溜息をつき、蓮に冷たく「あとでハーマイオニーに相手してもらいなさい。ハウス!」と命令した。

 

2人に叱られ、蓮は不満げに唇を尖らせて、女子寮に引っ込んだ。

 

「ハーマイオニー、いったい何事だ?! 君たち女子寮でいったいなにを」

 

泡を食ったジョージがハーマイオニーとパーバティに詰め寄る。無理もない。見慣れていない人には、かなり衝撃があるのは、不本意ながら見慣れてしまったハーマイオニーにも理解出来る。

 

後遺症なのよ、とハーマイオニーはジョージに向かってまた溜息をついた。

 

「何の?!」

「真実薬かい?」

 

そういうこと、とパーバティが教科書を持ったまま、ソファに移動する。「マダム・ポンフリーやうちのママに聞いてみたら、レンが飲まされていた真実薬の量ときたら、アズカバンの尋問中の収監者より血中濃度が高かった。いくら耐性があっても、限界はあるわよね、そりゃ。最近あんまり様子がおかしいからマダム・ポンフリーに診ていただいたら、そういう結果だった。高濃度の真実薬の影響が、秘密を喋るほうにじゃなく、レンのもともと強靭な自己抑制の蓋を外したと考えるべきだって。人格崩壊のちょっと手前ぐらい」

 

ハーマイオニーもパーバティの隣に座る。

 

「レンって、わたしの知る限りでも、入学前は本当に男の子みたいだった。口調も態度もね。入学前にイントネーションを特訓したり、ネクタイの締め方を特訓したりして、ウィンストン家の一人娘らしく振る舞うように言いつけられた結果、あなたたちがよく知ってるレンになったの。それから、亡くなったわけでもなく元気で生きていらっしゃるはずのお母さまと2歳の頃から離れて暮らしてて、幼い頃から女性とのスキンシップが致命的に足りてない。おばあさまは、甘えさせたりするタイプの方じゃないみたいだし、家庭の事情もあって、いわば厳しい師匠なんでしょうね。これじゃ、自己抑制できなくなった今、口調や態度が変わったり・・・パーバティやわたしにくっつきたがったりするのも仕方ないわ。要するに幼児退行の一種よ」

「もちろんやりたい放題にやらせるわけにはいかないから、躾はしてるのよ。部屋の外ではやるなって。中身は幼児がママに抱きつきたがるレベルだけど、あの見た目だもの。いかがわしく見えることはわかってるし」

「でも部屋の中でぐらいは好きにさせなきゃ。あんまりギチギチに締め付けて、また違うほうに自己抑制のタガが緩んだら、あの魔法力を思う存分に振り回してアンブリッジを殺しに行くのを止められる人なんかいないもの」

 

ハリーとジョージはぽかんと口を開けた。

 

「おかげでわたしたち、夜寝るときは交代でレンの抱き枕よ」

 

ははは、とパーバティとハーマイオニーは互いに乾いた、疲れきった笑顔を交わした。

 

そんなこと僕は気にしないけど、とハリーがジョージをチラッと見た。「それでレンが楽になるなら、ハーマイオニーとパーバティにいくら触ろうとキスしようと構わないよ。いくら口調がレディらしくても、シェーマスとチェスしたり、ディーンとプレステの話してるのを見た感じだと、もともとあんまり女の子っていう気はしてないし。違和感はない。でも」

 

「そうやって薬が抜けるのを待つのか? いつになるんだ?」

 

ジョージが急き込んでハーマイオニーに詰め寄った。

 

「ジョージ?」

「男言葉で喋ったり、君たちに抱きついてれば安全なのか? アンブリッジを殺っちまったりしないよな? 治るのにいつまでかかる?」

 

パーバティがハーマイオニーの隣で「わからないわ」と肩を竦めた。

 

「パーバティ!」

「症例がないぐらいの血中濃度だったの。ママが言うには、薬が抜けたから即治るというものではなくて、幼児退行してるなら、まず幼児期に足りなかったものを満たさなきゃいけない。もちろんこういうことはレンにも説明してある。感情に身を任せちゃダメだってね。マダム・ポンフリーからも、体内の循環を良くして分解を早める薬は出してもらってるし。それ以上のことは今は難しいわ」

 

つまりママ成分が足りないのか? とハリーが確かめた。ハーマイオニーが頷くと「サマーホリディにママとはまともに話もしないって聞いたけど、それも関係あるんじゃないのかな」とハリーが思案げに言った。

 

「あると思うわ。お母さまとの関係が複雑だからこそ、こういう表れ方をしたんだと思う。でも、長い時間をかけて拗れたものをすぐにどうにかするのは無理だもの」

「そんな悠長なこと言ってる間にアンブリッジにキレちまったらどうなる?!」

 

ジョージ、とハーマイオニーは頭を振った。「あなたの言いたいことはわかるわ。今までだってレンも自分が動物もどきだってことは自覚して、ずいぶん我慢してきたと思う。もちろん今もそうよ。あれはあれで、かなりの努力をして耐えてるんだと思うわ。ただ・・・相手がレンだからあの女はまだ大きな顔してられるだけ。これが耐性のない普通の生徒だったら、死んでるのは生徒のほうかもしれない」

 

「・・・そんなに?」

 

パーバティが頷いた。

 

「マダム・ポンフリーは予想してたみたいであまり驚きはしなかったけど、ママからは、いっそのこと休学して家族の観察と看護の下で暮らすのがベストだって言われたわ。マクゴナガル先生が家族には連絡しておくとおっしゃったけど」

「・・・マクゴナガルに抗議してもらうことは出来ないのかな」

「パーバティが言ったでしょ。報告はしてあります」

 

ハーマイオニーはぴしゃりと言った。

 

「マクゴナガルはなんて?」

「『風紀を乱さない程度にひっつかせておきなさい』ですって。要するに他に方法はないのよ、ハリー。マクゴナガル先生が抗議しても、アンブリッジを喜ばせるだけだし、余計なつつき方をされて、レンが暴発したら最悪の事態よ」

 

ジョージが頭をガシガシと掻きながら身体を起こした。

 

「ジョージ?」

「・・・ああ、いや。ハリーたちの部屋も混沌の極みだけど、君たちの部屋は酒池肉林だな。ハウスエルフが腕を振るった豪華な夜食に、レンは女の子2人に触り放題」

「僕たちの部屋がカオスなのはネビルの温室だからだろ」

 

口を尖らせて文句を言うハリーをよそに、ハーマイオニーはジョージの横顔を見つめた。

 

「変なこと考えないでよ、ジョージ」

「ああ。なるべく穏便に卒業したいな。アンブリッジをぶっ殺して逃亡生活を送るよりは、WWWのビジネスを成功させるほうがママを悲しませずに済む」

 

 

 

 

 

うがぁ! と髪を掻き毟って「なんだよこれ!」と蓮は喚いた。

 

「・・・レン、落ち着きなさい」

「ハリーには『記事を書け』って言ったのに! こんな誤字脱字だらけの作文! いくらクィブラーでも掲載のレベルじゃない!」

 

はいはい、とハーマイオニーが立ち上がって、机に向かった蓮を背中からハグして、頭の上に顎を載せた。

 

「落ち着きなさい」

「・・・いつもすみません」

「いいわよ。今のあなただったら男子寮に駆け上がって、ハリーたちの部屋に飛び込んで、あの混沌の部屋の限られたスペース、つまりベッドの上でハリーにプロレス技をかけてしまいかねないわ。命の危機を感じるであろうハリーはともかく、人様の目からどう見えるか考えたらね。このぐらいお安い御用よ」

 

そうよー、とパーバティが自分の羊皮紙から目を上げないまま合いの手を入れた。「もう慣れたし」

 

蓮は唇を尖らせた。

 

「ところで、ハリーの記事はクィブラーにしたの?」

「うん。リトル・ハングルトンと裁判、それから変態のミニ・ヒトラー、アンブリッジの記事はクィブラー。裁判の件はネビルがマーチバンクス女史にうまく頼んでくれた。『ヴィクトリア2世』って名前で、クィブラーっていう異色の雑誌にドキュメントを書いてくれませんかって。『ヴィクトリア2世』は、反人狼法を撤廃させた女傑としてマグルの映画になるかも、そうしたら女史のドキュメントはその冒頭を飾るんです、って」

「ネビルがそんな嘘を?」

「ネビルとロンで考えた筋書きだよ。それに、たぶんそれだけでマーチバンクス女史が動いたわけじゃない。ネビルのばあちゃんが張り切って口添えしたはずだ」

「反人狼法は変身現代が引き受けてくれた? だいぶ方向性が違うはずだけど」

 

蓮は首をひねってハーマイオニーを見上げた。

 

「変身現代にはいい餌があるんだ。ハーマイオニーのおかげだよ」

「な、なに?」

「インヴァネスのロス家を売った。変身現代はインヴァネスのロス家の魔法資産に興味津々だ」

「売ったって?」

「ミネルヴァ・マクゴナガルがロス家の唯一の魔法資産相続人として、近いうちにロング・インタビューに応じる」

 

パーバティが「変身現代にスペースが確保出来るのは大きいわ。クィブラーに見向きもしない層の目にも止まる」と深く頷いた。

 

「そんなことマクゴナガル先生が了解なさったの? シリウスはロス家の相続人はたぶん表に出たくないんだろうって推察してたけど」

「したよ。『ミネルヴァが嫌がってもわたくしが、ミネルヴァが相続人だって喋るよ』って言ったら、超しぶしぶ顔でオーケーした」

「感謝しなきゃいけないわ」

「しといたよ。便利な先生がいて助かるよって」

 

ハーマイオニーが蓮の頭の上で溜息をつき「ジョージが心配してたわよ」と呟く。

 

「・・・なにを?」

「あなたの今の状態を教えたら、アンブリッジにぶちキレたらどうなるんだって」

「そこは、いたしかねる我慢を重ねてる」

「あなた、ジョージには抱きつかないの? きっと喜ぶと思うけど」

「やだよ。そっちも我慢してる。薬のせいでしていいことじゃない」

 

顔をしかめた蓮の頬をハーマイオニーが撫でて「お利口さんね」と笑いを含んだ声で言った。

 

「ところでルーナとの交渉では、変にくっついたりしなかったんでしょうね?」

「してないって。マートルのトイレで話したんだから。マートルにしがみつかれた状態だと、ルーナはわたくしから一定の距離をキープする」

「そんなことで、変身現代とタイミングを合わせた発行を了承してくれたの? しわしわ角スノーカックやスタビィ・ボードマンより大事だって?」

「そっちは、母を売った」

「・・・お母さまを?」

「うん。レイブンクローの失われたダイアデムについてね。破壊したことを記事にするわけにはいかないけど、ルーナのパパによる復元のための助力をさせる」

「お母さまの了承は得たのね? ちゃんとお母さまと話したの?」

 

この件についてはね、と蓮はボソッと答えた。

 

「・・・そう」

「いつまでもこのままじゃいけないことはわかってる。でもハーマイオニー、ハーマイオニーが期待するような普通の幸せな母と娘になるのはどう考えても無理だ。ビジネスライクな関係が精一杯だよ。それじゃダメかな」

「簡単なことだと思うわよ。今のあなたなら」

 

ハーマイオニーは小さく笑い、また顎を頭に載せて、ぐりぐりと動かした。

 

「不本意ながら、可愛いもの」

「わかるわ。ほんとに不本意だけど」

「不本意不本意って」

「ビジネスライクな関係からでもいいと思うけど、お母さまのハグは拒絶しないことね。わたしとパーバティでさえ、不本意ながら、つい愛玩したくなるんだから、実のお母さまならたぶん我慢出来ないはずよ」

 

蓮はまた唇を尖らせた。

 

 

 

 

 

医務室に薬をもらいに行くと、マダム・ポンフリーに引き止められた。

 

「少々お待ちなさい。校長先生からお話があります」

 

示された椅子に座って待っていると、ダンブルドアが大股にやってきた。

 

「やあミス・ウィンストン。待たせて済まぬ。君に非公式の話があっての」

「・・・はい」

「アンブリッジ教授がミスタ・フィルチのオフィスで悪戯を生業とする生徒の氏名を確認する作業に没頭しておられる間しか時間がないでな。単刀直入に言おう。ミネルヴァや柊子から報告を受けた。君が立つことを決意したとな。あのろくでもない魔女娘どものすることじゃ、いささか乱暴な脅しであったじゃろう。君は納得しておるかね?」

「乱暴過ぎるぐらいでしたが、納得はしています。ただ・・・」

 

ダンブルドアは青い瞳を細めた。

 

「何かの?」

「わたくしも単刀直入に申し上げますが、校長になるための知識だけは、ミネルヴァや祖母から搾り取ることができません」

「うむ。研修が必要じゃな。無論、儂としては君に儂の知識を伝えるつもりでおる。しばらくはこうしてアンブリッジ教授の目を盗みながらになるがの。そこでまず最初のレッスンじゃ」

 

蓮は姿勢を正した。

 

「ケンタウロス族からひとり、占い学の教授を招聘してくるのじゃ。かの誇り高い種族は、ヒトにその知識を分け与えることを忌む傾向にある。しかし、あまり時間はかけられぬ。トレローニー教授のお立場は極めて危うくなっておる。解雇から間を置かずに就任していただかねばならぬ。早いうちに了承を取り付けて来て欲しい」

「・・・かしこまりました」

「校長の重要な仕事じゃよ、ミス・ウィンストン。教授を揃えることはの。これがなかなか難しい」

 

ダンブルドアが軽く頬をあげて微笑んだ。

 

「君の20年後の未来、儂は高く評価する。実現に全力を尽くすのじゃ。じゃから君に頼む。ケンタウロスとの交渉の全権を委任する」

 

蓮は頷き、ダンブルドアの青い瞳を見つめた。

 

「トレローニー先生が解雇になったら・・・校外に出ていただくのでしょうか?」

「それはならぬ。この城に住んでいただかねばならぬ。理由はわかるかね?」

「・・・おそらく。断片的に聞いた限りでは、トレローニー先生は、トム・マールヴォロ・リドルが関わる予言をなさったことがあると」

 

ダンブルドアは頷き「予言の内容は?」と重ねて尋ねた。

 

「それは知りません。わたくしに関する予言は教えてもらいましたが、その予言をしたのは、トレローニー先生ではなく、ビンズ先生だとか」

「さようじゃ。儂がゴーストのトランス状態を見たのは後にも先にもビンズ先生だけじゃ。歴史へのもだしがたい情熱ゆえじゃろうの。あのとき儂は、ビンズ先生に、教壇を生身を持つ後任に譲っていただけまいかと非常に心苦しい提案をしておった。魔法史も市井の魔法史家が様々に新しい発見をしておる。ビンズ先生より新しい歴史解釈を教授する必要がある。しかし、あの予言を聞いてしもうたのじゃ。城から出すわけにはいかなんだ」

「ゴーストなのに? トランス状態ならご記憶ではないでしょうし、生命の危機は完璧に通過していらっしゃいますが」

 

2度死ぬこともあるのじゃよ、とダンブルドアは苦笑した。「死を超えた者は、死を通過した者を玩ぶことも出来る。死者にさらなる侮辱を与えることを許すわけにはいかぬのう」

 

つい黙ってしまった蓮にダンブルドアは曖昧な微笑を見せた。

 

「率直に言って、占いや予言に対して儂は懐疑的な態度を取っておるが、どういうわけかホグワーツの校長に対して予言が開示されることが極めて多い。儂も多くの予言を聞いてきた。その大半は成就されたとは言い難い。じゃから、予言に対して慎重な扱い、つまり不用意に信じて人に明かさぬことを心がけておる。無論、中には成就されつつある予言もある。それでも尚、秘密を守る堅い樫の扉になる覚悟は必要じゃよ、ミス・ウィンストン」

 

 

 

 

 

ハグリッドの小屋の裏でブランカに変身して禁じられた森に入る。

 

さっき様子を覗くと、ハグリッドは相変わらず物騒な痣や血痕で顔を飾っていた。

 

たしったしっ、と肉球で地面を踏みしめて歩く。

 

ズゥン、と地響きが聞こえて耳を澄ますと「ハガー!」という地鳴りのような響きが聞こえてきた。何か知らないが、禁じられた森に怪物が増えたらしい。

ふんふんふん、と匂いを嗅いだ限りではドラゴンではなさそうだ。

 

ひとりになると、ふっと肩の力が抜ける。

ダンブルドアに言われるまでもなく、気がつくと、抱える秘密が増えていく。ハグリッドの怪物ペットまで抱える余裕はない。

 

ただでさえ今の自分には、自分でも信用が置けない。なにしろ、自分の表面的な意に反して、ハーマイオニーやパーバティに抱きついてしまうほどだ。2人が事情を知って許してくれているから、それに甘えていられるが、普通ならば考えられない行動を取っている自覚はある。

 

ケンタウロス族の主な生息域に入った。頭を切り替え、姿も人間に戻す。

 

ケンタウロス族の見張りが、弓を背負って近付いてきた。

 

「姫君よ、本日は何用か」

「ホグワーツ校長ダンブルドアより、孤高たるケンタウロス族の方々に、臥してお願いする用件を伝えに参りました。長にお会いしたい」

 

 

 

 

 

朝食の席で、パーバティが蓮のトーストにバターを塗ってやるのをチラッと見て「今はお外よ、お2人さん」と注意したあとに、ハーマイオニーは購読している日刊予言者新聞を開いた。

 

「朝食中に新聞を読むのも行儀が悪いよ」蓮が唇を尖らせ「パーバティ、あのベーコンが欲しい」と甘える。

 

「レン! 頭をしゃっきりさせて! 事件だわ!」

 

第1面を向けると蓮がさすがに表情を険しくした。

 

「・・・ベラトリクス・レストレンジ、アントニン・ドロホフ、オーガスタス・ルックウッド・・・リドルくんの最強の手駒だ」

「ハリーが昨夜の閉心術の補習中に、リドルくんが狂喜するのを感じたって。きっとこのことよね」

 

蓮は頷き、チラッとネビルを見た。

 

「・・・あ」

 

ネビルの両親を拷問したレストレンジ夫妻が、アズカバンから脱獄してしまったのだ。ハーマイオニーは唇を噛んだ。

 

急に、今まで自分に欠けていた実感が身体の芯から湧き出してくるのがわかった。ネビルは食い入るように新聞を見つめている。

 

ハーマイオニーは急いでいくつかの記事に目を走らせた。

 

ファッジときたら、この集団脱獄にシリウスの関与を示唆している。無罪が確定した人間さえも引き合いに出さなければ、リドルの復活を否定できない状況なのだろう。

 

ふと、小さな死亡事件の記事が目に入った。元魔法省職員ブロデリック・ボード氏が聖マンゴ魔法疾患病院に入院中、ベッドサイドの悪魔の罠の鉢植によって死亡、とある。

 

「ブロデリック・ボード? 確か聖マンゴで聞いたことのある名前だわ」

 

思わずハーマイオニーが呟くと、ハリーが眉を寄せて「その人、神秘部の人だと思う」と囁いた。

 

ゾクリと背中を悪寒が這い上る。「神秘部?」

 

「ああ。たぶん会った、というか、アーサーおじさんと挨拶するのを隣で聞いた。そうだ、レン、神秘部には何があるか知ってるかい? スネイプは教えてくれなかったんだ」

「神秘部? どうして神秘部なんか」

「僕の夢さ。例の」

 

ハリーが自分の額の傷を示した。

 

「昨日の補習中に思い出したんだ。裁判で僕魔法省に行ったろ。一番地下にある法廷だったから、アーサーおじさんに引っ張られるままだったけど、途中で神秘部に続く廊下を通った。夢で見るときには気づかなかったけど、僕が夢で見てるのは、神秘部に続く廊下なんだ」

「・・・神秘部のことはわたくしも全然わからない。そこで働く無言者ぐらいしか中身は知らないはず」

 

だから無言者なんだぜ、とロンが言う。「喋っちゃダメなんだ」

 

ハリーの夢は神秘部の廊下。神秘部の職員が「悪魔の罠」に襲われて死亡。

ハーマイオニーは眉をひそめた。

 

「これ、リドルくんと無関係じゃないわよね。少なくとも、悪魔の罠をお見舞いに贈るなんて、善意とは思えないわ」

 

ハーマイオニーが囁くと、蓮はパーバティに取ってもらったベーコンをフォークで突き刺し、ぱくんとひと口で食べて頷いた。

 

「レン、お行儀よくして」

「めんどくさいし、ここではあまり話さない方がいいよ。ガマガエルがこっち見てる」

 

 

 

 

 

「教育令第26号・・・あからさまな情報統制ね」

 

談話室の掲示を見てハーマイオニーが呟くと、ハリーが「コレに僕の《補習》も引っかからないかな」と浮かない声を出した。

 

「スネイプの?」

「うん。引っかかるから中止って言われたら、アンブリッジにだって感謝できそうだ。心っていうか、記憶を引っ掻き回されるせいで、余計にひどくなってる気がするんだ。夢の頻度も傷の痛みも」

「わたしとレンはそんなことなかったけど」

 

言いかけたハーマイオニーの背後からするりと腕が回され、きゅっと抱き締められた。もう慣れた。

 

「・・・レン。お部屋の外よ」

「何の話?」

「ハリーの閉心術の補習の件よ。神秘部の廊下の夢を余計に見るようになって、傷の痛みもひどくなったんですって。わたしは開心する側だから、ピンと来ないけど、あなたは閉心する側だったから何か思い当たる節があるんじゃない?」

「んー・・・やっぱり心に入って来られるのは負担にはなる。わたくしの心に入ってきたのは、ハーマイオニーだったから、ハリーとスネイプみたいな緊張関係はなかった。ストレスを強く感じるのは相手がスネイプだからだと思うよ」

 

ハリーは顎の先で頷いた。「ああ、スネイプに心をいじられること自体に抵抗はある」

 

「神秘部の廊下の夢を見ないのが目的なんでしょ? まずそこに集中してみたら? わたくしも最初は、ハーマイオニーにある程度まで記憶を見られることは覚悟して、部分的な記憶だけを守ることから始めた。守る部分が漠然としてると集中できないよ」

「スネイプに記憶を見られる覚悟? ゾッとするよ。何ひとつ見せたくない」

「でも傷の痛みは違うと思うな。リドルくんの感情に呼応してるんだと思うよ。あちら側の戦力が充実しちゃったから、リドルくんが張り切ってるんだ、きっと」

 

ハリーが「ああ。それはわかるけど」と複雑な顔をする。

 

「あのさ・・・変なことを言うと思うかもしれないけど、神秘部にある何かを奴が狙ってるのならさ、僕はこの夢を見た方が良くないか? あっちの動きを感じられる」

 

蓮がハーマイオニーの髪に顔を埋めたまま「その夢、あんまり信じない方がいいよ。ハーマイオニー、シャンプー変えた?」と言った。

 

「信じない方がいい? なんでだい?」

「変えたわよ、知らなかった? あのね、ハリー、わたしたちもそうだけど、改変された記憶を送りつけることも出来るの。夢だけで敵の動きがわかるなんて思っちゃダメだわ。ちょっとレン、くすぐったい」

「・・・君たち、いちゃいちゃは女子寮だけにしてくれないか? 大事な話なんだけど」

 

ふと、蓮が顔を上げた。

 

「ハリーはホグズミードでチョウ・チャンといちゃいちゃするといい。ちょうどバレンタインだし」

「そうよね。寝る前に心を空っぽにしろって言われたんでしょ? 空っぽは難しいだろうけど、神秘部の廊下のことを考えずに、チョウとロマンティックなキスをするイメージトレーニングをしたらどう?」

「君たち、自分が始終いちゃいちゃしてるからって、他人事みたいに言うなよ。いいか? 後日必ずそれをスネイプに覗かれるんだぞ?」

 

だからだよ、と蓮があっさり言う。「キスの妄想を知られたくないなら、レジリメンスに抵抗するしかない。神秘部なんかより、ガールフレンドのことを考えるべきだ」

 

「ま、まだそういう関係じゃ・・・ない。だから、レン、ハーマイオニーにくっつき過ぎだ」

「ハリーにお手本を見せてる」

「・・・キスはしないわよ」

「ハーマイオニーも少しは抵抗しろよ」

「もう慣れて感覚が麻痺してきたのよね。レン、あなたはジョージと?」

 

行かないよ、と蓮がまたハーマイオニーの髪に埋まった。「悲劇的なクィディッチの練習だ」

 

「悲劇的? ロンが?」

「違うよ。ビーターが。自分のチームにブラッジャーを叩きつけかねない」

「・・・シーカーは君か?」

「いや、ジニー。まだ経験不足だから、チェイサーのパスワークよりスニッチに集中させるってアンジェリーナのプラン。飛行技術は高いからね」

 

ハリーの表情が暗くなった。

 

「・・・飛べるだけでも羨ましいよ」

「じゃあ、来年活躍してよ」

「どうかな。アンブリッジがいる限り僕は終身禁止の身だぜ」

「『アンブリッジがいる限り』だよ、ハリー。来年にはどうせいなくなってる」

「そうね。別にクィディッチのためじゃないけど、あの女を追い出すためにわたしたち動いたでしょ。忘れたの? だいいち、防衛術は呪われた教科。2年続けて教授になった人なんて数十年いなかったのよ。とにかく、今はバレンタインのデートに気持ちを集中させなさい」

「ハリーが自分からキス出来るほうにわたくしは賭ける。ハーマイオニーは?」

「チョウからね。ハリーからじゃまだ手も握れないわ」

 

勝手なこと言うな! とハリーが喚いた。

 

 

 

 

 

眠ってしまった蓮をパーバティに預けて、ハーマイオニーは古代ルーン語の訳をするために談話室に降りた。

 

遅い時間だから誰もいないと思ったのに、暖炉の前でネビルがひとり杖を振っている。

 

「・・・ネビル?」

「やあ、ハーマイオニー」

「何の練習?」

「DAで習ったいろいろ。忘れないようにしなきゃね。君は?」

 

ハーマイオニーは肩を竦め「レンとパーバティのいちゃいちゃタイムだから、こっちで課題をやろうと思って」と答えた。「ネビル、平気?」

 

「・・・レストレンジのことかい?」

「ええ」

 

ネビルは杖を下ろし、ハーマイオニーの隣に腰掛けた。

 

「僕さあ、両親の意識のない姿をずっと見てきたし、やったのがレストレンジだってこと、頭ではわかってたけど、あいつらはもうアズカバンにいるから関係ないって感じで、あんまり実感なかったんだ」

「・・・そう」

「でも脱獄しただろ。そうしたら、なんだろ、何かせずにはいられない気持ちになってる。DAに入ってて良かったよ。僕なんか大した戦力にはならないけど、何か出来ることがあるっていうのは、今の僕にはぴったりくるんだ」

「だったらいいけど。無理はしちゃダメよ」

 

ハーマイオニーはそう言いながら、蓮も似たようなことを言っていたと思った。

アンブリッジは収監され、獄死した。だからもう関係ないと。

本当のところはどうだったのだろう。

 

「無理したくても、するほどの根性はないよ」

「ネビル・・・」

「僕はレンじゃないからね。レンは無理しすぎだ」

 

そう言ってネビルは女子寮に続く階段に目を向けた。

 

「君とパーバティに甘えるだけで済んだのは幸いだった。ハリーとロンは赤くなったり青くなったりしてるけどね。僕は安心したよ。真実薬って、最も強力な魔法薬の一種なんだろ? それを毎日大量に飲み続けるなんてさ。やるほうも頭おかしいけど、受けて立つほうも無茶し過ぎさ。身体を壊してもおかしくない」

「・・・まったくだわ」

 

マダム・ポンフリーから血液検査の結果を見せられて、ハーマイオニーとパーバティは思わず互いに手を握り合ってしまった。匿名のアズカバンの囚人の倍近い数値を示されて、身体というより精神状態が通常の状態を維持出来ているとはとても信じられない。

 

「僕にはそんな無茶は出来ない。ばあちゃんは情けないって言うだろうけど、そのばあちゃんをひとりにするわけにはいかないからね。パパもママも・・・聖マンゴで見ただろ。あんな感じだ。正直、お金だって馬鹿にならない。たまたまうちには先祖からの財産があるから、それを取り崩しながらやり繰りしてる状態さ。ばあちゃんひとりであと何年やってけるかな。だから僕、僕に出来る仕事は限られるだろうけど、ちゃんとした仕事に就きたいんだ。もちろんレストレンジたちが野放しになったのは悔しいし、何かしたいとは思うよ。でも、今の僕が対決したってあっさりやられて、ばあちゃんがひとりになるだけだ。やるなら、勝たなきゃ意味ないよ」

 

ばあちゃんに言うとまた情けないって言われるかな、と苦笑する。ハーマイオニーは黙ってそんなネビルの手を握った。

 

「ハーマイオニー?」

「あなたは立派よ、ネビル、本当にそう思う。情けないんじゃないわ、考え深いのよ」

「そうかな」

 

そうよ、と言ってハーマイオニーはネビルの手を放した。

 

それからしばらく、ネビルは小さく呪文を呟きながら杖を鋭く振り続け、ハーマイオニーは古代ルーン語のビードルの物語の訳を続けた。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーの部屋の3人がそれぞれの机に向かっていた夜、蓮の机の上に窓から飛び込んできた不死鳥のパトローナスが舞い降りた。

 

「ミス・ウィンストン、ファッジ大臣がトレローニー先生の解雇辞令に署名したそうじゃ。頼む」

 

パーバティが小さく悲鳴を上げた。蓮はすぐに自分の杖を振り「今すぐにお迎えに上がります」とブランカの形をしたパトローナスに伝言を託した。

 

「レン? いったい」

 

ハーマイオニーの呟きに答えず、蓮は「ウィンキー」と声を発した。

 

パチン

 

「姫さま、どうなさいました?」

「すぐに禁じられた森に行きたいの。決闘じゃないわ。新しい占い学の教授をお迎えに」

「かしこまりました」

 

パチン

 

蓮とウィンキーが手を繋いで姿をくらますと、パーバティがハーマイオニーをがくがく揺すった。

 

「い、今なんて言った?」

「落ち着いてパーバティ、落ち着いてって・・・揺らし過ぎ!」

「落ち着いていられる?! トレローニー先生の代わりの先生が来るってことでしょ?! ダンブルドアはトレローニー先生を保護するってレンは言ってたのに!」

 

わからないけど、とハーマイオニーは首を傾げた。「禁じられた森に棲む誰かを連れてくるというのは確かみたいね」

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